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 私がこの世界で自我を手に入れた時、私はシャーリィだった。

 シャーリィ・デ・ラ・ロンズデーライトではない、ただのシャーリィ。

 正確に言うとシャーリィ・モリブデンと言うのだけれど、そんなの些末(さまつ)なことだ。

 私は出自も生まれた日もわからない、孤児だったのだ。



 都から東の方向へ延びている道は、いくらか行けば途端に木々が散見し始め、仕舞(しま)いには完全に林道の様相を呈してくる。

 その道の途中に(たたず)む、教会が運営するモリブデン孤児院。

私はここで穏やかに、6歳までを過ごした。



 モリブデン孤児院は、ロスヴァル公国の都、ウルツァイトの外れにあった。


 小クエイン山脈に囲まれた国、ロスヴァル公国は、山脈の(ふもと)に広がる盆地を国土とする小さな国だ。

 ロスヴァルは元々、大国ユリスのロンズデーライト領である、北東部に位置する一地方都市であった。


 しかし山々に囲まれたこの地方は交通の便が(すこぶ)る悪く、(あまつさ)え目立った産品もなかったために行路の整備も行われず、大国の中でも孤立していた。

 それ故この地方都市はユリス国内でも(こと)に自治が発達していき、さるユリスの他国との間に勃発した領土戦争のいざこざに乗じて、とうとう独立国となった。


 しかしロスヴァルは森深い上に山も多い土地柄なため、生業(なりわい)はもっぱら農耕と採集で、他国に()を振るう程の国力はなかった。

 他国への牽制に城の設えだけは立派なものであったが、文化方面に水際立つものはなかった。


 そのためロスヴァルの国民は(貴族を含め)、大国ユリスなどで次々と宮廷文化が花開く中、その曙光(しょこう)とは殆ど無縁の素朴な暮らしをしていたのである。



 つまり、貧しい国ロスヴァルにあるこの孤児院の暮らしは、清貧の一言であったということだ。

 孤児院の運営費用は、全て公国からの支援金や寄付のみで賄われていたため、必要最低限以外は子どもたちが先生と共に畑を耕し家畜を養う、自給自足の暮らしをしていた。





 さて、先述の通り私には自分の誕生日がわからない。捨て子だからだ。

 院長先生が言うには、寒気が緩やかに忍び寄る初秋の朝、ボロボロの布に包まれた嬰児(みどりご)の私が、『私はシャーリィ』と書かれたカードと共に、孤児院の門の所へ捨て猫みたいに置かれていたらしい。


 このカード以外、私のことについては何の手がかりもなかった。

だから、カードに書かれていた名前の通り私は“シャーリィ”と名付けられ、モリブデン孤児院の子シャーリィ・モリブデンとなったのである。



 私は自分の誕生日がわからなかったが、そんな子どもは孤児院には沢山いた。

 そうした、誕生日のわからない子どもはまとめて、神格を得た聖人レグルスが天上へ召し上げられた昇天記念日を誕生日だとして祝ってもらっていた。


 孤児院の食事は粗末なものであったが、誕生日を迎えた子どもには、特別に砂糖の入った焼き菓子が振る舞われた。

 普段は目にすることも叶わない砂糖入りの甘いお菓子は、孤児院の子どもたちにとって格別の贈り物だった。


 だから昇天の日の前日、私を含めた誕生日のない子どもたちはとても浮足立っていて、毎日の仕事である畑の手入れや、家畜の餌やり、(うまや)の掃除もままならないほどだった。


 何度も仕事の手を止めては、


「ねえ、先生たちは何のお菓子をつくってくれるのかしらね」

菓子パン(ヴィエノワズリー)かな、焼きケーキかな」

「ビスケットがいいなあ。サクサクしているのをミルクでふやかすんだ」

「お菓子には、卵もミルクもたっぷり入っているのかなあ」

「入っているさ! だってここに牛も鶏もいるもの」

「どっちにしても、砂糖が入っているだけで最高だよ!」


 そんなことを言って、私たちはくすくすと笑いあった。



 その惚けた様は夜まで続き、一向に眠らない私たちをきつく(たしな)めた先生たちがランプを消しても、私は眠ることができなかった。





 今思えば、それは予感だったのかもしれない。


1章のはじまりです。

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