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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
二章【天上の子・前編】
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◆第十二話『暗殺者』

 光の線が、右の脇腹をかすめた。

 痺れるような感覚が全身を駆け巡る。

 持っていかれた肉は少ない。

 だが、あまりの激痛に思考から飛行の意識が飛んだ。


 真っ逆さまに落ちていく。

 手から放してしまった結晶武器が霧散する中、ベルリオットは地上へと激突した。全身に走った衝撃が、腹、左腕の痛みに集約し、脳へと突き抜ける。


 いったいなにが起こったのか。

 状況を整理する間もなく、地上に着地した人形の姿が視界に映った。

 そのまま人形はこちらに迫ってくるや、左腕を突き出してくる。

 頭の中が痛みで支配され、集中できない。

 ただでさえいまはアウラの扱いが困難な状況下だ。

 瞬時にアウラを取り込むことができなかった。


 とっさにベルリオットは腰に佩いた剣を抜き、人形の手に向かって剣先を地に向けた形で縦に構えた。そこから刀身の根元に右足の裏を添える。だがこれでは敵の攻撃は受け止められない。確実に剣が折れ、体が潰れる。


 道は一つ。

 受け流すしかない。

 敵の手が剣に接触する瞬間、ベルリオットは左足で跳び、刀身を相手側へと倒した。甲高い音をひびかせながら、人形の手が剣の下を通過していく。後ろへ衝撃を流したとはいえ、すべて殺しているわけではない。凄まじい衝撃が足から頭へと伝う。


 人形の手が剣から離れるや、地面に背中を預ける形で着地した。

 転がったあと、素早く立ち上がる。と、右手側へとよろけてしまった。

 えぐられた箇所が焼けるように熱い。

 だが痛みに苦しんでいる暇はない。


 なにしろ人形だけでなく、上空からも何者かに狙われているのだ。

 今、足を止めれば死ぬ。

 恐怖が体を奮い立たせた。

 脳を支配していた痛みの感覚が薄れると同時、ふたたびアウラを纏い、飛翔する。

 途端、先ほどまで立っていた場所を、上空から放たれた光線が貫いた。

 地面が砕け、辺りに小石が飛び散っていく。

 その光景に戦慄を覚えながら、ベルリオットはさらに飛行の速度を上げた。

 人形の猛追はまだ続いているため、止まるわけにはいかない。


 唐突にちりちりと焼けるような威圧を後頭部に感じた。

 頭で考えるよりも早く、経路を横にそらす。と、すぐ脇の地面に光の柱が迸り、地面をえぐった。その破壊力に覚えた恐怖、避けられたことへの安心感が脳裏で綯い交ぜになる中、地に映る自身の影に巨大な影が覆いかぶさった。


 結晶剣を地に突き刺し、無理やりに軌道を左方へとずらした。反動で体に重圧を覚えるのと同時、視界に荒々しく地を穿つ人形の拳が映る。


 冗談じゃない……っ!


 こんな状態が続けば、いつか直撃を食らってしまう。

 いまや焦りと恐怖が大半を占める頭を振りかぶり、みたび逃げの飛行を再開する。

 だが逃がさんとばかりに敵の追撃が続く。その度に、死の言葉が脳裏をかすめていく。


 敵の攻撃は、人形が三、四度放ってくる間に、何者かによる光線が一度放たれる、という間隔だ。まだ断定できないが、光線を放つには多少の時間を要するらしい。


 人形の攻撃を躱すのには、わずかに余裕があった。

 互いの距離が短いこともあって、空気の揺れや影、風の動きなど多くの情報を読み取れるため、攻撃の軌道を予測しやすいのだ。


 しかし遠距離からの攻撃――光線を避けられているのは勘としか言いようがなかった。ただ、情報が一切ないわけではない。本当にごく僅かだが、光線が放たれる直前に上方で空気に乱れが生じる。感覚的なもののため曖昧な情報だが、今はこれに頼るしかなく、それが現実に自分を生存させている。

 ともすれば、あてにするしかない。


 黄の線を引きながら、地のわずか上を翔ける。

 背後から恐怖の対象が迫る中、ベルリオットは先ほどの光線について考察する。

 あれは以前、リズアート誕生祭の折、リヴェティアの前国王レヴェンを貫いたものと同じだった。暗殺を行ったのは二人組。彼らと今回の暗殺者が同一人物であるとは限らないが、可能性は高いだろう。

