クエスト名称:世界の成り立ち
教会をあとにして、僕は興奮していた。
「とりあえず、なにをすればいいんだ? やっぱりRPGの基本、レベル上げか? それとも、ごり押しでストーリーを進めるか? いいや、なんと言っても最初は、王様にあいさつに行かなければ……!」
「ユッキーは勇者じゃないから、王様に会う必要ないし」
「じゃ、じゃあ。早速冒険に出発だ! 李里ちゃんを助けるぞー!!」
高ぶる気持ちを抑えきれない。
華麗にマントをひるがえし、僕が歩みを進めようとすると、
「待ちなさい、ユッキー」
マントを掴んで真衣は、
「賢者になったって言っても、魔法は修得していないのよ」
「ええ、そんなバカな。なんもなし?」
「そうよ。それにあんた……〔魔女見習いの服〕のままじゃない。まずは防具を揃えてからよ」
疲れたようにため息を吐く。
まるで僕が頭痛のたねのようだ。
「どう? 似合う?」
ポポ村の、みすぼらしい武器・防具店で、真衣に防具を買ってもらった。
絹で織られた〔魔女っ子の服〕
おなじく絹で織られた〔余所行きのケープ〕
武器として〔魔女見習いのワンド〕
魔女っ子の服は乳白色の光沢を放つワンピースで、ケープはマントの短いものだ。
魔女見習いのワンド。ワンドとは指揮棒型の杖の意味で、細くて長い棒だ。
それと、アクセサリーも買ってもらった。
なんでもこれは、『素早さ』のステータスがアップする〔イタチのシッポ〕という品物らしい。白と茶色の縞模様のシッポ。これを、お尻に装着した。
ぶっちゃけて言うと、魔女っ子の服の丈が短くて、パンチラ状態なのに……。
そこへシッポとか、ありえないんだけど……。
「よく似合ってるわよ?」
「シッポ装着なんてギャグなんだが」
お尻でくねくね動くイタチのシッポがシュールだった。
「真衣が身に付けている鎧や剣はなんだ?」
女性用装備で身を固めている真衣に尋ねた。
「これ?」
と真衣は、茶目っ気たっぷりに、その場でくるりとまわって、
「銀色のこの鎧は〔鉄の鎧〕、盾も〔鉄の盾〕だし、剣も〔鉄の剣〕。ステータスアップのアクセサリーは……ほら、これよ」
横髪を梳いてみせた耳元に、
「流星ピアス。素早さがアップするの」
「それはまともなアクセサリーだな……そんなので素早さが上がるんだ。あ、だから僕と会ったとき、あんなに素早い立ちまわりができたのか」
「そういうこと。あと肝心なことと言えば、〔魔法の書物〕ね」
小さな布の袋をごぞごぞ掻きまわして真衣は、図書館の奥に眠っている植物図鑑くらい大きな、鈍器みたいな分厚い本をとりだした。
「これが魔法の書物? どういう書物なんだ?」
「これに目を通せば魔法が使えるのよ。ポポ村では武器屋で売ってるし、町に行けば道具屋で売ってる。都市に行けば、魔法の書物専用の書店があるらしいわ」
「ふむ。で、これを読むと魔法が?」
「そういうこと」
ずっしりと重い、魔法の書物を受け取った。
その表紙には、『攻撃魔法・ファイア』とある。
「おお! ファイアとはまさに炎系魔法! これで魔法が修得できるのか!」
早速、ページを捲ると突然、
「おわっ!?」
パラパラパラ、と、1枚1枚、本から紙が飛び出して、宙を舞いはじめた。
そして、僕のまわりを数珠繋ぎで取り囲むと、紙が、僕に語りかけてきた。
――太陽の大熱をも凌駕する灼熱を欲せんとすれば、唱えよ。ファイア――
ことばが、体にしみわたる。
語り終えると紙は、すぅと透けてゆき、消えてしまった。本のガワもなくなった。
「それでファイアを修得したことになるわ」
「ホントに!?」
妙にうれしくなって僕は、魔女見習いのワンドをふりかぶって、大声で唱えた!
