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豪雨と濁流

『がはっ!』


 背中から大樹に叩き付けられ、コウタは肺の空気全てを吐き出す。

 完敗だった。

 惨敗だった。

 闘戦場での試合に勝利できていたのは、魔素の力を利用した軽鎧のサポートと、イグラードから大刀を借りていたからだと思っていた。

 けれど、こうして全く同じ条件になれば、自らの剣術の、なんと未熟なことか。

 左腕は一瞬で潰された。

 そのことに驚いている間に両足を潰され、胸部も背部も深刻な、コウタの姿が覗き見えるほどの深い傷が刻まれ、残った右腕も時間の問題だろう。

 カイゼリオンの、狭いが窮屈ではない操縦席からレニーシャたちの様子をうかがう。不安そうなレニーシャの肩をミィシャが押さえている。


 良かった。無事だ。


 ここまでボロボロにされるのを援護もせずに、と恨んではいけない。ミィシャはレニーシャを護る最後の砦だ。援護に入った瞬間、レニーシャが攻撃されては元も子もない。

 ふたりの旅の目的は、見えない山へ行って魔素の減少を食い止めること。護衛なら龍族のミィシャがいる。はっきり言えば自分は居ても居なくても構わないのだ。

 ほとんど無関係の自分を、なんでレニーシャが同行させたのかは教えてもらえていないが、こんなところで死ぬつもりもない。

 改めて自身の状況を把握する。

 胴体部分への執拗な攻撃で、コウタ自身もかなり傷を負っている。幼さの垣間見える顔も、うっすらと筋肉の乗り始めた胸板も、くびれすらある華奢な腹にも。全身傷を負っていない箇所は無いほどに。


「もうちょっとだけ、がんばって……。カイゼリオン」


 痛むからだにむち打って、刀を支えにしながらどうにか立ち上がる。大事なのは、演技力だ。

 黒いガウディウムは立ち上がったコウタたちを認めると、無造作にくないを二本投げつけてきた。

 避けることも出来ずに両肩に命中。その反動でからだを起こされる。顎が天を向くほどに仰け反り、戻った時にはもう、黒いガウディウムは間合いに入っていた。

 息を呑むほどに速く、ぞっとするほど美しいフォームだった。

 下から来る。

 一番傷の深い、右脇腹から逆袈裟に切り上げるつもりだ。

 やるなら、いましかない。


「だあっ!」


 まだ動く右腕を振り上げ、逆手に握った剣を渾身の力を込め、相手の死角をついて背中を急襲する角度と速度で振り下ろす。

 命中。硬い。火花を散らし、弾かれた。

 これでいい。

 からだは大きく開き、その反動でだらりと下がっていた左腕が右肩近くまで昇ってくる。握力だけは残っている左手で右肩に刺さっているくないを掴み、体を捻って抜く。反動をもう一度使って黒いガウディウムの頭部、眉間へと突き入れる。

 やった、と喜ぶこともせず、コウタは上がったままの右腕を振り下ろし、下からの斬撃を防、

 遅かった。

 黒いガウディウムの刀身は、コウタが振り下ろそうとしていた刀よりも内側、右脇腹に肉薄していた。このままでは両断される。


「伏せて、お嬢!」


 遠くからミィシャの叫び声。直後、ひゅおおおおおおっ、と無数の氷のつぶてが渦を巻きながらカイゼリオンに襲いかかる。


「ミィシャ!?」


 驚くレニーシャを無視してカイゼリオンに向かった氷たちは彼の右脇腹に広がる傷口に命中。瞬く間に胴体部分に広がって傷口をムラ無く塞ぎ、がっちりと分厚く固めた。


「だあああっ!」


 気合いだけで一歩前に出るコウタ。それだけで黒いガウディウムの刀はただの棒きれと化す。右腕を下ろし、黒いガウディウムの両腕を絡め取り、持ち上げ、肘関節を()める。


「っ!」


 極まったのは一瞬だった。

 黒いガウディウムを持ち上げた際に、二機の体重を支えるカイゼリオンの両膝が、破片をまき散らしながら大破し、文字通り膝から崩れ落ちた。


「コウタ!」

「ここから動かないでください」


 言い残して駆け出すミィシャ。ひゅおおおおっ、と息を吸い込み、顔面に突き刺さったくないを引き抜く黒いガウディウムの右腕へ、


「っ?!」


 大人の身長ほどもあるくないがミィシャへと猛スピードで向かってくる。真後ろにレニーシャがいる。避けるわけにはいかない。体内にため込んだ氷の息をくないへと吹きつけ威力を減衰させる。それでも完全に停止させられず眼前に迫ったくないを、