 なにしろあのような攻撃方法は他に見たことがない。


 あの事件の折、裏で動いていたのは黒導教会だ。

 今回の件も、光線の敵――暗殺者は黒導教会の意思のもと動いていると考えるのが妥当だろう。

 黒導教会はシグルを崇めている。そのシグルが、ディザイドリウムを緩やかに降下させることで人間界に侵入しやすくなるのだから、《飛翔核》を破壊して大陸を一気に落とそうとするベルリオットや四騎士は彼らにとって倒さなくてはならない敵だ。

 狙われる理由にも納得がいく。

 ただ、他に気になる点が二つあった。


 一つ目は、どうして今になって攻撃を仕掛けてきたのか、という点。

 これまで光線を撃てる機会はいくらでもあったはずだ。

 それこそ人形が現れる前の方がベルリオットは気を抜いていた。

 すぐに理由は思いつかないが、そこになんらかの意図が介在しているのは間違いない。


 そして二つ目。

 あの光線は紛れもなくアウラだったが、人形しかアウラを使えなかった状況下で具象化していた、という点だ。

 もしかすると《四騎士》だけがアウラを使えないのだろうか、とも思ったが、そんな都合の良い方法はとても考えられない。


 もう一度、光線で腹を貫かれたときのことを思い出す。

 現れたいくつもの光輪の中を通過する一筋の光。

 近づくにつれそれは紫から黄へと変色していく。


 その情報から察するに、光線を形成するアウラの質が落ちていた、と考えるのが妥当だろう。

 アウラの質を落とすなんらかの要因に近づいたからか、それとも放たれた時点でアウラを維持する力がなく、慣性だけで動いていたからか。

 後者については、レヴェン国王が殺された折、一切変色していなかったことから類推するに可能性としては低いと思われる。

 つまり前者が濃厚ということだ。


 だとするなら、アウラの質を落とす要因であり、その空間を作っているのは人形と見て間違いない。

 そして人形が及ぼす影響にはおそらく限度がある。

 四騎士にアウラが反応しない中、ベルリオットだけは今も黄の光を纏えている。それから鑑みるに、紫の光までのアウラを使用できなくする、といったところか。


 人形からどれだけ離れればアウラを使えるようになるのか、詳しい距離まではわからない。ただ少なくとも、暗殺者が潜む場所はアウラが使えることが判明しているため、大きな目安になる。


 情報を整理するベルリオットの思考の中に、もう何度目かという人形の攻撃による破壊音が入ってきた。

 現状を打開するためにはどちらか一方を倒すしかない。

 とはいえ、左腕がまともに動かない上、いつ光線が放たれるかわからない中で、人形を倒すのは至難の業と言っていい。


 暗殺者から離れようにも、相手は人形の及ぼす影響の範囲外にいるため、満足にアウラが使える。それも光線が撃ちだされた時点での光の色からするに、暗殺者は紫の光(ヴァイオラ・クラス)だ。移動速度に天と地ほどの差があるため距離を取ったところで追いつかれるのは必至。


 では暗殺者に狙いを絞るか。

 いや、それこそ速度の問題で近づくことはできない。

 ただ少しでも暗殺者を足止めできればあるいは。

 とはいえ、その方法をすぐには思いつけなかった。


 なにか手立てはないか、と光線が放たれた直後を利用し、暗殺者の動向をさぐる。

 と、何度か確認するうちに、違和感のある共通点を見つけた。

 それは暗殺者たちが光線を放つとき、必ず建築物の屋上で構えている、という点だ。

 彼らはアウラを使えるのに、わざわざ地に足をつけている。光線を放ったあとはアウラを使い、また別の狙撃地点へと移動。ふたたび狙撃体勢に移る、といった行動を繰り返している。


 もしかすると暗殺者は、地に足をつけなければ光線を放てないのかもしれない。

 その理由まではわからない。ただ高層建築物が林立する中での射線確保や、射撃距離の問題で、ベルリオットにもっと近く、人形の影響を受けない場所――つまり空中狙撃の方が理想的だと思った。

 この劣勢な状況だ。

 不確定ではあるが、その情報をもとに打開策を練ろうと思った。


 なにかないかと周囲に視線をめぐらせる。

 いまや移住を終えた王都は無人だ。

 当然ながら林立する高層建築物ぐらいしか目ぼしいものはない。だが、それが閃きとなって脳を刺激した。


 高層建築物が所狭しと並べられたことで造られた狭い隘路。


 もしもそこへ自分が入ったなら――。


 暗殺者の放つ光線の射線確保は困難。

 敵がこちらを捕捉できる場所は限られてくる。

 つまりおおよその狙撃地点を絞ることができるのではないか。


 そこに光線を放つ際の条件を掛け合わせれば……。


 かちり、とベルリオットは自身の中で歯車が合わさったのを感じた。

 うまくいくかはわからない。


 だが、行くしかない!


