フライングウイッチーズ
「私を天に昇らせてください!」
ナイスボディーの女性がファミレスの中での大声で宣言した。
周りから妖しい物を見る視線を向けられるのは、その前に座る恵と紫影であった。
「天に昇らせてってあの子達ってもしかして百合なの?」
「あんな小さい子と一緒になんて」
「あのボディーが勿体ねえな」
恵は、無言で席を立ち離れようとする。
「待って、今回の事を相談出来るのは、恵ちゃんくらいなのよ」
紫影が必死に止めるが恵は、無視して歩み去ろうとしようとする。
「そうです! 貴女のテクニックを持ってすれば、私を果てしない天の頂まで連れってくれてくれると確信しています!」
ナイスバディーの女性が自分の胸あたりしか無い恵を抱きしめる。
「あんな小さいのにそんな凄いテクニシャンなの?」
「きっととんでもない技を使うんだぜ」
紫影が引きつった顔で言う。
「場所を変えてゆっくりと話しましょ?」
恵も頷くしかなかった。
紫影がとったホテルの一室。
「飛行魔法グランプリ?」
恵が胡散臭そうに聞くと紫影が頷く。
「そうなのよ。彼女、マリナスは、ドイツの魔女の血族で、今度行われる飛行魔法グランプリに出場する事になっているんだけど……」
困った顔をする紫影に対しマリナスが悔しそうな顔をしながらもはっきりと告げる。
「飛行魔法と相性が悪いんです。魔力だけなら負けてないつもりなんです!」
恵が頬をかく。
「確かに魔力だけは、強いみたいね。でも付与魔法に向いてないね」
紫影が首を傾げる。
「飛行魔法って付与魔法なの?」
恵は、箒を空中に描きながら説明する。
「飛行魔法にも色々あるんだけど、一番有名な箒に乗るので代表されるように自身が飛ぶより、何かに飛行機能を付与した方が効率良いんだけど、その人の魔力は、そういった放射型なんだよね」
更に首を傾げる紫影。
「放射型って、何?」
恵が疲れた顔をしながら答える。
「魔力にも色々あってね。攻撃魔法に向きや、回復魔法、召喚魔法向きとかあるの。彼女のは、放射型で打ち出す分には、優れているけど、定着させるのには、向いていないの」
紫影が驚く。
「そんな物まで解るんだ?」
恵は、苦笑する。
「魔力に触れればその位解るよ」
「そんな真似は、一部の大賢者にしかできません!」
感嘆するマリナスだったが、紫影は、何処か諦めた表情をする。
「恵ちゃんが常識離れしているのは、今更よ。それより、あまり向いていないって事は、駄目って事?」
「効率が悪くなるのを覚悟すれば、ドラゴンボールの武空術みたいに飛ぶことだって可能だよ」
恵の答えにマリナスが途惑う。
「そんな魔法が有るんですか?」
「あるよ。魔素を溜め込んだアイテムあれば貸して」
あっさり頷き、手を差し出す恵にオズオズと魔素が溜め込まれた宝玉を渡すマリナス。
恵は、宝玉を手にすると手で風の印を組む。
『風よ我を運べ』
突風が起き、恵を空中にうき上げる。
「こんな感じ。ただし、魔力を常時消耗するからあまり長距離移動には、向いていない」
目を輝かせるマリナス。
「素晴らしい! 最高です! やはり貴女は、最高の魔法使いです!」
絶賛するマリナスに苦笑する恵。
「あちきの事を褒めるのは、自由だけど、これを習得できるかは、貴女の才能次第だよ」
「死ぬ気で頑張ります!」
目に炎を燃え上がらせるマリナスであった。
呆れた顔をする恵。
「精々頑張ってね。一通りのやり方は、教えるから後は、自分で頑張りなよ」
やる気が全く無い恵に愛想笑いで近づく紫影。
「恵ちゃんだったら、本格的に指導してきっちり教え込めるんじゃないの?」
「なんであちきがそこまでしなければいけないの?」
本当に怪訝そうな顔をする恵に紫影が顔を引きつらせる。
「えーと、それなりの報酬を約束しますから」
「興味なし。色々と勉強の時間が必要だから却下だよ」
切って捨てる恵がやり方を適当な紙に書いてマリナスに渡して帰ろうとした時、一人の男性が入ってきた。
「貴女がM-1チャンピオンの恵さんですか?」
「はい! 貴方のお名前は?」
目を輝かせて自分の好みの男性に答える恵。
「私は、マリナス姉さんの弟、マリデンです。今回は、姉の為にお骨折りありがとうございます」
頭を下げるマリデンに恵が笑顔で答える。
「そんな、気にしないで下さい。やる気が有る人間に術を教えるのは、有意義な事ですから」
「でも、自分で覚えろって……」
紫影の呟きを睨みで黙らせて恵がマリデンの手を握る。
「任せてください。あちきが貴方のお姉さんをグランプリに勝利させて見せます」
溜息を吐く紫影。
「相変わらず、男に弱いんだから」
人気の無い海岸。
『風よ我を運べ』
マリナスが空中に飛び出す。
「速いわね」
紫影が双眼鏡でその軌道を見る。
しかし、高速で飛ぶマリナスの横を紙飛行機に乗った恵が駄目だしする。
