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女たち

「純星流、剛派(ごうは)、コウタロウ・フォーゼンレイム。いきます!」


 名乗り、突進。

 プリンセッサは足を止め、周囲の木々をなぎ倒し、あるいは粉微塵に切り刻み、巨体が存分に動ける空間を作り始める。無闇に移動せず、あそこで戦うつもりらしい。ちょうどいい。


「だあああっ!」


 向こうの間合いに入る寸前、右に飛び、残っていた幹を蹴り登って生い茂る枝葉を突破して頂上部からさらに上空へジャンプ。空は薄曇り。雨も少し肌に感じられる。

 すごい。一面に森が広がっている。

 ここからでは自分が流された川は見えないが、視界の右隅に高い絶壁が見えた。ならあの向こうがカルボン・シティだ。少し懐かしいな。

 視線を眼下へ。

 プリンセッサから滲み出る憎悪や敵意はここからでもはっきりと感じられる。

 けれど、やらなければいけない。

 大切な姉を、あんな場所に閉じ込めておくことなんて出来ない。


「姉さんっ!」

 小さく叫び、下へ。緩く握っていた星帝丸をからだの正面に。

「カイゼリオン!」


 プリンセッサの正面にカイゼリオンを呼び出し、プリンセッサに組み付かせる。彼への礼と謝意は修理中何度も口にした。それでもまだ足りないけれど、いまは戦ってもらうしかない。

 がっしりと組み合ったカイゼリオンの肩に飛び乗り、コウタはプリンセッサの鎖骨と首の間に星帝丸を突き立て、ぐい、と刀身を沈み込ませる。

 直後、プリンセッサの全身から、あの光る糸がにゅらにゅらと這い出し、コウタ目がけて迫ってくる。


「こいつ!」


 プリンセッサから星帝丸を抜き、振り回すようにして光る糸を切る。しかし数が多すぎてまるで追いつかない。仕方なく左手を柄から離し、手でも払う。光る糸にふれた瞬間、コウタの目にひとりの女が映し出された。


 ―レニー……シャ?


 髪は黒く、肌は小麦色。背格好も容姿も大人びていたが、コウタは瞳の奥に映った女をレニーシャと重ねた。重ねてしまった。

 幻視だと分かっている。本物のレニーシャはバウドの小屋で不安そうにこちらを見つめている。また怖い思いをさせていることに胸が少し痛む。

 なにを勘違いしているんだ。

 瞳の奥のレニーシャは偽物。幻にすぎないのに、目が、合った。そして挑発的に笑いかけてきた。

 背筋が氷り、汗が噴き出る。なのに、感じたのは、

 心地よい開放感だった。


「う、うわあああああっ!」


 これに身を委ねてはいけない。

 ぼくが安らげるのはこんな安っぽい笑顔じゃない!


「おまえが! おまえかあああっ!」


 右手で星帝丸を、左手でまだ柄に結んであるレニーシャの髪を握りしめ、コウタは叫ぶ。

 カイゼリオンを呼び出す時のように星帝丸が強く輝き、その輝きに触れた光る糸が次々と消滅していく。


「出て行けぇっ!」


 星帝丸と自分になにが起こっているのかの恐怖よりも、姉を救える可能性が少しでもある方に全力を尽くしたかった。

 そして星帝丸はその思いに応えてくれた。


「これ以上姉さんを、おもちゃにするなぁっ!」


 星帝丸からあふれた光はコウタを二体のガウディウムを、ジェーナを包み込み、やがて消えた。

 光が消えた後、コウタはプリンセッサの肩の上に立ち尽くしていた。


「終わっ、た……?」


 荒い呼吸のままプリンセッサの様子を伺う。あの光る糸はどこにもなく、プリンセッサ自身から感じていた、どす暗い圧力も感じなかった。

 今なら、とコウタは呼びかける。


「姉さん! 返事して!」


 何度か呼びかけて返事があった。


『……コウ、ちゃん……?』


 か細く、力の無い声色だったが、プリンセッサに乗るまでの殺伐とした色は無くなっている。コウタの記憶にある姉のそれだった。


「姉さん……っ」


 安堵し、警戒を解こうとする心を叱咤する。なぜならば、プリンセッサの足下から立ち昇る光る糸が見えた。まだ姉の心を陵辱しようと言うのか。


「はやくそこから出て!」

『うんっ』


 プリンセッサの胴体が淡く暖かく輝く。ぬるん、と光の球が胴体から抜け出し、その中には両膝を抱えた、裸体のジェーナの姿がある。もう大丈夫、とコウタはカイゼリオンに飛び乗り、彼に姉の入った光の球を抱えさせてプリンセッサから飛び退く。


