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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
三章【天上の子・後編】
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◆第四話『人として……』

 クーティリアスに案内してもらい、ベルリオットはリンカともども作戦会議室へと押し入った。

 それほど広くない部屋で、十人ほどの参加者が中央に置かれた石造の台を囲んでいる。

 エリアスの他に見知った顔は、リヴェティア、ディザイドリウム騎士連合の指揮官として参加しているオルバ・クノクスだけだ。

 彼は《破砕拳》と呼ばれる序列五位の騎士。リヴェティアきっての剛の者だ。

 こちらの姿を確認したエリアスが、険しい顔つきで口を開く。


「ベルリオット・トレスティング……待っていて下さいと言ったはずですが」

「北方防衛線が落ちたって本当か……?」


 その言葉を発した途端、室内の空気が一気に重くなった。

 苦々しい顔で、聖堂騎士の一人が答える。


「敵の人形型兵器を前に、北方防衛線はなすすべなく崩壊。こちらの被害は甚大なため、撤退を余儀なくされました。おそらく帝国騎士軍は北方防衛戦を拠点とし、聖都へ進行してくるものと思われます」


 最悪の状況だ。

 人形の力が強大であることはわかっていたが、これほど早く北方防衛線が落ちるとは思いもしなかった。

 ただ、あまりにも大きな代償ではあるが、これで対人形戦において数があてにならないことを全員が理解できただろう。相手との戦力差が明確になったいま、戦略次第でまだやりようはあるはずだ。

 ベルリオットは他の参加者と同様に机を囲んだ。

 同じように加わったリンカが聖堂騎士に短く問いかける。


「追撃は?」

「多少はあったとのことですが、すぐに北方防衛線に引き返したとのことです」

「変ね。そこまで圧倒していたなら追撃をしかけてきてもいい気がするけど」

「それだけ敵の指揮官が慎重なんじゃねえのか。あるいは単に肝が小せぇんだろうよ」


 そう乱暴な口ぶりで答えたオルバに、エリアスの顔が険しくなる。


「クノクス卿。自分の立場と今いる場所をわきまえてください」

「へいへい、相変わらずおかたいやつだぜ」


 オルバに反省の色はない。

 エリアスがさらに怒りをぶつけようとしたが、ぐっと堪えているようだった。体裁を気にする彼女のことだ。リヴェティア、ディザイドリウム騎士連合の代表として、オルバには自覚を持って欲しかったのだろう。


「とにかくどう応戦するかさっさと決めちまおうぜ。敵さんもいつ攻めてくるかわからない状況だからな」

「ですが、アウラが使えない状況ではどう戦えばいいのか……」


 進行しようとした会議が、その一声によって再び停滞してしまった。

 アウラを使えることが当然として育ってきた人間に、それが使えないという状況が与える絶望感は計り知れない。だがこのまま待っているだけでは、帝国によって聖都が滅ぼされるだけだ。


「あいつら跳躍はできるけど滞空できないみたいなんだ。そこを上手くつければ」

「我々もそこに気づき、上空から敵本陣への攻撃を試みようとしました。ですが、その敵本陣から無数の光の線がこちらに飛んできたため、近づくことすらままならず……」

「光の線……」


 聖堂騎士が口にした「光の線」に思い当たる節があった。

 それはディザイドリウム大陸を落とす際、人形とともに現れた暗殺者の兄弟。彼らが持っていた筒から放たれたものだ。

 報告にあった光の線と同一かどうかは気になるところだが、それはいま大きな問題ではない。問題にすべきは、制空権を取られたことで人形唯一の弱点をつくことが困難になったという点だ。


