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膝枕

『……ふっ!』


 雨あられと降り注がれる氷の槍を潜り抜けながらコウタはミィシャを探す。いない。星空の下でも彼女の赤いからだは目立つから、死角に回り込まれたのだと仮定。

 強引に振り返りながら刀を浴びせる。

 当然空を切るが、これは振り返るための一撃。背中を地面に擦り付けながら地面を蹴って移動しつつミィシャを探す。

 いない。

 慌てるな。

 焦る心は敗北しか呼ばない。

 頭上、進行方向に気配。左手を強く突いて転がりながらその場を離れる。カイゼリオンさえ串刺しにしかねない氷槍が通り過ぎる。氷槍は無視してまろびつつコウタはダッシュ。

 正面になにかいる。星明かりも街明かりも通さない強い闇の向こうに、激しい怒気を感じる。理屈を考えるな。それは隙を生む。自らに言い聞かせ、柄を握り直す。


剛剣(ごうけん)! 百雷断(ひゃくらいだん)!』


 漆黒に包まれた空間へ突きの高速乱打を放つ。

 かすった。

 輝きながら数滴、鮮血が地面に散る。喜んだ刹那、地面を深紅の影が走り、カイゼリオンに巻き付いた。


『くっ!』

「さあ、どうします?」


 嘲笑とともにぎりぎりと締め付けてくる。


「ほらほら。はやく逃げないと」

 気温が一気に下がった。ぱきぱきと小枝を折るような音が下から聞こえてくる。

「全身凍り付いてしまいますよ?」


 なんで楽しそうなんですか、と口の中で繰り返し、頭では必死に拘束から逃げ出す算段を立て始める。

 動かせる箇所は―あった。左足と右腕。利き手と軸足を拘束していない辺りに彼女が本気で殺そうとしていないことが感じ取れて心が軽くなる。


『逃げるなら、今のうちですよ!』


 左足を内側にねじって力を溜め、一気に解放する。半回転しながら背中から地面へ倒れ込み、全体重をミィシャに浴びせた。


「きゅふっ!」


 初めて聞く彼女の悲鳴とともに拘束も緩んだ。いまだ。もがきながらどうにか抜け出し、一旦距離を取って呼吸と構えを直す。幸い右足の氷はカイゼリオンの表面に張り付いていただけで、もう問題なく動かせる。


「よく気付きました。まあ、あのぐらい抜け出してもらわないと」

 その口振りには怒りだけでなく、昂揚感も多分に含まれている。気持ちは分かるけど、とコウタは少し呆れた。


「では、次です!」


 高らかに宣言する。


『来いっ!』


 応じるコウタも実を言うと、このケンカを少し楽しんでいる。何も背負う必要も、攻撃に殺気は込めていても本当に命を奪う必要もない状態で、気兼ねなく全力で本気を出せることが、剣士としての自分を昂ぶらせるのだ。

 その一瞬の思考の隙間を縫って、ミィシャはカイゼリオンの周囲すべてに氷の槍を張り巡らせる。遠目からは、カイゼリオンを中心に出口の無い巨大なかまくらが出現したように見える。


「たあっ!」


 ミィシャの合図により、中空に浮かぶ氷の槍たちが一斉にカイゼリオンへ殺到する。

 逃げ場は無い。ならば作ればいい。


『百雷断!』


 後ろへ、などという無礼な選択肢は真っ先に消えた。氷のかまくらが爆ぜ、カイゼリオンが飛び出してくる。互いに正面。


「いい覚悟です!」


 視界はミィシャの方がクリア。コウタも突破する際に一瞬見えた情景からミィシャの位置は把握しているが、先手を打たなければいけないのはコウタだ。


『剛剣! 爆壊断(ばくかいだん)!』


 地面に刀を突き刺し、炸裂させる。煙幕を張ってミィシャの視界も落とさせると同時に自分が移動する時間をつくる。

 ミィシャの硬い鱗を突破するには渾身の一撃を叩き込むしかない。だから、一番威力の高い技を正面から放つと決めた。


『剛剣! 重牙断(じゅうがだん)!』


 高く高く跳躍し、全体重と全霊を刀身に込め、一気に振り下ろす。

 見上げるミィシャには余裕がある。長く伸びた鼻と口、その口角をくい、と上げ、次いで大きく息を吸い込む。

 その一切を視認していてもコウタは止まらない。何をしようとこの距離とこの技なら必ず突破出来ると信じて。


『わああああああっ!』


 大音声の雄叫びもミィシャは微笑みで返す。そして溜めた息を、無数の氷の飛礫に変えて放出する。


『ぐぅっ!』


 くまなく全身を襲う飛礫に威力を減衰されながらもコウタは挫けず進む。もう少し、もう少しだ。抜け、


「青いですよ!」


 しっぽが左から来る。もう命中も防御も間に合わない。羽虫を払うように、飛んできたボールを打ち返すようにカイゼリオンの巨体はあっさりと叩き落とされ、地面を高くバウンドする。回転しながら舞い上がった中空で体勢を整えようともがくコウタ。その無防備な状態をミィシャは逃さず追撃。眼前に迫る、生身だったらひと呑みにされそうな口に戦慄し、防御も迎撃も出来ないほどに身を強張らせてしまう。


