クエスト名称:王道RPGからの挑戦状
ま、まぁ……とにかくだ。
繰り返すようだけれども、一刻も早く、李里ちゃんの救出に向かわないといけない。
そのためには、冒険に必要な装備が欠かせない。
「真衣は2日前から冒険しているんだろ? ゲーム世界では、えーと、2週間経過しているんだっけ? その間、モンスターと闘って、いろいろな装備を整えたんだろうけど、その、いま真衣が装備しているのはなに?」
僕の問いに、真衣はつれない態度どころか、
「さーてと。お腹へったわね」
きこえないふりをして知らんぷりだ。
「なんだよ! 大事なことを尋ねてんのにさ! やっぱりなにか気に障ってるんだろ!」
僕が怒って問いただすと、
「んもう! ユッキーって本当にバカ!」
まるで平手打ちをするようなキツい言い方で返された。
そんな返しをされるとは思いも寄らないことで、僕はひるんだ。
真衣のほうこそ、僕よりも怒っていて、不満を抱いている様子だった。
けれどその苛立ちも、深いため息に変わった。
「……バカバカしい。こんなところでケンカしてる場合じゃないわ。魔王を倒して、李里を助けなくっちゃいけないのに……。さあ、行くわよ、ユッキー」
「ちょっ、ちょっと! なに、その大人ぶった態度! 僕が子どもっぽく見えるじゃないか!」
「いいから、ついて来なさいよ。防具を買ってあげるから」
「え? 防具……?」
「そうよ。そんな〔魔女見習いの服〕に、防御力のステータスがあるわけないでしょ」
あ、この服。そんな名前なのか。
「身につけているもの全部、総取っ替えよ。できることなら、ユッキーの頭の中も取り替えたいわ」
……ひどい。
「でも、最初のうちは死んだって構わないんだし、テキトーに済ませちゃっていいんじゃないのか?」
「なにを言ってるの? あんた、本当にバカじゃないの?」
真衣の表情が、急に真剣なものになって、
「ひょっとして、モンスターとの闘いに負けて死んだら、教会で復活したり王様に『死んでしまうとは』云々と言われて再スタートできるとでも考えてる?」
「考えてるけど……え、ちがう?」
「ああ、もう……」
肩を落として、ひどく落胆する真衣。
「……そうね、まだこの世界に来たばっかりで、知らないのか……」
「なにがさ」
「ううん。装備を整えるまえに、ユッキーに会わせたいNPCがいるわ。たぶん、一番大事なことだから」
そう言うと、真衣は仄かに笑ってみせた。
その笑いは、なにか悟りをひらいた感じで、半分、諦めにちかいものだった。
「一番大事?」
真衣に連れられて僕は、ポポ村の中へ。
ポポ村は、湖上の城の城下町にあたるらしい。
城下町というか城下村。だから、湖上の城も、それほど大きくはないだろう。
ポポ村には、レンガ造りの民家や商店があって、いちおう、武器・防具屋、宿屋があった。重要な施設としての教会もちゃんとある。
宿屋の裏手にある井戸の近くまで来ると、真衣が、
「あそこにNPCがいるでしょ?」
井戸からすこし離れたところの立ち木を指さした。
見れば、うす汚れた服を着て、へらへらと気味の悪い笑みを浮かべた、小さな体躯の男がひとり、立ち木に凭れる格好で立っている。
「あの男がどうかした? はなしをすればいいのか?」
「待って。いい? あのNPCとの会話は1回だけ。これは1回かぎりのイベントよ」
「ふーん」
ゲームでよくあるイベントじゃないか。
「真衣も、あのNPCと会話したのか?」
「そうよ。ユッキーが召還されて、新たなメンバーが加わったからあのNPC、もう1度、姿を現したようね」
「もう1度?」
よく理解できないが、とりあえず、あの男と会話すればいいらしい。
僕は真衣と一緒に立ち木まで歩いて行って、
「あの……」
と、会話をスタートさせた。
「くくく……この世界にようこそ……」
しゃべりだした。
「どうやら、おめえらの仲間が攫われたようだな」
「知ってんのか?」
