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シンガポールカジノ

アジア騒乱編その三、シンガポール

「マーライオンか」

 恵は、シンガポール名物の水を吐く彫像の前に居た。

 その後ろには、緊張した面持ちの紫影が控えている。

「仕事の前に確認するけど、あちきは、こっから先は、関わらないからね」

 顔を背けたままの恵の言葉に紫影が唾を飲み込む。

「……解っています」

 恵は、舌打ちする。

「そっちの組織には、色々協力して貰っているから助力をしてきた。でもね、限度ってもんがある。やり過ぎだよ」

 何も言えない紫影を背に恵が行動を開始する。



 話は、三日前に戻る。

「シンガポールで何をしてるの?」

 紫影をファミレスに呼び出して恵が問い詰める。

「私は、詳細を聞かされていません」

 紫影の答えに恵が表情を変えずに続ける。

「シンガポールで何をしてるの?」

「ですから、私は、詳細を……」

 紫影の言葉の途中で恵が三度続ける。

「シンガポールで何をしてるの?」

 紫影が言葉に詰まる中、恵は、表情を変えない。

「シンガポールで何をしてるの?」

 紫影は、慌てて携帯をとり連絡する。

「影長、シンガポールの件の詳細を教えて下さい!」

 ようやく恵が注文したアイスティーをストローで啜り始める。

 針のむしろに座った気分の紫影がなんとか詳細を聞き終え、報告を始める。

「シンガポールの組織との対立があり、その解決の際に禁呪を使用したみたいです」

 半眼になる恵。

「あのさ、禁呪がなんで禁呪かぐらい理解しているよね」

 紫影が引きつった表情で頷く。

「はい。それは、重々」

「だったらなんでそれを使う状況になったの?」

 自分の指摘に紫影が顔を答え辛そうに黙ると恵が追い討ちにかける。

「影長の強引なやり方に反発が起きて、その反発に乗じて復権を狙う奴等に対する見せしめを兼ねて、あちき達と関わった事もある下っ端を禁呪の贄にしたんでしょう」

「……何か影響がありましたか?」

 恐る恐る尋ねる紫影を睨み殺す様な視線を向ける恵。

「悪業の気配が流れていたから辿ったらシンガポールだったんだよ。放置すれば間違いなく不幸な事故を呼ぶ」

「そんなにヤバイかったんですか?」

 紫影が目を白黒させる中、恵が苛立ちながらも詳細を聞いて断ずる。

「最低の最悪。影長の奴、組織の贅肉落とし考えて被害が出るのを承知で禁呪使いやがった」

 唾を飲み込み神妙な面持ちで紫影に恵が宣告する。

「何もしなければ一ヶ月以内にそっちの組織の人間の何割かは、死ぬよ」

「どうにか出来ませんか?」

 紫影の懇願を無視するように恵が言う。

「あちきは、自分の関係者だけは、呪詛返しするから予定外の人間も死ぬかもしれなけど、諦めてね」

「お願いします」

 頭をテーブルに押し付ける様に下げる紫影。

「アジア侵攻、それを責めるつもりは、無い。でもね、あちきは、あちきやその周囲に害を成すなら容赦するつもりは、ないよ」

 長い沈黙の後、恵が天を仰ぐ様にして言う。

「明後日、土曜日から一泊二日で問題解決に行く。その間の費用は、そっちもちだからね」

「もちろんです!」

 顔を上げる紫影を他所に恵は、心底嫌そうな顔をしていた。



 時間は、戻り、恵は、シンガポールのカジノ街に隣接した裏道に来ていた。

 華やかな表通りとは、違い、そこには、貧困と退廃に満ち溢れていた。

「不幸ってどういう物か解る?」

「金や力が無い事ですか?」

 紫影の答えに恵が物乞いをしている一人の男を指差す。

「そいつみたいな事」

 紫影は、周りの物乞いと比較する。

「まだまともに食事している節があるだけ幸せでは?」

 失笑する恵。

「食事の質や量で不幸かどうか判断するんだったら不幸な人間なんて存在しないよ。そいつ、カジノで何もかも失った海外の金持ちだよ」

 紫影が改めて確認するとその男は、確かに他の物乞いとは、肌の色も違い、汚れているが服も悪い物じゃなかった。

「不幸って幸せじゃないって事。最初から物乞いしている人間が、物乞いを続けていても不幸じゃない。そいつみたいに失う物をもった人間だけが不幸になるだけの贅沢がある」

 恵は、硬貨を男の少し前に投げるが男は、あまり反応せず、周囲の人間が群がる。

 期待の眼差しを向けてくる物乞い達に対して恵は、札束を見せた後に指示する。

「拳銃で威嚇射撃して」

 紫影は、言われるままに威嚇射撃すると物乞いの大半がクモの子を散らす様に消えていく中、あの男だけが札束に引きつられるように近づいてくる。

「最後のギャンブルだよ。それが欲しかったらあちきの指示に従うんだね」(英語)