「ほら、まだまだ遅い。もっと出力を安定させる。一時的に出力上げたって、バランスが悪ければ直ぐに失速するよ」
かなりの高スピードの筈のマリナスだが、恵は、大した魔力を使わずに並走するのであった。
マリナスが特訓で疲れて眠りにつく中、マリデンが心配そうな顔をする。
「姉の方は、どうですか?」
視線を僅かにずらす恵。
「魔力は、高いんですが、コントロール能力が……」
「ご苦労をお掛けします」
頭を下げるマリデンに慌てる恵。
「大丈夫です。きっと何とかして見せます」
「よろしくお願いします。貴女だけが頼りなのです」
手を握り見つめるマリデンに顔を真赤にして恵が答える。
「任せておいてください」
翌日の特訓中、紫影が話しかける。
「それでどうするの? グランプリは、一週間後、とてもコントロールの習得が間に合うと思えないけど?」
「うーん。でもマリデンと約束しちゃったしなー」
腕組をする恵だったが、コントロールに失敗して海面に大波を作るマリナスを見て手を叩く。
「そうか、発想を切り替えれば良いんだ」
笑顔を見せる恵を見て嫌な予感を覚える紫影。
「何かとても変な事を考えてそうな気が……」
グランプリ当日。
「作戦通りにやれば絶対に勝てるから」
恵の言葉にマリナスが力強く答える。
「了解しました恵さん!」
そんな様子を見てライバルが嘲る。
「聞いたわよ、直接飛行する魔法を練習してたらしいわね。でもね、そんな野蛮な魔法では、先祖代々受け継いだこの魔法の箒、疾風の隼を使うワタクシには、勝てなくてよ!」
古ぼけた箒を自慢するライバルにマリナスが首につけた護符を見せ付ける。
「私だって恵さんに作ってもらった護符があるんだから。絶対に負けない」
そこに係員がやって来る。
「魔法具のチェックです。他人の魔力入りの魔法具は、使用禁止ですよ」
ライバルの箒にマリナスの護符もチェックを受けるがどちらも検査をパスした。
そして、スタートの魔法弾が放たれた。
「ワタクシのビクトリーロードの始まりよ!」
年季の入った魔法の箒がその全体に魔力が巡り、高速で飛び上がる。
どんどん周りの人間が飛んでいく中、何故かマリナスは、後ろを向いていた。
「何で後ろを向いているのですか?」
特訓の最終段階を身に来てなかったマリデンの質問に紫影が顔を背ける。
「まあ、色々とありまして」
そして集中を終えたマリナスが呪文を唱える。
『大気よ爆発せよ、気爆』
空気が爆発してマリナスを吹き飛ばす。
その場に居た全員が目を点にした。
「あのー」
冷や汗を垂らして恵を見るマリデン。
「安心してください、あちきの護符で、傷一つ負いませんから」
笑顔で答える恵。
「そういう問題じゃないと思うんだけどな」
紫影の呟きに殆どの者が頷く中、マリナスは、気爆を連続させて、どんどん加速させていく。
「細かいコントロールを覚えるのには、時間掛かるけど、反動が大きな攻撃魔法を連続させる分には、コントロール力も多く必要ないし、魔力も節約できる。完璧な方法だね」
恵の解説に誰もが違うだろうと思う中、マリナスは、見事にトップでゴールするのであった。
「反則よ! あんなの絶対に反則よ!」
ライバル達は、抗議するが恵が大会係員を魔法で空を飛んでいれば飛行魔法でしょという無理やりな論理をごり押しし、反論を悉く潰したので、勝利は、揺るがない。
「えーと、色々と腑に落ちないことは、ありますがとにかくありがとうございました」
複雑そうな顔でお礼を言うマリデンに恵が笑顔で答える。
「全て、マリナスさんの実力ですよ。それより、恋人とかいますか?」
恵にとっての本番に入ろうとした時、マリナスが飛びついてきた。
「恵さん、いえ、お姉さまと呼ばせてください。お姉さまのお蔭で勝てました。一生ついていきます!」
「貴女のほうが年上でしょうが!」
怒鳴る恵のをマリナスは、全然気にしない。
「お姉さまでしたら、私の純潔を捧げても構いません! いや、私の純潔を貰ってください!」
その言葉に会場全体の視線が恵に突き刺さる。
「勘違いしないで! あちきは、そんな趣味は、無いから!」
必死に否定する恵を抱きしめて放さないマリナスを見てマリデンが引きつった笑顔で告げる。
「お二人の幸せをお祈りしています」
「ちょっと待って! そんな事を祈らなくてもいいから!」
大声で呼び止める恵から視線を逸らしてその場を後にするマリデン。
「お姉さま、一生離れません!」
夢見る乙女モードのマリナスに抱きしめられながら呆然とする恵を見て紫影が呟く。
「恵ってとことん男運が無いのよね」
パンツじゃないから恥ずかしくないで有名な飛行魔法です。
基本的にあれって付与魔法の類なんでしょうね。
オチは、最初の件から読めた気もしますが、仕方ないのかな?