「くくく……魔王を倒さねえと、仲間はもどってこねえぜ」
まあ、そうだろうな。
李里ちゃんが逃げ出せるわけないし、逃げて来たらそれはそれで、クソゲーだろう。
亀に捕らわれた桃姫が、警備の隙をついて、亀城から帰還したら冒険もクソもないのとおんなじだ。
男は「くくく」と低く笑い声を発し、
「むろん、魔王を倒さねえとおめえらは一生、この世界から元の世界へ、帰ることはできねえぜ」
「な、なに?」
思わず僕は、真衣へ視線を移す。
真衣は無言で、首をたてにふった。
「元の世界でおめえら、行方不明になってるぜ」
「行方不明……?」
男のことばをきいて、僕の脳裏にひらめいたのは、2日前から学校を休んでいた真衣と李里ちゃんだ。
てっきり、風邪なんかで病欠だとおもっていたけれど、行方不明だったことになる。
ということは2人とも、突如として蒸発したようなもので、真衣によって召還された僕もまた、リアル世界では行方不明になっていることだろう。
「リアル世界に帰るにはどうすりゃいいんだ!?」
「くくく……」
こいつ、よく「くくく」というな。
「帰りたかったら、魔王を倒すことだ」
「魔王ってどこにいるんだ?」
「さぁな」
「どこに住んでる?」
「さぁな」
「住所、どこ?」
「さぁな」
……知らない、というより、答えられない質問には「さぁな」としか言えないらしい。
「悪いはなしだけじゃねえぜ。おめえらが魔王を倒した暁には、願いを叶えることができる〔オーブ〕が手に入る。好きな願いを叶えりゃいい」
「おお、それはすごい!」
「だがなあ」
男は、気味悪い笑みを浮かべながらに、
「途中で死んじまったら、そこでゲームオーバーだぜ」
「……うん。で? さっきも真衣が言ったけど、教会とかで復活するんだろ?」
「死んだら、そこで終わりだぜ」
「終わり? どうこう意味だ?」
ニタァと笑って、男は言う。
「終わりは、終わりだ。元の世界に帰ることはできねえ。この世界で死ぬってことだ」
「なにぃ!?」
アホなことを言うんじゃねえよ。
配管工のおっさんだって3機は持ち合わせているぞ!
なのに僕たちは、たった1回死んだだけで即終了なのか!?
命がけじゃねーか!!
「だから言ったじゃない」
と真衣が、いまにもおしっこチビリそうな僕へ、
「身につけている防具全部、総取っ替えする必要があるの! 防御力を高めないと死んじゃうでしょ! 死んじゃったら、そこでおしまい! 生きてリアル世界の太陽の光を浴びることもできないわ!」
「あわわわ……!!」
これはヤバいぞ。
非常事態発生だ。
真衣や僕自身もそうだけど……。
もし、僕たちが死んじゃったら、李里ちゃんだって……。
一生、魔王に捕らわれたままになってしまう。
「おい! どうすりゃ魔王を倒せるんだ!」
男の肩をつかんで僕は、魔王攻略を聞き出そうとした。
しかし……。
「さぁな」
ニタリと笑ったが最後、
「せいぜい頑張りな」
捨て台詞を吐いたと思ったら、男の体がみるみる小さく萎んでいって、
パチンッ。
弾けるようにして、その姿を消した。
「おいぃぃ!! なに消えちゃってんの!? アホなの!? バカなの!? 魔王の倒し方、教えてから消えろよォ!!」
「ムダよ、ユッキー」
僕の肩に、ポンと手をのせて真衣は、
「私のときもそうだったもの。いまのイベントは1回かぎり。消えたNPCは、ユッキーが召還されたことで、ふたたび姿を現しただに過ぎないの」
「なんで冷静に解説してんだよ!!」
大変なことになったじゃないか!
「この世界で死んだら、ガチで死ぬんじゃないかよォ!」
そんなこと知らないからさ、僕はアバターを女の子にしちゃったよ!
職業もテキトーに選んじゃったし。
やり直しできないんだろ!?
うわぁ……失敗した!
なんてこった!!
「とんでもない世界に召還してくれたよ真衣、まったくもう!!」
女賢者になってる場合じゃないっ!