M-1
「漫才コンビの大会?」
いつもと違い多国籍料理店で話を聞く恵に紫影が苦笑する。
「同じMー1だけどこっちのMは、マジシャンよ。一世紀に一度、魔素が満ちる高原でその時代の最強のマジシャンを決めるのよ」
呆れた顔をする恵。
「魔法の強さなんて競っても意味無いよ」
「そうなの?」
不思議そうな顔をして聞き返す紫影に恵が面倒そうに答える。
「勇者パーティーの最初の脱落者ってたいていが魔法使い。それもその国で最強って言われている魔法使いほどあっさり恐怖に負ける。魔法使いの真価って二つに絞られる。一つは、研究者としての成果。もう一つは、何だと思う?」
紫影が首をかしげる。
「解らないわ」
「どんな状況でも冷静に居られる事。激情は、戦士、慈愛は、僧侶、勇気は、勇者の担当。魔法使いに求められるのは、膨大な知識を元に活路を見出だす事。その為に一番必要なのが冷静さな訳だよ」
実際に勇者パーティーとして大魔王と戦った恵の言葉には、説得力があった。
「含蓄あるお話ありがとうございました。それでMー1の話に戻るけど……」
紫影が話を戻そうとするが、恵は、料理に集中してしまう。
「遅れてすいません」
真摯に頭を下げてくる紳士。
「いいんですよ。恵、この人が今回の依頼人、前回の勝者のお弟子さんのアイトルさんよ」
紫影の紹介に紳士、アイトルを見て一気に興味を引かれ立ち上がり頭を下げる恵。
「恵と言います」
「よろしくお願いいたします」
強い意思が籠った瞳のアイトルがそのまま事情を説明し始める。
「本来なら、私の師が取り仕切るべきなのですが、残念ながら、数年前に他界しており、代わりに弟子である私が任される事になったのですが、未熟な私では、とてもその役目を全うできません。そこで恵様に御協力を願いたいのです」
顔を軽く赤くしながら恵が問い返す。
「あちきでいいんですか?」
アイトルが頷く。
「先程の話、強い感銘を受けました。貴女の力が必要なのです」
手を握られ、顔を真っ赤にする恵。
「喜んで御協力させてもらいます!」
そんな二人を見て紫影が微笑み呟く。
「やっぱり、恵ちゃんを動かすのは、男だよね」
大会当日、恵は、予選課題として沢山のマジシャンの前に立った。
予選課題とされたのは、主催する協会の横槍だったりする。
アイトルは、抗議しようとしたが恵には、その態度で十分で、あっさり了承した。
「予選課題は、簡単、あちきに魔法を当てる事、それが出来た時点で予選課題は、クリア。人数が多い場合は、第二次予選が行われます」
恵の説明に参加者が憤慨する。
「こんな小娘が相手じゃ全員突破が決まってる。時間の無駄だ!」
色々と騒ぐ参加者だったが、恵は、全く気にせず告げる。
「魔法使いの行動に無駄なし」
その言葉に一部の参加者が真剣な顔になるのを確認する。
「どういう意味かしら?」
観戦に来ていた紫影にアイトルが答える。
「真の魔法使いは、如何なる状況からも有益な情報を得る知恵を持たなければいけないと言う教えがあります。恵さんは、無駄だと決めつける、魔法使い達の短絡さを指摘しているのです」
「予選開始!」
恵の号令と同時に一番に文句を言った男が魔法を使う。
『炎よ矢と化し、我が敵を貫け、ファイアアロー!』
単純な攻撃魔法だか、殆どの者が命中を疑わなかった。
しかし、恵は、指を鳴らしただけで炎の矢を消滅させた。
会場がどよめく。
防ぐと思っていた者もまさか呪文一つ無く無効化されるとは、思いもしなかった。
