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決闘

「なんで……」


 絶望に似た虚無感がコウタに沸き上がる。

 女性の秘密を根掘り葉掘り訊くのは野暮だが、レニーシャは隠し事をするような性格では無いと思っていた。


「なにか言ってよ、レニーシャ!」


 悲痛に叫んでもレニーシャは応えない。

 それに焦れたのか、レニーシャに似た女が口を挟んできた。


「質問なんかしてる余裕、あんたには無いよ」


 後ろに手を伸ばし、何かを掴んでぐい、と全面に引っ張り出す。

 掴んでいたのは龍族の青年。誰かを問わなくてもすぐに分かる。


「ティロ!」


 叫んだのはレニーシャ。なにも答えてくれなかったのに、と黒い感情がコウタの心に影をひと滴、落とした。

 名を呼ばれてもティロは虚ろな目を向けただけでそれ以上の反応は示さなかった。

 女はあごを突き出し、上からレニーシャを睨み付ける。


「本当にさ、オトコか弟かどっちかにしろっての」がりがりと頭をかきむしって、「あんたほんとに贅沢になったよね。昔は傍迷惑なぐらいに一途だったのにさ」


 コウタの存在を無視するかのように、レニーシャは一歩前に出て言う。


「あたしが話をしたいのはあなただけです。弟は解放してください」

「いやよ。未練があったら失敗するもの。それはあんただって望まないことでしょ?」


 とん、と女はティロを離す。


「ほら、最期ぐらいがんばりな!」


 ティロの足下から、光る糸がうねうねと這い出し、足首をスネを絡み取り、一気に頭部へと登っていった。


「や、やだ、助けて! もうやだ! お姉ちゃん!」


 悲痛な叫びも虚しくティロは頭部全体を光る糸で包まれ、一瞬後に解放されたそこにはただの獰猛でただただ哀れな獣が居た。

 この女がすべての元凶だということだけは分かった。

 ティロをジェーナを、あまたの人々を苦しめる憶蝕症はこの女が引き起こしていた。

 コウタの胸の去来するのはただ静かな怒りのみ。


「……なんでこんなことするんですか」

「さっき言ったでしょ。このグズが生意気にオトコ作るから、それにムカついたって」

「あなたとレニーシャはどういう関係なんですか!」

「なんで言わなきゃいけないの? 大体さ、あんただってそこのグズにそこまでの思い入れは無いんでしょ?」


 なにを言っているんだ、とコウタは本気で不愉快さをあらわにする。


「あなたがどう考えていようと、ぼくはレニーシャを大切に思っています。これからもずっと、どれだけ時間が流れようとも、ぼくはレニーシャを守ります」


 女はコウタの答えに挑発的に首を傾げ、言う。


「あんたこそなに言ってるの? ここがゴールよ。ナイトの役目も今日で終わり。目障りだしそのグズが未練残すと厄介だからもう死んでくれる? あとはあたしたちふたりの問題なんだからさ」

