パーティーと甦った記憶
ー 大事なことを忘れている、と。
ー 誰かが、囁いた。
ー あの日、夢見た世界。
ー 決して手の届かない、永遠。
ー 暗闇に光が射して。
ー どこかで、懐かしい名を呼ぶ声がした。
ーーーーー
それを思い出したのは、突然のことだった。
(……ヴァンパイアという種族は皆、美形であるものなのでしょうか?)
眩い光が煌めく、パーティー会場でフィリアは思わずそんなことを思った。
謁見から数日後、王城で開かれたパーティーにフィリアは参加している。
先日の謁見の間の何倍もある大広間には、途切れることなく音楽が響き、それに合わせて人々はダンスを踊っていた。
片手にグラスを持ち、談笑する人々。
このパーティーには有力貴族ばかりが呼ばれているようで、フィリアたちが後に関わりを持つ貴族の後継の方々も今夜はパーティーに来ると聞いている。
失礼のないように、と厳しく言い聞かされたのだ。
彼らとの関係が、今後のフィリアたち【花嫁】の立場を左右するのだから当たり前のことなのだが。
もちろんフィリアもそれについては努力するつもりである。
「ごきげんよう。」
「あら、お久しぶりですわね。ごきげんよう。」
「やあ、伯爵。この間はありがとう。助かったよ。」
「いやいや、とんでもない。お役に立ててなにより。」
壁際に立つフィリアの周りで、交わされる会話。
にこやかに話をする人々は、誰もが皆、美しい容姿をしていた。
「ヴァンパイアという種族は美しい、という噂は本当だったのですね…。」
フィリアは小さく感嘆の声を上げる。
周りを見渡せば、目に入るのは美男・美女、美少年・美少女。
人間の国で見た王族・貴族の方々も美しいと思ったフィリアだが、この国の王族・貴族はレベルが違う。
だが、やはりこの国に女性は少ないようだ。
大広間にいるのはほとんどが男性で、女性はほとんど見かけない。
そして数少ない女性たちはよっぽど小さな子供でない限り、多くの男性たちに囲まれていた。
皆が皆、数少ない女性たちに自分をアピールしているのだ。
自分をパートナーに選んでもらうために。
この国では男女の数の比率が合わないため、結婚できる男性はほんの一握りである。
数少ない女性と結婚できた男性は、この国で勝ち組なのだそうだ。
そんな理由もあり、ほとんどの男性は一生を独身で過ごすのだという。
フィリアが壁際でぼんやりと人々の様子を眺めていた時、ざわり、と大広間の空気が揺れた。
フィリアがざわめき出した方向へ目を向けると、そこには数日ぶりに見るカナがいた。
他国の【花嫁】に会うのは久しぶりだ。
あれから、塔の中でマリアには偶然出会ったが、他の三人には出会うことがなかったのである。
あの塔は意外と内部が複雑で、他の部屋を使っている人と出会うことがほとんどないのだ。
「…まあ、あれは確か噂の…。」
「ええ。殿下につきまとう人間の小娘よ。下等種族のくせに…‼︎」
カナの噂は耳にしていたが、どうやら事実らしい、とフィリアは思った。
『フェノール王国第一王子 ロベルト=フェノールに気に入られた人間の娘がいる。』
まさか、と思っていたのだが、カナはいつの間にか第一王子と知り合いになっていたらしい。
しかも種族が人間である、というハンデを持つにも関わらず、気に入られているとは。
フィリアは驚きを隠せなかった。
「でも、美しい髪と瞳の色をしているな。」
「ええ、特に瞳は漆黒とまでは言えませんがほとんど黒眼ですわね。見事な色だこと。」
この国で認められるために重要なのは一に実力、二に家柄である。
しかし、もう一つ重要なことがある。
生まれながらに誰もが持つ、髪と瞳の色、だ。
フェノール王国、通称夜の王国で最も愛される色は黒。
どんな色も黒に近ければ近いほど、この国では良いとされるのだ。
この国の王族や貴族には黒に近い色を持って生まれる者が多い。
おそらく血筋などが関係しているのだろう。
その中でも王族は国中で最も黒に近い色を持って、代々生まれてくる。
しかし真の黒、つまり漆黒を持つ者は少ないらしい。
確かにこの国へ来て黒に近い色はいろいろと見たが、漆黒を持っていたのは先日見た王だけだったように思った。
ただでさえ漆黒を持つ者は少ない。
フィリアが本を読んで調べた限りでは、髪と瞳の両方に漆黒を持っていた者は初代の王以外に存在しないのである。
この国の初代の王は、それはそれは美しい漆黒の髪と瞳を持っていたのだそうだ。
人間の国には、髪と瞳に黒を持つ人間なんて探せば大勢いる。
