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黒いガウディウム

恋のお話です。


『それまで! 勝負あり! 勝者、イグラード!』


 審判がインカムのマイクへ叫ぶと、会場全体が爆発を起こしたような歓声に包まれる。

 土が敷き詰められた円形試合場のほぼ中央で、はぁっ、と息を吐いてぺたんと座り込んだのは、まだ年端もいかない少年。

 凛々しさの中に幼さが残る顔立ちと、健康的に焼けた肌が衣服の向こうに見える。

 右手には使い込まれた木刀が力なく握られ、額には鉢金を始めとして簡素な防具を身につけている。

 へたりこむ少年剣士、コウタは月に一度開かれる武闘大会に出場し、歴戦の剣士や拳士たちにもみくちゃにされながらどうにか準々決勝まで勝ち上がり、たったいま敗北した。


「負けちゃったな……」


 仰いだ空は眩いほどの晴天。

 だったら負けたこともしょうがないとも思えてくるのは、剣技も気力も体力も全てを出し切り、使い果たしたからだろう。


『負けはしましたが、コウタ選手も勇敢に戦い、彼自身の将来性と潜在能力を感じさせてくれるとても良い試合内容でした。皆様、見目麗しく前途有望な少年剣士に盛大な拍手をお願いします!』


 万雷の拍手が自身に向けられると、慌てて立ち上がって照れくさそうに全方位へ頭を下げる。

 その仕草が暖かな笑いと女性客から無数の黄色い歓声を呼び、コウタはさらに恐縮する。

 ちらりと視線に入った対戦相手、イグラードは苦笑しながら肩をすくめていた。

 いいひとで良かった、と安堵したところでアナウンスが流れる。


『それでは、三十分の休憩と試合場の整備の後、準決勝第一試合を始めたいと思います』


 アナウンスを待ってコウタは木刀を腰に戻して一礼。振り返り、そそくさと試合場の出口へと歩き出した。 

 瞬間、背後に雷が落ちた。

 青天の霹靂による轟音に全身を強張らせ、半ば興味本位、半ば怖いもの見たさでそおっと振り返る。

 ほどよい堅さに調整、整備された土の闘技場の中心に立ちつくしていたのは、見上げるほどの巨人。


「ガウディウム……? なんで……」


 ガウディウム。

 生きとし生けるものすべてを巻き込んだとも伝えられる、人族と龍族との戦争。

 その圧倒的戦力差を産めるために人族が魔族と共同で開発した大型機巧体。

 見る者の絶望を振り払い、困難に立ち向かう希望を与える雄々しき勇者。

 それがガウディウム。

 その人龍戦争も五十年ほどまえに終結した現在では、主に建築現場や災害救助などで活用されている。

 街中で見かけたとき、コウタもわくわくしながらいつまでも眺めていたものだ。

 なのに。

 恐い。

 見ているだけで震えが止まらない。

 全身を漆黒と滅紫で覆われ、眼窩は落ち窪み、まるで大量の死者が深い怨念と共に甦って結集したかのようだ。

 そしてあのガウディウムが放つ、殺気とも怨嗟とも付かない深く重い波動が、コウタだけでなくまだ事態を飲み込めていない観客たちまで呑み始めている。

 震えるコウタをよそに、黒いガウディウムは三万を超す観客たちへ、次いで近くに居たイグラードへ視線を向ける。

 いけない。

 あの黒いガウディウムがなにをするつもりでここに来たのか分からないが、あんな凶々(まがまが)しい存在がこんなに人が多いところに来てなにをするのかなんて、容易に想像がつく。

 コウタが学ぶ、流派純星流(じゅんせいりゅう)は受け入れ、護るための剣術。

 師匠であり祖父のベラートは、コウタが力におぼれることが無いように毎日毎日毎日毎日、コウタが飽きるほどに口やかましく言って聞かせている。

 だがそんな教え込まれた理屈は、家に帰ってベラートの顔を見てから思い出したぐらいに無我夢中だった。


「イグラードさん!」


 気がついた時には走り出していた。

 走っていなければ、からだを動かしていなければ恐怖で足がすくんでしまう。

 いまだって、漆黒のガウディウムに近づくことをからだが全力で拒否している。

 こんなに一歩一歩が重いと感じたことは一度もない。

 けれど走る。


「わあああああああああっ!」


 自らを鼓舞するため、同時に漆黒のガウディウムの注意を引くための大音声を放つ。

 まるでそれが合図だったかのように黒いガウディウムが拳を振りかぶる。

 標的はイグラード。

 つい先刻、コウタを破ったイグラードという男。純粋な人族でありながら、その赤銅色に輝く肉体は並の龍人では歯が立たないほどに鍛えられ、圧倒的な膂力から生み出されるパワーは幅広の大剣での二刀流を可能にする。

