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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
二章【天上の子・前編】
82/161

◆最終話『大陸落下』

 ベルリオットは、円筒型の砲身を持った細身の暗殺者に肉迫した。

 眼前で浮遊する暗殺者は驚愕に目を見開き、硬直している。

 機巧人形の影響外に飛び出したときより、ベルリオットのアウラは緑から青へと変色した。黄の光を使った直後だからか、ベルリオットは今、青の光の強大さあらためて実感していた。


 しかしそれを噛みしめる余裕、時間はない。

 暗殺者に肉迫したと同時に、ベルリオットは彼が持つ円筒形の砲身に結晶剣を突き刺し、裂いた。その間、空いた左手で生み出した腕ほどの刃を放り投げる。それはもう一人の暗殺者が持つ樽のようなモノを貫いた。


 それらの道具を使ってアウラの光線を放っていたことは、遠目からでも確認できていた。おそらくはもう、あの攻撃はできないだろう。

 となれば、あとは暗殺者を倒すだけだ。


 ベルリオットは脇を絞ったまま、剣を持った右手を後方へ引いた。これ以上進まないと抵抗を覚えるや、反動を使って細身の暗殺者へと思い切り突き出す。狙いは敵の右肩。殺しの選択は無意識的に外へと追いやられ、行動不能にすることを反射的に選んだ。


 その間、細身の暗殺者の瞳に色が戻った。

 体の硬直が解けたようだが、もう遅い。こちらの剣が、その身を貫こうとした――瞬間、彼の横合いから巨大な影が現れた。それは眼前にいた細身の暗殺者を鈍い音とともにすっ飛ばした。


