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胸騒ぎと血に狂った者たち



 ー どんなに願っても。



 ー いつだってソレは。



 ー 簡単に壊れてしまう。



 ー 理解していた筈だった。



 ー 覚悟もしていた筈だった。



 ー ああ、でも。



 ー やっぱり私は分かっていなかったのだ。





 ーーーーー



 その日はなぜだか、朝から妙な胸騒ぎがしていた。



 フィリアは部屋に取り付けられた鏡を覗き込んでため息をつく。

 頭がぼおっとする。

 具合が悪いとか、そういう感じではなく。

 ただただ、ぼおっとするのだ。



(ああ、気持ち悪いです……。)



 朝起きた時から、妙な感覚がしていた。

 頭の中に靄がかかっているみたいな気持ち悪さ。

 それに加えて絶え間なく湧き上がる焦燥感。

 何だというのだ、これは。



「フィリア様。お水をどうぞ。」



「ああ……ありがとうございます…。」



 スフェーンの塔付きの使用人であるエマに礼を言って、水を受け取る。

 微かにレモンのような風味のする冷たい水が、喉を通りすぎていく。

 頭が少しすっきりしたような気がした。



(何が原因でしょうね。昨日は何ともなかったのに……。)



 こめかみを抑えて、フィリアは原因を考えてみるが特に思い当たらない。

 フィリアはまたもやため息を吐いて、重い腰を上げて準備を始める。

 今日は寝ていたい気分だが、そうはいかないのだ。

 先日、キャンセルしてしまったルイスとのお茶会があるのだから。

 動きやすい服装に着替えると、返却する本を数冊持って、フィリアは第二図書館へ向かった。



 時刻はお昼を過ぎた頃だったが、いつも通り外は暗かった。

 空には星が輝き、蒼い月が神秘的な光を放っている。



(相変わらず、綺麗な月です……。)



 フィリアは思わず感嘆のため息をついた。

 何度見ても飽きない、蒼い月。

 そしてその周りを煌めく星々が囲む様子は、まるで宝石箱を覗き込んでいるようだ。

 この国へ来て、フィリアは夜が美しいものだと知った。

 人間は太陽が輝く昼に活動し、世界が闇に包まれる夜に眠る。

 だから自然と人間は光を愛し、闇を疎むようになった。

 暗闇を嫌い、夜にも昼のような光を望んだ人間は、魔法の力で次々に前世で言うところの電気を生み出したのだ。

 それから人間の国は一日中、光で溢れるようになったという。

 その様子は闇と共存するヴァンパイアからしてみれば、信じられないことだったのだろう。

 人間の国を見たヴァンパイアの言葉を、フィリアはある本で読んだことがあった。

 いや、あれは旅をしていたヴァンパイアの日記だっただろうか。

 なぜそんなものが人間の国にあったのかは分からないが。

 フィリアがまだ六歳の頃。

 街の図書館の奥の奥、ひと気のない場所にある、埃を被った本たちが並ぶ棚で見つけたものだった。



『ああ、嘆かわしいことだ。彼らはきっと一生知ることがないのだろう。夜の美しさを。闇の優しさを。人間の世界で見上げる夜空は明るすぎるのだ。光に邪魔され、星一つ美しく見えぬ。なぜ彼らはここまで闇を忌避するのであろうか。ああ、叶うのならばもう一度見たい。懐かしい故郷の、フェノール王国から見上げる夜空を。』



 本の内容から察するに、その本を書いたヴァンパイアは変わり者の部類に入ったようだった。

 フェノール王国を若い頃に出て、色々な国を旅したらしい。

 長い長いその日記は、そのヴァンパイアが死ぬ寸前まで続いていた。

 最期は病気で寝たきりになったらしく、人間の国で亡くなったようである。

 思い出したのは、その中の言葉。

 六歳の頃、私はその本を夢中になって読んだものだった。

 そして憧れた。いつか見てみたいと思った。

 日記のヴァンパイアがもう一度見たいと願った、美しい夜空というものを。



(あの頃は記憶も戻っていませんでしたからね。絶対叶わないと思っていました。)



