乙女ゲームに巻き込まれたらしい。 緑河視点
前作の「乙女ゲームに巻き込まれたらしい。」を見ていただけると話がわかりやすいです。
宮原 蘭兎はおかしい。
それが俺の最初に持ったあいつへの印象だ。
それは今でも変わらないが、さらに言うならばあいつはおかしい上に危なっかしい。
初めて会ったのは生徒会室。理人に連れられてやってきたあいつはめんどくさそうに入って来て、そして木野 桃花に抱きつかれるとデレデレに顔を緩ませた。
その時に俺はこいつはヤバイ人間だと思ったんだ。
だから人畜無害のお人好し理人から離そうとしたが、これがまたおかしかった。
ちょっと嫌味を言ってやれば怒りで口角がピクピクと動き、嫌悪の篭った眼で俺を睨みつけた。
そして蘭兎から出た言葉は少し意外で心を擽る。
「別にいいよ。それよりあんた、爽やかとか雑誌で言われてるくせにとんだ化けの皮被ってんだね」
あいつも雑誌なんか見て、紙切れに載った言葉なんか信じたりしてるのか。
木野 桃花に抱きつかれ喜び、生徒会をめんどくさそうに入ってくる奴が、男にも興味があることに笑いが出そうになる。
「不愉快だ」と言ってやれば、更に眼光は鋭くなるし、木野 桃花が抱きつけば幸せそうになる。
忙しい奴だな。
もっと怒らせるとどうなるのだろうか、俺が抱きつけば嫌な顔するか?
表情が変わるのが面白くなり、蘭兎から目が離せなかった。
それは今でも変わらなく。
俺が蘭兎に構えば眉を寄せて嫌な顔をする。
それはそれで面白いがたまには違う顔も見たい。
「蘭……それくれよ」
「嫌ですよ。自分で作ればいいじゃないですか」
今日、蘭兎のクラスは調理実習があったらしい。
歪な形をしたパンを紅茶と一緒に食べている。
実は何人かからは「食べてください」と渡されたが、その場で断った。
知らない奴が捏ねたパンなんて寒気がする。
俺のことを無視して食べ続ける蘭兎は、初めて会った時よりも化粧が薄くなり、少し幼くみえた。
プニプニと柔らかそうな頬にパンが入り、小さく動く。
「……ついてるし、零れてる」
口の周りについたパンくずを指でそっとはらえば、柔らかい唇に指が当たる。
「っ、触らないでください」
睨んでくる蘭兎は嫌悪感が丸出しで、俺から逃げるように席を移動した。
うーん、触り足りないな。
いっそのこと泣かせてしまいたい。
そんな感情が心を埋め尽くす。
もっと怒れよ、そして俺だけにその感情を見せてくれ。
思ったら止まらない。
ーー俺だけを見ろよ。
そういって自分のものにしてしまいたいが、こいつはそんな簡単に手に入るもんじゃねえっていうのは知ってる。
ああ、もどかしい。
「腹減ったんだよ……。それにそんなに食うと太るぞ」
「うっさい!仮にもあんたはモデルだろ!その辺の女子にもらえ!」
蘭兎は大きく口を開け、最後の一口を放り込むと、喉に詰まったのかむせながら紅茶を一気に流し込んでいく。
「馬鹿だな」
「……あんたね、女子が苦しんでるのにそれはないんじゃない?もう少し優しさを持ちなさいよ」
ケホケホとむせながらこちらを見た蘭兎の目尻には涙が浮かんでおり、
いつも怒る時につり上がる眉は苦しげに歪む。
「無理かな」
そっと近づけば、威嚇する猫のように身を縮こまらせる。
本当、おかしな奴だな。
「モデルの俺が無意味な奴に優しくしても無駄だろ」
「嫌な奴だな。お前なんて女の子に嫌われちゃえばいい。その時は私がその女の子達といちゃつくから」
べーっ、と舌を出し目を瞑った蘭兎の目からはむせた時に出た涙が零れ落ちる。
「ああ、そうかよ」
別にお前以外に嫌われてもいいんだけどな。
この言葉は、まだ秘密。
モデルの俺が惚れっぱなしっていうのも、なんか悔しいからな。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
乙女ゲームシリーズはどこに向かっているのか、作者自身わからず仕舞いですが、気軽に書けてとても(個人的に)楽しい作品なので、また書いたときに見てもらえると嬉しいです。