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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
四章【狭間の王・前編】
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◆第五話『王都ファルール』


 星の輝きを除き、すでに空は黒く染まっている。街が眠るには少しばかり早いが、静まっていくのがほかの大陸では常かもしれない。

 だが、王都ファルールは違った。


「あいかわらず夜も賑やかなところだな」

「でも、わたしはこの雰囲気好きだなー」

「たまにはいいかもしれないけど、あたしは苦手」


 ベルリオットに続いて、ナトゥール、リンカが周囲を見回しながら三様のこたえを口にする。

 とても夜とは思えないほど多くの人が出歩いていた。店を閉めているところは一つも見当たらない。方々に設置された灯も手伝って、ベルリオットは思わずいまが昼間であるかのような錯覚を抱きそうになる。


 話し声、商売の声の中に混じり、楽器の音が聞こえてきた。

 近くに見えていた噴水広場からだ。足を運んでみると、そこでは銀笛、手風琴、さらに木製の打楽器を使った楽団による演奏が行われていた。


 それを見ながら踊って歌ったりする者は少なくない。

 酒を片手に乾杯しはじめる者は、もっとたくさんいる。

 その光景からは、近いうちに大陸が落下することや、つい最近、戦争が起こったことに対する不安などまったく感じられなかった。

 ファルールの民は良くも悪くも陽気なのだ。

 これも、どこぞの王の性格が色濃く反映された結果だろう、とベルリオットは思った。


 王都ファルールは高地に位置しているが、坂になった場所は見られない。

 ほとんどが大小様々な平地に整地されているため、いたるところに階段が見られる。

 せせらぎに沿うように敷かれた、広めの段々通り。そこにずらりと並んだ店の前を、リンカを先頭に歩いていく。


「トゥトゥ、暑くないか?」

「大丈夫だよ」


 ベルリオットは、ナトゥールとともにフードつきの外套に身を包んでいた。ベルリオットはアムールであることを、ナトゥールは帝国の将軍であるティーアと同じ種族――アミカスであることを隠すためだ。

