黒魔術同好会
「どうして、あちきがここに居るんだろう?」
深夜の学校の部室で意味深な言葉を呟く恵。
「しー、大切な儀式の最中なんだから、静かにして」
真剣な表情の逢歌が、ハンズの値札がまだついている黒ローブを羽織り、意味不明な呪文を唱えている。
それも逢歌一人では、無かった。
「さあ、これより悪魔召喚の為の生贄を召喚する為の代価の蛙を召喚されます」
緊張した面持ちでそう告げるのは、逢歌のと違う高そうな黒ローブを羽織った黒魔術同好会長であった。
同好会メンバーが頷く中、恵が手をあげる。
「蛙くらい、普通に捕まえた方が早いと思いますけど」
落胆の表情を浮かべる逢歌。
「恵、どうしてそんな簡単な事も解らないの?」
「簡単って、どう考えても、こんな儀式を行うより普通に捕まえた方が早いわよ」
恵の真っ当な指摘に逢歌が遠い目をして答える。
「それが形式美って奴なのよ」
頷く同好会メンバー。
「本気でどうしてあちきがここに居るんだろう?」
恵の深遠な質問に逢歌があっさり答える。
「この儀式が終わった後、会長主催のオフカイに参加するためじゃん」
眉をひそめる恵。
「よくよく考えてみたら、黒魔術に嵌っている人間主催のオフカイにまともな男子が来るわけ無いような気が……」
「今回は、まともな黒魔術の知識がある人が揃っている筈です」
会長の宣言に逢歌が前回の写メを見せる。
「前回は、会長に釣られて、バンピーが集まってたもんね」
恵は、フードから覗く会長の超絶美形の顔とローブ越しにもわかる胸の膨らみに舌打ちするのであった。
「所詮、男は、外見が全てなんだね」
そうしている間にも儀式が終わりを告げようとしていた。
魔方陣の中心におかれたバケツの水が波打ち、一匹の蛙が顔を出し、歓声があがる。
「やりましたね会長! 初めての成功です!」
「苦節、三年。ここに悪魔召還の為の第一歩が刻まれたわ」
感動に打ち震える同好会のメンバー。
「凄いねー、本当に蛙を召喚しちゃったね」
逢歌は、比較的気楽なだったが恵は、顔を強張らせていた。
「……冗談でしょ?」
恵は、携帯を取り出した。
「紫影、いますぐネクロノミコンを持ってきて! 今まで散々手伝ったでしょ! とにかく急ぎ! 解った、次にそっちの手助けもしてあげるから! それと、霊木の木炭とアクマリンと水晶、マンモスの牙も! 一刻も早く!」
「どうしたの?」
突然の行動に逢歌が戸惑う中、会長が言う。
「それじゃあ、次は、生贄の召喚の儀式を……」
「やるな! 触るな! 近づくな!」
恵が叫ぶ。
「恵さん、どうしたんですか、たかが蛙ですよ」
固まる会長の代わりに逢歌が尋ねると恵が言う。
「あの蛙、ただの蛙じゃないの!」
「それは、召喚用の特別な蛙なんですから、普通と違うと思いますけど」
逢歌の言葉に深いため息を吐く恵。
「そういうレベルじゃないの」
「でも、この蛙を使って、悪魔召喚用の生贄を召喚しないと……」
困った顔をする会長達を見て、恵が空中に特別な印を刻み唱えた。
『馬の姿をして欺かん者、地位をもたらして協力をもたらす者、契約に誠実なりし汝、オロバスよ、在れ!』
空中に描かれた印が輝き、馬の姿をした悪魔、オロバスが召喚される。
『契約者ミラクルマジシャンメグミよ、汝との契約に基づき召喚に応じた。何を求める?』
恵が会長達を指差して言う。
「あっちの人達の相手をしていて」
『随分と投げやりだな。召喚者としては、かなり問題があると思われるぞ』
オロバスの指摘に恵が蛙を指差して言う。
「それじゃ、あれに関わりたい?」
オロバスは、蛙を感じた瞬間、即座に会長達の所に向かう。
『汝等、悪魔を求める者達よ、我が汝らの問いに答えよう』
急展開に驚きを隠せない会長達を尻目に逢歌がある事に気付いた。
「あの悪魔さん、蛙さんを見ようともしなかったよね?」
「あちきだって関わりたくないよ」
恵が緊張した面持ちで紫影の到着を待つ。
「すいませんが、今の悪魔軍の構成について聞いて良いですか?」
会長がメモ帳片手に質問を開始するとオロバスが怪訝そうな顔をする。
『構わないが、それを聞いて何とする?』
「次の全国黒魔術同好会甲子園の予選の課題なんです」
会長が見せた全国黒魔術同好会の参加者用プリントにオロバスが遠い目をする。
『人間という奴だけは、幾ら理解しても理解しきれない不可解な存在だな』
一時間後、オロバスに質問を終える会長。
「ありがとうございました」
『これも契約、気にするな。これで用事が終わったのだったら帰りたいのだが?』
