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シュザが、いなくなってしまった。
一緒に木の実の採集をしにいっていた先生が言うには、採集もひと段落して、昼食をとろうと皆に声を掛けた時、はじめてシュザがいないことに気づいたのだという。
慌てた先生たちは道を逆戻りしたりして必死に探したらしいが、シュザの行方は杳として知れなかった。
シュザのいない孤児院は、火が消えたように静かだった。
彼女は今、一体どうしているのだろう。
無事だろうか。凍えてないだろうか。野犬に襲われていたら、もっと大きな獣に襲われていたら……
シュザがいなくなったのは、私が石を欲しがったからだ。
そして、石を探しに行きたがっているシュザを止めなかったせいだ。
せめて、シュザが寄り道したがっていると、先生に伝えていればよかったのだ。
そしたら先生たちもシュザを気にすることが出来ただろうし、どこかに行きそうになってもすぐに止められただろう。
あるいは、私も木の実採集についていっていれば。いや、そもそも私が石を欲しがらなかったら……。
不安と後悔ばかりが頭の中を回った。
思えば、昇天日のシュザは少しそわそわしていた。
夕食の時間シュザは、おなかが空いていないからと、パンを丸々残してポケットにしまっていた。
それどころか誕生日のお祝いのときだって、ずっと前から楽しみにしていたはずの砂糖入りのお菓子にも、シュザは手をつけていなかった。
「ほら、シュザが食べたがっていた焼きケーキだよ? 食べないの?」
と私が尋ねても、後で食べると言って、私があげた分も含めてハンカチに包んでしまった。
いつものシュザならごはんもお菓子も、あっという間に平らげてしまうのに。
私の疑念は、シュザ捜索用に物置小屋へランプを取りに行った先生から、物置からランプが一つ無くなっていたという話を聞いた時、確信に変わった。
もしかして、シュザはちょっと石を取りに寄り道するのではなく、本格的に青い石を探しに行ってしまったのではないだろうか。
あの日のシュザに変なところはいくらでもあったはずだ。
でも私はそれについて深く考えなかった。なんて馬鹿だったのだろう。
彼女を探しに行かなければ、と思った。
私のせいで、シュザが居なくなったのだ。
私がシュザを見つけ出したい。見つけ出さないといけない。
でも、誰にも言わずに行けば私も迷子扱いになってしまうだろう。
そう思った私は、誰にも気づかれないように少し荷造りをしてから、とにかく夜まで待った。
皆が寝静まった夜半、自分のベッドに「シュザを探しにいきます」と書置きを残すと、ベッド横のランプを拝借した。
そして、昼間のうちにまとめた荷物を背負って、同じ部屋の子どもたちを起こさないように廊下へ抜け出した。
外から蛙の声が聞こえてくる以外は、とても静かだった。
私のいる部屋は2階だから、1階に下りなければいけない。周囲を警戒しながら、ゆっくりと階段を目指した。
廊下に並ぶ窓の外には、青白い月が見える。満月から少し欠けた月はどこかいびつで、それがなんとも不穏に感じた。
そうして、とうとう廊下を渡りきり階段までたどり着いた。
ここを下りれば玄関はすぐだ。
「シャーリィ、どうしたの?」
背後から突然かけられた声に、思わず肩が跳ねた。
「院長先生……」
振り返るとそこには、訝しげな表情を浮かべた院長先生が立っていた。
「その、手水場に……」
とっさにそう答えたが、
「なら、どうしてカバンを持っているのかしら」
そう追及され、私はまごついてしまった。
「シュザを探しに行こうとしていたのでしょう?」
「……はい」
もう逃れようがないとわかった私は、素直に認めた。
「先生たちもいま必死で探しているわ。どうして、一人で行こうと思ったの?」
私は、昇天の日からのシュザについて、全てうち開けた。
シュザが木の実取りの途中で青い石を探しに行くと言っていたこと、昨日の彼女の様子がおかしかったこと。
そして、それをわかっていて先生に伝えたり、シャーリィをちゃんと止めたりすることを怠ったことも。
私の話を全て黙って聞いていた院長先生は、「シャーリィ」と、私の名を呼んだ。
きっと、叱られるだろうと思った。
そんなわたしに対し、院長先生は、
「そんなの、あなたが悪いってわけじゃないのよ。だから、そんな暗い顔をしないの。あの山はそう大きなものでもないし、大きな獣も少ないわ。だから、シュザが無事に帰るのを、みんなで待っていましょう」
と言って、優しくほほ笑んだ。
私は酷くうちのめされた。
自分の過ちが悔しかった。だから、自分の力でどうにかしたかった。
だって、これは私の過失だ。私が気を付けていれば、避けられた問題だ。
自分が子どもだから、無力だったから、と言って、それでシュザのことはしょうがなかったのだなんて、思いたくなかった。
それに私は子どもじゃない。少なくとも、魂は。
私は院長先生に、悪いのは私なのだから自分で解決したい、と言った。
そんな私に、院長先生は
「あなたは、年の割にとても賢い子だけれど、だからって自分が一人でなんでもできると思うのは違うと、私は思うわ。あなたは大人に甘えたり、頼ったりするのが好きじゃないのだろうとは、薄々感じていたけれど……。そこまでいくと、先生たちがかわいそうだわ」
と、きっぱりと言った。
「かわいそう……ですか」
「そうよ。ここでは確かに、子どもたちに一緒に畑仕事や、動物の世話をしてもらっているけれど、それはみんなに生活するのに必要なことを勉強してもらうためなの。これから大人になっていくあなたたちにね」
院長先生はそう言うと、少しさびしそうに笑った。
「でも、あなたはまだ子どもなのよ。大人の私たちは、あなたたちを守るのがお仕事なの。シュザもだけれど、私はあなたも守りたいの。大人を少しは信じて、ね? じゃないと、私も先生たちも淋しいわ」
私は、何か言いたくて、でも何も返せなかった。
私は大人だ、と言いたかったけれど、身体は子どもだ。私の身体は非力だ……。
「さあ、もう寝なさい。大丈夫。シュザは、私たちが絶対に見つけてあげますからね」
そういって、院長先生は私を部屋まで送った。
私はベッドに潜り込んだが、一向に眠りにつけなかった。
私は、心が大人だけれども、身体は6歳の子どもだ。
それは果たして、大人なのだろうか、子どもなのだろうか。
果たして身体が子どもの私には、本当にシュザのために出来ることはないのだろうか。
ずっと考え続けたけれど、答えが出ないまま、朝を迎えたのだった。