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新たな攻略キャラクターとこの世界の彼ら



「あ、フィリアさん。このお菓子もどうぞ。美味しいですよー。」



「あ、ありがとう、ございます…。」





(ー…ああ、どうしてこうなったんでしょう。)



 あのお茶会から数日たったある日、城内のとある一室で。

 新たな攻略キャラクターとなぜかお茶をしているフィリアは、見るからに高級そうなお菓子を手に、小さく苦笑いを浮かべた。



 ーーーーー



 フィリアが新たに出会った攻略キャラクター。

 今まさにフィリアがお茶をしている彼の名前は、デヴィン=フォルテジーという。

 宮廷魔術師新人の彼は、王城勤務の魔術師には珍しい庶民の出だ。

 変わり者のレオンがふらりと城下町へ出かけた時、スカウトして連れて来た……いや、拉致してきたという設定だったように思う。

 もともと彼は城下町に住むとある魔術師に弟子入りしていたのだが、才能あるが故に師である魔術師に自分の地位を脅かす者としてあからさまに他の弟子たちより冷たく当たられていたらしい。

 それを考えると、デヴィンがレオンに連れ去られて来たのは幸運なことだったのかもしれない。

 レオンに目を付けられて突然連れ去られて来たデヴィンは、今までの師に不満を持っていたのもあって、あっさりと元の師から離れてレオンに弟子入りした。

 そうして今の地位を手に入れたデヴィンだが、やはりはじめは髪や瞳の色のことで、貴族出身の魔術師に嫌がらせをされたりしたらしい。

 彼の髪はくすんだ金色で、瞳はエメラルドグリーンである。

 平民である彼の持つ色は、王族や貴族のように黒に近い色ではない。

 どちらかと言うと、明るいほうなのだ。

 そのため黒こそ至高と考えている貴族たちには突然、宮廷魔術師なんて地位を手に入れた平民のデヴィンが気に入らなかったのだろう。

 あとはー…。

 デヴィンとお茶をしながら、少しずつ彼についての情報を記憶から引っ張り出している時だった。



「デヴィン〜…この量はいくらなんでも多すぎると思うのですが…。」



 突然後ろから情けない声が聞こえてきて、フィリアは驚いて振り向く。

 それと同時に、デヴィンのやわらかな声が響いた。



「それはそうでしょうね。だってそれ、一週間分の書類ですし?まあ、先輩がためていたんですから自業自得ですよねぇ…。」



 デヴィンはにっこりと優しげな笑顔を浮かべているのに、目だけが氷のように冷たい。

 その表情を見て、先輩魔術師はひっとさらに情けない悲鳴を上げた。



「さあ、早く終わらせてしまってください。今日は終わるまで、フィリアさんとの会話は禁止です。」



「ええー…そんな、ひどいですよ!」



「それがいやならさっさと終わらせればいいんです。ほら早く!今度泣き言言ったら仕事増やしますからね!」



 後輩であるデヴィンにやり込められて、すごすごと仕事に戻った彼こそ、フィリアがこんな状況に陥っている全ての原因。

 先日、お茶会で出会ったレオン=ルクドルートである。



(何と言いますか…知ってはいましたが、実際に見ると本当に残念ですねぇ…。)



  フィリアは心の中でそう呟いた。

 先日のお茶会では猫を被っていたが、レオンの元々の性格はこっちが本物である。

 彼は美形だが、非常にいろいろと残念なのだ。

 魔術師としては超一流でも他のことはダメダメで、自分の仕事を放り出して逃げ出すことは日常茶飯事。

 それを探しに行くのは、いつもレオンの弟子であるデヴィンの役目だ。

 また生活力皆無なレオンの世話をしているもデヴィンであるため、レオンはデヴィンがいないと生きていけない…というのが周りの共通認識である。

 師と弟子という関係であるはずの二人だが、普段の二人の力関係は明らかにデヴィンの方が上だった。



「フィリアさん、すみません。こちらの、というか先輩の都合で来てもらったのに…。」



「いいえ。もともと今日は予定もなかったですし、大丈夫ですよ。」



 デヴィンに頭を下げられたフィリアは、慌てて首を振った。

 確かにフィリアはほとんど拉致される形でここへやって来たが、デヴィンは全く悪くない。

 そもそもフィリアがなぜここにいるかというと、それは『先日のお茶会で見せた魔法がどうしても詳しく知りたいから話を聞かせろ』と、早朝に突然訪ねてきたレオンに連れ去られてきたからなのである。



