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第二図書館と友人



 ー かちり、と。



 ー 時計の針は音を立てる。



 ー 変わらないものと、変わってゆくもの。



 ー 動き出した時間はもう止まることなく。



 ー 何かが、ゆっくりと。



 ー 始まろうとしていた。





 ーーーーー



 翌日、まだ朝早い時間帯にフィリアは城への小道を歩いていた。



「ふぁ…」



 起きたばかりで、まだ頭がぼんやりしているため何度もあくびが口からこぼれてしまう。

 昨日はあまり眠ることが出来なかったのだ。

 原因は言うまでもなく、昨夜の出来事である。



(あの後、いつの間にか塔の自室へ戻っていましたが…どうなっているんでしょう?)





 意識を失った後、次に目覚めたのは塔の自室。

 そして時間はほとんどたっていなかった。

 一瞬、夢でも見ていたのかと思ったが、確かにフィリアの首には鎖に繋がれた銀の鍵が存在していて。



「やっぱり、夢ではなかったのですね…。」



 静まり返った自室に、フィリアの呟いた声が響いた。

 塔への道の途中で道に迷い、青薔薇の咲き誇る屋敷を見つけたのも。

 その中で美貌の青年、トワに出会ったことも。

 彼に銀の鍵を渡されて、また来い、と言われたことも。

 全て、本当にあったことなのだ。



(何だかフラグがたったような気がするんですけれど…気のせいですよね!)



 時の狭間に存在する青薔薇の屋敷に住む、美貌の青年。

 何やら暗い過去がありそうな、儚げで陰のある雰囲気。

 乙女ゲームにありそうな設定だ。



(いやいや、まさか…。)



 彼が例の攻略しないと悪役になるキャラクターだったりは、しないはず。

 どうしてだろうか。

 考えれば考えるほど、嫌な予感が増していく気がするのは。

 フィリアがそのキャラクターについて何一つ思い出せないことも、その嫌な予感が大きくなっていくのを手伝っていた。



(もし彼が例のキャラクターなら、昨日の出来事は必然だったのでしょうか……。)



 前世の乙女ゲームには出てこなかった、フィリアと例のキャラクターの出会い。

 それが昨日の出来事だったのだろうか。

 昨日、トワと出会った時、何一つ前世の記憶は甦らなかった。

 だから、トワは例のキャラクターではない可能性だってある。



(でも…)



 もしそうだったならば?

 フィリアはどうするべきなのだろう。

 何をするべきなのだろう。

 どうするのが最善なのか、フィリアには分からなかった。





「ルイスさん。おはようございます。」



 フィリアが声をかけると、その青年は読んでいた本から視線を上げた。

 そして、声をかけたのがフィリアだと分かると、穏やかに微笑む。



「ああ、フィリアさん。おはようございます。今日は随分と早いんですね。」



 青年の名前はルイス=ウェスティリア。

 ヘーゼルブラウンの髪と瞳を持つ、フェノール城、図書館司書である。

 そしてフィリアの友達第一号だ。

 もちろん他国の【花嫁】たちを抜いての話だが。

 ルイスはフィリアが人間であるにも関わらず、対等に接してくれる。

 この国へ来て、人間というだけで見下されてきたフィリアはそれをとても嬉しく思っていた。



「これ、ありがとうございました。面白かったです。」



 フィリアはそう言って、先日借りた本を手渡す。

 普段、フィリアたち【花嫁】がやらなければならないことはほとんどない。

 そのため、フィリアは毎日のように図書館へやって来ては本を借りていた。



「そういえば、今日はどうしてこんなに早いんですか?いつもは昼過ぎにやって来るのに。」



「ああ、今日は昼に約束があるんです。」



「約束?」



「はい。他国から来た【花嫁】のみなさんと、お茶会なんですよ。」



 フィリアは本を胸元に抱きしめながら、微笑む。



 ことの始まりは、一通の招待状だった。

 差出人はカナ=バリトン。

 内容は、人間の国から来た【花嫁】たちをお茶会へ招待する、というものだった。

 おそらく他の三人にも招待状が届けられているのだろう。



(ヒロインであるカナに接触すれば、何か思い出せるかもしれない。)



 そうでなくても、情報は得られるはずだ。

 カナは今、どこまで攻略しているのか。

 そして、特に誰と仲がいいのか。

 彼女にも前世の記憶はあるのか。

 いくらフィリアが前世の記憶を取り戻したといっても、まだまだ分からないことだらけなのだ。

 とにかく、今は情報を集めよう。

 調べなくてはいけないことは、たくさんある。



「へえ、そうなんですか。そういえば【花嫁】様は他に四人、いるんでしたよね。オレが会ったことがあるのはフィリアさんだけなので、詳しくは知りませんけれど。そもそも、こんな場所に来るのは、フィリアさんくらいですしね。」



 ルイスはそう言って、苦笑した。

 こんな場所、そういう風に彼が言うのには理由がある。

 この図書館の正式名称は、フェノール城第二図書館。

 つまり、この城に図書館はもう一箇所存在するのだ。

 そちらは第二図書館よりも大きく立派で、よく宮廷魔術師などが利用しているのだと聞く。

 綺麗で新しい第一図書館と歴史を感じさせる古い第二図書館。

 どちらを使いたいか、と問われたのなら誰もが第一の図書館と答えるだろう。

 フィリアもはじめは第一図書館へ行くつもりだった。

 あの日、前世の記憶が甦るまでは。



(第一図書館の司書さんの一人…攻略キャラクターだったんですよね〜。ふふ、そんな場所に行ったら絶対面倒くさいことになるではありませんか!)



 攻略キャラクターがいるところにイベントあり。

 そして、イベントあるところにヒロインあり。

 フィリアは即座に行き先を第二図書館へ変更した。

 第二図書館はゲームで名前だけしか出てこない、人間だとモブキャラクターのような扱いをされていた場所である。

 つまり、乙女ゲーム関係者はいない可能性が高い。

 てっきり、誰からも忘れられて放置されているものだと思いながら訪れたので、ルイスが居るのを見た時は一瞬幽霊かと思ってしまった。

 ルイスの方も一応司書としての仕事はしているものの、第二図書館へ訪れる変わり者などいないと思っていたらしく、その時はかなり驚いたらしい。

 まあそんな感じで出会った二人だが、何度も顔を合わせるうちに仲良くなり、今ではお茶をしながら、本の内容について語り合うほどの友達になっていた。



「まあ、でもフィリアさんに用事があるなら今日のお茶会はなしですね。」



 ルイスが残念そうに言うのを見て、フィリアも眉を下げて謝る。



「はい、すみません。また次の機会に。」



「いえいえ、気にしないでください!それじゃあ、また。」



「はい。ありがとうございます。」



 フィリアは一礼すると、ルイスに見送られながら図書館を後にした。





 帰り道、ふと昨日の青年の言葉を思い出す。



『次は茶くらいご馳走しよう。』



 そう言って微笑んだ美貌の青年。



(トワと名乗ったあの青年のことについても、考えなくてはなりませんね……。)



 攻略キャラクターかそうでないのか。

 そして、なぜ時の狭間などに住んでいるのか。

 彼についても、分からないことだらけだ。



(まあ、でもとりあえず。今度あの鍵を使ってみましょう。)



 フィリアはそう決心する。

 怪しいこと極まりないが、このままにしておくわけにもいかないのだ。

 何せ、フィリアの命がかかっているかもしれないのだから。

 胸元にかけられた銀の鍵がかちゃり、と音を立てる。



(いろいろと不安はありますが…)



 頑張ろう、とフィリアは思った。





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