   ◆◇◆◇◆


「くっそ、当たらねえ! なんなんだ、あいつはっ!」


 ディザイドリウム王都、高層建築物の屋上で、ジン・ザッパは乱暴に言葉を吐き出した。

 今しがた、ベルリオット・トレスティングへと光線を撃ちだした道具――サジタリウスの砲身上部に取り付けられた単眼鏡から顔を離し、振り返る。と、腹肉の主張が激しい大男が目に入った。


「ドン、移動するぞ!」

「わ、わかった!」


 彼の名はドン・ザッパ。

 ジンの弟だ。

 サジタリウス砲身の尻に接続された、樽型のアウラ貯蓄部をドンは抱えている。

 ドンが貯蓄部を両手でがっしりと地面に固定したのを見計らい、ジンは砲身を地面と平行を保ちながら持ち上げた。ガンッという音とともに貯蓄部との接続が外れる。

 それが合図となった。

 ジンは、ドンとともに弾かれたようにアウラを纏い、即座に飛翔する。


「兄ちゃんがこんなに外すなんて」


 後方から、ドンの困惑する声が聞こえた。

 二人一組でしか扱えないサジタリウスを、ジンはドンを相方に選び、使ってきた。

 その中で、ジンが仕事中に攻撃を外したことなど一度足りとてなかったのだ。彼が動揺するのも無理はない。


 ベルリオットをサジタリウスで攻撃した回数は、優に十を超えるが、不意を突いての初撃以降、致命傷を与えられていない。


 なぜ、これほどまでに攻撃が当たらないのか。

 紙一重ではあるが、まるで光線の軌道を予測しているかのように躱されてしまう。

 しかもベルリオットはこちらの予備動作をほとんど見ていない。


 たとえ視認していたとしても、簡単に避けられるような攻撃ではない。

 光線は意味通り光っているため目につきやすいものの、目標に到達するまでの速度が尋常ではないのだ。

 本能で動いた、という言葉でしか説明できない。


 とんだ化け物だな、ありゃ。俺たちが置かれたのも頷ける。


 今回の依頼、自分たちの出番はほぼないと思っていた。

 現在、ベルリオットの相手をしている人形は機巧人形と呼ばれるもので、ガスペラント帝国の依頼によって、天才発明家ベッチェ・ラヴィエーナの子孫が造ったものだ。


 巨大な人形が動くだけでも大発明と言えるだろう。

 だがラヴィエーナはそれだけでなく、“周囲のアウラを吸い続けることで、一定範囲内でアウラを使えなくする”という力を機巧人形に搭載した。

 その仕組みについては詳しく知らされていないが、帝国領内での試験稼動にて、身をもって体験したので疑う余地はない。


 今回、ジンが引き受けた依頼は機巧人形の試験も兼ねる。

 そのため機巧人形が万が一にも負けそうになったとき、手を出すようにと言われていたのだ。それも性能で負けるのではなく、ただ機巧の不備があったときの保険という意味合いで、だ。


 帝国は機巧人形が負けるとは思っていない。

 ジンもまたその性能を事前に間近で見ていたため、帝国と同じ考えであった。

 だが現実はどうか。


 アウラを使えなくなるはずのベルリオットは黄の光ではあるが、機巧人形が及ぼす範囲内でアウラを使い続けている。

 そればかりかアウラの質で圧倒する機巧人形相手に一歩も引くことなく挑み、そしてなにか勝機を見出していたようだった。

 ジンが手を出さなければ、どうなっていたかはわからない。


 ただの保険にしては、今回の依頼は報酬がやけに割高だと思っていた。

 だが。


 なるほどな……あんな奴が相手なら、あの報酬も納得ってもんだぜ。


 機巧人形が地面に拳を打ちつけ、轟音とともに巨大な穴をいくつも作っていく。機巧人形は決して穴を作るのが目的ではない。すべては、ベルリオット・トレスティングを破壊せんとして繰り出した攻撃だ。