 巨大な影の正体は、もう一人の暗殺者が持つ結晶武器だった。

 太い棒の先端に、樽と同形状の結晶が接合したもの。いわば鍛冶に使われる金槌を巨大化した形状だ。


 こちらの攻撃を躱すために、あえて攻撃を加えて致命傷を避けた。

 その型破りな回避方法に、ベルリオットは思わず目を剥いてしまう。

 巨体の暗殺者が、骨に響くような太い声でのんきに言う。


「兄ちゃん、ごめんよぉ!」


 彼が向いた先には、細身の暗殺者が浮遊していた。

 先ほど突き飛ばされたせいか、口の端からは血が垂れる。

 それを拭いながら、細身の暗殺者が答える。


「いや、良い判断だ。さっきのを食らってたら当分仕事ができなくなってただろうよ」

「へへっ、褒められちゃった」

「って馬鹿やってねえですぐに離れろ! やられるぞ!」

「う、うわっ、そうだった!」


 その巨体に似合わないすばやい動きで、巨体の暗殺者がベルリオットから距離をとった。

 彼らのやりとりに一瞬、ベルリオットは毒気を抜かれそうになった。

 こちらを問答無用で攻撃してきた連中だ。

 もっと殺伐とした雰囲気を纏う連中だと想像していたのだが、しかしその実態はまったく違った。

 ただ、彼らが〝行ったかもしれないこと〟を考えれば、表面的な印象など関係ない。

 ベルリオットは、疑問を投げかける。


「お前らが、あいつの親を……レヴェン国王を暗殺したのか……!」


 暗殺者たちが現れてからこの方、確信はしつつも確定できなかったことだった。

 すっと無表情になった細身の暗殺者が口を開く。


「だったらどうする?」

「そうだよ、おいらたちがやったんだ!」

「おいこらドン! なに言っちまいやがってんだ! ここはもったいぶるところだろうが!」

「そ、そうだったの? ごめんよ、兄ちゃん。おいら馬鹿で――」


 目の前で続けられるやり取りは、とても戦場で行われる会話とは思えないほど緊張がなかった。

 こんなふざけた連中にレヴェン国王は殺されたというのか。

 それだけではない。今回の件、直接的にヴェニ、ドルーノ、カルージを手にかけたのは人形だが、それに協力する暗殺者たちも同じだけの罪を犯したといっていい。

 そう思うと、怒りが爆発するように噴出した。


「ふざ……けるなっ!」


 同時に、アウラが荒々しく乱れた。

 こちらの空気にあてられたのか。

 会話を途絶えさせた暗殺者たちが、ふたたびこちらに向き直った。


「ふざけてねえよ。俺らは仕事でやったんだ。今回、お前を狙ったのも仕事だ」

「誰が、依頼したんだ」

「それは言えねえよ。仕事、だからな」


 芝居がかった風に澄ました顔で細身の暗殺者が答えた。

 その態度に煽られ、ベルリオットの怒りがさらに爆発する。


「仕事仕事って……仕事ならなにをしても自分は悪くないっていうのか! ふざけるな!」

「おー、こええこええ」


 細身の暗殺者が、おどけたように肩をすくめる。


「お前を個人的に恨んでいたなんてことは一切ねえ。単に俺らは依頼を受け、遂行しようとした。だから、な。俺らのことは大目に見て、逃がしてくれねーかな」

「兄ちゃん、お願いするときは揉み手がいいんじゃないかな」

「んなもんはクソ商売人にだけやらしときゃいいんだよ」

「おいらたちも一応、商売人な気がするけど」

「ん……それもそうだな。んじゃま――」


 口の端を吊り上げた細身の暗殺者が、両の手を合わせ、揉んだ。


「ベルリオット・トレスティング。俺たちを逃がしてくれ」


 我慢ならなかった。

 こちらを煽る暗殺者たちの振る舞い自体にではない。

 いくつもの殺人に関わった人間が、そのようなことをするのが許せなかったのだ。


「お前たちはここでッ――」


 倒す。

 そう口にしようとしたとき、


「今だドンッ、全力で翔けろっ!」

「あいよぉ、兄ちゃんっ!」


 掛け声とともに、暗殺者たちが急激にアウラを噴出させた。そのままこちらに背後を見せながらの、おそらく全力と思われる飛行で去っていく。

 その動きに一瞬動揺するも、ベルリオットはすぐに追おうとした。

 直後、全身に重みを感じた。

 それが誰かにのしかかられたわけではない、と理解できたのは、周囲を漂っていた青の燐光が黄に変色していたのを視認してからだった。


 いま、この現象を引き起こしうる存在は、一つしかない。

 とっさに振り返った。

 そこには建築物の屋上を渡り、こちらへと跳躍してきた人形の姿があった。

 人形を再び接近させる。

 暗殺者たちがやけに饒舌だったのは、これが狙いだったのか。奴らに煽られ、頭に血が上ってしまった己の過ちを悔いた。が、今は反省している暇はない。


 人形が勢いとともに突き出してくる貫き手に、ベルリオットは結晶剣で応じ、弾いた。

 地上へと落ちていく人形の姿を確認したあと、生まれたわずかな間を使い、暗殺者たちの動向をうかがう。奴らの姿は、今や粒のように小さくなっていた。

 どうやら逃げの手を選んだらしい。

 おそらく人形が及ぼす影響下では、あの不思議な武器を使っての攻撃手段しかなかったのだろう。


 今、人形との距離は離れた。

 このまま高度を上げれば、人形の影響下から離れることも可能だ。

 だが、その選択肢はなかった。

 暗殺者たちが光線を使えなくなったいま、もっとも優先的に倒さなければならない敵は人形だ。アウラを使えなくする、という力は、戦闘をアウラに頼りきっている人間にとって脅威であり、太刀打ちするのは不可能といっていい。

 ここで人形を野放しにすれば、今後リヴェティアに災いをもたらしかねない。


 ずしん、という凄まじい音が鳴った。人形が地上に着地した音だ。

 無機質な顔が、こちらを値踏みするように見上げてくる。

 度重なる敵の攻撃に、ベルリオットは体のあちこちから流血していた。

 もはや視界もかすみ、体の感覚もあまりない。

 だが暗殺者はもう近くにいない。

 意識を人形だけに向けられる。


 人形の唯一の弱点は、跳躍はできるものの空中に留まることはできない、というところだろう。そこを効果的に狙うには、このまま見下ろす形をとり続けるのが賢明だ。


 そう思考する間にも、えぐられた右腹部、貫かれた左肩が熱を持ったようにうずき、断続的に脳を刺激する。これまでずっと敵の攻撃にさらされていたからか、痛みを感じている暇などなかった。だが人形と対峙する今、静かな間は、余裕を生み、痛みを再認識させられる。


 歯を食いしばった。

 余裕などない。

 持って、あと一撃。それで決められなければ、やられるのは自分だ。

 そう言い聞かせ、自身の中から余裕を消した。

 剣尖を人形に向ける。


「来いよ。決着つけようぜ」


 聞こえたかはわからない。

 そもそも言葉が通じるかすら不明だ。

 しかし人形は答えるように脚部を折り、反動をつけるようにして跳んだ。

 ベルリオットも、人形めがけて急降下する。


 たった一撃。


 それしか放てないという状況が神経を尖らせていく。

 接触寸前に、人形が半身を開き、右手を後方へと引き絞った。敵の攻撃可能距離は、こちらの二倍以上に及ぶ。先手をとるのは難しい。ならば狙う機会はただ一つ。敵が攻撃した直後しかない。


