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 とにかく、世界を救う旅に出て、最終的に悪堕ちして一緒に旅してきた主人公に討たれるとか、そんな最期遂げたくない。

 なら、どうするべきか。


 ゲームの序章が始まるのは6年後だ。

 それまで主人公の一人である「リヒター」と関わることがなければ、私は冒険の旅に出ることもなく、悪女の誹りを受けることもなくのんびりとこの牧歌的な世界で生涯を遂げることも出来るのではないだろうか。


 しかし、そう考えれば考える程、何故だか今朝の気がかりな夢が気になって仕方がなくなる。

 私の欠けた記憶に、とても大切なものが詰まっている気がしてならないのだ。



 シャーリィ?



 ああ、もう、忌々しい。前世の記憶なんて、どうでもいいじゃないか。

 「逃した魚は大きい」とよく言うではないか。

 失われているからこそそんな大仰なものに思えてくるだけに違いない。


 だいたい、ゲームの世界によく似ているからって、本当にゲーム通りとは限らないのだ。

 現に私はロスヴァル公女ではなく、ただの孤児院の娘だ。もしかしたら、魔王も復活しないかもしれないじゃないか。


 いやたとい一時期魔王の力に世界が侵されても、主人公たちが打倒してくれることになっているはずだ。

 ヒロインが一人(しかも最悪に厄介なヒロイン)くらい居なくても大丈夫に決まっている。だってヒロインはあと4人もいるのだから。



 シャーリィ、シャーリィ!



 それに、「リヒター」だけが主人公じゃない。

 他の4人がメイン主人公だったならシャーリィは悪堕ちしないし、冒険の旅にでることもないのだ。

 5人の主人公達と別のヒロインが旅立てば、ちゃんと世界に再び平安がもたらされることであろう。


 記憶だって、生活している内にひょんなことで思い出すかもしれないじゃないじゃない。

 穏やかに、穏便に暮らしていればいいのだ。わざわざ危ない橋を渡る必要はないはずだ。


 そう、主人公たちに積極的に関わらなければ……。



「シャーリィったら!」



 突然真横から掛けられた大きな声に、私の思考は弾け飛んだ。


 慌てて横を向けばそこには、淡いブラウンヘアーを青いリボンで高めに結った碧眼(へきがん)の少女が仁王立ちしていた。


「もう、シャーリィだめだよ。皆はもうとっくに起きているのよ。シャーリィのために井戸の水汲みのお仕事、取っておいたんだからね」


 少女は、まるで自分がシャーリィのお姉さんであるかのようにませた口調で言い募った。


「いい?『怠惰(たいだ)は脚を石にする』のよ、シャーリィ」


 そして、孤児院の先生の真似をするように、シャーリィを(たしな)めたのだった。


「ごめんね、シュザ」


「もう、シャーリィったらずうっと口をぽかんとあけたまま固まってるから、どうしたのかと思ったわ」


 この青いリボンの女の子ーーシュザもまた、私と同じ孤児だ。

 彼女は元々ユリス北部の生まれだったが、ユリスで起こった先の領土戦争で父親を失った。


 シュザの母親は戦を逃れるため、親族のいるロスヴァル公国に娘と二人でやってきた。

 しかし夫を失った悲しみに、更に旅の心労が祟ったのか、3年前にシュザの母親も、当時3歳の彼女を(のこ)し儚くなってしまった。



「とても、変な夢を見てしまって、頭がぼうっとしていたの」


 私がそう言うと、シュザは丸い瞳を更に大きくしながら、


「そうなの? どんな夢?」


 と私に尋ねた。

 ううん、ここで前世でプレイしたゲームにこの世界がそっくり、なんて話をしても詮無いだろう。

 そもそもテレビもパソコンもないしなあ、この世界。


「……私が、公女さまになる夢よ」


 私がまあ間違ってはいないだろう回答をすると、シュザはさっきのこましゃくれた物言いを投げ捨てて、ぴょんぴょんと子鹿のように飛び跳ねた。


「公女さまになるなんて、素敵! 公女さまになれば、綺麗な服を着たり、お砂糖の入ったお菓子が沢山食べられるのよね?」


「ええっと、それどころか、多分公女さまになれば自分だけの特別なドレスへ1日に何回も着替えて、朝昼晩のごはん全部お菓子にすることも出来るわよ、きっと」


「いいなあ、いいなあ! シュザも公女さまになる夢見たかった!」


 そう言いながらシュザはまたぴょんぴょんと忙しなく飛び跳ねるのだった。



 (シャーリィ)と同い年である彼女は、いつだって溌剌(はつらつ)としていた。

 思えば彼女が最初に孤児院に来た時も、とてもキラキラとした笑顔を浮かべていたのを覚えている。


 彼女は持ち前の明るさで、瞬く間に孤児院の子どもたちと仲良くなっていった。

 一方の私は大人しい自分の性格が祟ってか、当時孤児院の中で孤立していた。


 彼女が初めて孤児院へ来たあの日も、一人で遊んでいた私の顔をそのくりくりとした目で見つめると、屈託のない笑顔を浮かべながら手を引っ張ってくれたのだ。


 シュザといるのは本当に楽しかった。

 あの時以来、歳が同じこともあってか、彼女は私と、まるで本当の姉妹のようにいつも一緒にいた。

 彼女は、塞ぎがちだった私の世界を広げてくれたのだ。



「公女さまになる夢を見ちゃうなんて、シャーリィはよっぽど公女さまに憧れているのね」


 飛び跳ねるのをやめたと思ったら、シュザは今度は少し意地悪気な表情でシャーリィをからかい始めた。

 本当に、気まぐれでお転婆な女の子である。


「うーん。きっと、誕生日のお菓子が楽しみ過ぎて、こんな夢を見たのね」


「そうね! 間違いないわ!」


 そう言って、2人でくすくすと笑いあった。



「私達のお誕生日の贈り物(お菓子)、何かしらね?」


「私は焼きケーキがいい! ああ、夜が楽しみだなあ」


 シュザはごく幼い頃までは両親と共に暮らしていたため、生まれた日がわかっていた。


 それは、偶然にも昇天の日だった。

 だから彼女にとっては、昇天の日は本当の誕生日なのだ。


「さあ、遅くなっちゃったけれど、水を汲みに行きましょう! うんと働いたら、夜に食べるお菓子がもっと美味しくなるもの」


「うん! 」


 少し遅くなってしまったが、朝の仕事を済ませるべく、2人で寝室を飛び出した。




「ああ、私も公女さまになる夢がみたいなあ」


 シュザは公女さまになる夢が余程羨ましいらしく、井戸から水を汲み上げる最中もその話ばかりしていた。


「そうだ、神さまに、公女さまになる夢が私も見られるようお願いしよう! 寝る前にいっぱいお祈りをすれば、きっと叶えてくれるよね!」


 そう言うと、シュザは私へ同意を求めるように、ニッコリと微笑んだ。


「そうね、きっとね」


 今朝目覚めた時の記憶は、私の世界をぐるりと変えてしまった。


 ならば今朝見た夢は、私にとってどんな存在なのだろう?

 私もお祈りをして願ったら、神さまに教えてもらえるのだろうか。


 シュザと2人、水で重くなったバケツを運びながら、そんなことを考えていたのだった。



稚くも愛らしい、幼馴染のシュザ。

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