 男があっさり頷くのであった。



 表通りに戻った恵は、カフェでドリンクを飲みながら説明を始める。

「今回使われた禁呪は、呪詛返しを応用した物で、仕掛けられた人間に対して呪術を行使される事で発動する。禁呪を掛けられた人間は、当然死ぬけど、その死を触媒として呪術に関わった者に死を与える。禁呪の理由は、少しでも関係があれば発動するから。詰まり過去にその人間に術を行使した人間がもれなく呪詛返しの対象となる」

 恵の説明に紫影が冷や汗を垂らす。

「詰まり、同じ仕事をしていた私達もその対象になりえるって事ですね?」

 何も気負いも無く恵が返す。

「影長は、その程度の呪詛返しくらい凌げるレベルでなければこれからの組織に要らないってつもりなんでしょうね」

 体を震わせる紫影を他所に恵が説明を続ける。

「かくいうあちきも問題の奴に術を掛けた事があるからその対象になった。あちき自身は、どうにかするのは、簡単だけど、周りに影響が出たら面倒だから術が完全に発動する前に阻止することにしたんだよ」

「し、しかし、もう問題の男は、死んでる筈ですが?」

 紫影の指摘に対して恵が答える。

「霊魂が死を確定するまで、意外と時間があるんだよ。その時間内に成仏出来るようにするのが葬式なの。まあ、同時にこの術の発動範囲を広げる時間でもあるけど、その霊魂の死が確定する前なら術を無効化出来る」

「時間の勝負って事ですか? でもそうだとしたら急がないと」

 焦る紫影に対して恵は、落ち着いた様子だった。

「あちきは、さっき何を選んでいたと思う?」

 紫影は、少しだけ躊躇してから答える。

「身代わり、呪詛を置き換える人間ですよね?」

 恵があっさり頷く。

「そう、禁呪の発動元を置き換える為の魂を探していたの」

 そういってから恵は、窓から見える最高額のギャンブルを行うカジノを見る。

「さて、あの男は、最後のギャンブルに勝てたと思う?」

「不確定要素を持つ男なんて使わなくても、言って貰えれば、こっちで用意しましたよ」

 紫影の言葉に冷めた視線を向ける恵。

「そうやって誰かを犠牲にして助かろうって考えを糞虫の様に嫌ってるってどうして気付かないかな?」

「……」

 紫影が言葉に詰まる中、恵が続ける。

「それにね、この置換には、その人間が他者を深く恨む必要があるんだよ。更に自業自得なのに他者を逆恨みする様な人間の方が犠牲が少ない」

 そんな会話をしていると恵の前に置かれた、男自らが自分の血で名を書いた木板の人型が震え始める。

 そして、砕け、目に見えない何かが恵に向かって飛ぶ。

『死が穿つ穴は、一つ。その穴を己が呪いで埋めよ』

 恵の呪文に応え、それは、カジノに向かって飛んでいく。

「人を呪えば穴二つって言うからね、常に呪った人間の足元にも穴がある。今の術は、その穴に全ての呪いを押し込むもんだよ」

 暫くそのカジノの方を向いていた恵が口にする。

「あちきは、一言もカジノに行けとも言わなかった。あちきが求めたのは、その依り代を作る手伝いをしろって事だけ」

 恵が無残に砕けた木版の人型を見ながら言ってもどうしようもない事を口にする。

「あれだけのお金があれば普通の生活に戻る事だって出来た筈なんだけどね」

「無理ですよ。ギャンブルで全てを失ったんですよ。ギャンブルで全てを取り戻せるなんて夢を持ちますよ」

 紫影の答えに恵が大きなため息を吐く。

「汚れた服も取り替えず、現金だけ握り締めてカジノに行っても、絞りとられるだけなんて考えなくても解る事が解らなくなる。不幸って本当に怖いね」

「ギャンブルの魔力じゃないですか?」

 紫影の指摘に恵が首を横に振る。

「ギャンブルだけじゃない。力、魔法、権力、名声。なんであろうと、一度もったそれに拘る事は、不幸となる。そしてその不幸がこんな結末を呼んだ」

「詰まり、その男の行く末が私達の行く末と言いたいのですか?」

 いつの間にかに居た影長に紫影が驚愕して、顔から滝のように冷や汗を垂らす。

「安心しろ、お前を処罰するつもりは、ない。今回のことは、恵さんに関わった者を贄に選んだ私の判断ミスだ。心から謝罪いたします」

 深々と頭を下げる影長の横を通り過ぎながら恵が告げる。

「さっきの質問の答えは、自分達で出してよ」

 去っていく恵を呆然と見ていた紫影に影長が叱責する。

「何をしている、早くついていけ」

「は、はい!」

 慌てて席を立ち追いかける紫影。

 二人の姿が完全に見えなくなってから影長が呟く。

「不幸か。確かに不幸になるには、幸せになる必要がある。ならばどれだけの力を、権力を得られれば私は、幸せになるのだろうか?」

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