 眼前の人形が右手を勢いよく突き出した。空気を穿つ凄まじい拳が、微弱なアウラの光を伴いながらこちらに迫り来る。

 躊躇すれば死。

 その恐怖を打ち消さんとして、ベルリオットは人形との間合いを一気に詰めた。人形の拳が頭上をかすめる。髪が風圧で後方へ流れていくのを感じながら、さらに加速。


 人形の腰部分は、腕ほどの太さを持った黒色の素材でぐるりと覆われている。それがねじれるところは何度も確認したため、もはや柔軟なものであることは疑いようが無い。

 見つめる先はそれのみ。


 左脇うしろへ流していた剣の柄を両手で強く握り締めた。人形に肉迫すると同時、両手を前方へ突き出しながら右方向へと剣を薙ぐ。硬質な感触を覚えた直後、ぐにゃりとなにかやわらかなものを裂いた。それを認識できたのも一瞬。気づいたときには、人形との交差は終えていた。


 すかさず振り返り、敵の状況を把握したとき、ベルリオットは全身から力が抜けた。

 人形が、本当の意味で人形と化していたのだ。

 その身を包んでいた紫の燐光が散り、あらわになった薄汚れた鋼鉄の体。伸ばされた四肢に力は感じられない。


 ベルリオットが裂いた人形の胴体は真っ二つとはいかず、左半身だけが薄くえぐられた状態だった。人形が、がちゃがちゃと金属のすれる音を鳴らしながら落下し、地上に激突した。辺りに漂っていた粉塵がふたたび舞う。


 静かなものだった。

 ずっと人形が騒音をまき散らしていたから、余計にそう思えた。

 寂しさのようなものを感じたのと同時、ベルリオットのアウラがもとの青色へと戻った。


 剣を放り投げ、消滅させようとした、そのときだった。

 剣先周辺についていた赤黒い液体が目に入った。

 血だ。


 人が……乗っていた?


 いや、そもそもどうして無人機だと思っていたのか。

 このような無機質なものが、人の手なしで動く方がおかしい。

 顔を見ていないからだろうか。

 殺人への罪の意識はあまりなかった。

 そもそも敵はこちらを殺そうとしてきたのだ。

 自分が生き残るためにはこうするしかなかった。

 そう言い聞かせることで、ベルリオットは完全に罪悪感を押し殺した。


 いつまでも佇んでいる場合ではない。

 奴らの目的が《飛翔核》の破壊阻止だとすれば、今回の件が失敗したことでまたすぐにでもディザイドリウムに乗り込んでくる可能性がある。

 いち早く《飛翔核》を破壊し、大陸を落とさなければならない。

 えぐられた腹を押さえながら、ベルリオットは王宮へと向かった。



《飛翔核》の場所は王宮の地下にあると事前に聞かされていた。

 そしてディザイドリウム王宮には応援部隊として一時期滞在していたため、さして迷うことなくたどり着くことができた。


 城一つがすっぽりと収まるのではないか。

 それほどの広さを持った空洞の中に、角ばった巨大な結晶塊があった。

 それには白い光が纏わりつくように浮き、しゅるしゅると風を切るような音を鳴らし続けている。


 大陸浮遊の原動力を司る《飛翔核》。

 実際に目にするのは初めてだった。

 アウラを纏ったベルリオットは、浮遊したまま《飛翔核》の前で止まる。


 ……これを壊せば、大陸が落ちる


 ごくり、と喉を鳴らした。

 これまで《飛翔核》は、絶対に壊れてはならない、壊してはならないものだと教えられて育ってきた。それをいざ自らの手でを破壊するとなると、なにか罪悪感に似たものを覚えてしまう。