 ファルールの国民は帝国に直接危害を加えられたわけではないが、いま、この地には帝国と刃を交わした騎士たちが多くいる。

 大事をとっての措置だ。


「でも、よかった」

「なにがだ?」

「わたしだけじゃなくて、ベルもだったから恥ずかしくないなって」

「あ~……まあ、俺も見つかるとまずいしな」


 王宮に押しかけていた信徒たちのように、目の前でひれ伏されでもしたら取り乱す自信があった。毅然とした態度でなにか言葉をかけられればいいのだが、それも自信がない。

 生まれながらにして王であったリズアートなら、そんな状況に陥っても上手く対応するんだろうな、とベルリオットは思う。


 あいつ……いまどうしてるかな。


 と、隣の大陸リヴェティアへと意識を向けた、そのとき。リンカの声が思考に割って入ってきた。


「ついた。ここ」


 彼女は少し先で足を止め、近くの店を指差していた。

 その店は、丸太を積み重ねたような造りで、外装に蔓を這わせていることもあり自然を感じられる小屋といった印象だ。

 中に入ると、甘い匂いが鼻腔をついた。

 店主と思しき女性が出迎えてくれる。


「これはこれはアシュテッド様。ようこそおいでくださいました」

「ん」


 リンカがぶっきらぼうな挨拶で応じた。

 女性店主が、ちらりとベルリオットとナトゥールのほうを見やる。


「お連れさまとご一緒とは珍しいですね」

「この店を紹介しようと思って」

「いつもひいきにしてくださってありがとうございます」


 言って、大仰に頭を下げる。

 会話の内容からも、リンカがこの店をよく利用していることがわかる。

 気難しい彼女が気に入る店だ。

 よほど質がいいのだろう。

 そう思いながら、ベルリオットは店内を見回す。


 外装と同じく、内装も木材をふんだんに使った造りだ。

 木の机や棚には、多様な鞄や装飾品などが置かれている。

 どれも女性らしいというか、かわいらしいというか……とても男では身につけられないような品ばかりだ。


 ナトゥールが目をきらきらと輝かせながら、感嘆の声をもらしている。

 ベルリオットにはわからないが、どうやら女性には心に響くものがあるらしい。


「アシュテッド様が使われてる香水も、ここのものなんですか?」

「こっち」


 リンカが案内した先の机上には様々な色の小瓶がいくつも置かれていた。「これ」と言ったあと、彼女は試供品の小瓶を傾け、ナトゥールの手首に一滴垂らす。


「やっぱり、いい匂いですね」

「甘すぎるのは苦手だから、それぐらいがいい」

「アシュテッド様にすごく似合ってると思います」

「ありがとう。んー……あなたにはこれとか」

「……なんだかすっとします。爽やかでいいですね」


 ナトゥールはどの香水にも興味津々といったようすだ。

 教えるリンカも気分が良いのか、いつにも増して口がよく動いている。

 連れ立ってくることが珍しいと言われていたし、こういった趣味に関して深く話す相手がいなかったのかもしれない。


 そんな二人のようすを、ベルリオットは店の片隅からうかがいつづける。

 正直言って手持ち無沙汰だが、二人の楽しむ姿を見ているのは悪くない。

 彼女たちは次に、小指程度の小筒が置かれた区画前に立った。

 あれは樹脂を加工して作られた、爪に化粧をほどこすものだ。

 ちなみにリンカは淡紅色のものをつけていることが多い。


「これいいなあ」


 ナトゥールが白色の小筒を手に取りながらぼそりと口にした。

 しかし彼女は値札を見るやいなや、体を硬直させる。


「うっ……結構しますね」

「安いのを使うと爪を傷めることが多い」

「そうなんですか……う~ん」


 ナトゥールが自身の爪を見つめた。

 不揃いではないものの、表面に傷が入っている。


「わたし、槍を回すときによく爪を当てちゃって……」

「じゃあこれがいいかも。爪に栄養も与えてくれるものだからお勧め」

「そんなものがあるんですか」

「試しにつける?」

「は、はい」


 リンカが、ナトゥールの小指に爪化粧をぬっていく。細めの毛筆を使った緻密な作業だが、さすがに手馴れているようで、さした時間もかからずに仕上がった。

 ナトゥールが自身の爪を見つめながら、目をしばたたかせる。


「ありがとうございます。無色だけど、すごくつやが出て……なんだか自分のものじゃないみたいです」

「いい感じ」


 リンカから手放しで褒められ、ナトゥールが少しはにかんでいた。

 しかしその表情も、またもや値札によって一気に沈んでしまう。


「うっ……これも結構しますね」

「なにせファルールでも一部しか取り扱ってないものですから」


 ようすをうかがっていた女性店主が声をかけた。

 ちなみに値段的には、訓練校の宿舎一ヵ月分の費用が吹き飛ぶぐらいだ。

 はっきり言って訓練生が払うには高すぎる。

 ベルリオットは、ナトゥールが気に入った品を手に取ると勘定台へと運んだ。


「これ、頼むよ」

「べ、ベルっ!?」

「トゥトゥには訓練校で色々世話になったしな。その礼と思ってくれ」

「で、でも悪いよ……」

「王城騎士になって実入りがよくなったのはいいんだが、自分じゃあんまり使い道がなくてな。だから気にするな」

「……うん。じゃあ、お願いしちゃうね。ありがとう、ベル」


 申し訳ない気持ちもあるだろう。

 満面の笑みとはいかなかったが、それでも喜んでくれたようだ。

 ナトゥールの笑顔を見ながら、高くはないな、とベルリオットは思った。


「じゃあ、あたしはこれで」

「って、なにさりげなく追加してるんだよ」


 リンカが香水瓶を勘定台に置いていた。

 彼女は、ぎろりとするどい目を向けてくる。


「なに?」


 ――どうして彼女はよくてあたしはだめなのか。

 まるでそう言わんばかりだ。

 たしかに先ほどの言い分で、リンカの分だけ支払わないのは筋が通っていない。


 世話になってるのは間違いないし、いいか……。


 ベルリオットはため息をつきながら女性店主に品を差しだした。

 リンカと買い物をするとき、ろくな記憶がないのは気のせいだろうか。



   /////


「ほんとうにありがとう、ベル」

「ありがとう。次もまたよろしく」

「ああ。って、リンカはさりげなくたかるなよ」


 ベルリオットたちが店から出た直後、街中から歓声が沸きこった。

 なにごとかと思ったが、あちこちで飛び回る緑の燐光を目にし、納得がいった。

 ファルールでは、いまの時間帯に水の供給量をいったん増やす仕組みになっている。そのとき川の水位が上がり、壁にはりついていた虫が一斉に空へ飛んでいくのだが、その虫が微量なアウラをまとっているため、ほのかな緑光がいたるところで見られるというわけだ。


