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お茶会と魔法の雪



「………。」



 フィリアは無言のまま、目の前の光景を見つめる。

 思いっきり現実逃避をしたい気分だった。

 しばらく固まった後、隣に同じような状態になっていたマリアをそばに引き寄せて小声で問いかける。



「マリア。これは一体どういうことですか⁉︎」



 フィリアの目の前にベンチに座ったカナと、それを取り巻く美しいヴァンパイアの男たちが見えるのは、気のせいだろうか。

 いや、是非とも気のせいであってほしい。



「わ、分かりませんよ〜。私が来た時にはすでにこうでしたから〜!」



 マリアが困惑気味に囁き返してくる。



(カナが乙女ゲームのヒロインである以上、二、三人とは知り合いになっていると予想していました。ええ、それはそうですけれど、どうして本人たちがここにいるのですか……!)



 そもそも今回のお茶会は人間の国から来た【花嫁】たちだけで行うと聞いている。

 それなのに、なぜ彼らがここにいるのか。

 まさか、彼らも参加させる気では……。

 そんな想像をして、ぞっとした。

 確かに彼らの情報がほしいとは思っていた。

 それについてお茶会でカナの話を聞きたいとも。

 だがあくまで、フィリアがほしいのは彼らの情報であって、彼ら自身に会いたいとは少しも思っていなかったのだ。

 むしろ会いたくない。

 美形を見るのは目の保養になるが、今回ばかりは話が別だ。

 まだこの乙女ゲームの世界で、自分がどのように生きてゆくのかも決まっていない今、へたに攻略キャラクターと関わり合いにはなりたくないのだ。

 もしかしたらこの先、敵になってしまうかもしれないのだから。

 ちなみにヒロインであるカナにも情報収集の時以外はあまり関わらないつもりでいた。



 今回、カナを取り巻いているのは全部で四人。

 第一王子に第一図書館の司書、騎士、そして魔術師だ。

 おそらく司書と魔術師は例の第一図書館で出会ったのだろう。

 フィリアが思い出した攻略キャラクターはまだ数人存在するが、すでに四人と出会っているとはさすがヒロイン。

 ぼんやりと目の前の光景を眺めながら、そんなことを考えていると、不意にカナと目があった。



「あ!フィリアにマリア!久しぶりだね。」



 カナは可愛らしい顔に笑顔を浮かべ、こちらに向かって走ってくる。

 茶色の髪がふわりと揺れた。

 その笑顔はどこまでも純粋で、無垢で。

 瞳を輝かせて、走る少女。

 それを後ろで見守る美しいヴァンパイアたち。

 その光景は、ヴァンパイアたちの眼差しは、確かに前世で見たスチルそのものだった。



(ああ…やっぱりカナは特別なのですね。)



 カナはこの世界のヒロインなのだと、そう改めて思って。

 フィリアは目を細めた。



「こんにちは。今日はお招きありがとうございます。カナ。」



「お久しぶりです〜。」



「うん!二人とも久しぶり。あのね、突然なんだけど二人にお願いがあるの。」



 ふ、と笑顔が引きつるのをフィリアは感じた。

 意図的に見ないようにしていたカナの後ろにいるヴァンパイアたちに視線を向ける。

 嫌な予感、というものは当たるものなのだ。



「彼らもお茶会に招待してもいいかな?私の友達なの!」



 カナが満面の笑みで放った言葉を聞いて、フィリアは誰にも気づかれないようにため息をついた。





 それからしばらくして、ジュリアとリサが合流した。

 彼女たちもカナを取り巻くヴァンパイアたちに驚いたようだが、それもカナの話によってたちまち歓迎の雰囲気になる。

 フィリアは忘れかけているが、もともと【花嫁】の役目は、王族や有力貴族と関わりを持ち、血の相性の合う相手を見つけることなのだ。

 第一王子は王族であるし、司書と騎士、そして魔術師は貴族だ。

 特に王族などとはほとんど出会う機会のない【花嫁】たちからすれば、これは関わりを持つ絶好のチャンスと言えるだろう。

 逆に言えば、そんな三人とすでに出会い、好意を持たれているカナは規格外なのだ。

 フィリアからすれば「だってヒロインですから。」の一言で済んでしまうのだが。

 まあ、とにかくそんなわけで、参加者の増えたお茶会は始まったのである。



(何ていうか……予想通り、いや少し違いますね?)



