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雲のきれまに

作者: 空想うつつ

 痛い。

 気付いたら、鋭い風にさらされていた。ここは、どこだろう。

 穏やかな海の、打ちよせるさざ波がそっと散る浜辺。見渡す限りのぶあつい雲がつくっているのかもしれない、すべてが仄暗い景色。そこに、ぼくはいた。


 わけがわからない。

 どうしようもなく落ち着かなくて、さらさらとした浜辺を踏み荒らす。ぼくの足跡が増えるたびに叫びだしたくなる衝動に襲われる。やめよう。

 ようやく、じっと立ち止まって、辺りを見回した。

 浜辺からは、森に行けるみたい。森の先に、雲がかぶさるほど高い山が見える。それほど遠くはなさそうだ。

 さっきよりも風が強くなってきて、なんでか落ち着かない気持ちを抑えるように、変わらないはずの雲を見る。

 変わらないはず?

 どうしてそう思ったんだろう。

 灰色の雲は何かにかき乱されるように、ゆらめき続けている。


 目を逸らせない。何か、とても大切な何かを忘れている。

 それに集中しようとした一瞬。

 雲が、裂けた。


 高い山の頂上よりも少し低くに射し込む光の帯。

 薄暗かっただけの世界にもたらされた明暗。

 極上の絵画よりもうつくしい、ひととき。

 その光景は、ぼくを魅了する。支配する。


 うつくしかった。

 もう一度。もっと近くで。

 震える足を踏み出したぼくには、荒々しくなる海も、重苦しくとどろきはじめる雲も、何も見えなかった。

 ただもう一度、あれを見たかった。




 森の中は浜辺よりも暗い。なんだかじめじめしてる気もする。よく見ると何かに見えそうな木々が、時折風に揺られてざわめく。獣の唸り声にも聞こえてほんの少し、怖い。

 まっすぐ山を目指して歩いた。そのうち誰かが通ったような、踏み締められた道が現れた。これは頂上へ向かう道だ。

 ぼくは知っている。どうしてだろう。初めて来たはずなのに見覚えがあるような……


 ふいに、風に殴られる。

 ぞわりと悪寒が走る。なにか恐ろしいことが起こる。

 足をはやめて、はやめて、駆け出して、走った。

 怖い。

 こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい、ここは怖い。

 はやく先に進もう。何かの息遣いがすぐそばで聞こえるなんて気のせいに決まってる。獣の遠吠えなんて聞こえちゃいない。


 迫る何かから逃げるように走り続けていたぼくを、とうとうそれは見つけて、とらえた。

 肩をつかまれて、もう、なにがなんだかわからなくて、めちゃくちゃに腕を振り回した。やわい何かを強く打ち付けた感覚がして、遅れて地面にどう、と倒れる影。

 そう、影だ。それは真っ黒な、影のバケモノだった。

 今、やらないと。

 どこからくるかわからない焦燥に後押しされて、バケモノにのしかかる。その、案外細い首に手をかける。

 首?

 じわじわと力がこもる手と、改めてバケモノの、影の姿をまじまじと見る目が、まるで別人のようにバラバラで、ぼくがそれを理解して悲鳴を上げても、体は勝手に動いていた。


「違う!これはぼくじゃない!!!」


 それはぼくの影だった。

 真っ黒なぼくの顔が苦しそうに悲しそうに歪んでいく。

 涙が止まらない。

 わけがわからない。


「消えろ、消えろきえろきえろきえろきえろきえろきえろおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 なんで、そんな、顔。


 影は、溶けるように、消えた。

 ぼくは、またまちがえた。

 ぼんやりと、跡形もない地面を見つめたまま、そう思った。

 わけがわからない。




 気付いたら森を抜けて山のふもとに来ていた。

 そうだ、あれが欲しいんだ。そのために、ここに来た。

 登ろう。きっと何かがわかる。

 ぼくぐらいの大きさの岩がごろごろと転がる山道を進む。

 浜辺で見た時よりも雲が近くて、重い。

 時折、光がぼくを誘うように見え隠れする。

 欲しい。欲しくてしょうがない。


 頂上が近づいて、なんとなく振り返ってみた。森を飲み込もうとするほど荒れる海が見えた。

 急がないと。

 直にあれは山をも飲み込んでしまう。

 ぼくはそれを知っている。


 駆け足で登ってるうちにいろんなことを思い出した。

 あの海はぼくの涙。

 さらさらとした砂はずっと昔のぼくの成れの果て。

 森の木は怯えて立ち止まったぼくの骨。

 山の岩は諦めて横たわったぼくの体。


 消えた影は、今のぼくの、片割れ。




 頂上には広場があった。

 渇望が透明な階段を照らしている。

 歩いていく。

 崩壊の音が近付いている。


 ぼくを焦がす渇望の、階段の目の前に来て、急に、とても恐ろしくなった。


 ぼくをも照らし出す眩しくて、熱くて、とけてしまいそうな。

 一歩、たった一歩踏み出せばあれを掴めるのに。

 でも、掴んで、それで、どうなる?

 ぼくの片割れは戻らない。

 あやふやなぼくを消し去りそうなほど強い輝き。

 一度でも知ってしまえばこんな世界すら創れない、絶望(希望)が待ってる。そうに決まってる。


 広場が端から崩れてく。

 答えを出せずに立ち止まるぼくに、近付いてる。


 今までも何度もここで立ち止まった。

 きっとまた、繰り返す。

 欲しがって、怯えて。

 覚悟を持たないままここにきても無意味なのに。

 愚かなぼくは忘れてしまう。


 階段は、もっと長いものだった。

 ぼくの屍が積もりすぎたから近くなった。

 それでも、なお遠い。

 すぐ近くでぼくを焦がしているのに、掴めない。


 ぼくが踏み出せないから。


 押し寄せる波が広場を砕いて、瞬く間に元通りの穏やかな海に戻る。

 高い空に放り出されて、落ちていく。

 ひどくゆったりとしたその時間。

 閉じていく雲を、ぼくに遅れて落ちる雨を見つめて、そして。




 くらぁいくらい、うみのそこ。

 さむぅいさむい、なみのなか。


 驚くほど穏やかな死に包まれて、更に深くへ落ちていく。

 かつてぼくだったすべてが、世界を創りなおす。

 新たなぼくは、行けるだろうか。

 あの雲のきれまに。







 痛い。ここはどこだろう。

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