不気味な紅と憎まれた白
カチャカチャ…カチャン。
陶器のこすれ合う音で、目が覚める。
ぼんやりと霞む視界。はっきりとしない思考。
だんだんと見えてきたのは、知らない天井だった。
「……っ!」
次々と甦る記憶。
震えていたカナ。
突然現れた【血に狂った者たち】。
不気味な紅い瞳を持つ、新たな攻略キャラクター。
眠りの魔法と遠くなる意識。
(……どうやら夢じゃ、ないようですね。)
ずきり、と痛む頭に手を当てる。
夢ならどんなに良かったことか。
おそらくフィリアたちは、あのまま城外へ連れ出されてしまったのだろう。
外から聞こえる人々の声が、この場所が城内でないことを告げていた。
フィリアは、ゆっくりと身を起こす。
眠りの魔法の後遺症なのか、頭がまだくらくらした。
何とか壁に背を預けて起き上がると、隣のベッドにカナが寝かされているのが見えて、慌てて叫ぶ。
「っ!カナ…!」
そして、ベッドから降りようとしたフィリアは、ジャラリ、と足元から聞こえた音に固まった。
右の足首に何かがついている。
冷たい、まるで金属のような……。
「っ……!」
恐る恐る足元に視線を向けたフィリアは、思わず悲鳴を上げそうになった。
(な、何ですかこれ!鎖……?え、どうしてそんなものが……?)
そう、それは間違いなく鎖だった。
銀色の金属で出来た輪っかのようなものが足首にはめられ、そこから細い鎖が伸びている。
(足枷、というのでしょうか。とにかくこれは拘束具に間違いありませんよね……。)
一つだけ分かったのは、フィリアがここから逃げることは出来ない、ということ。
「目が、覚めたのか。」
混乱して考え込んでいたフィリアは、背後から突然声をかけられて思わずびくり、と身体を震わせた。
振り返った視線の先に見えたのは、椅子に座り優雅に紅茶を飲む紅い瞳を持つ美貌の男。
(シュヴァリエ=ベルトワーズ……!全く気配を感じませんでした…。)
そう言えば、はじめに聞こえてきたのは陶器のこすれ合う音。
少し考えれば人が近くにいることくらい分かるはずなのに、寝起きの頭ではそこまで考えが及ばなかったのだ。
「改めて自己紹介をしよう。私の名はシュヴァリエ=ベルトワーズだ。」
シュヴァリエは紅い瞳をうっそりと細めた。
手にしていたカップを机に置いて、ゆったりとフィリアのいるベッドまで近づいてくる。
「気分はどうだい。どうやら部下が眠りの魔法を強くかけすぎたようでね。申し訳ないことをした。」
優しげな声と言葉なのに、ぞわりとフィリアの背中に悪寒が走る。
シュヴァリエの整った顔立ちと紅色に、前世の記憶が重なった。
『ああ、愛しいカナ。君は私だけを見ていればいいんだよ。君の世界に私以外はいらないだろう?』
『手に入らないのならば、殺してしまおう!アハハハハッ……これで君の全ては私のモノだ…フハハハハッ……!!』
『美しい私だけのカナ。君の血は最高だ。』
『ねえ、どこへ行くつもりだったんだい?ふふ……いっそ鎖で繋いでしまおうか。』
『私だけを愛していると言ってごらん……?ああ、すまない……君はもう口がきけないんだったね。』
『……ふふふ……逃げられると、思ったのかい?』
前世のフィリアは、ツンデレ、ワンコ、爽やか、クール、俺様、腹黒……好みはあったが基本的に何でもOKだった。
そんな前世のフィリアが唯一苦手、を通り越して嫌いだったもの。
それが、ヤンデレだ。
あの精神的におかしいセリフとあり得ない行動。
あれだけはどうしても好きになれなかったのである。
そして、新たな攻略キャラクターである彼、シュヴァリエはそのヤンデレキャラなのであった。
(こ、怖い怖い怖い……!ヤンデレだけは私無理なんです!逃げたい……。)
フィリアは心の中で絶叫しながらも、表面的には冷静を装って、シュヴァリエを睨みつける。
「ここはどこですか。城へ返してください。」
フィリアの声はつっけんどんに響いた。
シュヴァリエはフィリアの態度に一瞬目を見開いたが、すぐににやりと笑みを浮かべる。
「気の強い【花嫁】だ。もう一人は怯えてばかりだったというのに。」
「!」
呟かれた言葉にフィリアはシュヴァリエをさらにきつく睨みつける。
「もう一人の……?カナに何かしたのですか!?」
「いやいや、何もしていないとも。もう一人の【花嫁】なら、今は眠っている。一度目を覚ましたのだが、はじめは怯えて口もきけない状態でね。しかし私の正体を告げた後は、震えながらも私の活動はいけないことだ、やめるべきだ、と訴えてくるのだから面白い。……反吐が出るほど、清いなあの娘は。気分が悪くなって思わず眠らせてしまった。」
紅い瞳がぎらりと輝いて、口元が歪む。
その表情を見て、フィリアはゲームのスチルを思い出した。
そうだ、確かゲームでも最初シュヴァリエはカナを嫌っていた。
素直で優しいカナは、性格の歪んだシュヴァリエからすれば受け入れがたい人種であるようで、初対面での印象は最悪なのだ。
まあ、そこからカナはヒロインらしくシュヴァリエの心をやわらげていく、はずなのだが。
(つまり、もうカナとシュヴァリエの初対面イベントは終わったということでしょうか……。)
フィリアは自分の世界に入り込んで考え事をしていた。
そのため、それに気づくのが遅くなってしまったのだ。
「あの娘のことより、私はお前に聞きたいことがある。」
気づいた時には、もう手遅れだった。
「っぅ!」
視界がまわる。
背中に受けた衝撃で、自分がベッドに押し倒されたことを理解した。
フィリアの身体を押さえつけて、シュヴァリエは囁く。
「この髪の色……忌々しいアイツのことを思い出す。アイツの色も気味の悪い白だった。」
(髪の、色?アイツ?)