 だが、やらなければ多くの犠牲が出る。


 ベルリオットは刀身が長めの結晶剣を造りだした。

 構えた途端、ふたたび襲いくる傷の痛みに耐えながら、己の迷いを断つように《飛翔核》へと向けて剣を払う。


《飛翔核》はあっさりと両断された。

 かすかに擦れる音が鳴り、裂かれた結晶塊の上下がずれる。

 瞬間、切り目から白い光が溢れ出てきた。

 目の前が白で覆いつくされ、ベルリオットは思わず目をつぶってしまう。

 踏ん張っていなければ、吹き飛ばされそうなほどの風圧が押し寄せる。

 間を置かずして、凄まじい地鳴りも聞こえた。

 おそらく《飛翔核》の中に溜まっていたアウラが一気に放出され、大陸が急激に上昇しているのだろう。


 時間がない。

 そう思い、来た道を戻らんと振り向いた、瞬間――。

 ふっと全身から力が抜けた。

 一瞬の浮遊感を覚えたのち、がくん、と体が落下。地面に激突した。

 浮遊していた高さは、せいぜい大の大人ひとり分ほど、とそれほど高くはない。だから落下自体の損傷はほとんどなかった。


 だが、今一度飛び立とうとしても、体内にアウラが巡らない。

 自力で立とうとしても、四肢に力が入らず、立ち上がれない。

 ついに体力が尽きてしまったのか。

 いや、体力ならばとうに尽きていたのかもしれない。


 ここまで自分を突き動かしていたのは、ただ《飛翔核》を壊さなければならないという使命感だ。それが達成された今、支えていた精神が崩れてしまったのだ、とベルリオットは思った。


 一度緩んでしまった緊張の糸を、また結いなおすことはかないそうになかった。

 視界が薄れ、意識も朦朧としていく。

 たしかに《飛翔核》の破壊という使命はたしかに果たした。だが、それだけではない。自分には、まだやらなければならないことがたくさんある。

 自らを奮い立たせんと心の中で叫ぶが、やはり体は応じてくれない。

 瞼を開けていられなくなった。

《飛翔核》からあふれ出る光のせいか、目を閉じた世界は、黒ではなく真っ白に染まっている。


 ここで終わるのか……。


 ついに諦観を抱いたベルリオットは、全身から力を抜いた。

 大陸の崩壊とともに、これから自分も地上へと……シグルの世界へと落ちていく。不思議と恐怖はなく、ただ地上はどんなところなのだろうか、という興味の方が強かった。

 こんな状態で地上に落ちたところで、その光景を見ることはできないというのに。

 そう心の中で自嘲したときだった。

 なにか脳に響いてくるものがあった。


 ――ベ…リ…ット!


 それは低く、逞しい声だった。

 何度も何度も聞こえてくる。

 なにも考えられなかった意識が不規則に色づいていく。

 気づいたときには、ベルリオットはふたたび瞼を開けていた。

 初めはぼやけた視界から、正面の中心を基点にだんだんと鮮明になっていく。


「ベルリオット! しっかりしろ! ベルリオット!」


 眼前に映っていたのは、ジャノ・シャディンの顔だった。


「おっさん……? どうしてここに……」


 こちらの問いに、ジャノはばつが悪そうに顔を下向けた。

 下唇を思い切り噛み、体を震わせながら口を開く。


「わたしにはこれしか……これしかできなかった……」


 今は亡き兄弟のことを頭に浮かべているのだろう、とベルリオットは思った。

 目の前で倒れていく兄弟を助けることができなかった。

 その後悔が、きっと彼をこの場所へと……ベルリオットを助けるためにと足を向かせたのだ。


「安心しろ。必ずお前をリヴェティアに連れて帰る」


 ベルリオットを抱きかかえたジャノは、王宮の外へ向かって飛翔した。

 頼れる騎士に身を任せ、安心したのか。

 ベルリオットはそれから目を閉じ眠ってしまったため、ジャノがどんな経路を使って外へ出たのか、崩壊する王都がどんな姿をしていたのかを見ることはなかった。


 すっと寒気を覚え、瞼が自然と持ち上がる。

 ベルリオットは飛空船に乗っていた。操縦しているのは、もちろんジャノだ。

 そして視界のほとんどを占める紺碧の空。先ほど覚えた寒気からして、すでに大陸圏外へとまぬがれたのだろう。


 かすむ視界の中、右端に光の斑点が映る。

 そちらへと頭を傾けたとき、ベルリオットは見た。

 王都の中心から噴出する白い光。それは噴水のように上空――天へと向かい、飛び散っていく。実際には落ちてはいないのだろうが、大陸の上昇が速いため、まるで白い光の玉が大陸中に降り注いでいるかのようだった。