 眼下の様子を頻繁にうかがいながら、ジンは次の射撃地点を探す。

 アウラを取り込み、体内を巡らせてから放出。この循環によって人は空を飛べる。だがサジタリウスを使うとき、相方のドンは取り込んだアウラをそのまま貯蓄部に流し込むため、体内を巡らせていない。

 つまりサジタリウスを使えるのは地に足をつけた状態でのみ、ということになる。


 ジンは敵の移動距離、経路も考慮に入れた上で手頃な建築物を見つけた。

 それは、ちょうど対象物が翔けている通りの左側に屹立する。

 その屋上へとドンとともに移動し、すかさず攻撃の準備を始める。

 砲身と貯蓄部を接合。ガチンッ、と重みのある音が鳴る。屋上の縁にある腰ほどの高さを持つ金網を捻じ曲げ、砲身をかませる。

 発射口は、ベルリオットの進行方向と同じ。背中を撃つ形だ。


「急げ、ドン!」


 叫びながら、ジンは座り込み、砲身と貯蓄部の結合部を右肩に乗せた。


「よし、でけたよ兄ちゃん!」


 ドンの合図も待たずに、ジンは単眼鏡へと目を密着させていた。

 いつでも撃てる。

 引き鉄に人差し指を添えた。

 冷えた鉄は、早まる鼓動を抑制してくれる。

 だが、興奮は収まらない。


 機巧人形の騒がしい移動音を思考の外へと追いやった。

 対象の移動速度だけを選び、それに合わせて呼吸を刻む。

 あと少し。

 視界の下方に、対象の頭部が映りこんだ。


 三、


 二、


 一、


 十字線に対象の頭が重なる、直前――、


 引き鉄を引いた。


 射線上に無数の光輪が現れ、その中を通過するように一筋の光が翔け抜けていく。光線は瞬時に対象のすぐ後ろまで到達し、そのまま肉を貫く……直前、ベルリオットが彼の右手方向へと急転換を見せた。

 結果、光の線は対象を捉えることなく地に突き刺さる。


 思い切った避け方だ。

 これまでは感覚的に躱した、と言えるような危なっかしい印象があった。

 だが今回は完全に読まれていたとしか言えないほど危なげなく躱された。


 くそっ、ほんとにどうなってんだ……!


 こちらが戸惑う中、ベルリオットが高層建築物間の細い道へと入った。

 サジタリウスが放つ光線はアウラを具象化したものだ。

 石造物程度で阻めるものではなく、簡単に貫ける。

 だがそれが出来たとしても、対象に攻撃があたらなければ意味がない。

 石造物自体にアウラを阻む力はなくとも、障害物となることで視界を遮り、間接的に阻むことはできる。


 ベルリオットを追って機巧人形も隘路へと入った。

 いくら機巧人形が巨大とはいえ、それは人に比べての話である。

 実際の横幅は、人が四、五人肩を並べたぐらいだ。

 通れないわけではない。ただし、肩、肘を左右の壁にぶつけ、えぐりながら進むという、破壊を行いながらの移動ではあるが。


「追うぞ、ドン!」


 砲身を貯蓄部から外すやいなや、ジンはアウラを纏い、ドンとともに飛翔。ベルリオットのあとを追う。

 眼下では、機巧人形は攻撃を繰り出し続けている。

 しかしそのどれもが、対象をとらえることはできていない。

 ジンは振り返り、叫ぶ。


「機巧人形に近づきすぎるなよ! あれの範囲に入ると下に落ちるぞ」

「ふぁあい!」


 ドンのふぬけた返事を聞きながら、ジンは周囲の状況を確認する。

 機巧人形は、隘路を塞ぐ形で移動している。ベルリオットが進路を背後に変更するには、必然的に機巧人形の頭上を越えなければならない。


 それだけならまだしも、こちら――ジンがサジタリウスで攻撃の機会をうかがっているのだから、危険度は高い。対象が後方への転進を選択肢に入れることはないだろう。

 つまり分かれ道を前にしたとき、対象が進むのは、前方、左右の多くて三つ。

 大通りを翔けていたときに比べれば、その飛行経路は圧倒的に絞りやすい。


 一時的でいい。対象がどこにいても狙える場所は……!


