攻撃無効魔法
「恵ちゃん、一つ聞いていい?」
いつものファミレスでの紫影の問い掛けに恵は、専門書を読みながら適当に応える。
「はいはい、とっとと言って」
そんな恵の反応に普段だったら、普段なら茶化しの一つもいれる筈の紫影は、真剣な顔のままに告げる。
「どんな攻撃も通じなくする魔法って存在すると思う?」
恵は、専門書から目を逸らさず即答する。
「基本的には、無いよ。攻撃魔法だけでも無数に存在し、それらを全て無効化するなんて現実的じゃない」
「基本的にって言うことだけど、例外が存在しうるって事?」
紫影が突っ込んで聞いてくるのでようやく恵が専門書から目を離す。
「世界断絶系の魔法って奴があってね、相手と別世界に存在を置く事で如何なる攻撃も無効化するって方法がある事は、あるよ」
「その魔法の制限とか解る?」
紫影が詰め寄ってくるので恵がつまらなそうに告げる。
「最初に言っておくけど、この世界でこの魔法は、使われていない。同じ世界でその系統の魔法を使われたらあちきが気付く」
「そうなの?」
意外そうな顔をする紫影に恵が少し思案してから問い掛ける。
「何が問題なのかは、何となく解るけど、正面から話すつもりがないならこれで話を終わりにするよ」
帰る準備を始めようとする恵に紫影が覚悟を決めた。
「あたしが所属していた事がある支部がたった一人の魔法使いの襲撃で全滅させられた。その時の記録を見る限り、その魔法使いは、魔法どころか、物理攻撃も無効化していたの」
「その記録って映像媒体か何か?」
聞き返すと紫影が頷くので恵が続ける。
「だったら、その映像を見せて」
「それは……」
躊躇する紫影に恵が言う。
「その現象の正体を知りたいんでしょ? 影長に話を通せば、あちきに見せる事は、可能だよ」
紫影が俯く。
「今回の件は、影長からは、調査をするなと釘を刺されているの」
そんな様子から恵があたりをつける。
「内部抗争って奴で、あまり大事にしたくない。そしてあちきにその件で貸しを作るのを影長も良しとしないって所か。紫影は、それで割り切れるの?」
何も答えられない紫影を見て恵が立ち上がる。
「生きるってそんな物だよ。あちきだっていっぱい大人の事情で後悔する選択肢を選ばされてきた。今回は、そんな選択肢の一つだったって諦めな」
背を向けて歩み始めた恵に紫影が堪えきれない思いを籠めて呟く。
「あの人が利用されるだけ利用されて全てを失う、それに対して何も出来なかったなんて絶対に嫌なの」
恵が振り返ると紫影は、机の上に木片を置いた。
「それをあちきに見せるって意味を理解しているんだよね?」
紫影がカラカラになった口内を湿らす為に唾を飲み込む。
「真名を貴女に晒せば、あたしの全てが貴女の思いのまま。この瞬間、自殺させられてもおかしくない」
恵は、木片をひっくり返して席に戻った。
「紫影が見た映像を出来るだけ詳しく教えて」
紫影が驚く。
「真名を見てないって事?」
恵が面倒そうに呟く。
「真名を得ると言う事は、その人の全てを受け取るって事。あちきは、他人の全てなんて受け取るなんて疲れる事は、しないよ」
そんな恵に紫影が必死に思い出しながらその時の記録を話すと恵が嫌そうな顔をする。
「それって誓約魔法じゃない」
「誓約ってまさか、攻撃を受け付けない様にする代わりに何か代償を払っているって事」
紫影の言葉に恵が頷く。
「高位の邪神との誓約で、自分に向けられた攻撃を無効化する代わりに記憶を奪われるって性質の悪い奴。一度誓約を誓ったら最後、全ての記憶を失った廃人になる終わりしか存在しないよ」
「記憶を奪うってそんな事が可能なの?」
戸惑う紫影に恵が注文したアップルジュースを飲み干し、氷を口の中で転がしながら告げる。
「過去を奪うって奴になるんだけど、その人間の生きた記憶を自分への信望と置き換え、力を蓄えている事になる。まあ、邪神にとっては、ドラクエ3の幸せの靴を履いて歩き回るみたいな地味な経験地稼ぎみたいな物よ」
「そうだったの、記憶を失っていたからあいつがあんな真似をしたんだ」
紫影の呟きを恵は、聞こえなかった事にした。
「それで貴女は、どうしたい?」
紫影は、真剣な顔でたずねる。
「貴女なら倒せるわよね?」
恵があっさり頷く。
