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クエスト名称:女の子の秘密は秘密


 つまるところ、そういうことなのだ。

 本当に、ここはゲーム世界なのだった。


「そう言えば、むかし、真衣の家で『クエスト×クエスト』やったなぁ。懐かしい」

 世界の平和を取り戻すため、打倒魔王をかかげ、魔王軍に立ち向かうRPGだ。

 とてもポピュラーなゲームなので、知らない者はいないだろう。通称、クエクエ。


「あのゲーム、ユッキーに貸したままよね? 借りパクしないでよ」

「……」

 借りてたっけ? おぼえていない。

「小学生の頃、真衣の家に遊びに行って、真衣がクエクエをプレイしているのを僕は横で観てたっけ。それに、レベル上げを強制された記憶が……ああ、なんか蘇って来た。いやな思い出が蘇って来たぞ……」

「そんなことはいいの。で、わかったでしょ? ここはゲーム世界」

「わかったわかった。充分、わかった。それで僕はなにをすりゃいいんだ?」

「まずは、キャラクター作成よ。自分のアバターになるから」

 と言われて僕は、この世界で冒険するために必要な、自分のアバターを作った。

 職業も決めた。

 そして完成したのが——


「なんで女の子なのよ!? あんた男の子でしょ!」

「いいじゃないか、女の子で。ゲームなんだから好きにさせてくれよ」

 キューティクルケアばっちりの、うるおいに充ちた艶やかなロングヘアを背中へ垂らし、水晶の装飾が施されたサークレットを頭部につけた、碧眼の美少女。

 柔らかな目つきに、淡い桜色の唇で、よく整った目鼻立ち。すべすべの白肌。

 頬はお餅みたいに弾力があって、胸の膨らみも、真衣に負けず劣らずハリのある美乳に。

 背丈は高くも低くもなく、ちょうど良いところで止めた。


 服装は清楚な装いで、麻で作られた白のワンピースふうの衣服。これに緑色のマントを羽織っている。

「職業はもちろん〔賢者〕だよ。女賢者、ここに誕生! これが僕の体だ!!」

「アホ」

 ぽかっ、と叩かれた。

「なに考えてんのよユッキー! あんた、自分の置かれてる状況、理解してんの!?」

「叩かなくたっていいじゃないか。うん、理解してるさ!」


 真衣の説明によれば……。

 僕とおなじように気がついたらゲーム世界の地に立っていた真衣と李里ちゃん。

 2人はそれぞれ、リアル世界とおなじ容姿のアバターを作成し、真衣は勇者の職を選択。

 一方、お姫さまの職業を選択した李里ちゃんは、その職業の持つ運命ゆえに、魔王に攫われて、捕らわれてしまったというのだ。

 まるで、どこかの桃姫だ。

 配管工のおっさんのごとく、僕が助けに行かねばなるまい!

 だが、その前に——


「ちょっと、トイレに行ってもいいかな?」

「はぁ? それどころじゃないでしょうが!」

「いやいや、これは生理現象だからしょうがない!」

「……気に食わないわ」

「なにがさ? 漏れそうなんだよ」

「ふふん? ……ユッキィ? さっきから、ニヤニヤしてる」

 そ、そんなことはないぞ。

「女の子の体になったからって、なにかイヤラシイこと考えてるでしょ?」

 まったくもって、そんなことはないぞ。

「ほくそ笑んでるのが怪しい!」

 くっ、くそう。


 せっかく女の子の体になったのだから、女の子の秘密めいた体の仕組みを詳しく知りたいのに!

 男の子が抱いている疑問を解明できる絶好のチャンスが到来したっていうのにさ!


