神殿
「何を緊張しているの?」
恵の問い掛けに紫影が慌てる。
「べ、別に緊張なんてしてないわよ」
その頬を流れる一滴の冷や汗を見て恵が指摘する。
「貴女がそんなに緊張しなければいけない相手って誰? まるで自分の会社の社長を待ってるみたいだね」
「何で、そんな所まで解るの?」
紫影の質問に恵が招待された高級料亭の庭園を指差す。
「こんな所に呼んだ時点で、これから来る相手が貴女より立場があり、それ相応の地位に居る人間だって解る。その上で、貴女の様子を見ると、敵対者に対するそれでなく、長く付き合う事になる味方に対して自分の失敗を知られたくないそんな感じだったから」
大きくため息を吐く紫影。
「本気で鋭いわね。探偵になっても食べていけるわよ」
恵が既に始まっているコースの前菜に箸を伸ばす。
「魔族との大戦争の中で生き残るには、そんくらい出来ないとね」
「魔族ね、それで、最後には、大魔王を倒した。まるで漫画か小説ね」
紫影の言葉に恵が遠い目をする。
「あの十年、本当に何時も必死だったっけ。でも一つだけいえる事があるよ」
「何かしら?」
興味がそそられて尋ねる紫影。
「男なんて、早く捕まえないと誰かにとられるって事!」
憎悪が篭った言葉に流石に引く紫影。
「そうだな。それを踏まえてこの写真を視てどうおもうかね?」
言葉と共に差し出された写真は、かなり古い物だったが、そこに写っていた学生服の少年は、美形だった。
「これって、貴方の百年前の写真?」
恵の答えに、写真を差し出した紫影から影長と呼ばれた老人が苦笑する。
「百年は、言い過ぎだが、ワシの昔の写真って言うのは、本当じゃ」
恵が不思議そうな顔をする。
「今の話の流れからして、あちきに紹介する人は、貴方の血縁って事だね?」
影長は、あっさり頷く。
「そうじゃ。ワシの孫で、十人中九人がワシに似ていると答える自慢の孫じゃ」
怪訝そうな顔をする恵。
「どうして孫自身の写真じゃないの?」
影長が深刻そうな顔をする。
「それが、あんたに頼みたい仕事でのう。ワシの孫というだけでこの業界を渡っていけないから実績を積ませようとある神殿の怪現象の解決を任せたのじゃが、失敗して、写真を撮られると魂が削られる呪いに掛かってしもうたのじゃ」
「それで偉い御祖父ちゃんに泣きついて、解呪してもらおうとしてる訳だ?」
恵の突っ込みに影長が首を横に振る。
「正反対だ。今だ神殿を自らの手で解除しようとアタックを繰り返している」
「オチが読めたぞ! 実は、十年前の事で、もうおっさんってオチでしょ!」
恵の猛攻にも影長が平然と笑顔で返す。
「惜しい。事が起こったのは、五年前その前までの写真は、これだ」
差し出された写真は、まだ十歳前後の少年の写真だった。
「これから五年っていうのは、間違いない?」
恵が顔を近づける。
「嘘偽り無い。ついでに言えば、この五年でちゃんと成長してさっき見せた写真の様になっているのは、周りの人間も認める事だ」
影長の答えに恵が悩みだす。
「確かに、中々の高物件だけど、何か裏がある予感が……」
影長が耳元で囁く。
「君の写真も見せたが、かなり好印象だ。無論、恋人も婚約者も居ない。これも間違いない」
恵が二枚の写真を突きつけて言う。
「もしも、写真が五年前じゃなかったり、全然似てなかったら、それ相応の仕返しは、覚悟してます?」
影長があっさり頷く。
「安心したまえ、ただし、付き合えるかどうかは、君の頑張り次第だがね」
「さっさとこんな神殿の呪いを解いて、美形な玉の輿ゲットなんだから!」
やる気を見せる恵であった。
「随分と洋風な神殿ね」
同行の紫影の呟きにまるでギリシャ神殿を思わせる神殿を観察していた恵が呟く。
「別におかしな事は、無いよ。この手の建物ってどうしても似てくるものだからね。しかしこの神殿で怪現象が大した事無いって事実の方が恐ろしいよ」
「知ってるの?」
紫影の問い掛けに恵が神殿の入り口に描かれた鎖を指差す。
「これは、紫縛鎖って邪神の神殿だよ。普通この世界に紫縛鎖の神殿がある訳ないんだけどな?」
「どういう事? 実在する神様だったら、神殿があってもおかしくないでしょ? 邪神だって事がおかしいの?」