全く意味が分からない。
シュヴァリエの瞳はフィリアではなく、ここにいない誰かを見ているように思える。
フィリアが黙ったままなのも気にせず、シュヴァリエは言葉を続けた。
「なあ、どうしてお前からアイツの気配がするんだい?」
いつの間にか外されていた、胸元のリボン。
小さな金属音と共に引っ張り出されたのは、トワから貰った例の鍵。
「え……?」
憎悪に染まって禍々しさを増した瞳で、見下ろされてフィリアは思わず身震いする。
恐ろしかった。
フィリアは恐怖でうまくまわらない頭で、必死に言葉の意味を考える。
(アイツの気配がする?この鍵から?しかしそうしたらシュヴァリエの言っているアイツとはトワのことになってしまいますが……。)
まさか、とフィリアは自分の考えを否定した。
だって記憶にあるゲームの設定にそんな話はなかったはずだ。
全てを思い出しているというわけではないから、絶対に、とまでは言えないが。
(それにトワは時の狭間、とかいう変わった場所に住んでいるのですからシュヴァリエと知り合いなはずがないです。いや……でも昔の知り合いの可能性はあるのでしょうか……。)
「ねえ、聞いているのかい?」
ぐいっと銀の鎖を引っ張られて、フィリアはうめいた。
鎖が首の後ろに食い込んで、痛みが走る。
「何のことを話しているのか分かりませんが、私は何も、知りません……!」
痛みに耐えながら何とか問いに答えると、シュヴァリエはぱっと鎖から手を話した。
フィリアは勢い良く頭からベッドに沈み込む。
「っ!くっ…は!」
(うう、乱暴な。でもまあ、とりあえず下手なことは言わない方がいいですよね。……変なフラグはたてたくないですし。)
咳き込みながらフィリアがそう考えた時だった。
ばたんっという大きな音と共に部屋の扉が開いて、派手な赤い髪の男が駆け込んでくる。
「シュヴァリエ様、大変です!城のヤツらが……!」
慌てたようにまくし立てる男。
シュヴァリエは男の言葉を黙ったまま聞いていた。
「そうか、分かった。あとは私がやる。お前たちは行け。」
「はいっ!」
(城のヤツら……どうやら助けが来たようですね……。)
男が出て行くのを見送ったシュヴァリエは、フィリアの方を振り向く。
「どうやら時間が来てしまったらしい。これでお別れだ。」
シュヴァリエは気取った仕草でフィリアの髪をすくって口づけた後、身を翻した。
「それではまた会える日まで。フィリア=マキアート、次はその美味しそうな血をいただくことにしよう。」
そして、美しい顔に背筋が凍るような残忍な笑みを浮かべて呟いた。
「それともう一つ、アイツに伝えておいてくれ。次こそお前の息の根を止めてやる、と。」
「え…どういう……。」
聞き返そうとしたフィリアの声は最後まで届くことなく、シュヴァリエは一瞬でその場から姿を消した。
(私が嘘をついたことに気づいていた……?)
フィリアは呆然としたまま、心の中で呟く。
「フィリア!カナ!大丈夫か⁉︎」
「花嫁様!ご無事ですか?」
勢い良く城の人々が部屋に入ってくる音を遠くで聞きながら、フィリアはじっと先程までシュヴァリエがいた場所を見つめていた。
『アイツに伝えておいてくれ。』
『次こそはお前の息の根を止めてやる、と。』
シュヴァリエの言い残した言葉がただただ、頭の中に響いていた。




