表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
三章【天上の子・後編】
83/161

◆第一話『蠢く黒の意思』

「まさかこんなことになるなんて……」


 リズアートは眉根を寄せ、俯いた。

 リヴェティア王城の会議室。

 エリアスとユング、そしてディザイドリウム王と宰相ラグ・コルドフェンが席についている。


 つい先ほど。

 ディザイドリウム大陸の《飛翔核》破壊に向かった、ベルリオット・トレスティングと《四騎士》が帰還した。

 その数を二人に減らして。

 生き残ったのはベルリオットとジャノのみ。しかもベルリオットにいたっては、命からがらという言葉が酷く似合うぼろぼろの体での生還だ。


 報告を聞いたとき、リズアートは血の気が引いた。

 胸が張り裂けそうなほど痛んだ。

 心のどこかで、ベルリオットがいれば、たとえどんな敵が現れても大丈夫だという考えがあった。それを彼への信頼であると思っていたが、今はただ自分の慢心であったと後悔している。

 ラグが、大げさに頭を抱える。


「まさか四騎士様が……」

「ジャノが生きていたことが、せめてもの救いだろう」


 そう優しく声をかけるディザイドリウム王だが、彼も辛いのだろう。顔の皺が一層深くなっていた。それでも悲観しないようにと努めているのは王としての矜持ゆえか。

 そんな彼に、リズアートは問いかける。


「やはり相手は黒導教会でしょうか」

「そう考えるのが妥当だろうな。中途半端に下がった大陸はシグル発生の温床となる。これが真実であることを今回の件で裏づけられた」

「ですがアウラを使えなくするなんて、一体どうやって……」


 口を挟んだのはエリアスだ。

 彼女は不測の事態に対し、敏感になるところがある。

 頭が固い、と言ってしまえばそれまでだが、ただ単に心が純粋なだけだとリズアートは思っている。

 これまで沈黙を保っていたユングが、静かに口を開く。


「シャディン団長の報告では、人の形をした巨大な無機物が現れてからアウラが使えなくなった、と」

「そんなものを造れる人なんて一人しかいないでしょうね」

「ラヴィエーナの子孫ですか」

「行方をくらましてるって噂は耳にしていたけれど。まさかそんなものを造ってたなんて……本当に面倒なことをしてくれたものだわ」


 ただ、ラヴィエーナが率先して造ったとは言い切れない。

 と言うのも、彼、あるいは彼女らの技術力は明らかに時代を先取りしている。それにも関わらず、飛空船の発明以降も人類が大きな発展を遂げてこなかったのは、代々のラヴィエーナが意図的に発展を抑制しているからではないか、という説があるからだ。


 とはいえ、その行動の理由についてまでは明らかになっていない。

 もしその技術力を独占し富を得ていようものなら答えは単純なのだが、そうではない。代々のラヴィエーナはどこの権力にも屈さず、ただ好きなように各地を転々と放浪していたのだ。


 当代のラヴィエーナも、そうだと聞いていた。

 だからこそ今回の件……誰かが得をして、他の誰かが損をする。

 そのような争いに手を貸したことが腑に落ちなかった。

 エリアスが、不安げに訊いてくる。


「となるとラヴィエーナは敵側なのでしょうか」

「そもそも、その敵すらはっきり見えない状態ではなんとも言えないわね」


 そうリズアートが答えた直後、会議室の扉がこんこんと鳴らされた。

 入るよう促すと、慌しく扉が開けられ、一人の騎士が入室してくる。


「も、申し上げます。ガスペラント帝国が大規模な騎士軍を編成し、ティゴーグ側へ移動中との報告が入りました」


 瞬間、リズアートは頭の中が真っ白になった。

 それから間を置かず、どうしてという疑問よりも早く、戦争という言葉が脳裏を過ぎる。

 エリアスが声を荒げる。


「いったいなにを! まさかティゴーグを攻めようとでもいうのですか」

「いや、違うな。現状、帝国にとってそれは得策ではない」


 ディザイドリウム王がエリアスの言葉を否定したことで、全員が答えに行き着いたようだった。だがその答えを否定したいがためか、誰も口を開こうとしない。

 室内が静寂に包まれる中、リズアートはぼそりと口にする。


「……メルヴェロンド」


 全員がそろって息をのむのが伝わってきた。

 ラグが立ち上がり、声を震わせながら異を唱える。


「メルヴェロンドは神聖な土地です。いくら帝国とはいえ、そのような真似……っ」

「でも、帝国には動機があるわ。メルヴェロンド――教会は、リヴェティアを“最後の大陸”とする最大の要因でもある。もしメルヴェロンドを落とすことができれば、ティゴーグは孤立し、帝国に組み入るしかなくなる」


