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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
三章【天上の子・後編】
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◆第三話『開戦』

 風に揺られた機体が小刻みに振動する。

 だがそれは微弱で、意識しなければ気になるほどではない。

 ティーア・トウェイルは部下の丁寧な操縦に身を任せ、飛空船内でくつろいでいた。

 円形状に配された後部座席には自分一人しか座っていない。

 搭乗者は他に二人いるが、どちらも操縦席と補助席に座っている。


 ふと窓の外を見やった。

 そこでは丸みを帯びた物体が、ティーアの乗る飛空戦を囲むように幾つも飛んでいる。多くの帝国兵、及び機巧人形を運ぶための大型飛空船だ。

 おかげで空の景色はほとんどが灰色に染まり、風情もなにもなかった。

 ティーアは、輸送船をじっと見つめる。


「機巧人形、か。不思議なものだな」


 と考えなしにつぶやいた言葉を、補助席に座る兵士が拾った。


「なにが、ですか?」

「いや、あのようなものでアウラが使えなくなるなど、と思ってな」

「将軍も仕組みを知らないのですか?」

「わたしはああいったものに疎いんだ。まあ、そうでなくともあれは繊細だからと言ってガルヌ殿が近づかせてくれないしな」

「操縦者も謎に包まれていますからね。少し不気味です」


 軍の指揮権はティーアにあるが、機巧人形においては例外でガルヌに一任されている。

 機巧人形の開発は、情報が一切外部に漏れないよう厳戒態勢の中で行われたという。完成したあとも極秘裏に訓練、調整され、一度だけ行われた戦闘試験でも軍上層部のごく一部にしか公開されなかった。


 操縦者についても同じだ。

 機巧人形の操作は相当に神経を使うらしく、精神を安定させるためにも他の兵士との接触を極力絶たせているのだという。初めはその理由を聞いたときに違和感を覚えたが、上下関係のしがらみだ、と明確に言われ、ようやく納得がいった。


 いずれにしろ機巧人形、操縦者ともども情報がほとんどない状態だ。

 兵士たちが不気味がるのも無理はない。


「そう言ってやるな。あれはあれで戦力なんだ」

「そうですね。彼らが味方で本当に良かったと思います」


 補助席に座る兵士の声は、戦争前とは思えないほどひどく落ち着いていた。

 無理もない。

 それほど機巧人形の力は強大なのだ。

 通常の人間が束になっても太刀打ちできないほどである。

 おそらく今回の戦争も、帝国が圧倒して終わるだろう。


「トウェイル将軍、もう間もなくメルヴェロンド大陸圏内へ到達します」


 ついに来たか、とティーアは思った。

 静かだった気持ちが徐々に昂ぶっていく。

 ティーアには、メルヴェロンドを倒し、落とさなければならない理由がある。

 それはメルヴェロンドが、主を同じくするアミカスの末裔に救いの手を差し伸べない、という私情からくるものではない。


 アミカスの末裔は、その大半が各都市に居場所を作れず、シェトゥーラ大陸の山中で暮らしていた。だがディザイドリウム大陸の落下説が現実になり、次に落ちるのはシェトゥーラ大陸だと突きつけられた。