「待って、まだ光后丸が中に……」

「だめだよ、あの光る糸が胴体に絡み付いてるから」

「でも」

「いまは逃げることだけ考えて。それにその格好じゃ、なにも出来ないでしょ」


 弟に言われてようやく自分がどんな格好をしているのかを自覚し、頬も耳も鎖骨も真っ赤に、全身をうっすら桃色に染めて自身を抱きしめるようにして隠し、顔を背けた。

 姉さんのからだなんだから、見ても平気だよ、と言いかけてやめた。以前、風呂上がりで何も身につけていない無防備な姉を偶然見かけて、その日から丸三日間口をきいてくれなかったことを思い出したからだ。

 困り果てながらも逃走を続けるふたりへ、声が届く。


「コウタロウさん、ジェーナさんをこちらへ」


 背後からミィシャが呼んでいる。振り返れば、大きく毛布を広げたミィシャと、衣服を抱えたレニーシャの姿があった。

 まだ割れていない光の球を抱えたまま、コウタはカイゼリオンをレニーシャたちの元へ走らせる。


「お願いします」


ひと言だけ添えて姉をふたりに渡し、コウタはプリンセッサに向き直る。


「はい」

「コウタは……どうするの?」


 不安そうなレニーシャを背に、コウタは星帝丸を掲げる。


「プリンセッサも光后丸もぼくが取り返すから。姉さんは休んでて」


 三人に背中を向けたままコウタは、カイゼリオンから放たれる光に呑まれ、彼の中へと消えていった。


「コウタ……」


 大丈夫だよ、と頷いてコウタはカイゼリオンを走らせる。

 光の糸はまだプリンセッサを飲み込んでいない。走りながらコウタは切っ先を下方に構え、プリンセッサの正面へ走らせる。


「な、なんだ……?」


 プリンセッサに絡みつく光る糸がうごめいた、と思った直後、内部へ潜り込み、やがて

下腹部、人であればヘソのあたりから柄と刀身の三分の一ほどが、ぬるり、と姿を見せる。

 星帝丸と似た、だが違った美しさを持つ刃文。

 手入れした者の愛情が伝わってくる刀身。

 あれが、光后丸。

 師匠が愛弟子に、祖父が孫娘に贈った、純星流の至宝。


『まず、あれを!』


 抜き取ってしまえばプリンセッサは無力化できるはず。


「お姉ちゃん……? どこ行ったの……?」


 なんでそこに居る。

 ふらふらと、まるで幼い迷子のような足取りでティロと呼ばれた龍族がプリンセッサの前に歩み出てきた。

 そしてあろう事か、プリンセッサの腹から出た束に手を伸ばした。


『それに触っちゃだめだ!』


 え、とこちらに視線をやりながらも、ティロは手を伸ばすことを止めない。

 あの龍族の正体など知ったことでは無いが、あの束に触れればどうなるかの想像ぐらいは容易につく。


「うわああっ! なにこれぇっ!」


 右手を伸ばして光后丸に触れようとした瞬間、その柄から光る糸が無数に湧き出し、右手に絡みつき、瞬く間にティロ本人を飲み込んでいく。


「やだあぁっ! 助けて! お姉ちゃん! お姉ちゃぁん!」


 その悲鳴もすぐに光の糸に呑み込まれ、瞬く間に全身も包み込まれてしまう。そしてくるりと、両手で抱えるほどの球体へと変貌し、光后丸の刀身と共にプリンセッサへと吸い込まれていった。

 すぐに来る。

 なにが起こっているかの究明よりも、コウタは剣士としての直感を優先させ、カイゼリオンに納刀させ、束に手を乗せて腰を落とし、前傾に。

 刹那、プリンセッサが消えた。




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