 幻想的だった。

 だが、その時間も長くは続かない。

 大陸中心部から噴き出ていたアウラが止まった。


 そのとき――、


 ついに、一つの大陸が落ちた。



   ◆◇◆◇◆



 同日、夜。

 ガスペラント帝国王城内。

 ティーア・トウェイルは、デュナムの執務室にいた。

 奥側の執務机にはデュナムが、その前で向かい合うように置かれたソファに、自分とガルヌが座っている。

 部屋に、痩せ細った男――ジン・ザッパが入室してきた。


「失敗したそうだな」


 デュナムが眉一つ動かさずに言った。

 その言葉に、ジンが肩をすくませながら陽気に答える。


「傷は負わせたんだがな。大陸も落ちたところを見ると、あれじゃ機巧人形もやられてるだろうよ」

「馬鹿な。機巧人形が三体もいて負けるなどあり得ん!」


 ガルヌが弾かれるようにして立ち上がった。

 彼こそが、今回のベルリオット・トレスティング暗殺をジンに依頼した張本人だ。

 ジンが顔をしかめる。


「三体って、あんたなに言ってんだ? 一体しかいなかったぜ?」

「お前こそなにを言っている!」


 息巻くガルヌの声に次いで、こんこん、と扉が叩かれた。

 デュナムが入るよう促すと、一人の騎士が入室してくる。


「失礼します。ガルヌ様、お耳に入れたいことが」


 言って、ここでは部外者であるジンの様子をうかがった。

 ガルヌがおざなりに言い放つ。


「構わん、話せ」

「はっ、ディザイドリウムに輸送中だった三体の機巧人形の内、二体が故障。一度シェトゥーラ大陸に停泊し、すぐにラヴィエーナ殿を呼び、修理を頼もうとしたのですが……」

「なんだ。はっきり言え」

「に、逃げられてしまいました」


 その騎士の言葉に、ガルヌが喉を五回も引きつらせた。


「奴を逃がしただと!? ばか者めが! すぐに探し出して連れてこい!」


 その金切り声に、ティーアは思わず耳をふさいだ。

 威勢よく返事した騎士が、素早く退室していく。


「まさかあれを倒せるものが他にいたとはな」


 いまだ息の荒いガルヌをよそに、デュナムが感心したようにうなずいていた。

 ジンが構わずに話す。


「対象は殺しきれなかったが、俺たちの依頼は機巧人形が負けそうになったときのみ、加勢するってもんだったはずだ。依頼は果たした。報酬はちゃんともらうぜ」

「そんな屁理屈、認められるものか」


 いまだ機嫌の悪いガルヌが吐き捨てた。

 負けじとジンも食いかかる。


「こっちは命張ったんだ。それぐらいの見返りはあっていいだろ」


 実際にベルリオットと戦ったことのあるティーアは、彼の強さを身をもって知っていた。たしかに、彼の命を狙うならば、自らも命を賭けなければならないだろう。

 報酬金がどの程度なのかは知らないが、相応の代価はあっていいはずだ、と思った。

 デュナムが目を細めながら、ジンに訊く。


「奴が傷を負ったのは間違いないな?」

「左肩と腹部を撃ち抜いた。そのあとも奴は動いてたが……ありゃ、生きてたとしても当分は動けないだろうぜ」

「……いいだろう。報酬は全額払う」


 ガルヌが即座に反応する。


「デュナム」

「いいではないか。一時的とはいえ、あの蒼翼の動きを止められたのだ。安いものだろう」

「たしかにそうだが」


 ガルヌは釈然としない様子だったが、それ以上反論はしなかった。

 痛みを堪えながら、ジンが笑みを浮かべる。


「へへ、あんたは話がわかるね」

「いやなに、面白いと思ってね」

「面白い?」

「気にしないでくれ。とりあえず報酬は手配しておく。ご苦労だった」

「あ、ああ」


 デュナムの意味深な言葉に首を傾げたジンだったが、金さえもらえれば問題ないらしい。執拗に聞き返すこともなく早々に退室した。

 三人になった途端、空気が一転して重くなった。

 デュナムが表情を引き締め、口を開く。


「ガルヌ、他の機巧人形は準備できているか」

「うむ。今、現在で動かせるのはざっと百機といったところか」

「サジタリウスは?」

「五百ぐらいかの。トリミスタル鉱石が不足して、それ以上はちと時間がかかる」

「まあ、充分だろう。では機巧人形が百、サジタリウスが五百、そして騎士が千七百。それらを連隊とし……トウェイル将軍」

「はっ」


 ついにこのときがやってきた、とティーアは思った。

 この世界に新しい時代が訪れたとき。

 アミカスの末裔の地位は確約される。

 そのためにも――。


 ティーアは宣言する。


「必ずや私の手で、メルヴェロンドを落としてみせます」




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