つまり黒を愛するのはこの国独特のものだということ。
それなのに、この国へ来たら人間もその基準で価値を決められてしまうらしい。
現に今、カナは一部の貴族たちに髪と瞳の色を賞賛されているのだから。
また、それを逆に考えてもみてほしい。
ー…どんな色も黒に近ければ近いほど、良いとされる。
それならば逆に黒から最も遠い、白に近い色はどうなのだろうか。
周りの視線と言葉たちが、その答えをフィリアに告げていた。
「それに比べて…あの人間は…。」
「ああ、なんて気味の悪い色だ。ほとんど白ではないか。」
「まあ、本当だわ。あれに比べればまだあの茶髪の人間の娘の方が良いわね。」
「おかーさま!あの人、髪が白いよ?目も明るい色だ!変な色だねー。」
聞こえるのは、嘲笑と侮蔑の言葉。向けられるのは哀れみの視線。
フィリアは思わずため息をついた。
嘲笑や侮蔑には慣れている。
コンスタンティノ王国のあの家では、幼い頃から毎日向けられていたものだから。
でも、なぜ哀れみの視線を向けられなければならないのか。
フィリアは母親譲りの白銀の髪を誇りに思っている。
そのため哀れみの視線は、この上なくフィリアを不快な気分にさせるのである。
(……失礼な人たちです。)
どうやらフィリアは人間である、というハンデだけでなく、この色についてのハンデも抱えているようだった。
「きゃあ!」
向けられる言葉と視線にうんざりし、フィリアが大広間を出ようかと考え出した時。
聞き覚えのある声が大広間に響き渡り、人々の関心はそちらへ集まる。
不快な言葉と視線がなくなり、ほっとしながらフィリアも声をした方向へ視線を向けた。
床に蹲った少女はカナだった。
先ほどの悲鳴もカナが上げたのだろう。
その正面に立つのは、巻き毛の美しい少女。
おそらく貴族の令嬢だ。
状況からして、人間のくせにちやほやされるカナが気に入らず、わざとぶつかって転ばせた……というところだろうか。
(まあ…お約束ですね。)
ふとそう考えて、我に返った。
(お約束?…私、今何を考えました…?)
なぜそんなことを思ったのだろう。
私はこのような状況になることを知っていた…?
『…!……‼︎』
不意に誰かが名を呼んだ気がした。
フィリアの名ではない、誰かの名を。
聞き覚えなどないのに、なぜか胸がいっぱいになって。
ー…懐かしい気持ちになる。
フィリアは混乱して、頭を押さえた。
茶髪の少女。お城で開かれたパーティー。【花嫁】。巻き毛の少女。悪役令嬢。
そしてー…。
「何事だ。」
第一王子 ロベルト=フェノール。
ざわり、と再び空気が揺れた。
自然と開かれた道を堂々と歩いてきたのは、この国の第一王子。
ロベルト=フェノールだった。
焦げ茶色の髪と瞳を持つ、美丈夫である。
人を従える、カリスマ性を持つ人物だという噂だ。
「何があった。」
「ロベルト様!」
王子はカナが蹲っているのを見て、不機嫌そうな表情で周囲へ問いかける。
それにすぐさま声を上げたのは、巻き毛の少女。
嬉しげに頬を赤く染めながら駆け寄り、王子の腕に触れようとした…のだが、パシンッという音と共にその手は王子に弾かれた。
「お前か、カナに手を出したのは。」
低い低い、怒気を含んだ声に巻き毛の少女は一瞬で顔色を悪くする。
「いえっ…わたくしはそんなっ…!」
「黙れ。」
少女の顔色を見て、自分の考えが正しいと分かったのだろう。
「二度とカナに近づくな。次はないと思え。」
必死に言い訳をしようとする少女を、王子はバッサリと切り捨てた。
そう、残酷なまでにあっさりと。
一度も巻き毛の少女を見ることなく。
少女はポロポロと涙をこぼしながら、走り去って行った。
「カナ。」
王子が打って変わった甘く優しい声で、カナを呼ぶ。
その声に、フィリアの心臓が音を立てた。
どくん、どくん。
(何…ですか、これ…!気持ち、悪いです…。)
カナと初めて出会った日と同じような、既視感。
(私は…知っている…?これを、確かにどこかで……。)
王子が膝をつき、カナに手を差し伸べる。
そしてカナが恐る恐る手を伸ばし、二つの手が触れ合った、その瞬間に。
ー…フィリアは全てを、思い出した。
床に蹲る少女へ手を差し伸べる王子様。
その手を取る少女。
そう、確かにフィリアは知っていたのだ。
この世界に生まれる、もっともっと前に、この場面を見たことがあったのだから。
甘い雰囲気の二人を遠目に見ながら、フィリアは静かに理解した。
ー…ここはフィリアの前世に存在した乙女ゲームの世界である、と。