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銀の鍵と衝撃の事実



 ー ひとつ、ひとつ。



 ー 欠けていたものが埋まってゆく。



 ー 隠されてきた秘密。



 ー 揉み消された過去。



 ー 全てのカケラが集まったとき。



 ー そこで見るのはきっと、永久の夢。





 ーーーーー



 夜も深まり始めた時刻。

 フィリアは自分の部屋の扉の前で立ち尽くしていた。

 今夜、フィリアはついに、今までずっと先延ばしになっていたトワの元へ行くつもりだった。

 そう、フィリアはやっと、あの時トワから渡された例の鍵を使うつもりなのである。



(これを使えば、あの洋館へ行ける、んですよね?)



 トワの言葉を信じるなら、この銀の鍵はどこの鍵穴にも入れることができる。

 つまり、この鍵を使えば時の狭間、トワのいる場所へ行くことができるのだ。

 そして、鍵を使うのはフィリアの部屋の扉でもオーケーである、はずだ。

 常識的に考えれば、そんなこと出来るわけない。

 実を言うと、トワに会ってからあまりにも時間がたちすぎていて、フィリア自身もわずかに疑いかけているのだ、が。

 他に方法がないのだから、仕方がない。

 フィリアは大きく深呼吸すると、静かに鍵穴へ鍵を差し込んだ。

 カチリ、と音がして鍵穴と鍵が噛み合ったのを感じる。



(は、はまった……。やっぱりトワの言っていたことは事実だったのですね……。)



 内心、動揺しつつもフィリアはゆっくりと鍵をまわす。

 すると、鍵はやはり多少軋みながらもしっかりとまわり、ガチャンと鍵が開く音がした。

 フィリアは鍵を引き抜き、胸元へかけ直すと恐る恐る扉を開く。

 ギィ…

 かつて、フィリアがあの洋館を訪れた時にも聞いた音をたてながら扉が開いていく。

 流れ込んでくる空気は、どこかひんやりとしていて。

 ほのかに薔薇の香りがした。

 完全に開いた扉。

 再び深呼吸してフィリアが瞳を開けると、そこはもう青い薔薇が咲き乱れる庭であった。

 この国にしか存在しない幻の青い薔薇。

 その透明感のある青色は言葉にできぬ美しさであった。

 まるで……そう、まるであの空に浮かぶ蒼い月を切りとったような色。

 思わず声もなく見とれてしまう。

 それは、その光景はあまりにも美しく、危うく。

 人を惑わせる魅力があった。

 ぼんやりと庭を眺めていたフィリアは、胸元で銀の鍵と鎖が触れ合う音をたてたことで我に返る。



「こんなことしている場合ではないのでした!……よし、行きましょう。」



 小さく自分に言い聞かせるように言うと、フィリアは時の止まった……時の狭間へと足を踏み入れるのだった。



(はぁ……相変わらず綺麗な場所。)



 薔薇の香りの中を歩いていく。

 空を仰ぐとそこに見えるのは蒼い月で、フィリアがいつも眺めているのと変わらないのに。

 ここは、フィリアが生きている世界ではないのだ。

 あの月はいつまでも欠けることなく、青い薔薇も枯れることはない。

 それが、とても不思議に思えた。



 立派な洋館の中は相変わらず薄暗い。

 フィリアは迷いなく玄関ホールを通り抜けると、以前と同じ部屋に辿り着く。




「久しぶりだな、フィリア。」



 フィリアが部屋に足を踏み入れるのと、楽しげな声がその部屋に響くのは同時であった。

 視線を上げるといつの日かと同じように、トワが部屋の中央にある椅子に腰掛けて、こちらを見ていた。



「お久しぶりです、トワ。今日はあなたに聞きたいことがあって来ました。」



 フィリアが淡々と用件を伝えると、トワの顔が不満気に歪む。

 そして、わざとらしくため息をつくと、静かに椅子から立ち上がりながら言った。



「はぁ……全く。来て早々、いきなりそれか。人間という生き物は皆、こうも生き急いでいるものなのだろうか……。まあ、良い…そこへ座れ。」



「はい?」



「前に言っただろう。次は茶くらいご馳走する、と。」



 ぱちん、とトワの細い指が鳴ると、突如フィリアの目の前に白いテーブルとイスが現れる。



「………っ⁈」



 フィリアが驚いているのにも構わず、トワは再び指を鳴らす。

 次に現れたのは、美しい模様が描かれたティーポットとティーカップ。

 それからシュガーポットにミルクピッチャー。

 テーブルの真ん中に現れたのはケーキスタンドだ。

 クッキーなどの焼き菓子、フルーツ、ケーキなどが綺麗に盛り付けられていて、下の方にはサンドイッチなんてものまである。

 ぽかん、と口を開けたままのフィリアの前でトワは平然とそのイスに座った。

 そして、フィリアを眺めて言い放つ。



「何をしているんだ。早く座れ。」



「……はい。」



 フィリアは流されるままにイスに腰掛けた。

 何だか今のトワに何を言っても無駄な気がしたのだ。

 出来ればフィリアの中に渦巻く多くの疑問に早く答えて欲しかったのだが、まあ、特に急いでいるというわけでもない。

 とりあえず、トワのお茶会に付き合うことにした。



(それに……あのケーキ、すごく美味しそうです!ああ!あのフルーツは滅多にお目にかかれないものではありませんか!サンドイッチも美味しそうですね……。)