 他大陸に移動しようにも、すぐには場所が見つからない。行き場をなくしたアミカスだったが、帝国の宰相デュナム・シュヴァインが手を差し伸べてくれた。


 彼は、アミカス全員を帝都ガスペラントに受け入れた。

 周囲にはアミカスの末裔を煙たがるものはおらず、むしろ良くしてくれるという。

 その高待遇に、まるで夢のようだ、と言っていた仲間たちの顔が、ティーアは今でも忘れられない。

 他大陸が、居場所を与えてくれないとは限らないが、帝国が〝最後の大陸〟となれば、今後も住む場所の憂いはなくなる。


 そしてデュナムは、こうも言った。

 ガスペラント帝国が最後の大陸となった暁には、アミカスの末裔の地位向上を約束する、と。

 その言葉を聞いたときより、ティーアはアミカスのため、帝国の力となることを誓ったのだ。


「では機巧部隊の降下次第、われわれも続くぞ。まずは北方防衛線を落とし、そこを拠点とする」


 そう口にした直後、アミカスの仲間たちの姿が思い起こされる。

 将軍に任命されてからというもの、忙しくて仲間とは会う機会がなかった。


 この戦いが終わったら、久しぶりにみんなの顔を見にいこう。


 そう心に決め、ティーアはメルヴェロンドの大地を睨めつけた。



   ◆◇◆◇◆


 朝日がいまだ眩しい頃。

 ベルリオットを乗せた飛空船が聖都メルヴェロンドに到着した。

 土地が異様に盛り上がった聖都メルヴェロンドの中心部。浮遊島と呼ばれるその場所にサンティアカ教会の本部、オルヴェノア大聖堂はある。


 浮遊島外縁部に設けられた発着場に飛空船を停めると、ベルリオットはエリアスに肩を借り、オルヴェノア大聖堂へと向かった。

 以前に訪れた際は静かな雰囲気だったが、いまは違う。

 帝国侵略の報せを聞き、狂騒状態に陥っているのか。

 大勢の信徒が大聖堂正門前に押しかけていた。

 その対応に追われる教会関係者を横目にしながら大聖堂内部へと入る。


 聖堂騎士の本部は、大聖堂正門に向かって西側の区画に設けられている。

 そこは他の大聖堂内部とは違い、壁や支柱に煌びやかさがない。

 風化した箇所も幾つか見られるという廃墟に近い雰囲気だが、そう思えないのはやはり華やかな聖堂騎士のおかげだ。


 ただ、そこかしこで見かける今の彼女たちに落ち着きはない。

 おそらくとも言わず、ガスペラント帝国による侵略への対応に追われているのだろう。


 ひとまず現状を把握するため、メルヴェロンド、リヴェティア、ディザイドリウムの騎士が集まっているとされる会議の場へ向かわねばならない。とはいえ三人そろって会議室を訪れたところで邪魔になるだけだ。

 そうした理由から、エリアスが代表して向かうことになった。


 ベルリオットとリンカにあてがわれた待機部屋にはベッドが置かれていた。

 これは少しでもベルリオットが横になれる時間を、というエリアスの配慮だ。寝転ぶつもりはなかったが、彼女の気遣いにベルリオットは気持ちが少し楽になった。


「それでは行ってきます。……リンカ、あなたは彼を見張っていてください」

「任せて」


 エリアスの言葉に、リンカが引き締まった表情で応じる。

 なにやら無視できないやり取りがなされていた。


「見張るって……俺は囚人かなにかかよ」

「放っておいたらなにをするかわからない、という点では同じかもしれませんね」

「あんたらがどんな目で俺を見てるのか、なんかわかった気がする」

「一度、自らの行動を振り返ってみては」

「妥当な評価」


 エリアスの言葉にリンカも乗じてきた。

 二対一の状況。

 しかも今や身近な存在となった人物からの評価にベルリオットは思わず口ごもってしまう。それに冷静になって記憶を辿ってみると思い当たる節がいくつかあったため、反論できなかった。

 エリアスが部屋をあとにしたあと、リンカがベッド脇の椅子に座った。


「少し楽になった?」

「リヴェティアを出る前に比べればだいぶ、な」


 動かなければそれほど体への負担は感じられない。

 逆に言えば、歩いたりするだけでも全身に激痛がはしる。

 つまり戦闘を行うことが困難であることを示しているが、ベルリオットはそれを意識的に頭の外へ追いやった。


 と、不意に荒々しくドアが開かれ、中に一人の女性が入ってきた。

 かと思いきや、彼女は止まることなく、その濃淡のある緑髪をなびかせながらベルリオットめがけて飛びこんでくる。


「ベル様っ!」


 近づいてくるその人物の顔には見覚えがあった。

 彼女の名はクーティリアス・フォルネア。

 教会の《歌姫》だ。

 久方ぶりの再開に喜びを、戦時にその顔を見られたことへの安堵をベルリオットは感じた。だが、次に覚えたのは恐怖だった。


 今の自分はあちこちに傷を負っている。

 こんな状態で勢いよく飛びこんでくるクーティリアスの体を受けとめようものなら、間違いなく全身に激痛が襲い来る。

 とはいえ避けようにも完全に気を抜いていたので、すぐに力が入らず間に合わない。

 まずい、とベルリオットが思った直後だった。

 クーティリアスの背後から影が伸びる。


「けが人に飛びつかないで」


 淡々と言いながら、リンカがクーティリアスの後ろ襟を掴み、止めた。

 引っ張られる形になったクーティリアスが「あぐっ」と奇声をあげ、むせる。


「けほっ、けほっ……。もう、なにするんだよー!」


 振り返りざまにリンカを睨んだ。

 これまで見てきた限り、クーティリアスはベルリオット以外の誰に対しても丁寧な口調を使っていた。それは自らの立場から威厳を保つためであると思われるが、どうやら今の彼女は突然の出来事にそれを忘れているようだった。