「あの程度の魔法だったら魔力を籠めて妥当な音を放てば打ち消せるよ。たいして難しい事じゃないでしょ?」
恵の飄々とした説明に空気が一変した。
『ファイアボール』
『フリーズブリッド』
『エアロボム』
一斉に魔法攻撃が始まった。
『魔素と戯れる妖精よあれ』
恵の呪文で現れた多数の光球は、攻撃魔法に触れると魔素を拡散し、無効化してしまう。
自分達の知らない高度な魔法に呻き声があがる中、金髪の男が前に出る。
『我は、神の忠実なる僕、愚かなる我が敵対者に天罰を、天雷』
雷雲が発生する。
「避雷針で避けても良いけど、少し手のこんだ魔法を使いますか」
恵がそう言うと舞う様に手を大きく使って印を刻む。
『世界に遍く水よ、純粋なる姿を取り戻し、我を覆え』
恵の周りに水が覆い、降り注ぐ雷を完全に防いでしまう。
金髪の男が目を見開き驚愕する。
「馬鹿などうして水で雷を防げるのだ?」
「簡単、純粋な水は、絶縁体なんだよ」
恵の解説に紫影がぼやく。
「そんなのをあんな短時間で合成できる魔法使いなんて恵ちゃんくらいだけよね」
大男が巨大な杭を地面に突き立てる。
「まだだ、これなら防げまい!」
突き立てた杭に魔力を籠めていく大男。
『大地を我が敵を喰らえ、地竜の顎』
大地に亀裂が走り、恵に向かって突き進む。
『大地よ、我に平穏なる道を与えよ』
恵に簡単な呪文一つで亀裂を押し戻され言葉も無い大男。
星の杖を持った女性が杖を掲げる。
「伝説の魔法を見なさい! 『空海に漂う星の欠片よ、我が声を導きに舞い降りろ、メテオストライク』」
周囲が一斉に慌しくなる。
「冗談だろう? 何て魔法を使いやがる。この周囲が壊滅するぞ!」
逃げ出し始める参加者を気にせず、恵は、空を見て目を細める。
「あれ、軌道がずれてるね。このままだと市街地に落ちる」
紫影が立ち上がり叫ぶ。
「恵ちゃん、本当なの!」
隕石の光の軌道を示しながら恵があっさり頷く。
「どうにかして防がなければ!」
アイトルが行動に出ようとすると恵が肩をすくめる。
「了解、あちきが撃墜するよ。『天を彷徨う星の旅人よ、安住の地に我が導かん』」
隕石の光が増え、上空で交差し、両方ともが消えた。
「嘘! 目標地点に落とすのだって至難のメテオストライクをメテオストライクで迎撃するなんて、絶対に不可能よ!」
星の杖を持つ女性の言葉に恵が苦笑する。
「魔法使いは、現実をちゃんと認識しないと駄目だよ」
ここに至り、参加者全員がはっきりと認識した。
恵がとんでもない魔法使いだという事実に。
奥で様子を見ていた顔に大きな火傷を持つ男が前に出る。
「手の内を隠して勝てる相手では、無いな。こちらも全力で行かせてもらう」
マントを脱ぐとその全身を覆うような刺青が刻み込まれていた。
『火山に住まい、炎を支配するもの、大いなる火の精霊を束ねし存在、我が魂の契約に従い、この地に舞い降りろ、サラマンダー』
滝のような汗を垂らす火傷の男の刺青が輝き、五階建てビル程の真赤な竜が現れた。
参加者達が凝視する。
「まさか、本物の竜を召喚するなんて、あんな物を出されたら誰も勝てない……」
恵は、流石に面倒そうな顔になった。
「この世界に本物の竜を召喚出来る人が居るとは、意外だったな」
火傷の男は、顔の火傷に触れながら語る。
「どれだけの代償を払った事か、貴様には、解るまい!」
恵は、簡単な呪文で手首を切り、その手首から垂れる血で地面に魔方陣を描く。
『魂と心の繋がり、互いの誓いの元、今一時、同じ戦場に立て、龍神王アカサタナ』
魔方陣から光を噴出し、天に巨大な魔方陣を産むとそこから東京ドームより巨大な龍が現れた。