 まあ、正直言うとケーキスタンドに盛り付けられた食べ物が美味しそうで、食べてみたかった……というのも理由の一つではある。

 決して、それだけにつられたわけではないのだ……多分。

 トワは机の上の食べ物に目を輝かせたフィリアを面白そうに眺めながら言った。



「さて、と。話を聞こうか。俺に聞きたいことがあるんだろう?」



 その瞬間、すっ……と周りの空気が冷えたような気がした。

 もしかしたら、フィリアの勘違いかもしれない。

 でも視界の端に見えたトワの瞳はひどく冷たかった。

 表情は柔らかく笑っているのに、瞳だけが笑っていなかったのである。

 それは、初めて出会った時にも見た瞳。

 光を失い、冷え切ったブルーグレー。

 フィリアは無意識のうちに喉を鳴らすと、深呼吸した。

 トワの瞳は恐ろしかった。

 しかし、フィリアは引き下がるわけにはいかないのだ。



「あなたに聞きたいことがあります。先日、私はシュヴァリエ=ベルトワーズという人に会いました。」



 そう話し出したフィリアの言葉を聞いても、トワは微笑みを浮かべたままだった。

 一切、表情を変えることをせず、しかし瞳だけを冷たく凍らせて。



「その時に、彼は言いました。この鍵からアイツの気配がすると。そして、そのアイツという人物に伝えておくよう言われた言葉があるのです。」



 今でも耳に残っている。

 不気味で恐ろしい、血のような赤い瞳。

 背筋が凍るような残忍な笑み。



『アイツに伝えておいてくれ。次こそお前の息の根を止めてやる、と。』



「そう、彼は言っていました。……答えてください、トワ。あなたはシュヴァリエ=ベルトワーズと知り合いなのですか。それならばなぜ、彼にそれほどまでに恨まれているのですか。あなたは一体……何者なのですか。」



 フィリアはそこまでを一気に言い切ると、静かにため息をついた。

 部屋の中には耳に痛いほどの沈黙が流れている。

 どれほどたっても反応のないトワに焦れて、フィリアは恐る恐る顔をあげた。

 トワはこちらを向いてはいなかった。

 以前、見た時の止まった時計の方に顔を向けていたが、視線はもっと遠く……ここにはない何かを見つめているように見えた。

 フィリアは根気良く待ち続けた。

 一体どれほどの間、沈黙が続いただろう。

 トワは、やっと視線をフィリアの方へ戻して言った。



「シュヴァリエ=ベルトワーズ、か。長い間、聞いていなかった名だ。もう、二度と聞くこともないと思っていたのだがな……人生何が起こるか分からないものだ。」



「やはり、彼の言っていたアイツとはあなたのことなのですね……。」



「……ああ、恐らくな。一つ、彼について語る前に聞いてもいいだろうか。」



「…はい。」



「シュヴァリエとはどこで出会った。あの男は俺の記憶ではただのヴァンパイアだった。それならば、もう生きていられるはずがないのだが。」



(生きていられるはずが、ない?どういう意味でしょう。もう寿命がきているはずだということでしょうか?でも、それならばトワも寿命がきているはずで……もしかして、時の狭間にいるために歳もとっていないとか言いませんよね……?)



 ぶわっとフィリアの中に次々と疑問が浮かんでくる。

 トワの言葉は遠回しで、分かりにくかった。

 でも、今はそんなことを気にしている時ではない。

 フィリアは例の誘拐事件について簡単に説明した。



「……以上が私の知っている全てです。もう一つ付け加えると、例の彼らは【血に狂った者たち】と呼ばれているそうです。」



 そう締めくくったフィリアの話を聞いて、トワはなぜか納得の表情を浮かべた。



「ああ、何ということだ。シュヴァリエ。そこまで俺が憎いのか……。」



 ぽつり、と呟かれたトワの言葉はフィリアの耳に届くことはなく。

 不思議そうな顔をしているフィリアに、トワはようやくシュヴァリエとトワの関係を告げたのだった。

 それは、あまりにも、衝撃的な事実だった。





「シュヴァリエ=ベルトワーズ。あの男は、正真正銘、血のつながった……俺の兄だ。」





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