オロバスが蛙が視界に入らないように恵を見る。
「あれをどうにか出来ないし、正しい知識は、無いでしょ?」
オロバスが即座に頷き霞の様に消えていく。
「意外と早く用事が終わったわね。少し早いけどオフカイに行くけど、貴女達は、どうする」
会長の確認に恵は、後ろ髪を引かれる思いを堪えて告げる。
「あれを放置出来ないから、何とかしてから行くから、場所を後でメールしてください」
「解ったわ。それじゃあね」
会長達と入れ替わりになる様に紫影がやってきた。
「恵ちゃん、どうしたの」
紫影が持ってきた物を奪い取ると恵は、素早く蛙を中心に水晶とアクアマリンとマンモスの牙で正三角形を描く様に置く。
『透き通りし水晶、水を意味せしアクアマリン、古き命のマンモスの牙。この場に水の聖域を産み出せ』
「いつもながら凄いわね。たったあれだけの事で水に関わる神獣を安定させる場を産み出すなんて」
紫影の解説に小さく安堵の息を吐く恵。
「単なる気休めよ。あれがその気になれば直ぐに崩される。とにかく、アルアジフを呼び出さないと」
霊木の木炭で複雑な魔方陣を描き、その中心にネクロノミコンを置かれた。
『汝の写し身がここに在らん。その写し身を触媒に、汝の知恵を求めん』
ネクロノミコンが舞い上がり女性の姿を成す。
『また汝か、どうした?』
恵が蛙を指差すとネクロノミコン、アルアジフが頭を垂れる。
『お初にお目にかかります。戦いの神の頂点たる御方の使徒、水産蛙様』
『こちらこそ初めてお会いする。単なる一使徒のわしには、礼儀は、不要なので頭を上げてください』
蛙、水産蛙の返事にアルアジフが顔中に脂汗を浮かべて顔を上げる。
『貴方の様な高位の御方がどうしてこの様な所に?』
水産蛙は、少しだけ困った声で応える。
『偶然で形成された銀河系レベルの魔方陣の中心で召喚の儀式が行われた為、召喚されてしまったのじゃよ』
『銀河系レベルの魔方陣ですか?』
アルアジフと水産蛙が少し話した後、アルアジフが恵の所に来て言う。
『どうする?』
恵が遠い目をする。
「どうしようか? 話し聞いてたけど、天文学的って言葉が小さく見えるとんでもない偶然で召喚されちゃった事故。返還の儀式なんて殆ど不可能だよ」
『そうかもしれないが水産蛙様なんて高位存在がこの世界に居るなんてとんでもない事。いっちゃなんだが、この世界の全人類を生贄にしてでも返還しないと大変な事になる』
「全人類を生贄にするって事が大変な事だと思いますけど」
紫影の突っ込みに恵が複雑な顔をする。
「この世界、一つがどうなっても構わないほど大変な事だって意味なの。アルアジフは、あれが何かを知っているみたいだから説明してもらえる」
アルアジフが緊張した面持ちで説明する。
『戦いを司る神々の頂点に君臨する御方の使徒。その中でも今覇権を持つ神々の敵対する神、人間が外なる神とか邪神とか呼んでる神々のとの戦いで、多くの神々の砦を崩壊させた御方。『神々の砦を滅する者』の別名で語られる事もある程の存在です』
ここに至り紫影も事の重大さに気付き始めた。
「もしかして、あの蛙って魔王とか魔神とかと同レベルの存在なの?」
アルアジフが首を横に振る。
「よかった。まさか、あんな蛙がそんなとんでもない存在とは、思えないものね」
安堵の息を吐く紫影にアルアジフが告げる。
『貴女達が言う所の魔王や魔神など、水産蛙様の名を聞くだけで戦慄し、その姿を見ただけで逃げていきますよ』
紫影が固まる中、逢歌が尋ねる。
「でもでも、神様じゃなくってその下に居るんだよね? そんなに偉そうに思えないけどな」
深いため息を吐くアルアジフと恵。
「あのね、仕えている神様がとんでもないの。言うなれば、あちき達が普通に神様って呼んでるのは、そこらの会社の社長で、水産蛙様は、世界トップクラスの企業の取締役みたいな者よ」
『わしは、そんなに偉くないのう。中位の使徒じゃから、支社長クラスが精々じゃな』
水産蛙のフォローには、恵も困った顔をする中、紫影が震えながら告げる。
「今までの話を総合すると、神や魔王が怯える存在がとんでもない偶然でここに召喚されて、戻る方法が無いって事になるんだけど?」
間違っている事を祈りながらの問いかけにアルアジフは、冷徹に応える。
『その通り。水産蛙様が召喚されてから少しも動いていないのは、動いただけでこの世界に多大な影響があるから、こうやって意思を伝えるのですら、ミラクルマジシャンメグミが産み出した聖域があっての事。あれが無ければ、意思を発するだけでこの周囲の人間が発狂するわ』