 現状、ガスペラント帝国を支持しているのはシェトゥーラのみ。

 これも孤立しているからという見方が強い。

 ティゴーグはガスペラント、メルヴェロンドに挟まれているため、日和見な態度を取っている。ガスペラントは、このティゴーグを味方にし、リヴェティアを最後の大陸に推挙する勢力に対抗しようと考えているのだろう。

 それゆえの、今回のメルヴェロンド侵攻と言うわけだ。


「最後の大陸になるために、帝国は教会のあるメルヴェロンドに攻める、ということですか」


 確認とも言えるその問いに、リズアートはうなずいた。

 突きつけられた事実に、場にいる全員がいっそう険しい表情になった。


「帝国め、血迷ったか……」


 ディザイドリウム王が苦々しく吐き捨てた。

 またもや室内が沈黙に支配される中、報告をしにきた騎士がおずおずと切り出す。


「あと一つ、気になる報告があったのですが」

「聞かせて」

「はい。帝国は飛空船の中に、なにか人形のようなものを大量に積み込ませていた、と」


 リズアートは、ディザイドリウム王と顔を見合わせた。

 あちらも同じことを考えていたようだ。


「ならば、大陸落下を妨害しようとしたのも帝国ということか」

「もともと帝国が黒導教会と繋がっているという話はありましたが……」


 帝国領内では、たとえ黒導会が布教活動をしていたとしても異端にはならない。だからと言って実際にそうした活動を目にした者はいないため、帝国と黒導教会が繋がっているとは断定できないのが現状だった。


 だが今回、ベルリオットと四騎士を襲撃した人形を帝国が擁しているという。それは大陸落下を妨害する理由を持った黒導協会に、帝国が繋がっている可能性を高く示すものだ。


「両者が繋がっているのは間違いないでしょう。ただ、ことはもっと単純かもしれません」


 ユングが言った。


「どういうこと?」

「もし帝国がメルヴェロンドに攻め込んだ場合、リヴェティアが加勢することは誰の目にも明らかです。だとするなら、帝国にとってはどうしても避けたい障害があります」


 ユングの言葉に、リズアートははっとなる。


「つまり《飛翔核》の破壊阻止ではなく、彼……ベルリオットを援軍に向かわせないため、今回のディザイドリウム襲撃が行われた、と?」

「はい。わたしはそう考えます」


 控えめな言葉のわりに、ユングは確信を抱いているようだった。

 たしかに黒導教会が人形を保有しているという情報はない状態だ。実際に人形を保有する帝国が、自国の利益のためにメルヴェロンドを侵攻する際に障害となるベルリオットを排除しようとした、と言われた方が説得力がある。

 大陸が落下し、地上に存在するシグルとの大戦は避けられない。

 人類が生き残るためには、協力するしかないというのに。


 こんな大事な時期に仲間割れなんて……本当に馬鹿げてるわ。


 帝国でなければ、リズアートも譲歩を考えたかもしれない。

 だが相手は話し合いすらせずに戦争を持ちかけてくる国だ。

 彼らのガスペラントを“最後の大陸”にすることは、人類の未来にとっていいものになるとはとても思えない。


「どちらにせよ、帝国の持つ人形が報告通りの力を持っているとすれば、かなり厳しい戦いになるわね。それに今日はファルールの《災厄日》。ファルール騎士団の援軍は期待できないわ」


 つまり援軍に向かえるのはリヴェティア、ガスペラント騎士団のみ。

 現地の聖堂騎士も合わせれば相当な数になるが、それでも良い状況と思えないのは、やはり報告にあった人形の存在が脅威となっているからだろう。

 だからと言って、みすみすメルヴェロンドを帝国の手に落とさせるわけにはいかない。

 リズアートは立ち上がる。


「ユング、すぐに部隊を編成して援軍に向かわせて。あとリヴェティアで避難民の受け入れ態勢を整えておくから、その旨を教会に伝えてちょうだい」

「了解しました」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