 そんな僕の野望を、ほくそ笑んだ表情から看取したのか、

「私が一緒に、付き添ってあげる。ヘンな事したら、ただじゃおかないわよ」

 真衣は不信感をあらわにして、ムッとした顔で言った。

「うぅ……なんて迷惑な連れションだ」

 僕の野望は見事に看破されてしまった。


 ところで……。

 湖上の城の名は知らないが、ヴェルサイユ宮殿にはトイレがないそうだ。

 いや、いまはあるだろう。完成当時のはなしで、トイレという独立した場所はなかった。

 んじゃ、どこで用を足すのかというと、おまるを使っていたらしい。

 しかしそれは、清潔感のある人が使っていたらしく、無骨者は、ヴェルサイユ宮殿の庭園で済ませていた。それとまた舞踏会ともなれば、おまるを持ち歩く姿は滑稽で、参加者たちも、広大な庭園のどこかにしゃがんで用を済ませていたのだった。

 そんなもんだから、

「ちょっと、お庭で、お花を摘んできますわ。おほほほ」

 という隠語ができたのであろう。


 そんなトイレ事情に思いを馳せながら僕はいま、道ばたにしゃがんで、夏草を毟っている。

「しー、こいこいこいこい。しー、こいこいこいこい」

「んなこと言わなくたって、出るものは出るから!」

 不要な世話を焼いて、背後から声をかける真衣が、「だーれだ?」という感じで、僕を目隠しする。

 女の子の秘密を教えたくないようだ。

 ホント、余計なお世話。


「ねえ、ユッキー。あんたマジで、どうして女の子にしたの?」

「ん? やっぱり、女の子ってだけでいいじゃん! 特にオンラインゲームだとさ」

「オンライン……ゲーム……」

「そう。女の子のフリして『お金がなくなっちゃって、いくらか薬草を分けてくれませんか?』って言えば、だいたいの人が分けてくれるし」

「それ、ネカマ……」

「そうだよ。でも、いいじゃん」


 真衣に目隠しをされ、しゃがんだ状態で僕は、

「薬草を分けてくれた人はチェックしておいて、『まだまだ弱いんで、わたしと一緒にレベル上げをしに行きませんか?』って誘えば、人の良さそうなプレイヤーが釣れるよ。このゲームでも、いるんだろ? あ、もう終わったから目隠しはいいよ」

 さすがに、モンスターたちも空気を読んでいるとみえて、トイレ中は襲って来ることもなかった。

 立ち上がると、すぐうしろで真衣が、

「手、洗いなさいよ。ばっちぃ」

 弟のしつけをするお姉ちゃんみたいな言い方で、僕を湖のほうへ追っ払う。


 仕方なしに僕は湖の水で手を洗って、帰って来ると、

「ユッキー、あんた勘違いしてるわ」

「なにがさ」

「この世界には、ユッキーと、私と、李里の3人だけなのよ」

「は? 3人? たった3人?」

 僕と真衣と、捕らわれた李里ちゃんを合わせて……3人?