紫影がまるでロボットの様に首を動かして水産蛙を確認してから再びロボットの様に戻す。
「私は、何も見なかったし、関わりあわなかったって事で帰っていい?」
「独りで逃げようとしたら、聖域を解くからね」
恵が釘を刺す。
『まあ、そんな緊張して始まらない。そうだ、一度コーヒーブレイクを入れたらどうかのう?』
フレンドリーな態度の水産蛙に恵が覚悟を決める。
「そうですね。緊張していても良い手が出てくるわけじゃないから、一休みしよう。逢歌、すまないけど何か飲み物でも買ってきて」
「買い物だったら私が行くわよ」
立候補する紫影を恵が睨む。
「あなたの場合、そのまま逃げそうだから却下。お願い」
「はーい」
逢歌が買い物に出て暫くすると、何故か黒いローブを羽織った集団と共に帰ってきた。
「そっちの人達は、誰かしら?」
面倒そうに紫影が尋ねると先頭の黒ローブの女性が高らかに告げる。
「ここの黒魔術同好会が甲子園で優勝しかねない強力な悪魔を召喚したって聞いて、妨害に来たのよ!」
「セコイ奴」
恵の突っ込みに黒ローブの女性は、平然と応える。
「なんとでも言いなさい。世の中、勝った者が正義なのよ。甲子園では、使えない反則、異魔神の召喚で一気に終わらせて上げる」
黒ローブの女性が掲げた禍々しい杖を見て紫影が言う。
「恵ちゃん、あの杖って普通じゃない気がするんだけど?」
恵が頷く。
「あれって異魔人の体の一部だね。本人は、気付いていないだろうけど維持に魂を消費され続けてる」
『鮮血門、異界壁に一時的な通路を作るのに特化した邪神の一部』
アルアジフの解説に恵が舌打ちする。
「こんな時に非常時に面倒な事を。あんた、それを使って使役した存在をちゃんとコントロール出来るの?」
黒ローブの女性が胸を張って応える。
「当然、この杖があればわたくしに操れる物等いませんわ!」
「って言っているけど、どうなの?」
紫影の問い掛けに恵とアルアジフが呆れ顔になる。
「ただでさえ維持だけに魂が磨耗してるって言うのに、召喚なんてしたら直ぐに魂を残らず喰らわれておしまい」
『この世界の時で三分保てれば幸運』
「黙れ、わたくしは、騙されません!」
そして開かれる異界への門、そしてその先に浮かぶ異様な姿をした神々。
「恵ちゃん、あれどうにか出来る自信ある?」
恵が逃走用の魔法の準備をしながら答える。
「無理。一柱ずつならともかく、あの数が出てきたら人類にどうにか出来るレベルじゃない。残念だけどここは、地獄になるのは、避けられないね」
「こういうのを前門の虎、後門の狼って言うのかな?」
逢歌の言葉に恵が苦笑する。
「確かにそんな感じだけど、虎や狼ってレベルじゃないけどね」
「前門の異魔神の大群に後門の蛙。語呂だけ聞くと後門から逃げたくなるわね」
紫影の軽口に恵が肩を竦める。
「実際は、異魔神の大群より、よっぽど厄介な存在なんだけどね」
恵が逃亡用の魔法を発動させようとした時、水産蛙が喋った。
『そこに居るのは、鮮血門様ですかの?』
今にもこの世界に飛び出そうとしていた異魔神の動きが瞬時に止まった。
躊躇は、一瞬、即座に異魔神達は、逆方向に疾走する。
『召喚されておいて何も出来なくて申し訳ないが、仕事が出来たもので失礼する』
水産蛙が異魔神が使おうとした入り口を使って異魔神達の後を追いかける。
残された黒ローブの女性の手から杖が消え、本人もまるで憑き物が落ちた様子で呆然としている。
『我も帰るぞ』
アルアジフも元の紙に戻った後、恵が怒鳴る。
「何なのよこれ!」
翌日の教室。
「ところで召喚用の生贄を召喚する為の蛙を召喚するなんてピンポイントな儀式を誰が考えたの?」
恵の質問に逢歌が一冊のハウツウ本を見せる。
「お菓子屋さんのディスプレイの前で物欲しそうな顔をしていた子にオムレットを奢ったお返しに貰っただけのハウツウ本の初心者向けのページに載っていたよ」
恵が数ページを捲った後、迷わず燃やした。
「何で燃やしたの?」
「名前を口にするのも憚れる神々の召喚儀式まで書かれたハウツウ本なんて存在しちゃいけないの。こんな本を何者が書いたのかを考えるのも怖いよ」
話を打ち切る恵が送られていたメールに気付き、オフカイの写メに好みの男子が写って居た事をしって叫ぶ。
「もう次からは、無視するんだから!」
オムレットを貰って、問題のハウツウ本を渡したのは、オリジナルの神様です。