恵が首を横に振る。
「邪神だって神殿は、ある。問題は、紫縛鎖は、かなり高位の存在で、この世界に降臨するの事は、無い筈だって事」
「詰り、降臨もしてない神様の神殿がある事が問題なの? それって変な事なの?」
紫影が納得できない顔をすると恵が解説する。
「高位の神の直接干渉は、低位の神の干渉の妨げになるの。だから高位の神が直接干渉に繋がる神殿なんて普通は、作らない。通常は、その配下の適当な神の神殿に成る筈なんだよね」
「それって絶対に無いことなの?」
紫影の確認に恵が苦笑する。
「絶対って事じゃない。神々の歴史を語る魔道書って言うのがあるんだけど、その語りの中には、六極の神の一柱、戦いを司る神が降臨し、担当箇所の神々がその後、大変苦労したっていうのがあるからね」
「何処の世界でも現場に来たがるお偉いさんは、居るのね」
紫影がしみじみと言うと恵が意地悪い顔になる。
「影長の事をイメージしたでしょ?」
「そ、そんな事は、ないわよ!」
慌てる紫影に恵が大して気にした様子も見せずに続ける。
「そんな小心者の本音は、置いておくとして、入る前に言っておくけど、紫縛鎖の呪いって洒落にならないよ」
「洒落にならないって影長のお孫さんみたいに写真に写るだけでも寿命が縮むとか?」
不安そうな顔をする紫影に恵が首を横に振る。
「そういうレベルじゃないから」
「そうよね、そうそう命に係わる呪いが残っていたら大変だわ」
多少、顔を引きつらせながらも笑う紫影の背中を軽く叩く恵。
「あれって凄く上手く逃がした例だと思う。掛かったら最後、紫縛鎖の使徒として全てを捧げ、突き進む狂信者になるレベルだから気を付けてね」
「それって洒落になってないじゃない!」
泣き言を言う紫影を連れて神殿に侵入する恵であった。
「君達は、何者?」
擦れた声を問い掛けるのは、影長の昔の写真に瓜二つの少年だった。
「影長に言われて助けに来ました恵です」
恵の答えに少年が苦笑する。
「爺さんには、自分の尻くらいは、自分で拭くって言っておいたんだがな?」
「若長の気持ちは、重々察し致しますが、ここは、危険すぎます!」
生気の無い顔をした紫影が必死に説得する。
「何があった?」
愉快そうに尋ねる少年、若長に紫影が辛そうに語る。
「無数に仕込まれた意地の悪いトラップ、それによって全てを奪われた侵入者達との戦い。あの人達は、もう駄目です、完全に紫縛鎖に全てを捧げ、人間である事も辞めていました!」
若長が頷く。
「俺も見たさ。まだ年端もいかない娘が何の躊躇もせず、俺の連れとセックスを始め、潔癖症だった元部下が泥まみれでこっちの不意打ちしかけてきた。元の人間としての生き方も尊厳も全て投げ捨てて新たな僕を増やそうとしている。三度目の今回も俺以外は、全滅だよ」
恵は、周りの死体を視て付け足す。
「どちからと言うと、全滅させた風に見えますけど?」
「解るのか?」
若長の問いに恵が頷く。
「責めは、しません。彼らもその覚悟は、あったみたいですし、紫縛鎖の残滓から視て、生きていてももう紫縛鎖の下僕確定ですしね」
若長が立ち上がる。
「今回も撤退しないといけないかと思ったが、このまま先に進めるか?」
恵があっさり頷く。
「ここまで来れば元凶は、もうすぐそこですよ」
「ちょっと待って、それってかなりヤバイ奴なんじゃ?」
怯える紫影。
「当然だな。お前は、ここに残ってて良いぞ」
「うん、そんな恐怖心に囚われている人が居ても邪魔なだけだから、もう帰っても良いよ」
若長と恵の言葉に涙目で紫影が訴える。
「こんな所から独りでは、帰れませんよ!」
「だったら、大人しくついてくるんだな」
探索を再開する若長にあっさりついていく恵。
暫く躊躇していたが紫影が駆け出す。
「待ってください!」
「ここまでは、比較的楽でしたけど、問題は、これですよ」
恵のコメントに紫影がげんなりする。
「比較的楽だったんですか?」
恵が問題の神殿の最深部に安置されていた紫の鎖を指差す。
「これに比べたら子供の秘密基地のトラップだよ」
「そんなに凄いものなのか?」