『あれを滅ぼせば良いのだな?』
人とは、異なる声帯で、この世界と異なる言語が放たれたが、その場に居た魔力持つものには、その意味が理解できた。
「この世界では、大して力が出せないでしょうけど、そのくらいは、可能でしょ?」
天の龍神王アカサタナは、ブレスの一撃でサラマンダーを打ち砕いてから見下す。
『火山を噴火させ、海を割り、真夜中に太陽を生み出すと言われたミラクルマジシャンメグミも、本来の力の数分の一も出せてないだろう。今なら姑息なお前に勝てるだろうな?』
凄まじい魔力が襲い掛かるが、恵は、高笑いを上げる。
「残念賞、あちきがそんなミスを犯すわけないでしょうが! 『火の竜の魂を用い、全てを燃やし尽くす炎よ在れ!』」
サラマンダーの形をした炎がアカサタナを覆い、大ダメージを与える。
『命令すら、我を陥れる罠とするとは、その狡猾さは、どの様な姿になっても変わらぬか。口惜しいが私の敗北だ。契約通り、次の召喚にも応え、命令を一つだけ聞いてやろう。だがその時こそ、お前の死ぬときと思え』
元の世界に強制送還されるアカサタナであった。
手首の傷を魔法で癒しながら恵が疲れた顔をする。
「アカサタナは、強いんだけど面倒なんだよね」
恵が参加者の方を向き直る。
「さて、次は、どんな攻撃、早く本戦出場者決めましょう」
しかし、参加者達は、次々にギブアップを宣言していった。
最後の一人がギブアップを宣言した所で、大会は、一時中止になってしまった。
休憩所でため息を吐く恵。
「サラマンダーを召喚されたからって少し本気を出しすぎた」
「手加減してたんだ?」
呆れた顔をする紫影に普通に頷く恵。
「だって予選だよ。あちきが本気だったら、魔法使いの集団なんて最初にマナパラダイスで混乱同士討ちさせて、そこで抜け出して来た優秀な奴の弱点の方法でピンポイントアタック、だいたい十分足らずで全滅だよ」
天井を仰ぎ見る紫影。
「何なのかしらこの差って?」
「あちきは、言葉もろくに通じない状況で、唯一こっちの世界と共通点が多かった魔法理論から世界をしり、様々な魔法を習得し、自分より魔力が強いのばかりの魔族と戦い続けた。そんな修羅場の七年は、ドングリの背比べしかしてこなかった数十年より遥に長いって事ですよ」
淡々と語る恵、そこにアイトルが来て告げる。
「今回の勝利者が決まりました!」
意外そうな顔をする紫影と恵。
「よく選び出せたわね?」
「順当の所でサラマンダーを召喚したあの男ですか?」
「恵さんが最強の魔法使いだと、主催者、参加者全員の納得の上の決定です」
アイトルの言葉に恵が立ち上がる。
「どうして? あちきは、参加者じゃありませんよ!」
尊敬の視線でアイトルが見つめる。
「そんなのは、関係ありません。この大会は、最強の魔法使いを決める物。参加者全員を退けた恵さん、いえ恵様以外にその資格を持つに相応しい人は、いません!」
アイトルの態度に恵が予定していたラブラブモードへの道が開けそうな感じは、全く無かった。
「ご愁傷様」
紫影がそう言って硬直した恵の肩を叩くのであった。
いや、やろうかどうしようか考えたネタなんですが、書いていると面白いんですよね。
基本的、こういった魔法での攻防って大好きです。
ちょっとした仕掛けで、逆転とかがあるともっと良いんですが、今回は、恵の凄さだけを強調しました。
因みに、今回のことでそこそこ有名になりますが、オカルト世界は、広いって事で知らない人間も多いって設定でこの後の話も続けます。