 上空から攻撃することに専念すれば、どうにか人形をさばききれるのではないか。

 そう心の中でベルリオットは考えていたが、どうやら甘かったらしい。

 オルバが卓上の地図に手を置きながら、会議を再開する。


「まあいくら考えたって俺らがとれる道は多くないだろうよ。現状、敵本陣から人形が離れたところをつくしかない」

「そうは言いますが、先ほども報告にあった通り上空からの進撃は」

「なにも馬鹿正直に大陸圏内を通る必要もねぇだろ。飛空船を使えばいい」


 言いながらオルバが地図に指を当て、大陸圏外から北方防衛線の側面までをなぞった。


「……なるほど。両翼からの奇襲ですか」

「上空からいきゃ狙い撃ちにされるだろうから、それしかないだろうな」


 聞いてしまえば簡単に考えつきそうな策だ。

 しかし知能を持った敵との戦い……それも大規模な戦争とはほど遠い世界に生きてきた身として、果たしてオルバと同じ考えに至れたかと言われると自信がない。

 先ほどまでオルバが連合の代表としてふさわしいのかどうか疑っていたが、どうやらその考えを改めた方がよさそうだ。


「だから敵本陣をつくのは簡単だが……肝心の人形をひきつけておく手段がねぇ。さっさと敵本陣まで戻られて奇襲部隊は全滅ってのがいいところだな」

「この渓谷は使えないの?」


 リンカが、聖都と北方防衛線のちょうど中間あたりに位置する溝を指差した。

 そこは大地に水を巡らせるため、人工的に掘られた水路だ。

 メルヴェロンドには、こうした水路があちこちに存在し、定期的に都市の外にも水を回している。


「滞空できないっつっても、これぐらい簡単に飛び越えられるだろ」

「いえ……使えるかもしれません」


 そう言った聖堂騎士が、あごに手を当てながら思案しはじめる。


「メルヴェロンドは中央から外縁部に向かって緩やかですが斜面になっています。不幸中の幸いと言っていいのか……民の避難が完了すれば聖都に水を回す必要がなくなるので、そこに大量の水を流し溢れさせれば」


 ほぅ、と室内に感嘆の声がいくつも漏れた。

 そんな中、オルバだけが納得いかないようだった。


「だが、たかが水だろ? せいぜい足を少し取られるぐらいじゃねえのか?」

「大量の水なら馬鹿にはできないかと。それに水の中ではアウラの制御が極端に難しくなります」

「人形が俺らと同じかどうかもわからねぇだろ。効いたとしてもやっぱそれだけじゃ足りねぇな。せめてなにかあと一つ……」


 打開策がなかなか出てこず、オルバが後ろ髪をかきむしりはじめた。

 聖堂騎士の一人がベルリオットをちらりと見やりながら、恐る恐る口を開く。


「報告ではトレスティング卿が人形を倒したと……」

「か、彼は怪我でっ」


 誰よりも早く声をあげたのはエリアスだった。

 心配してくれるのは素直に嬉しい。

 だがそれ以上に反応が過剰ではないか、とベルリオットは思わず面を食らってしまった。

 オルバが淡々と言い放つ。


「ここにいる時点で怪我とかそういうの関係ないだろ」

「ですが――」

「できるのか?」


 エリアスの抗議を無視し、オルバがベルリオットに真剣な眼差しを向けてきた。

 自分は万全の体調ではない。

 今も全身にはしる痛みが、うなずくことを拒否するよう何度も訴えかけてくる。

 だが怪我を承知の上で戦地に来たのだ。

 答えははじめから決まっている。


「ああ。もとよりあいつの相手をするために俺はここに来たんだ」

「あなたという人は……」


 悲しんでいるのか、悔やんでいるのか。

 どちらともとれるような表情をエリアスが浮かべていた。


「よし、じゃあ話はまとまったな。時間がねぇからさっさと決めていくぞ。奇襲はログナート、アシュテッドを頭にした部隊で――」


 その後、オルバのてきぱきとした指示によって会議はすぐに終了した。

 騎士たちが慌しく部屋から退室していく。

 ふいに、ベルリオットは上着のすそを引っ張られるのを感じた。


「……僕は……どうしたらいいんだろう」


 振り向いた先にいたクーティリアスが、不安そうに見上げてきた。

 会議中、やけに大人しいとは思っていたが、もしかすると戦争のことを考え、恐怖を感じていたのかもしれない。

 なるべく彼女を安心させるよう、ベルリオットはゆっくりと話す。


「クティは教会の人たちと一緒に安全な場所に避難してくれ」

「……うん」

「大丈夫だ。俺が……いや、俺だけじゃない。エリアスやリンカだって……他にもたくさんの騎士が、メルヴェロンドを守るために戦うんだ。きっとなんとかなる」

「うん」


 こくん、とうなずくクーティリアスの表情は、いまだ曇っていた。

 どうにかして不安を拭いきってあげたがったが、あまり時間がない。

 ベルリオットは彼女の髪をくしゃりと撫でる。


「じゃあ行くな」

「ねえ、ベル様」


 と、クーティリアスに背を向けようとしたそのときだった。

 彼女は自身の手をぎゅっと握り締めながら、言った。


「ベル様は、これからもずっと人間として生きていきたいって……そう思うかな」



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