 てっきり、ヴァンパイアたち皆がカナの周りを取り囲み、フィリアたちは放って置かれるものだと思っていた。

 しかし実際はそうでもなく、王子と司書はカナを囲んで話しているが、騎士はフィリア以外の三人と楽しげに会話をしている。

 確かあの騎士の名はアルバート=ハリスト。

 宮廷騎士団の副団長を務める男。

 茶髪に深緑の瞳を持ち、その顔立ちは甘く整っているため、女から絶大な人気を誇る。



 女、と言ってもこの場合、ヴァンパイアの女だけを指しているのではない。

 実はこの国には亜人と呼ばれる人々も数多く暮らしているのだ。

 獣人やエルフ、ドワーフ。

 前世で言うところの、ファンタジーの定番。

 中でも、獣人やエルフの種族の人々は、人間たちから迫害されている。

 いつの時代、どこの世界でも数の多い人間というものは傲慢で果てしなく残酷だ。

 姿形が違う、たったそれだけなのに人間は彼ら亜人を嫌う。

 そのため人間に追い立てられた亜人たちは、森の奥深くなどに隠れ住むか、ほとんどがフェノール王国へと行くらしい。

 フェノール王国もヴァンパイア至上主義の国ではあるのだが、彼らは人間とは違い、亜人を虐げるようなことはしない。

 貴族の中には毛嫌いしている者もいると聞くが、ほとんどのヴァンパイアは亜人に興味を示さないのだ。

 この世界で個々の力の強さで頂点に立つのは間違いなくヴァンパイアであるが故に、彼らは自分たちより弱い亜人に興味がないのである。

 もちろん人間のように群れていないからという理由もある。

 例の戦争で証明されたように、どんなに力の差が歴然としていても数は時にそれを覆す。

 この世界で最も数が多い人間はヴァンパイアたちも警戒する必要があるのだ。



(とりあえずあの騎士はそこまでヒロインに入れ込んでいる様子はないようですね。)



 フィリアはほっと安心して息をつく。

 第一王子や司書のようにカナ以外に興味なし、というような状態になっていたらどうしようかと思っていた。

 そうしたらきっと、放って置かれた【花嫁】たちとカナの仲は微妙なものになってしまうだろう。

 そうなったら大変だ。

 一歩外へ出れば敵だらけのこの国で生き抜くためには、人間であるフィリアたちは敵対するよりも仲良くしておいた方が得なはず。

 だから、同じ境遇である【花嫁】のみんなとは出来れば仲良くしておきたいとフィリアは思っていた。



(あれ…そういえば、もう一人は……)



 考え事が終わって顔を上げたフィリアは、ふとヴァンパイアの人数が足りないことに気づく。



「こんにちは。」



 そして、隣に座った人がフィリアに話しかけてきたのも、ちょうどその時だった。

 振り向いたフィリアの瞳にまず飛び込んできたのは青藍の髪。

 鮮やかな藍色の髪を持つ彼は、フィリアの記憶に間違いがなければカナを取り巻くヴァンパイアの一人だったはずだ。

 レオン=ルクドルート。

 青藍の髪とセルリアンブルーの瞳を持つ宮廷魔術師。

 中性的な美しい容姿の彼は、魔法の腕は一流だがそれにしか興味のない変わり者である。



(…というか、なぜ彼は私に話しかけてきているのでしょう…。)



