クエスト名称:初戦を経験
頬をつねると痛いので、やっぱり夢ではないらしい。
「ゲーム云々の前にさ、真衣。2日も学校を休んでどうしたんだよ? みんな心配してる」
「2日なの!?」
眼をむいて驚愕する真衣。
「私がこのゲーム世界に来てから2週間も経過してるのに、リアル世界では2日しか経ってない……。つまり、リアル世界の1日が、このゲーム内だと1週間になる……」
「今日も学校に来なかったら3日だけどさ。とにかく、帰ろう」
と僕は、なんという名前なのか不明だが、湖上の城を眺め、
「帰るにしても……ここ、どこ? 日本?」
「だから……ゲームの世界。リアル世界じゃないわ」
「……本気で?」
「本気よ。あ、李里も学校を休んでるでしょ? 2日前から」
「うん。そうだけど」
堀北李里ちゃん。
中学から一緒で、僕と真衣とおなじ高校に進学、おなじクラスだ。
真衣と折りを合わせるようにして李里ちゃんもまた、2日も学校を休んでいるのだった。
どうしたんだろう、李里ちゃんは。僕は心配で心配で、おちおち寝ていられない。
「学校休んでるのに、よく知ってるな」
「当然よ。だって、この世界にいたんだから。2人でね」
「真衣と李里ちゃんが? なんでさ」
「そんなの知らないわよ。気がついたら、この世界にいたの!」
イライラした様子で語気を強めた真衣。が、怒ってもしょうがないと、ため息を吐いた。
そして、とんでもないことを述べた。
「あの子、ゲーム世界の職業を〔お姫さま〕にしたら、魔王に捕らわれた」
「……は?」
「お姫さまはボスキャラに捕らわれる運命にあるのよ。だから、魔王に連れ去られた。簡単にいえば、拉致られたの」
「ちょっ、さらりと言うなって! それは一大事じゃないか!」
「一大事だから、ユッキーに来てもらったのよ!」
……え?
来てもらった?
「どういうこと?」
「私は、このゲーム世界での職業を〔勇者〕にしたの。魔王を倒して、李里を救い出す使命が与えられたんだけどね……いくら勇者でも1人じゃムリ」
真衣はハッキリと言って、
「そこで、教会へ行ってリアル世界から助っ人を召還した」
「召還って……それが僕? この世界に僕を召還したのか?」
僕の問いに、真衣はこくりと頷いた。
そのときだ。
――ヴゥゥゥン!
空気をふるわさせる、何かデカい生物の羽音が耳に入った。
転瞬、真衣の表情が険しいものになり、
「モンスターよ!!」
指さして叫んだ。
《大蟲獣・ビードル。尻のドリルで狙撃。強靭な顎で噛みつきもする》
「なんか勝手にメッセージが表示されたんですけど! うわわ、スズメバチのモンスターだ!」
黄と黒の縞模様の体は不快な羽音を轟かせる70センチはあろうかという巨大蜂。
デカ過ぎるッ!!
針であるべき尻にドリルがあって、グルグル回転しているんですけどぉ!!
「メッセージでモンスターの特徴が表示されるわ。初回だけよ」
「んなことより、どうすんだよ! 僕は武器を持ってない!」
「その前にユッキー、早くどこかに隠れて! その姿じゃ即ゲームオーバーよ!」
「そ、その姿って、どういう姿?」
シャキンッ! と音を立てて、腰に装備した剣を抜刀した真衣は、研ぎ澄まされた両刃の剣を正眼にかまえる。
その鏡のように研かれた刃に、ピンポン球くらいの光の玉が映り込んだ。
「これが僕の姿!?」
「そうよ! この世界でのアバターを作成していないし、職業やステータスもない。素の状態で裸同然なのよ! 魂の状態なんだから、早く隠れて!!」
「うわわ、これは大変だ!」
慌てて隠れる場所を探し、とっさに目についた安全な場所へ。
「ちょっ、ユッキー! どこに潜ってんの!?」
「ここが一番安全だ!」
白桃のように、わたわたに実った真衣の豊乳の谷間へと潜り込む。
ふにゅ、として、ゆたんゆたん、ぷるんぷるん。
男の子なら、だれしも埋もれたい夢の場所。
なぜか小さな光の玉になっている僕は、その小ささを活かし、真衣の胸に避難する。
むっちりとした谷間にサンドイッチされるかたちで居心地がいい。
「さ、早くモンスターを退治してくれ!」
「なに考えてんのよ、えっち! 出て来なさいよ!」
べつにゲーム世界なんだからいいだろ?
と、考えていたら、ビードルが仲間モンスターを呼び寄せていた!
《小型草食獣・りんちょ。猫の皮をかぶったウサギ。もふもふした毛は高級品》
「また勝手にメッセージが! しかも、どうでも良い情報なんだけど!」
森の中から、ひょこひょこ跳ねて現れたモンスターは、雪のように真っ白な体毛に覆われた、猫のように長いシッポを持つウサギ。大きなウサ耳は垂れ耳で、真っ赤な瞳をしたモンスターだった。
その、りんちょの横でビードルが、
――ギギギィ!
歯ぎしりするような鳴き声を発してドリルを発射!
これを、
「ふんっ」
低い声をもらして踏ん張った真衣が、左手に装備した盾を、すくいあげるようにして、ビードルのドリルを受け流す。
続けざまに身をひねり、なぎはらうように滑らせた剣先が、ビードルの胴を切り裂いた。
さらに左足を軸にして身をまわし、もう1度、斬った。
目にも留まらぬ早業だ。
「すごいっ! さすが、小学校の頃から体育の成績が5の真衣だ!」
この攻撃でビードルを倒し、
「とりゃあ!」
勇敢に声を上げた真衣の一刀。りんちょも倒した。
あっという間だった。
と……。
ビードルとりんちょが倒れた所に、なにやら黄金色に輝くものが。
「あれってもしかして、敵を倒したことで入手するお金? ゴールドじゃん!」
「いつまで胸の中に潜ってる気なのよ!」
真衣が、まるで猫の首をつかむようにして僕を摘まみ上げると、
「えっち! すけべ!」
思いっきり地面へ叩きつけやがった。