(あれには驚きましたね……。一体何事かと思いました。)



 フィリアは朝のことを思い出して、思わず遠い目をする。

 早朝、ノックの音で扉を開けたらそこには満面の笑みのヴァンパイア。



『さあ、一緒に来てください!』



 そんな訳が分からない言葉と共に、フィリアは部屋から連れ出されたのだ。

 もちろん抵抗はした。

 しかしヴァンパイアからすれば人間の、しかも女の力など赤子も同然のようで、全く意味をなさなかったのである。

 その後、フィリアは第一図書館へ連れて来られたのだが、中に入る前にレオンはデヴィンに捕獲された。

 どうやらレオンはまた仕事を放り出してフィリアのもとへ来ていたようで、デヴィンはいつものように彼を探しに来ていたらしい。

 つまり新たな攻略キャラクターに出会う羽目になったのも、早朝からこんなところへ連れて来られたのも、全てレオンが原因なのであった。



(はぁ…もっとレオン=ルクドルートの性格を考えて魔法を披露するべきでした…。よくよく考えればこうなる可能性が大きいと分かったはずなのに。)



 フィリアは今更ながらに後悔する。

 あの時はつい感情に任せてあんな魔法を披露してしまったが、変人魔術師が自分の知らない魔法に興味を持たないわけがないことくらい、冷静に考えれば分かったことだった。



「紅茶、冷えてしまいましたね。新しく淹れ直します。」



 デヴィンがそう言って席を立つ。

 机の上に目を向けてみれば確かに、先ほどまで良い香りを漂わせていた紅茶はいつの間にか冷めてしまったようだった。



「昔っから、ああなんですよ先輩って。仕事を放り出すのは日常茶飯事。家事も出来なくて、初めて先輩の部屋に入った時はその汚さに唖然としました。あれは人間の暮らす部屋ではありませんでしたよ。」



 新しく紅茶を淹れ直しながら懐かしい光景を思い出すかのように、視線を遠くへやったデヴィンは口元に微かな笑みを浮かべて言う。

 こぽぽぽ、と軽やかな音を立てながら熱々の紅茶が新しいカップに注がれて、フィリアの前に置かれた。

 琥珀色の液体がゆらり、と揺れる。

 フィリアは軽い相槌を打ちつつも、黙ってデヴィンの話に耳を傾けた。



「初めは正直言って、失望しました。この人は強い、と思った僕の目は節穴だったのかもしれないと。まさか先輩がこんな残念な人だとは思いませんでしたからねぇ…。」



 苦笑を交えながら、ゆっくりと少しずつ語られるデヴィンの本音。

 きっと今までレオンと過ごしてきた日々を思い返しているのだろう。

 その表情や声色の中にはどこか懐かしさが滲んでいた。



「でも、どんなに残念でも僕はやっぱり先輩をー…尊敬、しているんです。」



 そう言い切ったデヴィンの表情を見て、フィリアに分かったことが一つだけあった。

 自分の分の紅茶を淹れて、椅子に座ったデヴィンに向けてフィリアはそっと言葉を発する。



「デヴィンさんは…レオンさんが大好きなんですね。」



「…えっ⁈」



 デヴィンが目を丸く見開いたのを見て、フィリアは笑う。

 フィリアはデヴィンの言葉を聞いて、レオンについてのある情報を思い出していた。



(そう言えば確か、レオンは弟子のことをとても大切にしている、という裏設定がありましたね。)



 ゲームのバッドエンドの中には、レオンが敵の攻撃から弟子であるデヴィンを守って死ぬ、というエンドもあったくらいである。

 乙女ゲームなのにこれじゃBLよ!何で弟子を庇って死んじゃうのよ。ヒロイン関係ないじゃない⁉︎という前世の親友の言葉まで思い出されてしまい、フィリアは思わず苦笑をこぼす。