若長の問い掛けに恵が頷く。
「これは、下手すれば神様ですら下僕にする魔法トラップが仕掛けられているの。そして問題は、これこそが貴方の呪い、元凶だよ」
「なるほど、これを無効化しないと呪いが解けないって訳だな。出来るか?」
若長が挑発するような目で見るが恵は、冷静に術式を解析を行っていた。
「普通にやったら、数年係りの面倒な奴ですけど、一つだけ方法があります」
恵に見られて紫影が嫌な顔をする。
「何か凄く嫌な予感がするんだけど」
「正解。紫影さんを生贄にすれば一気に無効化する事も可能だけどどうする?」
恵の回答に紫影が顔を引きつらせる。
「冗談よね?」
「本当。簡単に説明すれば、誰かに下僕化の効力を発揮している瞬間は、本体は、無防備。そこを狙って術式を改竄してやれば良い話だからね」
恵の解説に紫影が若長の方を見る。
彼女の立場上、若長が命じたら、恵の提案を断る事が出来ないのだ。
「残念だが、別の手段を頼む」
若長の言葉に恵が念押しする。
「他の方法を探すと、数年掛かるって言ってるんだけど? だいたい、自分が生き残るためにさっきも部下を見捨てた人の言葉とは、思えないよ」
若長が確りとした信念を持って答える。
「助けられない命なら見捨てる。しかし、他に方法があると言うのに安易な方法で他人の命を懸けるのは、単なる愚行だ」
「若長様……」
驚く紫影を尻目に恵が微笑む。
「思ってた通りの人でした。それじゃ、呪いを解きますね」
「えーだって、無効化するには、誰かを犠牲にするか、数年がかりになるって今さっき、いったばかりじゃない」
紫影の言葉に恵が紫の鎖に触れながら言う。
「言ったでしょ、下僕化の効力を発揮している間なら無防備になるって、あちきだったら、下僕化にも少しの間なら抵抗できる。その間に無効化すれば良いんだよ」
紫の鎖が恵に襲い掛かる。
恵は、鎖の掴むと地面に叩きつけた。
『紫の束縛、汝は、偉大なりし神の力の一端なり。我は、汝を崇めん。しかし、我は、束縛を拒まん。この言葉を約定とし、汝の力を発動せん!』
紫の鎖の力が四方八方に飛び散っていった。
汗を拭う恵。
「終わったよ。これでもう呪いは、解けた」
「随分と簡単なのにもったいぶって、恵ちゃんのいけず!」
紫影が冗談まじりに声を掛けるが若長が真剣な表情で告げる。
「下手をすれば下僕化する危険性が高かったのでは、無いのか?」
恵があっさり頷く。
「そうですね。でも、どんな方法でも多少の犠牲が伴う。だったら、あちきが危険を冒すことで犠牲を出さないようにしたそれだけですよ」
「そこまでしてもらう覚えは、無いが?」
若長の質問に恵が微笑みながら答える。
「貴方が紫影を犠牲にする事を受け入れる人だったら、あちきだってこんな事は、しませんでしたよ。それより、確認なんですが、恋人とか彼女とか愛人とかいませんよね?」
深刻そうな顔をする恵に若長が眉を顰める。
「確かに今は、恋人も彼女も愛人も居ないが、もしかして君がなってくれるのかい?」
「結婚を前提だったら」
頬を赤くしながら言う恵に若長があさっての方向を見る。
「ちょっとそれは、難しいかな」
「どうしてですか! あちきは、貴方の呪いを命懸けで解いた恩人なんですよ!」
脅迫する恵の手を掴むと若長が自分の胸に押し付けた。
「これで解ってもらえたかな?」
恵の目が点になる。
「えーと、どうしたの?」
恵が紫影の胸倉を掴みあげて言う。
「どういうこと、どうしてこの人、女性なの!」
「女性! でもでもそんな話は、聞いた事が……」
慌てる紫影が見ると若長が言う。
「男性だと言っていない筈だ。まあ、女だと舐められる事が多いから態と男っぽい格好をしているがな」
「騙された! あのジジイ、絶対に死ぬほど後悔させてやる!」
復讐を企む恵であった。
久しぶりの恵、恋愛ネタオチでした。
恵って相手には、そこそこ拘っています。
今回も、強い決断力と財力、紫影を犠牲にしない信念が気に入ったと言うか、そういう馬鹿な信念を持つ男がタイプで、そういったタイプって元々恋人至り、恋愛より大切な物がある場合が多いので馬鹿を見続けています。




