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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
四章【狭間の王・前編】
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◆第七話『戦いは再び』


 モノセロスの咆哮が室内に響きわたる。

 全身がびりびりと震える感覚に、ラグは思わず腰を抜かしてしまった。


 これがモノセロス……!


 ディザイドリウム大陸がまだ存在していた頃、モノセロスの襲撃を経験したことはあったが、こんな間近で対峙するのは初めてだ。

 いくら広い部屋とはいえ、二体のモノセロスが悠々と動けるほどではない。天井、壁が突き破られ、外気が室内へとなだれ込んでくる。


 一体のモノセロスが前足を持ち上げながら吼えた。床を穿つように深く踏みこむと、勢いよく突進をしかけてくる。

 尖った黒角を向けられ、ラグはとっさに逃げることができなかった。諦観にも似た感情を抱いたとき、視界の中にひとりの騎士が割って入る。

 エリアスだ。

 濃紫で造られた彼女の剣がモノセロスの黒角とかち合う。


「これはわたしが食いとめます! 皆様はいまのうちにお逃げを!」


 この場にとどまっていても足手まといになるだけだ。

 エリアスの忠告どおり、逃げることがいま打てる最善の策だろう。


「こちらにッ!」


 司祭の護衛を務める聖堂騎士が先導してくれる。

 ラグは立ちあがり、ファルール王や司祭とともに扉のほうへ向かう。と、前方に躍り出てきたもう一体のモノセロスによって、聖堂騎士が突き飛ばされてしまった。

 次はお前たちの番だ、とでも言いたげに黒の一角獣が咆哮をあげる。


「そんな……っ」


 迫る死の予感に、ラグが絶望した、そのとき――。

 ふと視界の中で、モノセロスの横腹へと向かっていく人影が映った。


「陛下ッ!!」


 人影の正体は、ファルール王の護衛として参加していたマルコだ。彼は巨大な盾を構えた格好でモノセロスに激突し、突き飛ばした。鈍い衝突音とともに、モノセロスが扉を破壊しながら廊下側へ倒れこむ。


 粉塵が舞う中、マルコは当然とばかりに羽織っていた外套を脱ぎ去った。

 筋骨隆々とした浅黒の肌があらわになる。


「うわっ」


 ラグはとっさに自身の手で目を覆った。

 指の間から、こっそりと様子をうかがう。

 粉塵が収まりつつある中、モノセロスがのそりと体を起こしていた。

 見る限り、どうやらまったく堪えていないようだ。

 マルコが表情をこわばらせる。


「やはりひとりでは厳しいか……」

「弱音を吐くんじゃないよ、マルコ!」


 ファルール王から激が飛ぶ。


「で、ですが陛下も知っての通り、我らナドは仲間がいてこそ力を発揮する種族でして!」

「ならば問題ないな!」


 声が聞こえたのは、モノセロスが出現した際に突き破られた壁の向こうからだ。そちらを見やると、空に新たな裸の騎士が浮かんでいた。


「ハーゲン!」

「待たせたな、マルコよ!」


 騒ぎを聞きつけてきたのだろう。

 ハーゲンがマルコのもとへ降り立ったのとほぼ同時、モノセロスが動きだす。迫りくる敵を前に、二人のナド族が手を繋いだ。瞬間、とてもひとりでは生成できないほど巨大な結晶剣があらわれた。


 開けられたモノセロスの大口へとナドたちの剣が突き刺さる。突進の勢いもあってか、深いところまで到達した。

 ナドたちは片手を結晶に当てたまま、空いたほうの手を互いにつき合わせた。バチンと乾いた音が鳴ると同時、彼らの叫びが室内に響く。


「「陛下、お許しを!」」


 謝罪とともに、合わさった手からもう一本の巨剣が生成された。あまりにも巨大なため天井を貫いてしまっている。


「お、おまえたちっ!」


 顔を引きつらせたファルール王をよそに、マルコたちは天井に突き立てた剣を勢いよく振り下ろした。いまだ口に刺さった剣によって、もがき苦しむモノセロス。その背へと鈍い音とともに剣が激突。その巨躯を床に深くめりこませた。