 赤の他人なのに、まるで家族のようにお互いを大切に思っている二人の関係が、何だかとても。

 ー…羨ましいと、思った。



 ーーーーー



 フィリアが城を出たのは、もう夜も深まってきた時間帯だった。



(すっかり、長居をしてしまいました…。)



 塔への道を歩きながら、フィリアはふと空を見上げる。

 この国へ来たばかりの頃、満月だった月は少しずつ欠けて、今では半分ほどにまで小さくなった。

 それはフィリアがこの国へ来てから、それだけの時間がたったことを意味していた。



(何だか時間があっという間に過ぎて行くような気がしますね。)



 初めの頃は、朝起きても薄暗い外の景色に違和感を覚えたものだが、いつの間にかそれも気にならなくなっていた。

 闇と共存する夜の王国。

 一日一日を過ごすのに精一杯で、こんな風に蒼い月を見上げるのは久しぶりのような気がする。

 ここが乙女ゲームの世界だと思い出して、自分の役を知って。

 自分がどうにか平穏に暮らせるよう、常に考えてきた。

 ここは乙女ゲームの世界に酷似しているけれど、だからと言ってこの世界をゲームのような感覚で生きてはいけない。

 フィリアは確かにこの世界に生まれて、この世界で生きているのだから。

 攻略キャラクターであるヴァンパイアたちや、ヒロインのカナだって、あらかじめ行動が決められているゲームのキャラクターではないのだ。

 そう、いつも思っていたはずだった。

 だけど、もしかしたら。



(色眼鏡で見てしまっていたのかも、しれませんね……。)



 今日、デヴィンの話を聞いて思った。

 デヴィンが語る言葉から、彼がレオンを心から尊敬していることは痛いほど伝わってきたけれど、ゲームでそんな場面があったなんて話は聞いたことがない。

 思い出せるのはいつもレオンのだらしなさに対する愚痴や怒りの台詞だけで、デヴィンがそんなにもレオンを尊敬しているのだと語る場面なんてなかったように思う。

 そこまで考えて、気づいた。

 本当にそうだろうか。

 乙女ゲームの中のデヴィンだって本当はそう思っていたのかもしれない。

 あれは乙女ゲームだったから、その場面が出てこなかっただけなのかもしれない。

 フィリアはレオンやデヴィンについての情報をいろいろと持ってはいるが、それは全てゲームの知識であって、それが彼らの全てではないのだ。

 彼らはこの世界を生きている。

 フィリアは彼らと関わることでしか、きっと彼らを本当の意味で知ることは出来ないのかもしれない。

 ゲームの知識で得た情報があるだけで、彼らを知っている気になってはいけないのだ。



 攻略キャラクターやヒロインに関わったらきっと面倒くさいことになる。

 フィリアはそう勝手に決めつけて、今まで彼らを出来る限り避けてきた。

 だが、それは本当に正しいことだったのだろうか。



『フィリアさん。もしよかったら、また遊びに来て下さいね。』



『次は必ず例の魔法について語りましょうね〜!』



 わざわざ外まで見送りに出てきてくれたレオンとデヴィンを思い出す。

 この国では立場の低い人間であるにも関わらず、フィリアに高級なお茶とお菓子を振る舞ってくれたデヴィン。

 今度こそフィリアの話を聞かせて欲しいと目を輝かせて頼み込んできたレオン。

 城内で貴族や見知らぬ使用人たちからまでも蔑みの視線を向けられるフィリアにとって、二人の態度はとても心地良いものだった。



(やっぱり、間違っていますよね…。)



 面倒くさいことになるから、死亡フラグが立つ可能性があるから。

 そんな理由だけで二人を避けるのは、やっぱり間違っているはずだ。



(とりあえず二人とこれからも関わっていくかいかないかは、もっと彼らを知ってからにしましょう。)



 出来るだけ攻略キャラクターとは関わらない、という自分の中の決まりを少しだけ変えることにしたフィリアは、やっと見えてきた塔へ駆け足で向かう。

 塔へ入る前、再び見上げた蒼い月は変わらず幻想的な光を放っていた。





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