「このゲーム世界はに3人しか存在しない?」


 僕の問いに、真衣は真剣な表情で、

「そう」

 と、うなずいた。

「じゃあ、あの湖上の城には誰もいないっていうのか?」

「そういうことじゃないわ。リアル世界の人間は、私たち3人だけなのよ!」

「んん!? 理解しにくいんだけど?」

「とりあえず、私について来て」


 真衣の言っていることが上手く呑み込めないので、その背中を追いかける。というか、それ以外に選択肢がないので、ついて行く。

 5分ほど、中世ヨーロッパふうの田舎道をぽちぽち歩いて行くと……。

 なにか見えて来た。

「建物だ。家が何軒があるけど……ここはどこ?」

「あそこにいる人に尋ねてみたらいいわよ」

 と、真衣が示した方角を見やれば、腰の曲がった爺さんが、杖をついて立っていた。


「なんだ、ちゃんと人はいるんじゃないか。3人しかいないだなんて、まったく」

 嘘ついてさ、と言って、僕は爺さんの所まで歩いて行き、

「あの、すみません。ここってどこです?」

「おや? 旅のお方かね。ここはポポ村じゃ」

「そうですか。……ポポ村? 日本ですか?」

「ここはポポ村じゃ」

「いや、えっと。日本じゃないのなら、ここはどこなんです?」

「ここはポポ村じゃ」

「それは一旦、脇に置いといて。お爺さん、ここの人なんですよね?」

「ここはポポ村じゃ」

 ポポ村でもペペ村でもいいんだよ爺さん。

 問題は日本なのかどうなのかだ。


「ムダよ。それしか言えないんだもの」

 やれやれ、といった感じで真衣が、

「クエクエなんかのRPGでおなじみの、村の入り口に突っ立ているお爺さんよ。村名しか言えないわ。いわゆる、NPCってやつ」

「NPC! マジかよ!!」


 NPCとは、プレイヤーのゲーム進行を手助けするノンプレイヤーキャラクターである。

 手助けといっても様々で、会話からイベントが発生するものから、品物の売買をする店の主人、モンスターや敵キャラクターなんかもNPCだ。

 村名をしゃべるだけの爺さん。この爺さんだって、ゲーム進行を手助けしているNPCなのだ。


「何度はなしかけたところで、決まった答えしか返ってこないわ」

「ええ!? それってつまり、そのまんまゲームじゃん!」

「だーかーら! さっきから言ってるでしょうが! この世界は、ゲーム世界なの! リアル世界とは、まったくの別物! 異世界! ゲームの世界なの!!」

 呑み込みの悪い生徒を叱る先生みたいに真衣が、僕に物事をわかりやすく、噛み砕いて説明する。

「ユッキーと、私と、捕らわれた李里以外、この世界の人間はみんな、NPCなのよ! さっき言ったわよね、ユッキー。人の良さそうなプレイヤーを釣るって。ムリだから! 1人も釣れないから! 薬草ひとつ、分けてもらえないから!」


「な、なんだってー!!」

 エロパワーで男を釣ること自体、不可能なのかよ! 嘘だと言ってくれ!


「ついでに言うと魔王もNPCだから!」

「魔王も!?」

 びっくりして僕はもう、腰が抜けそうだった。

「とととと、ということは、僕と真衣だけで魔王を倒さなくっちゃいけないってことか!?」

「そうよ」

「僕と真衣だけで、李里ちゃんを救い出さないといけない!?」

「そうよ!」

「マジかよ! 頼れる人いないじゃん! 援軍を呼ぼう!」

「ユッキーが援軍でしょうが! 私がユッキーをこの世界に召還したの、忘れたの?」


 ああ、そうだった。そんな事をさっき、言ってたっけ。

「しかし、そうなれば困ったぞ。剣をふり回すような乱暴なこと、とてもじゃないけど僕にはできない」

 先ほどの戦闘で真衣が倒したビードルに、りんちょというモンスター。

 あんなモンスターたち相手に、僕が戦闘できるとでも? 