 横たわるようにして倒れたが、まだ消滅していない。


 二人の裸騎士は、躍り出るようにモノセロスの真上に位置どった。

 互いの両手を繋ぎ、円を作りだす。その内側に燐光が集まり、極太の棒状にかたどられていく。やがて結晶となったそれは、貫くことに特化した槍へと変貌する。


「これこそが絆の力っ!」


 雄たけびとともに、マルコたちは抱えた槍を勢いよく突き落とした。モノセロスの体に接触した直後、地鳴りのような衝撃が屋敷にはしる。

 マルコたちの手は止まらず、さらにねじ込んでいく。モノセロスの体が穿たれた穴で見えなくなったとき、弾けるようにして小さな黒粒が無数に舞いあがった。


 どうやらモノセロスを倒したようだ。

 屋敷の惨憺たるありさまを前に、ファルール王が呆れたように息を吐いた。


「ったく、あいつら無駄に壊しやがって」

「す、すごい……!」

「まあ裸なのは置いといて、実力だけはうちの自慢の騎士さ」


 感嘆の声をもらしたラグに、ファルール王がそう勝ち気な笑みを見せた。

 そのとき、ぐぐもった不快な鳴き声が聞こえた。

 エリアスが対峙しているモノセロスのものだった。

 見れば、その体には何本もの刃が突き刺さっている。


「リンカッ!」


 叫んだエリアスの視線を追うと、そこには赤い衣装に身を包んだ騎士が浮遊していた。リンカ・アシュテッドだ。会談には参加していなかったが、彼女もまた屋敷の警備を任された騎士のひとりだった。

 リンカが叫ぶ。


「エリアス、うちあげて!」


 エリアスが弾かれるようにして飛翔し、一気にモノセロスとの距離を詰めた。

 どうやら敵はエリアスの接近に気づいていないようだ。

 いまだたたらを踏み、痛がっている。

 エリアスがモノセロスの下腹へと剣を潜りこませるや、すくうようにして突き上げた。モノセロスが上空へ舞う。が、リンカのところまでは届いていない。


 ふいにエリアスの持つ剣の切り刃が光った。

 彼女はその光る剣でなにもない空間を切り裂く。と、振られた剣から光の刃が放たれていた。

 ラグは、その技をベルリオットから聞いたことがあった。飛閃ウォラリアス・カエッサと呼ばれる剣技だ。


 光の刃が虚空を突き進み、モノセロスに直撃。甲高い音を響かせる。見たところ傷は与えられていない。だが、たしかな衝撃が、その巨躯をさらに上空へと押しやった。


 突き上げられたモノセロスへと向かって、リンカが急降下する。彼女の両手には逆手に持たれた短剣。それを接近した敵の体にそっとそえた。一本の線を描くように、リンカは自らの体を回転させながら斬り裂いていく。


 リンカを通りすぎたモノセロスには深い斬り傷が刻まれていた。にも関わらず、上空へと突き進む敵の勢いは失っていない。

 間もなくモノセロスの体は落下を始めた。リンカの攻撃が、今度は下方から見舞われる。彼女の手を離れたとき、モノセロスの体は見るも無残な姿へと変貌していた。

 屋敷を見下ろしながら、リンカが叫ぶ。


「エリアスッ!」


 モノセロスの落下地点で、エリアスが剣を構えていた。

 右後ろへ流した格好。体を深く沈みこませ、極限まで力を蓄えている。段々と近づいてくるモノセロス。その体が目前に迫ったとき、エリアスは飛翔。裂帛の気合とともに剣を振りぬいた。


 気づいたときには、モノセロスの体は真っ二つに両断されていた。分かれた四足側と背中側が落下しながら空中で霧散していく。

 黒の塊が完全に空から消滅したとき、エリアスがほっと息をついた。


「助かりました、リンカ」

「ん」


 彼女らの戦いぶりを目にし、ラグは目を輝かせる。


 ナド族のお二人もすごかったけど、彼女たちもまたすばらしい力をお持ちだ!