「ふっ!」


 鱗を集めて固めた右フックで殴りつけ、崖に立ち並ぶ巨木たちへとはじき飛ばす。巨木の一本をなぎ倒し、氷漬けのくないは崖下の激流へと落ちていった。


「コウタロウさん!」


 ミィシャの視界が開けたときには状況は一変していた。

 崩れ落ちたカイゼリオンは黒いガウディウムに顎を持ち上げられ、値踏みするかのようにつぶれた顔で睨まれ、平手打ちを食らった。

 誰もが驚く中、黒いガウディウムはレニーシャに視線を向ける。


『逃げてレニーシャ!』


 カイゼリオンからコウタの悲痛な叫び声が聞こえる。

 カイゼリオンと、レニーシャ。ふたりを辛そうに見比べ、歯噛みし、ミィシャは天に向かって凄まじい咆哮をあげる。

 ミィシャは龍の姿へ変化する―そう察したコウタは安堵した。


『行かせない!』


 まだどうにか動く右腕を駆使してコウタは黒いガウディウムの胴体にしがみつく。ふたりが安全に逃げられる時間を稼ぐために。

 出会ってからの数日で、ミィシャがレニーシャのことを第一に考えていることはよく分かっている。最初に会った時にフードを深く被っていたのだって、龍族の自分がいることでレニーシャが虐げられることを防ぐためだし、いままで援護しなかったのもレニーシャの身の安全を第一に考えてのこと。

 だから、これでいい。

 ここまでボロボロにすれば、黒いガウディウムは自分への興味を失っただろう。いまレニーシャを見やり、進んでいるのが良い証拠だ。

 自分が助かるのは、ふたりが安全圏まで離れ、黒いガウディウムが去った後でいい。

 コウタの思いとは裏腹に、カイゼリオンはずるずると引きずられていく。

 脚の踏ん張りも利かず、片手でしがみついているだけでは無理も無いが、黒いガウディウムは数歩進んだところで立ち止まり、カイゼリオンの頭頂部を鷲掴みにして持ち上げ、すぐ隣にあった巨木へ何度も叩き付ける。

 激しく揺さぶられながらもコウタは右手を離すことはしない。


『コウタロウさん!』


 ミィシャの声が響き渡る。ああ、もう大丈夫だ。

 その全身を覆うのは、宝石のように上品な艶の赤い鱗。蛇のように長くしなやかな体躯。初めて見るのに、あの龍がミィシャのもうひとつの姿だと理解できる。


「もういいから、コウタも逃げて!」


 立ち並ぶ巨木たちよりも上空。龍となったミィシャのうなじ。そこに伸びるたてがみに掴まるレニーシャが叫ぶ。

 同時にミィシャが無数の氷のつぶてを黒いガウディウムの背中に吹き付ける。衝撃で仰け反り、カイゼリオンから手を離す。


『逃げて……、ミィシャさん……っ!』


 呻くコウタを無視して黒いガウディウムは、カイゼリオンを叩き付けていた巨木を無造作に引っこ抜き、軽々と放り上げる。瞬間、白刃が閃くと根が全て切り落とされ、先鋭化していた。

 まさか、と気付いた時にはもう巨木を肩に担ぎ、狙いをミィシャたちに定め、躊躇無く投擲した。

 巨木を引き抜いてからここまで一瞬の出来事にミィシャの反応が遅れ、長く伸びた胴の真ん中ほどを切り裂き、血の雨を降らせた。

 だが同時に、投擲の際に強く踏み込んだ影響で黒いガウディウムが立つ崖が崩落を始めた。当然だろう。巨木の幹や枝葉が風を防いでいたように、巨木の根は崖崩れを防いでいたのだから。

 ごそっ、と崩れ落ちる地面。

 いち早く反応した黒いガウディウムは細く深い崖を蹴り、向こう岸までジャンプするとそのまま姿を消した。

 傷を庇いながら飛ぶミィシャは、不安そうにカイゼリオンを見やるも、崖とカルボン・シティの中間地点に降り立ち、人の姿に変化した。

 動くこともできないカイゼリオンは土の固まりから転がり落ちる。崖下まではどれぐらいあるだろう。薄れゆく意識の中でコウタが思うのはそのことだった。



 雨がいつの間にか止んでいたことに、誰ひとり気付くものはいなかった。


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