 まさかこんな形で願いが叶うとは思ってもみなかったが。

 フィリアは苦い笑いをこぼして、視線を正面に戻した。

 あと数分で第二図書館へ着きそうだ。

 見えてきた古い建物を眺め、フィリアは足を進める。

 しかし、予想外なことはその時起こった。



「フィリアっ!」



「…っ⁉︎」



 ガサッという音と共に聞き覚えのある声がして、右手に広がる森から一人の少女が飛び出してきた。

 咄嗟のことに反応できなかったフィリアは、そのまま突っ込んできた少女をふらつきながらも何とか受け止める。

 柔らかい茶色の髪に黒い目。小柄な身体。

 愛らしいソプラノの声。

 間違いなく、ヒロインのカナであった。



「カナ……?どうしたのですか?」



 狼狽えながらフィリアは冷静を装ってカナに問いかける。

 なぜかカナはフィリアに抱きついたまま離れようとしないのだ。

 それに、微かに震えているように思える。

 何かがあったのだ、と直感した。



「に…逃げないとっ!このままじゃっ…あの人たちに、捕まっちゃう!あ、っユリエスも。血が、出て……!」



 カナはひどく混乱し、怯えているようだった。

 話す言葉が支離滅裂で意味をなしていない。

 フィリアはカナの背中を撫でながら、辛抱強く話しかけた。



「落ち着いてください。カナ、何があったのです?誰かに追われているのですか?」



 フィリアの声にカナは少しずつ正気を取り戻していく。



「あ、あ……フィリア。わ、私。」



「大丈夫です。ほら、落ち着いて。何があったのか話して下さい。」



 よく見るとカナの茶髪は乱れてぐちゃぐちゃになっていた。

 おそらく転んだのだろう。

 服も破れて、土で汚れている。

 何かがあったのは一目瞭然だった。



「今日は、ユリエスと庭園を散歩してて……そしたらいきなりあの人たちが…!ユリエスが私を庇って、血が!怪我をしてっ!どうしよう、フィリア!私はどうすれば……!」



 カナが泣きそうになりながら話をし始めた、その時だった。

 ゆらり、と辺りが禍々しい空気に変わる。

 そして瞬きした次の瞬間には、もう彼らが目の前に立っていた。

 息をするのも苦しいくらいの圧倒的な力を感じて、フィリアは軽いめまいを覚える。

 カナがガタガタと震えてますますフィリアにしがみついてくるのを感じた。

 正面に立った男たちの中の一人が楽し気に嗤う。



「ほう…二人に増えたか。」



 ぞわり、身の毛がよだつような、そんな声だった。

 落ち着いた静かな話し方なのに、隠し切れていない狂気。

 フィリアの中で警報が鳴り響く。



「やれ。」



 男の短い言葉で、周りの男たちが一斉に襲いかかってきた。

 フィリアは魔法で防御したり攻撃して半数を撃退するも、もともと多勢に無勢だ。

 それに加えてカナを庇いながら戦っていたので、最後にはヴァンパイアたちに捕らえられて地面に押し付けられてしまう。

 横目で確認したところ、カナは恐怖のあまり気絶してしまったようだった。

 フィリアは地面に押し付けられながらも、正面に立つ男を見上げ、睨みつける。

 指示を出していた様子からして、この男がリーダーなのだろう。

 フィリアの視線を受けて、男はクックッと喉の奥で嗤った。



「新しいのは魔力が多いな。美味そうだ。」



 男は限りなく黒に近い色を纏っていた。

 よくよく見れば、濃い紫なのだと分かるが、パッと見は黒に見えるほど濃い髪の色。

 褐色の肌。

 上から下まで黒い服。

 しかし、瞳の色だけは違う。

 紅い、血で染めたような気味の悪い紅色。



「あなたたちは……誰なのですか。」



 震えそうになる声でフィリアは男に問いかける。

 いや、本当は言うまでもなくフィリアは理解していた。

 ただ認めたくなかった。

 嘘だと思いたかった。

 正面に立った不気味な男に見覚えがあるだなんて。

 今になってようやくソレを思い出したなんて。

 信じたくなかった。



「私か?そうだな…こう言えばお前たちにも理解できるだろう。」



 限りなく黒に近い紫の髪と血のような紅い瞳を持つ、褐色の肌の男。

 名前は、シュヴァリエ=ベルトワーズ。

 フィリアが出会った彼は、新たな攻略キャラクターである。



「はじめまして、だな。【花嫁】たちよ。私たちは【血に狂った者たち】と呼ばれている。」



 しかし、同時にフィリアたち【花嫁】の敵でもあるのだった。



「それではしばらく眠っていてくれ。」



 短い呪文を唱える声が聞こえるのと共に、フィリアの瞼は重くなっていく。

 眠りの魔法をかけられたのだと分かった。



(どうしてこんな所に【血に狂った者たち】が……。)



 遠くなっていく意識の中、最後に見たのはシュヴァリエの不気味な紅い紅い瞳。

 そして、フィリアは改めて実感するのだった。

 ここは、やはり乙女ゲームの世界なのだ、と。



【血に狂った者たち】にヒロインであるカナが攫われる事件がゲームの中にもあったことを。

 それにフィリア=マキアートが巻き込まれることを。

 フィリアは今になってようやく思い出したのだった。



(朝から感じていた胸騒ぎは、コレだったんですね……。)



 そう考えたのを最後に、フィリアの視界は真っ暗になった。





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