 戦場に立つ機会がなかったため、間近で見る騎士たちの活躍に心が踊った。

 事態が収束したのを折に、全員がファルール王のもとに集まった。

 エリアスが心配そうにたずねる。


「みなさま、ご無事でしたか」

「ああ、おかげさまでね」


 そう答えたファルール王が、半壊した屋敷を見回しながら肩をすくめた。


「しっかし、まさかあいつらがモノセロスになるとはねぇ」

「黒導教会と繋がっていることを、帝国はもう隠す気もなさそうですね」


 帝国と黒導教会が繋がっていることは常に疑われてきたが、ここまで大っぴらに関係を明かすような事例はなかった。そのため、今回のような手法を用いてくるとは思いもしなかったのだ。

 ラグはちらりとファルール王を見やる。


「やはり狙いは……」

「まっ、どう見てもあたしの首だろうよ」


 彼女はあっけらかんとしていた。

 いま、集まっている者は全員が重要人物だ。

 とはいえ、その度合いはファルール王がひとり抜きん出ている。

 敵がファルール王の首を狙ってきた、というのは間違いないだろう。


 だが、果たして本当にそれだけなのだろうか。

 ラグは、なにか忘れているような気がした。

 会談が始まる前まで記憶を遡っていく。

 と、この場に足りない人がいることを思いだした。


「そうだ……っ! 大使の護衛をしていた騎士は――」


 言いながら、辺りを見回した。

 だが、帝国騎士の姿は見当たらない。

 そのとき、遠方の空に黒い柱が上がったのが見えた。

 つい先ほど、元老院がモノセロスへと変貌したときに見たものと同じだ。


 やられた……!


 マルコが眉根を寄せる。


「モノセロスを相手にしていたときか……」

「はい、おそらく。混乱に乗じてここから離れたのだと思います」

「かなり距離があるな。いまから追っておいつけるか……」

「あたしが倒してくる」


 言って、リンカがアウラを噴出させるやいなや、勢いよく飛翔した。

 一瞬でその姿が小さくなってしまう。

 ラグは彼女の去ったほうを見つめる。


「あちらは北側……つまり北方防衛線があります。モノセロスの出現によって混乱することは間違いないでしょう。その機に帝国が上陸してくる可能性は非常に高いです。そうなった場合、おそらく……」


 北方防衛線は壊滅する――。

 ラグはファルール王へと告げる。


「まずは北方部隊を王都まで撤退させることがなによりも優先するべきである、と考えますが、いかがでしょうか?」

「まあ、そうするしかないだろうね。ハーゲン、ついてって指示を出してきな」

「かしこまりました」


 ハーゲンがすぐさま飛び立ち、リンカのあとを追いかける。


「わたしは、これより急いで全騎士を集結させてきます」


 そう言い残して、エリアスも飛び立っていく。

 ファルール王が北方を見つめながら、肩をすくめる。


「本命はあっちだったってわけか。やられたねえ」

「帝国との戦争はもはや避けられそうにありませんね……」

「あっちはやる気満々だからねえ。どのみちやることになってただろうよ」


 深刻な事態であるにも関わらず、ファルール王には緊迫した様子が見られない。

 いついかなるときでも平静を保てるその心が、ラグはうらやましかった。

 実は初めての戦争を前に、鼓動の音が聞こえるほど緊張しているのだ。


 落ちつけ……! こんな調子じゃ指揮なんてできないじゃないか!


 ラグは周りに気づかれないようこっそり深呼吸をして、必死に心を落ちつかせた。

 ふとファルール王が難しい顔をする。


「奇しくもメルヴェロンドが落ちたときと同じ状況……こうなってみるとやっぱり機巧人形とサジタリウスが厄介だねぇ」

「それなのですが、わたしに考えがあります」


 ラグがそう告げると、ファルール王が興味深そうに「ほう」と漏らしながら目を細めた。

 先ほどは予想外の事態が起こったが、滞在中に戦争が起こることは最悪の部類ではあるものの、予測の範疇だった。

 このファルールの地で、帝国と戦うためにはどうすればいいのか。

 ラグは自身の持つ情報をもとに、すでに策を構築していた。

 ファルール王を見据えながら口を開く。


「どうかわたしに、ファルールのすべてをお貸しください」



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