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夜の王国と他国の花嫁



 ー 頭上の光へ手を伸ばす。



 ー ゆらゆら、ゆらり。



 ー 揺れる、揺れる。



 ー「まだ、起きてはだめ。」



 ー 誰かの声がした。





 ーーーーー



 次に目を覚ました時、辺りは薄暗かった。

 ガタン、ゴトン。

 馬車が揺れる。

 どうやらフェノール王国へ入ったようだ。



「聞いていた通りの国ですね…。」



 フィリアは窓から外を覗いて呟いた。

 一年中、薄暗い夜の王国。

 太陽のない国。

 闇と共存する、夜に愛された王国。

 もう青い空と太陽を見られなくなるかもしれないと考えると、何とも言えない気持ちになる。

 窓から入ってくる空気は、冷たかった。

 ガタン、ゴトン。



 しばらくして、正面に大きな城が見えてくる。

 闇と霧の中でも圧倒的な存在感を放つ建物。

 きっと、あれがフェノール城だろう。

 城はフィリアの国のものより、数倍大きかった。

 コンスタンティノ王国の城は見た目こそは立派だが、特に大きい建物ではない。

 やはり、経済力の違いだろうか。

 まあコンスタンティノ王国とフェノール王国では、そもそも国土の広さからして比べものにならないほど差があるのだから仕方がないとも言える。



 ガタン、ゴトン。

 馬車は城の敷地内に入ろうとしていた。

 御者が門番と会話しているのを横目に見ながら、フィリアは再び城を見上げる。



(本当に大きな城……。)



 ここで、これから暮らすのだ。

 この広い鳥籠の中で。

 それは、幸せなことなのだろうか。

 それとも、不幸せなことなのだろうか。



(…まだ何も始まってはいないのだから、考えても仕方がないのですが。)



 ガタン、ゴトン。

 響くのは馬車の音。

 フィリアは窓から離れ、椅子に深く腰掛けた。

 ガタン、ゴト…ン。

 鈍い音をたてて、馬車が止まる。

 フィリアはついに到着したのだと知り、息をついた。

 扉がゆっくりと開かれ、外から低い声で言葉が投げかけられる。



「…フィリア=マキアート。城に到着した。降りろ。」



 無愛想な言い草に、フィリアは顔に出さず驚いた。

 まさか、初対面の人に呼び捨てにされるとは思っていなかった。



(随分、乱暴な言い方ですね。一応、私は【花嫁】としてこの国にやって来たのですけれど。)



 そう考えてから、ふと【生贄】という言葉やフェノール王国での人間の立場について昔、耳にしたことを思い出す。



(ああ。そういえばこの国での人間の立場はとても低いのでしたっけ?それでこのような態度なのですね。)



 フィリアは馬車を降りながら、そう納得した。

【生贄】と呼ばれるくらいなのだ。

 きっとヴァンパイアたちから歓迎されてはいないだろうと思っていたが、これまでとは。



(これは、先が思いやられますね……。)



 実際はたまたまフィリアの迎えの者が無愛想であり、本人は人間を蔑んでいるつもりはないのだが、フィリアには伝わっていない。

 そして、ヴァンパイアたち皆が皆、人間を蔑んでいるわけでもないのだが、残念ながらフィリアがそのことを知るはずもなく、勘違いをしたままなのであった。



 馬車から降りて、フィリアはやっと声の主を目にした。

 黒いローブのようなものを身につけた、背の高い男。

 深い紫の髪と瞳。

 全体的に黒い印象を受ける男からは、濃密な魔力を感じる。

 ヴァンパイアは総じて魔力量が多いと聞いていたが、それは本当らしい。

 フィリアは男の魔力量に感心する。

 確かに男の魔力量は人間の王族以上であった。

 臣下でこの魔力量なら、この国の頂点に立つ王族の魔力量はどれほどのものなのだろうか。



「ついてこい。」



 男が歩き出し、フィリアは後を追う。

 フィリアは城のとある一室に通された。

 きっと客人を迎える部屋なのだろう。

 部屋の調度品は品の良いものばかりだ。



「ここで少し待機していれば、迎えが来る。」



 男はそう言って、音もなく姿を消した。

 フィリアがお礼を言う間もなく、一瞬で。

 魔法の気配はしなかったから、あれはヴァンパイアの能力のひとつなのだろう。

 確か、ヴァンパイアは魔法を使うことなく空を飛ぶと聞く。



(まあ、とりあえず中に入りましょう。)