 剛胆な破壊力と、五手、六手先をも読み切る繊細な頭脳を併せ持つ彼は今大会の優勝候補の筆頭。そんな相手と闘えたことにコウタは感謝すらしていた。

 終了と同時に両腰の鞘に戻していた双刀をすらりと抜刀し、イグラードは迫り来る巨大な拳を不敵な笑みで睨み付ける。


「おいあんた!」

 双刀を漆黒の拳にぶち当て、後ろ足を地面にめり込ませながら吠える。

「野暮なことしてんじゃ、ねえよおおっ!」


 相手は見上げるほどの巨人。その肩口から振り下ろされた巨大な拳を受け止めただけでなく、イグラードは押し返してしまった。

 やはり試合では手加減をされていたんだとコウタは痛感する。自分が子供だから、ハンデとして軽鎧を身につけているから、気持ちではなく、物理的な力の面で。

 弾き返され、たたらを踏むガウディウム。


「合わせろ、坊主!」

「はい!」


 決然と頷くコウタの意思に応じるかのように、軽鎧から勢いよく白い煙が吹き出す。同時にコウタの速度はぐん、と上昇し、一気に漆黒のガウディウムとの距離を詰める。

 間合いに入る。ガウディウムが足を止める。一瞬のアイコンタクト。跳ぶコウタ。二刀を水平に、力を溜めるイグラード。


「だあっ!」

「ふんっ!」


 コウタは左膝裏、イグラードは同じく左スネへ全く同時に愛刀を振り当てる。

 命中した、と思ったのはコウタだけだった。

 す、と巨躯に似合わぬ静かさでガウディウムは左足を前にやる。つま先はイグラードを向いている。直後、イグラードの巨躯は天高く舞い上がる。


「坊主は早く逃げろ!」

 空中で激しく回転しながらもイグラードは叫ぶ。

「イヤです!」


 巨大な拳が、ガウディウムの正面に落ちてきたイグラードへ振り抜かれる。会場から悲鳴が多数上がる。直後轟いたのは場違いなほどに涼やかな高音。


「くぅ……っ!」


 間一髪。手にした木刀で壁のようなガウディウムの拳を受け止め、会場が歓声に包まれる。しかしそれも束の間。左の手刀で胴からなぎ払われ、一瞬の内に試合場の壁に叩き付けられていた。


「かは……っ!」


 肺の空気が一気に押し出される。軽鎧に埋め込まれている魔素の力を利用し、防御力と身体能力を向上させていても、受ける衝撃全てが緩和されるわけではない。

 軽い酸欠状態となったコウタの目に、どうにか立ち上がって剣を握りしめて反撃を試みるイグラードの姿が映る。


「おおおおおっ!」


 スネに二連撃。膝はイグラードの頭よりも高い位置にある。動じないガウディウム。ならばと一瞬しゃがんで力を溜め、跳躍しながら右太ももの付け根へ突き入れる。あれだけ強固だった脚部と打って変わって柄まで突き刺さり、切っ先が腰から突き出た。


「やった!」


 酸欠から回復したコウタが歓喜の声を上げる。

 彼は、いや生身でガウディウムと戦った者など過去ひとりとして居ない。見上げるほどに巨大なガウディウム相手に、コウタもイグラードもよく戦っていると言えよう。

 深く突き刺さった剣を諦め、イグラードは柄から手を離し、着地体勢に入る。その無防備な一瞬を付いて彼の胴にガウディウムの拳が命中。くの字に折れながら吹っ飛び、壁に背中から激突する。ばしゃっ、と背中を中心に血が噴き出す。いけない。気を失った。あのままでは失血死してしまう。


「イグラードさんっ!」


 埋め込まれていた壁からどうにか外れ落ちたコウタが、再度軽鎧から蒸気に似た気体を吹き出しながら突進する。ガウディウムがこちらを振り返る。その瞬間、ガウディウムの背後にひとつの影が落ちる。

 試合中の万が一が起こらないよう待機している龍族の青年だ。額から伸びる一本角はコウタも格好いいと思う。それよりも、いままで介入してこなかったのは観客たちの避難誘導を行っていたからだ、と後で聞いた。

 ふううううっ、と青年が優しく息をイグラードに吹きかける。息に触れた箇所の傷が瞬く間に塞がり、全身が息に包まれるとイグラードはゆっくりと目を開けた。


「……すまない」


 いえ、と青年は答え、彼を壁から引きはがす。もう大丈夫だ。


「わあああっ!」


 雄叫びでガウディウムの注意を引く。ガウディウムが自らの腰に履いていた刀を抜く。


「これを使え! 坊主!」


 肩を借りながらイグラードが残った自らの剣を投げる。激しい回転と鮮やかな弧を描きながら、ガウディウムとコウタの間の地面に突き刺さる。


「借ります!」


 走りながらイグラードの剣を抜き、切っ先に地面を削らせながらガウディウムへ迫る。

 呼応するようにガウディウムが長大な刀を振りかぶる。瞬間、コウタが思うのは、共通規格としてガウディウムの操縦席は胴体部分に収まっている、ということ。


「てああっ!」


 凄まじい速度で振り下ろされる長大な刀を紙一重でかわし、手首、肘を踏み台にしてさらに高くジャンプ。刀が地面にめり込んだガウディウムは拳でコウタを追う。だがそれも踏み台にして完全に間合いの外に。太陽に入る。逆光でガウディウムが怯む。いまだ!


「剛剣、重牙断(じゅうがだん)!」


 両手でイグラードの剣を構え、まっすぐに落下。繰り出される巨大な拳をかいくぐりながら黒いガウディウムの右肩口へ剣を振り下ろす。凄まじい轟音が響き渡り、直後、ガウディウムの右腕が肩から切り落とされた。


「どうだっ!」


 黒いガウディウムの胸の辺りで叫び、着地へと移る。下げた視線の先に、まだ股間部分に突き刺さっているイグラードの剣が見える。落下と軽鎧の力も使って加速しながら刺さっている剣の柄を握り、一気に引き抜く。よし、うまく抜けてくれた。

 そのまま着地し、黒いガウディウムを見上げる。その姿は怒りに震えているようにも、腕を落とされた哀しみにうちひしがれているようにも見えた。


『そこまで! 武器を棄てて投降しなさい!』


一日一話で投稿していきます。

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