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約束

区切りがいいので短めにしました。

 土煙が破裂するように破れ、現れたプリンセッサと正面から頭突きでぶつかり合う。額を擦りつけ合いながら、手をがっちりと組み合いながら、互いに一歩も退かず、地面を抉りながら前へ進もうと歯を食いしばり、その隙間から獣のようなうなり声をあげながら足を動かす。

 視界の隅にレニーシャを見る。叱られる直前の子どもみたいな目と、まっすぐ横に引いた唇でこちらをじっと見つめている。こちらが一歩踏み出す度に唇に力が入り、一歩押し戻される度に瞳に不安な色が広がる。

 レニーシャはころころと表情が変わる。食事中も、ミィシャとしゃべっている時も、歩いている時も、稽古の見学をしている時も。

 目の前の一瞬を逃すまいと子猫のようにくるくると動き回っていた。

 そんな姿が、とても可愛く思えて。

 うん。好きだ。やっぱり好きなんだ。剣術と同じぐらい、と言ったらきっとレニーシャは怒るだろうけど。

 だったらもっと一緒の時間を過ごせば良かった。

 稽古に明け暮れてばかりいて、雑談だってほとんどしていない。

 そうだ。

 旅がここで終わるなら、また新しく旅をすればいい。ジェーナが家に居るなら、武者修行に出ることへの後ろめたさも少ない。

 今度はぼくの旅に付き合ってもらおう。

 いやだと言っても無理矢理付いてきてもらうんだ。

 そうと決まれば障害を取り除くことに全てを集中させる!


『うわああああああっ!』


 叫び、組み合っていた手を解いて抜刀、胸の下でしっかりと柄を握りしめ、削り合っていた額を離し、仰け反る反動も利用してプリンセッサの胸部へ痛烈な一撃を打ち込む。


剛剣(ごうけん)! 堅雹断(けんひょうだん)!』


 下からの一撃にプリンセッサの巨体は大きく仰け反って数歩下がり、倒れる寸前で踏ん張って抜刀。追撃に迫っていたカイゼリオンの右肩へ振り下ろす。


『遅い!』


 華麗に軸をずらして紙一重で避けながらさらに加速。


柔剣(じゅうけん)雪包斬(ひょうほうざん)


 肉薄すると同時に軽やかに舞い上がりながらの乱撃を繰り出す。

 猛攻にプリンセッサはまたもよろめき、手近な木に掴まってどうにか転倒を防いだ。

 着地体制に入りながら、コウタはレニーシャに向かって叫ぶ。


『レニーシャ!』

「は、はいっ」

『ぼくが、ぼくが絶対なんとかするから! そんな悲しい顔しないで!』


 噛み締めていた唇をへの字にして、しゃくり上げるように顔を肩を震わせ、うんっ、と応えてくれた。

 頷き返してコウタはプリンセッサに視線を戻す。

 決して油断していたわけじゃない。

 あり得ない速度でプリンセッサは間合いを詰め、跳んだ。あの構えと体勢は、重牙断だ。

 そう分かっても、まだ中空にいる身では刀を上げて防御に徹する以外に選択肢は無く。


『重牙断!』


 脳天を狙った重い重い一撃を、まず刀身に、次いで腕に肩に全身に受け、カイゼリオンは猛スピードで落下し、そのまま地面に激突した。


『ぼくはお姉ちゃんと一緒に居たいだけなんだ! 邪魔するな!』


 プリンセッサは上空で切っ先を下に向け、落下のエネルギーも加算してカイゼリオンの背中に突き立てる!


『があああああああっ!』

 コウタの絶叫が、見えない山に幾重にも幾重にも反響した。


    *


「ふん、最後の最後でやっと役に立ったわね」

「ここまでしなくてもいいじゃない」

「ん? ほんとに情が移ったの? 龍族のオヒメサマはお優しいですわね」

「あなた、ほんとうに元の(はじめ)賢者なの?」

「そうよ。元の賢者で魔族の神の生まれ変わり。でもさ、なんで賢者に生まれたってだけで聖人君子でいなきゃいけないのよ。大体、あんただって人族のオスガキ連れ込んでるじゃない。どういう心変わりよ」

「コウタは! ……コウタは…………」

「そんなに肉っていいものなの?」

 え、と聞き返そうと思った瞬間にはもう遅かった。

「もういいわ。さっさと始めるわよ」

「待って。まだ決着はついてない」


 レニーシャの視線の先ではふらつきながら立ち上がるカイゼリオンと、彼らに治癒の息を吹きつけるミィシャの姿がある。

 三人の視線の先にはプリンセッサ。回復はさせまい、と軽やかな挙動で突進をかける。七歩目でわずかに傾いだ。そこを逃さずカイゼリオンも走り出す。

 レニーシャのほぼ真っ正面で巨体が斬撃を繰り出し、互いの刀身に弾かれた。


「楽に殺させてやろう、とか思わないの? ほらもうボロボロじゃない」


 レニーシャに似た女はつまらなそうに挑発する。


「うるさい」

「弟が勝ったらご褒美にね。あんたが姉だって記憶、戻して、」

「うるさいって言ってるでしょ!」

「ふうん。弟よりオトコを取るんだ。あんなに必死に探してたのにさ」

「魔素の減少は人族に関係ないのに、人族のコウタを巻き込んだのはあたし。だから最後まで見届ける」

「薄情ね」

「龍族はね、何も告げずに三日居なくなれば死んだことになるの。ティロのお葬式にも出たくせに、みっともなく莫迦みたいにしがみついてただけよ! 十年も経ってるのに、すぐいなくなるのに……っ!」

「泣かないでよ。ほんと、みっともないわね。記憶とか感情とか、なんでそんなものに固執するのか、理解に苦しむわ」

「分かってもらおうとか思わないから。あの勝負が終わるまで、待って」

「いいけど、少し場所をずらすわよ」

 ふわりと背後から抱きしめられ、振り解くよりも早く、ふたりはずるりと、粘度の高い液体に沈むような感覚とともに、後ろに下がった。


 ―コウタ、いままでありがとう。


 旅の終わりが、また一歩近づいた。


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