「ファイア!!」
しかし、魔女見習いのワンドからも、どこからも、ファイアっぽい炎は出てこない。
「あ、言ってなかった? ファイアはレベル2から使えるわ」
「それを早く言えよ! めっちゃ恥ずいじゃん!! 杖をふった姿、すげぇマヌケじゃん!!」
もう、全部が後手にまわっちゃって、僕のやることなすことすべてが滑稽なものに……。
「はぁ……なんにも起きないからさ、マジックポイントがないのかと……」
「それも言っておかないとね。どうやらこのゲーム、マジックポイントって概念はないわ」
「え!? マジックポイントがない? んじゃ、どうやって魔法を出すんだ?」
「それはね……」
と、2週間前からこの世界にいる古参勇者真衣が説明する。
最初から順に言うわね、と前置きして、
「魔法の書物は、どんなにレベルが低くても、いまみたいに修得できるの。けど、魔法を使えるようになるには〔経験値〕が必要。ま、経験値イコール、レベル数なんだけど。
で、レベルが低いと魔法は発動しない。
だから、レベルの低いプレイヤーが大技の魔法を修得しても、結局は、唱えても発動しないの」
ふむ。よくできてるシステムだ。
「この世界において魔法が発動する原理を、城にいる魔法使いが教えてくれたんだけど、魔法を唱えることは、万物流転のサイクルから神秘の力を取り出すことなんだって。この神秘の力を〔マナ〕といって、魔法はマナの形を変えて、表に出すこと。
万物とは、この宇宙に存在するすべて。なのだから、その力はもの凄いことになる。この万物流転から、どれだけマナを取り出せるかは、レベルによる。
そして、取り出したマナの形成は魔法の種類によって異なるし、どれくらいの量を表に放出できるかは、魔法のランクによって異なるわ」
ふむふむ。
マナという魔法の源があって、それを形つくったのがたとえばファイアであって、ファイア以外にも属性の異なる魔法があると。
んで、ファイアの上位魔法もある。
そういうことか。
「つよい魔法の書物は高価なもので、そうそう手がでないし、序盤の村には、つよい魔法の書物は置いていない」
「そりゃまあ……」
序盤の村に、世界最強の剣や鎧が1Gで売ってるわけないもんな。
「そしてマジックポイントのことなんだけどね。これは『スタミナ』というのに統合されているの」
「スタミナに統合?」
「そう。魔法を唱えるのにもスタミナが必要で、剣で斬るのにもスタミナが必要。盾で防御するのにも必要で、スタミナを消費するわ」
つまり、戦闘時の行動すべてにスタミナを必要として、これを消費するのか。
「ちなみに、スタミナの消費にも特徴があって、戦士や武道家は、格闘系の攻撃にスタミナを然程消費しないけど、魔法を唱えるのには大量消費する。
逆に、魔法使いや僧侶が魔法を唱えるのは然程消費しないけど、格闘系の攻撃をするとスタミナを大量消費してしまう」
「へぇ、よくできてるな。んじゃ、僕の場合はレベル2に上がるまで、杖でモンスターをポカポカ叩かないといけない?」
「そう言うことになるわね。でも私がいるから、一緒に戦闘を経験すれば、最初のうちは楽ができるわよ」
経験値の分けまい、おこぼれができるのか。
「それともう1つ。スタミナは戦闘時に大切だけど、休憩なしで戦闘を繰り返したりフィールド移動をしていると『疲労度』が溜まっていって、戦闘時のスタミナの回復が遅くなってしまうの。だから、ある程度疲労が蓄積してきたら、宿屋に泊まって、疲労回復しないとダメ」
「うーん。そういうところは結構シビアなんだな」
まあ、そうしないと宿屋の存在意味ないか。
回復魔法があれば無用の長物になっちゃうし。
ところで……。
レベル2にならないとファイアを使えない僕は、レベル1ということが判明したけれど、
「真衣はレベルいくつなんだ?」
「私? レベル13よ」
「レベル13……すごいのかよくわからないな……」
「これでも結構、ストーリーを進めて来たのよ。たぶん、この世界の最高レベルは50じゃないかしら……?」
「50!? 僕は最高レベル100だと思ったけど、50だとすれば、レベル13ってすごいな。レベル100に換算したら単純計算で26になる! これって相当すごいよ!」
「そうかな? ふふん」
腰に手を当てて鼻を高くする真衣。
そんな真衣を、僕は尊敬の目で見た。
狂気に充ちた猛獣だらけの無人島に裸同然で放り込まれたのと等しいこの世界で、ストーリーを進めて、レベルまで上げている……!
その精神力は凄まじいものがある。
しかも、魔法に関する知識や上限レベル50と推測できるなんて……マジで勇者だ。
「真衣がいれば、ちょちょいのちょいで李里ちゃんを救出できるよ! 救出できたら、僕は李里ちゃんに告白できるし、この世界からも脱出できる! 良いことずくめだ!」
「……ふーん」
「あれ?」
とたんに、真衣は面白くないとばかりに顔をしかめた。
「ど、どうしたんだよ!? 元気だして行こうぜ!」
「そんなに李里のこと好きなの?」
「そうだけど……? なんなのさ?」
「べつに。レベル上げをしに行くわよ、ふんっ」
顔をそむけて、真衣はポポ村の外へ歩き出した。
「??? なんだ?」
真衣は、僕と李里ちゃんとのことになると急に薄情になってしまう。