「そういった相手への裏技がいくつかあるからね。でもあちきが動くわけにも行かないでしょ?」
「そう、影長への事もあるから出来ればあたしが何とかしたいけど可能なの?」
紫影の問い掛けに恵がノートの一ページを破り、複雑な儀式をメモして渡す。
「魔法の詳細も書いてある。これをどうするかは、そっちで考えて」
そう言い残して恵は、紫影を残してファミレスを出ると逢歌と詩莉阿と遭遇してしまう。
「恵さん、何をしていたんですか?」
詩莉阿の問い掛けに恵がしまったって顔をしていると逢歌がファミレスの中にいる紫影に気付く。
「もしかしてまたヤバイ話?」
「えーとあまりそっち側の話しに首を突っ込まない方が良いよ」
恵が忠告するが無邪気な逢歌は、気にせずファミレスに入ろうとする。
「恵が教えてくれないんだったら紫影さんに直接聞くよ」
「はいはい、あちきが教えるから、行かないの」
恵が諦めた顔をして二人を連れて近くの公園に移動する。
途中のローソンで逢歌が買ったからあげくんを食べながら恵が概略を説明する。
「ふーん大人の世界も大変なんだ?」
逢歌がしみじみと言うと恵が苦笑する。
「違うよ、あれは、紫影の拘り。多分、今回の事は、影長から釘を刺されて無くっても自分で片付けたいと思っている筈だよ」
「どうして?」
首を傾げる逢歌に詩莉阿が真剣な顔をして言う。
「もしかしてその相手って紫影さんの恋人だったりしませんか?」
恵が指を鳴らす。
「良い勘してるね。あちきは、幼馴染の類だと思ってる。もしかしたら初恋か初体験の相手とかの可能性もあるかなって思っているよ」
「どうしてそうなるの?」
何となく当たりがつけている二人に不満そうに口を膨らませて逢歌が聞くと詩莉阿が言う。
「なんと言うか、問題の相手に対して強い恨みを感じなかったんです。どちらかと言うと戸惑い。そしてそれでもなお何とかしなければいけないって言う強い思いも連想させられました」
「記憶を奪われて居るって事で納得した様子があったからね」
補足する恵に逢歌が指摘する。
「だったら、それこそ恵がなんとかしてあげた方が良かったんじゃないの?」
恵が肩をすくめる。
「それがベストだって理解しているよ。でもねベストな答えだけじゃ人間生きていけ無いって」
「そんなもんかな?」
納得でき無そうな顔をする逢歌に恵が遠い目をする。
「理解できないでしょ? それを理解できた時、いい意味でも悪い意味でも大人になったって事だとあちきは、思ってる」
「大人ですか……」
詩莉阿が言葉の意味を思案するが逢歌が不機嫌そうに言う。
「一人で大人ぶって面白くない!」
最後のからあげくんを食べてしまう逢歌に恵がクレームをあげる。
「最後のは、あちきの取り分でしょ!」
「子供のあたしに大人の余裕をもった恵だったら譲ってくれるでしょ?」
舌をだす逢歌とじゃれ合う恵であった。
数日後の夜、紫影は、廃墟に足を踏み入れた。
そこは、数日前まで人が住んでいた。
しかし、その痕跡は、住人の流血の後でしか語られない。
そんな場所の一室に男は、居た。
男の手には、小さ過ぎるハーモニカを握り、虚ろな目をしていた。
「新しい刺客か」
紫影は、頷く。
「そうよ。そして最後の刺客ね」
苦笑する男。
「誰も同じ事を言う。しかし、如何なる方法を使っても俺に攻撃を当てる事など出来ない」
男は、紫影に体に染み付いた反射的行動、拳銃の引き金を引く。
弾丸は、紫影の体を捉え、血飛沫を上げさせた。
「馬鹿な!」
男が噴出す血を押さえながら叫んでいた。
紫影は、手に握ったナイフで自らの手首を斬る。
大量の血が流れ落ちる。
同じ様に男の手首からも大量の血が流れ落ちる。
「呪いの類なのか? しかし、それが攻撃ならば、誓約の元、無効化される筈だ!」
戸惑う男に紫影が告げる。
「これは、自己犠牲を前提にした特殊な回復魔法なのよ」
「冗談は、止せ! 回復魔法でなんで俺が傷を負うのだ!」
苛立つ男に紫影が答える。
「自己犠牲が前提って言ったでしょ。この魔法を行う者は、相手のダメージを共有し、それを回復する事で相手の傷を癒す。回復魔法が効かない、または、効き辛い相手でも確実に回復させる為の裏技なのよ」
説明している間にも紫影の顔色がどんどん青褪めていく。
男が詰め寄り紫影を押し倒す。