 しかも今後、さらに強大で強力、無敵のようなモンスターが登場することは火を見るよりも明らか。

 ハッ。

 どう考えても、ムリです。


 リアルに僕は、勇者とか戦士とか武道家とか……その手の戦闘スタイルに向いていない。

 どちらかと言えば後方から、チクチクと攻撃を与えてモンスターを倒すタイプの人間なんだよ、僕は。


「ちょうど良いじゃない。ユッキーの職業は賢者でしょ。〔攻撃魔法〕や〔補助魔法〕、〔回復魔法〕を使って私を援護して。ユッキーに戦闘なんて期待してないわよ」

 面と向かって、真衣はさらりと心外なことを言った。

「確かに戦闘向きではないけどさ……。そう言われると、男の子としてのプライドが、」

「ユッキーはいま、女の子でしょ」

「……そうだけどさ」

 アバターは美少女だけど中身は男の子なんだぞ。


 けれども……。

 勇者真衣の活躍を上回れるか、となれば、残念ながら僕にはできない。

「じゃあ……前線の真衣、後方の優希。この作戦で行こう」

「妥当なところね」

 と、僕の性格や思考回路を知悉している真衣は、

「それ以上のことをユッキーに求めないわ」

 ある種、思いやりにも似た、投げやりな態度だ。


 そんなことならなにも、たいして戦力にならない僕を召還しなくたっていいじゃないか。

 なんか、ムカムカしてきたぞ。

 いままでのはなしをまとめれば、僕はこのゲーム世界に召還されたことになる。それも、真衣の都合によって勝手に召還されたのだ。

 非常に迷惑なはなしだった。


 しかも、召還しておきながら、「期待していない」とか「求めない」と僕を誹るなんて理不尽そのもの。

「なんで僕なんかを召還したんだ? 戦闘では役に立たないし、足手まといになるだけだろ? お荷物になるだけなのに。どうして召還したのさ」

「ん。そ、それは……」

 黒い瞳を泳がせて真衣は、悪戯を見つけられて言い訳するようなこそばゆい表情で、

「ほ、ほら。私とユッキーは、おんなじ保育所からの幼馴染みだし、やっぱり気が合うでしょ?」

「それが?」

「知らない人より、気心が知れた人を召還したいじゃない?」

 真衣は妙に赤らめた顔で、しゃべりながら小鼻をひくひくさせて、

「一緒に冒険するんだったら……って思ったら、ユッキーのことが頭に浮かんだの! 悪い!?」

「なんで逆ギレ!? キレたいのはこっちだ!」

「べつにキレてないわよ、ふんっだ」


 まるで恥ずかしさを誤摩化すかのように、プイッとそっぽ向いた。

 でもまあ、確かに……。

 僕が真衣の立場だったら、こんなゲーム世界に見ず知らずの人を召還しないだろう。

 召還された人も気まずいし、ぎくしゃくした雰囲気で冒険するのも辛い。

 なにより、李里ちゃんを助けるのは、僕なのだ。


「とにもかくにも。一刻も早く、魔王の手から李里ちゃんを救い出さないと! カッコいいところを見せて、好感度アップだ!」

「はあ? 好感度アップ?」

 真衣が怪訝な顔をして言う。

「どうしてユッキーが使命感に燃えてんの? あんたがそこまで張り切ることじゃないでしょ? どちらかと言うと、親友が捕らわれてる私のほうこそ、しゃかりきにならないといけないのに」

「なに言ってんだ。李里ちゃんは、僕に救出されたいはずだ!」

「だからなんで?」

「わかんないかなー。李里ちゃんは、僕のことが好きなんだ!」

「……は?」


 あんぐりと口をあけた真衣が、「こいつ、バカじゃね?」という感じで呆れている。

「なんで、そうおもうの?」

「いやだってさ、ときどき目が合ったりするし、目が合えば決まって、李里ちゃんは僕のことをチラチラ見てくる」

「それってユッキーが見てくるから、李里も気になって視線を向けてるだけ……」

 んなことあるか!

 李里ちゃんは、僕のことを好きにちがいない! 大好きなはずだ!!


「なんていうか、ユッキー……」

 真衣は、こめかみに手を当てて、

「幸せそうでいいわね……そういう性格が羨ましいわ」

 深い深いため息を吐いた。

「なんだよ! バカにしやがって! 李里ちゃんが僕を大好きだっていうのはわかっているんだから、これを僕は受け入れる! そのために、魔王の手から救い出し、僕は李里ちゃんに告白するんだ!!」

「……は?」


 今度は真衣、おどろきに目をひらき、半笑いの顔の頬を引き攣らせ、

「告白ってユッキー……本気で言ってんの?」

「もちろん! 僕も李里ちゃんが好きだからさ!」

 僕は素直な気持ちで答える。


 すると真衣は、すこし不機嫌に眉をしかめて、ことばが見つからないのか唇をキュッと結んだ。


「なんだ……? 気に障ること言ったか?」

「べつにぃ。勝手にすれば」

 なんだか急に、つれない態度に変わってしまった。

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