 こんなにもはっきりと、全身の血が沸き立つのを感じたのは初めてだった。


「あなたみたいなひとの思い通りに死ぬなんて、だれがするかぁっ!」


 怒気と殺意と義憤。あらゆる激昂を大音声に変えてぶつけても、レニーシャに似た女は涼しい顔だ。

 それが余計に憤怒を呼び込み、それがコウタの目を曇らせてしまった。


「さ、無駄話はここまで」


 ぱん、と女が手を叩き、コウタもミィシャも反射的に身構える。

 すべては一瞬の出来事だった。


「グズはこっちで、自分が蒔いた種を見届けな!」


 ふわりとレニーシャの前に現れ、腰ひもから抜き出し、抱き寄せ、コウタたちから大きく距離を取り、ティロの後ろへと隠れてしまう。


「レニーシャ!」


 あれだけ警戒の糸を張り巡らせていたミィシャでさえ、一歩たりとも反応できなかった。

 反射的にふたりとも抜刀し、救出のため走り出す。


「待って!」


 叫んだのはレニーシャ。

 磨りガラス越しのような、淡く儚げな表情でコウタとミィシャを見つめ、ゆっくりと言った。


「あたしは大丈夫。殺されることは絶対に無いから。ふたりともいまは、自分の身を守ることだけを考えて」


 でも、と食い下がるコウタを、レニーシャは一転、強い視線で制する。初めて見る強い表情に戸惑う。

 ふたりのやりとりを見て、女はふん、と鼻を鳴らしてコウタを睨み付ける。


「シスコン。あんたはグズの弟に殺されろって言ったでしょ。これ以上余計なことすると、グズもけしかけるから。戦ってる最中に紛れ込ませたら、うっかり斬っちゃうかもね」


 その様子を想像したのか、レニーシャに似た女は高らかに笑う。

 女の笑い声は、笑い声だけを取り出して聞けば、むしろ心地よく、レニーシャの笑い方によく似ていた。それが余計にコウタの心を締め付けた。


「……分かった」

「ミィシャも。コウタを援護して。あたしはへいきだから」


 レニーシャの言葉に女は、にやあっ、と口角を上げる。


「お嬢……」


 苦しそうにミィシャも頷き、ふたりはティロへと意識を向ける。

 やるしかない。

 これ以上レニーシャに哀しい思いをさせないためにも。


「おっと待った。これをかけておきたまえ」


 ヌェバがふわりとコウタの右に出て、自らがかけていた黒縁メガネをそっとかけてやる。


「度は合わないかも知れないけど、そのうち脳が慣れて違和感なく見えるようになるはずだよ」


 何度か瞬きをして、ティロの姿を視界と意識に収めたまま周囲の様子を探る。先ほどヌェバが言ったように、周囲は葉の生い茂った木々が並び、足下の花々には蝶などの虫が飛び交っていた。

 多少ぼやけてはいるが、ここまで見えれば十分だ。


「はい。ありがとうございます」


 いい返事だ、と微笑み、


「ひとつ言っておくよ。あの女性はきみたちが追い求めていた、時元の賢者の片割れ。決して危めてはいけないよ」


 言いながらコウタの腰ひもを外してやる。


「あのひとが?」

「ああ。彼女は魔族の神の力を受け継ぐ賢者でありながら、記憶の因果に囚われた存在。ぼくが言うことでは無いけれど、きみが学ぶ流派の大原則、忘れないようにね」

「……はい」


 にこりと微笑み、そのままするりとミィシャの脇へ行き、何かささやく。ひどく驚いた様子でヌェバをまじまじと見つめ、頷いていた。

 なにをやっているのかを気にしている余裕はもうコウタには無かった。

 女は冷徹に言い放つ。


「さ、弟、やっちゃって」


 女が合図すると、くびきを解かれたようにティロが咆哮を上げ、コウタへ突進する。

 柄を握り直し、腰を落とす。まだ距離はあるが、いまから駆けだしても間に合わないと判断し、後の先を狙う。

 獣の咆哮を上げながら突進してくるティロ。

 対するコウタの意識はどんどん集中し、先鋭化していく。なのにコウタは星帝丸の柄から手を離し、木刀へと手を乗せる。

 ふうううっ、と深い息と無駄な力の一切を吐き出す。間合いに入った。ティロの光后丸がコウタの脳天へと振り下ろされる。


「柔剣、妖狼斬(ようろうざん)


 ぬるりとコウタの姿が揺らめいた、と思った次の瞬間、ティロのからだは大きく吹き飛び、背中から巨木にぶつかり、ずるずると崩れ落ちた。

 レニーシャの目には一発の抜き胴に見えた。

 が、実際には三発。胴と胸と膝。ほぼ同時に打ち据え、本来なら木刀であっても肉体を完全に破壊する技。そうしなかったのはコウタが手加減したからであり、そうならなかったのは、ティロの防御がわずかに間に合ったから。

 元々動きを封じるための一撃なのでこの結果は上出来だ。あとは、ティロを苦しめる光る糸を除去するだけ。


「星帝丸!」


 木刀を腰に戻し、星帝丸を抜刀。あの時と同じように、縛り付けてあるレニーシャの髪に手を触れながら願いを込める。淡く刀身が発光するのを確認し、コウタはティロへ向けて走り出す。


「ほんっと、役立たずね」


 レニーシャに似た女のつぶやきは、しかしコウタの耳にするりと入り込む。内容に心がザラつくが、いまさらあの距離でなにか出来るとは思えない。油断だけはしないよう気を引き締めつつティロに、

 雷が落ちた。

 轟音と砂煙に足を止め、その向こうにある巨体に間合いを離す。

 巨体の正体なんて、砂煙が晴れるのを待つまでもない。


「カイゼリオン!」


 即座に星帝丸を掲げ、叫ぶ。

 琥珀色の光が二筋、土煙を挟んで同時に照射される。土煙の向こうで、「お姉ちゃん?」と聞こえた気がするが無視する。

 琥珀色光に包まれる。この、自分のからだが巨大になっていくような感覚は何度やっても慣れない。

 我慢しろ。

 ヌェバが賢者だと言うあの女はここがゴールだと言った。ならば、どういう形にしろ、自分とレニーシャの旅はこの山で終わる。

 これが最後だ。

『純星流剛派、コウタロウ・フォーゼンレイム。行きます!』


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