「きれい……」


 ナトゥールが夜空を見上げながら、つぶやいた。

 いま、彼女は姉のティーアの件もあり、不安な日々が続いているにちがいない。実は今回、ベルリオットが外へ出たのも、少しでも彼女の気が紛れればいいと思ってのことだったが、どうやら効果はあったようだ。

 ナトゥールが顔を上向けたまま言う。


「ベル、ありがとうね」


 わかっていたことだが、彼女は聡い。

 こちらの思惑などお見通しというわけだ。

 ベルリオットも空を見上げながら、「ああ」と短く応じた。



   /////


 用事があるというリンカと別れ、ベルリオットはナトゥールとともにファルール王の別邸に戻った。

 部屋で談笑していると、ひとりの男が訪ねてくる。後ろへ流した針金のような髪、大きな体が特徴的な彼は、リヴェティア王城騎士のオルバ・クノクスだ。


「どうしてここに?」

「ああ、ちょっとな」


 オルバがちらりとナトゥールのほうを見やった。

 どうやら内密な話らしい。


「悪い、トゥトゥ。少し外してくれるか」

「う、うん」


 ナトゥールがオルバに頭を下げたあと、すたすたと部屋から退室した。

 オルバは椅子に腰を下ろしたあと、扉のほうへいったん視線を向けてから、けわしい表情で口を開く。


「あのアミカスから目を離すんじゃねぇぞ」


 ナトゥールは帝国の将軍であるティーアの妹だ。

 密偵として情報を流していると思うのも無理はないかもしれない。

 だが、やはり親しい友人が疑われるのはいい気はしなかった。


「あんたまであいつを疑うのか?」

「そんなんじゃねえよ」

「じゃあ、どうして」

「まだ一部の奴しか知らないんだが……まあ、お前になら話しても問題ないだろう」


 もったいぶるように間を置いてから、オルバが告げる。


「機巧人形の中に、アミカスの末裔が入っていた」


 その言葉を聞いたとき、ベルリオットは時が止まったような感覚に陥った。

 機巧人形の中に人が入っていることは知っていた。

 だが、出来るだけ見ないように目を背けて来たのだが、まさか中にいるのがアミカスの末裔だとは思いもしなかった。


 ティーアだけが帝国に加担しているわけではないのだろうか。

 ほかにもアミカスの末裔が帝国側についているのだろうか。

 様々な疑問が脳内を巡りはじめるが、それよりも先に明らかにしなければならないことがある。


「どうして、あんたがそれを……?」

「実はな、先の戦争中に機巧人形を鹵獲するよう、ユング団長から特命を受けてたんだよ。それでまあ、お前が暴れてくれたおかげでうまくいってな」


 まさか裏でそんなことが行われていようとは思いもしなかった。

 相変わらず抜け目ないユングの行いに、あらためて敵にしたくない人だ、とベルリオットは思う。


「言っとくが、どうしてアミカスが帝国側についてるかなんて、俺にもわからねぇからな」

「じゃあ目を離すなって言うのは」

「帝国の将軍の件もあるしな。暴走した味方があいつを狙うかもしれねーから、大事な奴なら目を離すなってこった」


 つまりオルバの忠告は、ナトゥールの身を案じてのことだったらしい。


「悪い。疑って」

「神様も間違えることはあるってわかっただけでも収穫だ」


 おどけたように言いながら、オルバは背を向けて歩きだす。


「俺も、あんたが変わらないってわかって収穫だよ」


 そうベルリオットが声をかけると、彼は肩越しに軽く手を振ってから部屋をあとにした。

 ひとりになってから、オルバの話してくれた内容をもう一度思いだす。

 機巧人形にアミカスが乗っていた。

 その情報からは様々な憶測ができる。

 だが、総じて良いものではないことはたしかだ。


 ……この件、ナトゥールには黙っておこう。


 そうベルリオットは心に決めた。


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