 フィリアは気をとりなおして、部屋の中へ足を踏み入れた。

 部屋の中には四人の女性がくつろいでいる。

 きっと他の人間の国から来た【花嫁】だろうとフィリアは思った。

 四人いるということは、フィリアで【花嫁】は最後なのだろう。

 女性たちはフィリアが入ってきたことに気づき、顔を上げた。



「あ…もしかして、あなたも【花嫁】様ですか?」



 声をかけてきたのは、茶髪に黒眼の女性…というより少女だった。

 小柄で、何となく小動物をイメージさせる雰囲気を持っている。



「ええ。フィリア=マキアートと申します。」



 スカートの裾をつまみ丁寧に挨拶をすると、少女は慌てて両手をふる。



「ええっそんなに丁寧にしなくても!もしかして貴族の方ですか?」



「ええ、一応は。」



「私はカナ=バリトンといいます。カルデナ公国から来ました。もともと平民でした。よろしくお願いします。」



「あら、そうなのですか。こちらこそ、よろしくお願いしますね。」



 そういえば、【花嫁】に必要なのは才能だった。

 つまり、身分は気にされないということか。

 てっきり貴族ばかりだと思っていたフィリアは【花嫁】の条件を思い出して考えを改めた。

 カナ=バリトン。

 少女の名前を心の中で繰り返して、フィリアは思わず首を傾げる。



(どこかで聞いたことがある気がします。彼女と会ったことはないはずなのですが…。)



 それに、先ほどから感じるこの既視感は

 何なのだろうか。

 茶髪に黒眼の少女。カルデナ公国。平民。小動物をイメージさせる仕草。

 何かを思い出せそうで、思い出せない。



「フィリア様?」



 心配気なカナの声でフィリアは我に返った。



「ごめんなさい。何でもないのです。カナさん。私のことはフィリアとお呼びください。」



「あっはい!わたしのこともカナと呼んでください‼︎そうだ、せっかく【花嫁】がみんな揃ったのですし、自己紹介をしませんか?」



 そう言われて、フィリアは初めて他の【花嫁】たちに視線を向ける。

 部屋で自由にくつろいでいた女性たちはカナの言葉を聞いて、視線をこちらへ向けていた。



「では、私からいきますね。カルデナ公国から来ました。カナ=バリトンです。特技は白魔法です。」



 室内に微かな驚きの声が上がった。

 白魔法。

 それはとても使える人間が少ないと聞く魔法だ。

 癒しの力を持つという魔法。

 他の魔法でも治癒は出来るのだが、白魔法が特に効果が高いらしい。

 フィリアも使える人間は初めて会った。

 そういう人間はほとんど教会の上層部にいて、普通の人間はほとんど会う機会がないのだ。

 それこそ、王族並みの権力者でなければ。

 そんな白魔法の使い手が平民にいたなんて…。

 よく公国も彼女を見つけたものだ。



 順番的に次はフィリアの番である。

 カナに視線を向けられて、フィリアは再び挨拶をする。



「コンスタンティノ王国から参りました。フィリア=マキアートと申します。魔力量及び、魔法技能に評価をいただき、【花嫁】に選ばれました。」



 通常、魔力量が多い人間は小さな魔法、細かい調節が必要な魔法が苦手だ。

 魔力の調節とはかなり難しいものであるからだ。

 しかし、フィリアはその弱点がなかった。

 言うまでもなく、サラの教育のおかげである。



「ジュリア=スウェーリアですわ。ケーラン王国から参りましたの。国からは賢者の名をいただいていますわ。」



 賢者。

 たしかそれはケーラン王国で最も頭の良い人物に与えられる名だ。

 つまり彼女は王国一の頭脳の持ち主ということだ。

 美人だが、鮮やかな赤髪にちょっとつり上がっている緑眼は冷たい印象を受ける。

 そして、素晴らしいプロポーション。

 話し方からして、貴族なのだろう。

 所作が美しく、優雅だった。



「リサ=チハラ。クルヴァーナ王国出身。武術全般が得意。」



 緑髪に赤眼のスレンダーな女性。

 佇まいの隙のなさからして、確かに身体能力の高さを感じさせる。

 無口、無表情で鋭い雰囲気はまさに軍人。

 確か、クルヴァーナ王国は武の国とも言われていた。

 国に才能ある者と認められたということは、彼女の腕は相当なものなのだろう。



「マリア=ハルクェーサと言います〜。キハラ皇国から来ましたの〜。もともとは教会でシスター兼医師をしていました〜。」



 最後に自己紹介をしたのは、修道服を着た女性だった。

 金髪に碧眼の温和な雰囲気の美人だ。

 間延びした話し方は素なのだろう。

 それにしても、女性の医師とは驚きだ。

 キハラ皇国の医療技術はとてもすごいと聞く。

 白魔法の使い手が少ないこの世界で、平民が何よりも頼りにするのは医師だ。

 白魔法の力は絶大だが、万能ではない。

 むしろ、白魔法で治せない病気を医療技術の力で治したという話も聞いたことがあるくらいだ。



「これで全員ですね!みなさんよろしくお願いします‼︎」



 カナがニコニコと笑みを浮かべる。

 各国の【花嫁】たちは癖が強そうな人物ばかりである。

 でもー…。

 うまくやっていけるといい、とフィリアは思った。





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