「死んで堪るか! お前を殺せばこの魔法も解ける筈だ!」
あっさり頷く紫影。
「ええ、でもその傷は、貴方も負う事になるけどね」
男が歯軋りをする間も両者は、確実に死に近づいていた。
「くそう! 何か方法は、無いのか!」
自分に返って来る痛みを無視して男が紫影の頭を床に押し付ける。
「無いわ。もはや二人とも死ぬしか道は、残ってないわ」
紫影の言葉に男が戸惑う。
「お前、命すら捨てる覚悟をもって、組織に忠誠を誓っているのか?」
紫影は、視点が定まらない目をしたまま答える。
「そ、そうよ。組織への忠誠心をもって貴方と相打ちになるの」
男は、そんな紫影の顔を見て動揺する。
「何でだ? 何で俺は、お前が嘘を吐いている解る?」
答えの出ない問いに男が苦悩する様を紫影は、悲しげに見るしか出来なかった。
長い沈黙の後、ハーモニカの音色が響く中、紫影は、意識を薄れて行き、そのまま何も感じなくなった。
「何であたしは、生きているのかしらね?」
ファミレスに手首に包帯を巻いた紫影が居た。
「死にぬくさって事じゃ、男性より女性の方が肉体的に強いから」
恵の答えに紫影は、不満そうな顔をする。
「目を覚ましたのは、組織のベッドの上だった。最後の瞬間、あいつは、何かしたの?」
苦悩する紫影に恵が寂しげな顔をして言う。
「これから話すのは、単なる可能性。それを理解してね」
紫影が頷くのを確認して恵が続ける。
「あの魔法を使っている以上、ダメージは、共有されるけど例外がある。即死に至る傷を負った時は、そのダメージが相手に至る前に死ぬ為、片方だけが死ぬ事になる」
「それは、ありえない。だってあいつは、誓約によって如何なる攻撃も受け付けない筈よ」
紫影の反論に恵が頷く。
「そう如何なる敵対者からの攻撃も受け入れない。あの時の貴女みたいに絶対的な味方からの行為や自殺には、適用されない」
沈黙する紫影に恵が一つの答えを提示する。
「最後の瞬間、その人は、貴女を救う為に、貴女に応急処置をした後、自殺した。そう考えれば辻褄があうんだよ」
「……あ、あいつに助けられたの?」
戸惑いながらも紫影が呟くと恵が視線を逸らす。
「単なる可能性の話だよ」
無為な時間が過ぎる。
グラスの氷が溶けて音を立てて崩れるのを合図にする様に紫影が席を立つ。
「ありがとう。とにかく、目的は、達成出来た」
立ち去っていく紫影に恵が言う。
「最後に聞いていい?」
紫影は、辛そうに無言で頷いた。
「その人の事、好きだったの?」
恵の問い掛けに振り返らずに紫影が答える。
「今更よ。幼心にお互いに立派な大人になったら結婚しようなんて誓い合って居ても、大人になるうちに自分が立派な大人なんかに成れない気付いてしまった。現実を生きる中で、小さな頃の誓いは、薄汚れ、脆く、形骸化してしまって居た。そんな関係よ」
そのまま紫影は、その顔を見せずにファミレスを出て行く。
代る様に入ってきた逢歌が駆け寄ってくる。
「紫影さん、泣いてたよ! 何があったの!」
恵は、氷で薄まってもはや百パーセントジュースで無くなったアップルジュースを飲みながら答える。
「形骸化していても残っていた淡い思いが奇跡を呼んだ。それが物凄く辛かったんじゃないのかな?」
逢歌と一緒にやってきた詩莉阿が呟く。
「でもそれは、明日を生きる為に必要な辛さなんじゃないんですかね?」
恵が頷く。
「そうだね。人は、綺麗な水の中では、生きていけない。苦い薬を飲んで病に打ち克ち、先に進んでいくんだろうね」
眉を寄せる逢歌。
「……何かよく意味が解らない?」
苦笑する恵。
「逢歌も大人になれば解るよ」
「あー馬鹿にして!」
怒る逢歌を適当にやり過ごす恵であった。
紫影が主役の悲しいお話。
紫影と問題の男性は、組織が運営する孤児院で育ち、組織の有益な駒となる様に育てられました。
その途中の辛い生活の中で二人には、恋心が芽生え、愛し合ってしまった。
でも、組織の駒として生きるうちに、汚れた大人になってしまい、幼い頃の約束は、守れらる事が無かった。
そして男が駒として使い捨てられようとした時、紫影が命を懸けで動いた。
男は、そんな紫影に殆ど消え去った思い、底に残っていた幼い頃の約束が蘇り、自ら命を命を絶った。
語られなかった話としては、そんな所です。