「おい、クティ。しゃべり方、素になってるぞ」


 と忠告すると、クーティリアスがはっと目を見開いてからわざとらしく咳をした。


「……それで、このお方は?」

「リンカ・アシュテッド。俺と同じでリヴェティアの騎士だ」

「たしか……《紅炎の踊り手》と呼ばれている方ですね」


 そう呟きながら、クーティリアスがなにを思ったか、初対面にも関わらずリンカの足先から頭のてっぺんまでをじろじろと見やった。

 リンカはというと、うろたえもせずに無表情で構えている。


「で、リンカ。知ってると思うが、こいつはクーティリアス・フォルネアで――」」

「教会の歌姫が、こんな俗っぽかったとはね」

「うっ」


 どうやら取りつくろうのが遅かったらしい。

 そこで意気消沈してしまうのかと思いきや、クーティリアスが開き直って反撃に出る。


「そ、それを言うならきみだって! 《紅炎の踊り手》って言われるぐらいだから、どんな綺麗な人かと思えば、こんな子どもみたいに小さいとは思いもしなかったよ!」

「こ、子どもみたいに小さいって……あなたの方が絶対小さいでしょう!」

「そんなことないもん。僕の方がちょっと大きいもんね!」


 言いながら、クーティリアスが胸を張った。

 同時に、彼女の豊満な胸がたゆんと揺れる。

 リンカが目を瞠り、気おされたようにたじろいだ。

 その視線は、クーティリアスの胸部に突き刺さっている。


「……引き分けにしといてあげる」


 身長勝負が長引けば、次の舞台……女性の魅力を形成する一つの要素と言える胸の大きさ勝負に発展しかねない。それは平らな胸を持つリンカにとっては避けねばならない事態だ。ゆえに彼女は早々に勝負を終わらせに入ったのだろう。

 などと真面目に考えていたのが顔にでていたのか、リンカに睨まれてしまった。

 居たたまれなくなったベルリオットは、話題転換とばかりにクーティリアスの方を見やった。


「久しぶりだな、クティ。元気にしてたか?」

「うんっ。ベル様はっ……元気じゃないね。むしろぼろぼろだね……」


 明るく返事したかと思うや、クーティリアスがしゅんっと眉を下げた。

 こちらの腹や肩に巻かれた包帯は衣類で隠れているため見えないはずだ。おそらく露出した肌につけられた無数の傷から判断されたのだろう。


「まあ全部かすり傷だ。大事をとってこんな部屋に案内されただけで別に大したことはないぜ」


 そうベルリオットが答えると、クーティリアスはなぜか困ったように微笑んだ。


「そっか。ならよかったよ」


 少し素っ気無い、と感じた。

 ただ、こちらが誤魔化し、あちらが追求してこなかったのだから、わざわざ掘り返す気にはならなかった。


 見てないようで色々見てるからな、こいつは。


 クーティリアスの気遣いにベルリオットが感謝する中、腕を組んだリンカが焦れたように話を切り出した。


「それで戦況はどうなの?」


 クーティリアスの顔から笑みが消えた。


「いま、聖堂騎士のみんなが北方防衛戦で待機してくれてるけど、まだ戦闘が始まったって報告は受けてないよ」

「聖堂騎士の数は?」

「およそ三千」

「結構な数ね」

「リヴェティア、ディザイドリウム両騎士団の人たちも順次向かう手はずになってるから、さらに増えるって」

「一万近く、か。さすがにそれだけいれば」

「いや、数じゃないんだ。あれは、数をそろえたところで……」


 希望の混じったリンカの言葉に、ベルリオットはすかさず待ったをかけた。

 人形の力を目の当たりにした身として、現状が不利であると思わずにはいられない。


 今すぐ自分も北方防衛線まで向かうべきだろうか。

 だが、行ったところでアウラを使えるのが一人ではどうにもならない。

 ディザイドリウムで戦ったときとは違い、人形は一体ではない。

 報告通りならば、およそ百体もいるのだ。

 むやみに飛び出すべきではない。

 そう冷静に判断できているのに、気持ちが落ち着かない。


「ベル様。もう少し、みんなを信用してもいいんじゃないかな」

「いや、俺は別にそういうわけじゃ」

「ベル様」


 クーティリアスが穏やかな表情で、優しく言い聞かせてきた。

 その澄んだ瞳に見つめられると、どうにも反論できない。


「そう、だな」

「うん。そうだよ。だから……今回だけじゃない。これからも一人で背負いこまないで。ベル様が、ベル様でいられるように」


 俺が、俺でいられるように……。


 その言葉には、なにか他の想いがこめられているような気がした。

 ただそれがなんなのかはわからず、また聞き返すことも野暮ではないかと思い、ベルリオットは自身の心の中で反芻するだけにとどめた。


 ふいに扉が開け放たれた。

 次いでひとりの聖堂騎士が飛び込むように部屋に入ってくる。


「フォルネア様! ここにいらしたのですか!」

「どうなされたのですか」


 ただごとではない雰囲気を感じ取ったのか。

 クーティリアスの顔から、先ほどまでの穏やかな笑みが消えた。

 聖堂騎士は一度きつく口を結んでから、押し出すように言葉を紡ぐ。


「今しがた……北方防衛線が落ちたとの報告が入りました」



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