7(改稿)
前提に変更を加えたため、すこし改稿しました。
シュザがいなくなって、1週間もの時間が経った。
モリブデン孤児院は、沈痛な静けさが漂っていた。
それは首都ウルツァイト内全体でもそうで、外で子どもの声を聞くことはついぞなくなった。
それは全て、街の――ウルツァイトに起こっている、げに恐ろしい事件のせいだった。
子どもが真夜中に外へ抜け出し、帰ってこなくなる事件。
戻ってきた数少ない子どもも、身体が鉱石になって、最後には物言わぬ石の塊に変わってしまう。
孤児院の先生や子どもたちは「シュザも悪魔に攫われて、『鉱石病』になってしまったのではないか」と言うようになった。
だから、シュザは見つからないのだ、と。
それでも院長先生などは、「シュザは必ず見つかる」と繰り返し言っていたが、院内には既に絶望的な雰囲気が漂っていた。
相変わらず先生たちは毎日山まで行ってシュザを探しているが、未だ彼女の行方どころか、手掛かりすら掴めていなかった。
ある日、院長先生は「年長者を除いた子どもたちは、木の実採集などの外の仕事をしないように」と、私たちに言い渡した。
特に年齢が6歳近くである子どもたちは、少しの外出すら許されず、夜眠る時は必ず先生が交代で、子どもたちの寝室で一緒に眠ることになった。
だから私の最近の仕事は専ら院内の掃除だったし、子どもたちの側には、朝から晩まで誰かしらの先生がいた。
とてもじゃないがシュザを探しに行けるような隙はなかったのである。
悪魔が復活したというのは、本当だろうか。
私は子どもたち用の寝室の床を掃きながら、窓の外を眺めてぼんやりと考えた。
部屋の至る所にある窓には元の鍵の他に南京錠が取り付けられていて、それが賑やかな院内には不釣り合いな物々しい雰囲気を漂わせていた。
加えて、玄関や勝手口の扉には何重にも鍵が掛けられていた。これではまるで、牢獄みたいだ。
ゲームの中でも悪魔は出てきた。しかし、この世界には魔物や幻獣はいるものの、悪魔は伝説上の生き物であり、存在しないもののはずだった。
……魔王が復活するまでは。
ちなみに、私は「鉱石病」に聞き覚えがあった。
「鉱石病」はあのゲームの主人公の一人である「リヒター・ウルフェン・リーベック」の序章で発生する奇病なのである。
各主人公の序章では、主人公が宝珠を手に入れ、守護者となるまでの話が展開される。
「リヒター」編序章のあらすじはこうだ。
ある日、首都ウルツァイトの東にある山に突如として巨大な鉱石の山が出現し、同時にロスヴァル中で人々が鉱石に変質してしまう「鉱石病」が蔓延する。
事態を憂えた魔術師リヒター・ウルフェン・リーベックは、元凶と思しきその鉱石の山を目指す(ちなみにシャーリィはリヒターに勝手についてくる)。
鉱石の塊の中はダンジョンになっており、その最深部へと進んでいくと奥には怪物が待ち受けていた。
「鉱石病」を引き起こした犯人は、五珠の供物の一つを取り込み暴走した悪魔だったのである。
リヒターは幼馴染のシャーリィと共に見事その悪魔を倒し、「鉱石病」の流行は終わりを告げた。
そして、五珠の供物の一つを得た彼は宝珠の守護者となるのである。
これがゲーム中にでてくる「鉱石病」のエピソードなのだが、現在の状況とかみ合わない点が多々存在する。
まず一つに、この世界では「鉱石病」になる者が6歳前後の子どもに限られていることが挙げられる。
ゲーム中の「鉱石病」は、年齢に関わらず多くのロスヴァル国民が罹患していたし、ましてや子どもの神隠しなどは起こっていなかった。
加えて不思議なのは、「鉱石病」が発生した時期である。
ゲーム中では「鉱石病」は「リヒター」が14歳の時、シャーリィは「リヒター」の2歳年下だからシャーリィが12歳の時に発生した事件だった。
つまり、本来なら今から6年後に発生する事件のはずだった。
発生が6年も早まっているのは一体何故なのだろうか。
もしかして、この世界での「鉱石病」の犯人は悪魔じゃないのかもしれない。
あるいは、考えたくはないが魔王の復活が早まったのか……。
思わず身震いをした。悪魔が、魔王が相手だというのなら、シュザを助けるために私に一体何が出来るのだろうか。
私には魔王や悪魔に対抗できるような力は……残念ながらない。
ゲームの中でのシュザは補助魔法程度なら使えていたが、今の私にはそれすら使える気配がない。
勿論ゲームの中にシュザは出てこない。ましてや、彼女がどうなったかなど……。
シュザは今、どうしているのだろうか。
食事はとれているだろうか。寒さに凍えてないだろうか。
それとも、もう何処かで冷たい鉱物に変わってしまっているのだろうか……。
脳裏に、青白い鉱石となり果てたシュザの姿が浮かんだ。
自分の想像にぞっとした私は、その不吉なイメージを必死で振り払って掃除に集中しようとした。
ただシュザの無事を祈ることしか出来ない自分が歯痒く、情けなくてならなかった。
その日の夜も、私はあまり寝付けなかった。
ここ毎日そうだ。どんなに眠ろうと努力しても、結局シュザのことを考えてしまう。
だって、シュザは私にとってとても大切な存在だったのだ。
親もいない孤独な身の上の私にとって、シュザは友達であり、そして、とても大切な姉妹のような存在だった。
枕元に置いた青い石が、月の光に照らされてきらりと光った。その光はまるで、シュザの青い瞳のようだった。
やっぱり、シュザを探しに行こう。この窓の鍵を開けて、飛び降りてしまえばいい。2階だからちょっと怖いが、足を挫いたところでなんだというのだ。
そうなると最近窓に取り付けられた南京錠の鍵が問題だが、その鍵だって院長先生の部屋にならきっとあるはずだ。
皆を起こさないようそっと廊下に出て、院長先生の部屋に忍び込んで、鍵を取ったら急いで窓を開けて、そしたら、東の、山、へ……
外へ出る算段をしているうちに、私に急激な眠りが訪れた。思考がどんどんと霞んでいく。
そして私は、青い石を握りしめながら、まるで墜落するような深い眠りに、おちていった。