『がっ!』


 右肩に噛み付かれ、ぎりり、と強く歯を立てられ、さらに口の中にある右肩をべろりと舐められ、戦慄はついに恐怖となった。


『うああああっ!』


 残った左拳を握り締め、ミィシャの横っ面を殴る。効いたのか、拘束は弱まり、ずるりとカイゼリオンは落下を始める。

 助かった、と安堵する余裕をミィシャは与えない。

 ぎゅるるるっ、としっぽをカイゼリオンの両足首に巻き付け自由を奪い、さらなる上空へ放り投げる。ミィシャは追撃しない。再度大きく息を吸い込み、今度は無数の氷の矢をカイゼリオンへと吹き付ける。

 きりもみながら上昇を続けるコウタたちは、迫る氷の矢を確認するだけで精一杯。氷の矢に翻弄され蹂躙され、力なく落下していく。


「さあ、とどめです!」


 一際巨大な氷の矢がミィシャの口からずるりと生えている。まるで自身を長大な弓に見立てているかのように。だがそれがなんだと言うのだ。全身くまなく攻撃を受けたコウタたちにあの矢を回避する術はほとんど残されていない。


 ―重牙断が破られたのに、どうすればいいの……?


 いままでの試合でも、決着の技として使用してきた必勝の技を破られ、地力の差を見せつけられ、コウタの戦意もまたほとんど残されていない。


 ―きっとミィシャさんも殺したりはしないよ


 弱気はついに甘えを呼び込んでしまった。

 全身を埋め尽くそうとしていた甘えは、きっとミィシャにも伝わったのだろう。


「逃げも諦めも許しません!」


 一喝とともに氷の矢が放たれ、カイゼリオンの胴に命中。しかし装甲を貫かずに姿を変えて大きく広がり、胴全体に張り付いてしまった。

 凄まじい冷気にコウタの意識が覚醒する。

 なにかしないと本当に殺される。

 ミィシャは強い。レニーシャを守りながらでもきっと見えない山にたどり着き、目的を果たす。

 対して自分は伝説の勇者でもなんでもない、どこにでもいるレベルの剣士。

 殺されなくても見捨てられる。

 それは、イヤだ。

 レニーシャの傍に居られないなんて、


『そんなの、絶対に、イヤだあああっ!』


 全身に火が付く。手放しかけていた柄に再度力を込め、柄底で腹部を強打。一気に亀裂が走り、砕け散る。自由になった両手でしっかりと握り締め、口内に氷の矢を携えたミィシャへ迫る。

 でも。剛剣の技は返される。思い出せ。なにかあるはず。おじいや姉さんとの稽古を思い出せ。そうだ。姉さんはいつも軽やかに剣を振るっていた。華麗に、舞うように。

 うろ覚えの見よう見まねだけど、ミィシャに見せていない技はもうこれしかない。

 いけない。もう間合いだ。激流にあってもたゆたう落ち葉のように、力を抜け。相手を見ろ。隙はいくらでもある。そこへ最小限の動きで最大限の力をねじ込む!


柔剣(じゅうけん)朧霧斬(ろうむざん)


 どこをどう打ったかなんて覚えていない。

 気がつけばコウタは、散華する氷の矢と鮮血の中を着地体勢に入り、


「……お見事」


 ミィシャはゆらりと崩れながらひとの姿に変化し、前のめりに落下していく。


「ミィシャさん!」


 慌てて鞘に戻し、両手で掬うようにミィシャのからだを受け止める。

 彼女を守る、全身に散りばめられた紅鋼玉色の鱗がさらに赤くてらてらと輝いている。


「はやく、治癒の息を!」


 はい、と弱々しく頷き、ミィシャは自らに治癒の息を吹きかけ始めた。

 やりすぎた。

 互いがそう思う中、コウタはやさしくミィシャを地面に下ろし、カイゼリオンから飛び出して膝枕をした。


「だいじょうぶ、ですよ。龍族のからだは頑丈なんです。見た目ほど傷は深くありません」


 ほっ、と安堵し、コウタはミィシャの手を握る。

 ふふ、と笑うミィシャに眉を寄せると、


「いえ、コウタロウさんのような美少年に膝枕をしてもらって、さらに手まで握ってもらえるなんて、お嬢には悪いですけど、すごく、幸せだな、って」


 時折咳き込みながらも臆面無く言ってのけたミィシャに、コウタは呆れるばかり。


「もうっ! こんなときに!」

「あ、その怒った顔、すごくいいです」

「ミィシャさん!」

「うふふ。冗談なんかじゃ、ないですよ」


 まっすぐ目を見られながら言われて、コウタは赤面し、目を逸らしてしまった。


「お嬢には、もったいないですね。正直」

「……もうっ」


 結局大人の掌の上で弄ばれただけ。

 今回のケンカはそれが全てだ。

 コウタはそう結論付けた。


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