「こ、こんにちは。」



「確かあなたはコンスタンティノ王国から来たフィリア=マキアートですよね。」



「はい…。」



 フィリアはレオンが自分の名前を知っていることに驚きつつ、頷いた。

 内心では焦りまくっているが、表情には出ていない。



「僕はレオンと言います。レオン=ルクドルート。君は魔法技能を買われて【花嫁】になったそうですね。どんなことが出来るのですか?」



 その言葉を聞いて、フィリアはやっと納得した。

 レオンは人間の国の魔法について語るためフィリアに話しかけてきたのだと理解したからだ。

 おかしいと思っていた。

 何の接点もないフィリアにレオンがわざわざ話しかけてくるなんて。

 しかし、そういう訳ならば納得がいく。

 何せ彼は魔法にしか興味のない変人だと、噂になるほど有名なのだから。

 きっと人間が使う魔法に興味があるのだろう。



「そうですね……。」



 フィリアは何かレオンを満足させることのできる魔法はないか、と考え込んだ。



 この世界の魔法というのは実にシンプルである。

 想像力。

 それさえあれば、誰にでも魔法は使える。

 まあ、それが意外と難しいものであることは誰でも知る事実であるのだが。

 しかしながらフィリアには才能があった。

 この世界では小さな火を灯す現象でさえ想像するのが難しいのに、それを軽々とやってのけてしまうほどの才能が。

 もしかしたらそれには前世の記憶が影響していたのかもしれないと、今では思う。

 たとえ思い出していない頃だったとしても、無意識のうちに想像力に影響を与えていたような気がするのである。

 思い返してみれば、時折妙な光景が頭をよぎることがあった。

 それは小さな火が灯る瞬間のことだったり、水が凍っていく様子だったりと様々だったが、そんな光景を見た後は必ず魔法が上手くいっていた。

 今思えば、あれは前世のフィリアが見た光景だったのだろう。

 それがフィリアの想像力を手助けしていたのだ。



(何だか真面目に魔法の修行をしている人に申し訳なくなってしまいますけれど……。)



 幸運なことだったと、フィリアはそう思うことにしている。

 しかしながら問題はレオンに見せる魔法だ。

 前世の記憶を思い出した今、何か出来る事はないだろうか。

 できれば彼を驚かせることが出来るような、そんな変わった魔法が。

 ふと目に入ったのは空に浮かんだ雲。

 薄暗い空に浮かぶ、濃いグレーの色。



(あ……。)



 その時フィリアはひらめいた。

 そう、あったのだ。

 この世界には存在しないあれを見せようと思った。

 前世の記憶があるフィリアにしかできない魔法を。

 フィリアはレオンの方を向いて笑った。



「レオン様、珍しい魔法をお見せしましょう。これはとっておきの魔法です。」



 レオンの瞳に興味の色が浮かぶ。



「それは楽しみだ。ぜひお願いするよ。」



「はい。ではこちらへお越しください。」



 フィリアは席を立ち上がり、お茶会の場所から少し離れた所へレオンを呼び寄せると、静かに瞳を閉じた。

 思い描くのは前世の世界で見た景色。

 比較的暖かい地域に住んでいた前世のフィリアが憧れていたそれ。

 一度だけ、その瞬間を目にした時の感動は忘れはしない。

 空に敷き詰められた灰色の雲。

 吐いた息が白くなるほど冷たい気温。

 そして、薄暗い空から降るのはー……。



「これは…。」



 驚愕したレオンの声が聞こえて、フィリアは瞳を開けた。

 空を見上げて、魔法が自分の思い通りにいったことを確認してほっと息をつく。

 いつの間にか、お茶会を楽しんでいたはずの他の人々も会話をやめて空を見上げていた。



「…綺麗。」



 そう呟いた誰かの声がして。

 フィリアはなぜかとても嬉しくなって、微笑んだ。



 頭上に浮かぶのは、フィリアが魔法で作り出した小さな雲。

 そこから降るのは、紛れもなく。



 この世界には存在しないはずの、【雪】であった。





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