 ベルリオットを視界に収めんと眼下に向けていた目線を上げ、彼が次に行き当たる交叉点をさぐった。すると、前方に屹立する周辺ではもっとも高い建築物が目に入る。


「あのでかいとこにいくぞ!」

「わ、わかった!」


 これまで通り屋上に着陸するやいなや、円筒形の砲身を貯蓄部と接合した。

 ドンが貯蓄部にアウラを溜める時間を利用し、ジンはアウラで造り出した棒で屋上の縁を破壊。くぼみを作り、そこへと砲身をはめ込んだ。


「まだか、ドン!」

「も、もうちょっと待って! あと少しなんだ!」

「時間がない! 急げ!」


 ジンの構える建築物に面する道が次に対象が行き着く交叉点となっている。

 進行方向は、左右どちらかの二方向。対象が交差点にたどり着く前に攻撃準備が整えば、そこを狙わない手はない。

 間に合わなかった場合は、次の交叉点までの直線を狙う。

 ジンは脳内で状況の変化による自身の行動を順序立て、整理する。


 その間、視界に映るベルリオットは、機巧人形による拳の撃を紙一重で交わしていた。そこに余裕は感じられない。だが、なぜか当たる気がしないのは、目で見える以外の、ジン自身もわからないなんらかの要因が働いているのだと思った。


「よし、でけたよ、兄ちゃん!」


 息荒く、ドンが叫んだ。

 間に合った。

 ジンはぶつけるように単眼鏡へと目を近づけた。

 視線を交叉点へ。やや対象寄りに向ける。はやる鼓動を抑え、じっと待った。やがて視界の上部に、黒髪の男の姿が目に入る。


 これまでは規則的に、経験則に則った射撃をしていた。

 だが、奴を相手にそのようなものは当てにならない。

 ジンは頭を空っぽにし、ただ無意識に引き鉄を引いた。

 放たれた光線は、ジンの心情など関係なく対象へと向かっていく。だが、いつもより速く、そして鋭いと感じた。


 結果は、狙いである対象の胸部に直撃しなかった。が、左肩を抜いた。

 これで少しは動きが鈍るはずだ。そこをもう一度狙えば、確実に――。

 そう確信を抱きかけた、瞬間だった。


 ベルリオットはわずかによろめいたものの、これまで通りの飛行を続けた。

 いや、その意気盛んに飛ぶさまは、これまで以上の勢いを感じる。

 それは痛みを押し隠しているだけのように見えるが、対象の動きが鈍らなければこちらにとって意味はない。


「狂ってやがる……っ!」


 なにがあっても止まらない。

 対象の体から滲み出るその気迫にジンは畏怖した。


 どうすれば奴を倒せるんだ。いや、そもそもあいつは倒れるのか。


 全身にまとわりつくような寒気が襲いくる。


「に、兄ちゃん! あいつ、ぐるぐるまわってるよ!」


 ふと思考に入ったドンの叫びで、ジンははたと意識を取り戻した。

 眼下にいるであろう、ベルリオットの様子をうかがう。

 対象は交叉点を彼の左手側に曲がったあと、こちらのいる建築物に沿う隘路を回っていた。そればかりか、ふたたび先ほどの交叉点へと戻ろうとしている。

 いったいなにを考えているのか。

 あれではまた狙ってくれと言っているようなものではないか。


 こちらとしては願ったり叶ったりな状況だ。

 しかし、それは対象もわかっていることだろう。

 だとしたらなぜ、あえて不利な選択をするのか。


 いや……考えすぎか。今の奴に余裕はないはずだ。


「もう一度だ! もう一度アウラをこめろ! 次で必ず決めてやる!」


 ドンに向けて叫びながら、ジンはまたサジタリウスを構えた。

 途端、足場がひどく揺れた。

 なにごとかと単眼鏡ごしにベルリオットの様子をうかがった。するとベルリオット目掛けて放たれた機巧人形の攻撃が的を外れ、ジンのいる建物の下層に当たっていた。それは先ほどの一度に限らず、以降も続いている。


 狙撃地点を変えたほうがいいだろうか。

 いや、それではアウラを溜める時間がない。

 多少の揺れぐらいなら構わずに決行するべきだ。


「に、兄ちゃん! 溜まったけど足場が!」

「このままいく!」

 

 ジンは叫びつつ、ベルリオットに焦点を合わす。そして人差し指に力をこめ、引き鉄を引こうとした――そのときだった。

 がくん、と視界が下がった。

 なにが起こったのか、すぐに理解できなかった。

 だが直後に覚えた浮遊感が、自身が宙に投げ出されたことを教えてくれた。

 どうやら機巧人形の度重なる攻撃によって足場にしていた建築物が崩れたらしい。


 このまま高度を下げれば、機巧人形の影響内に入ってしまう。

 そうなればアウラを使えず自由落下。

 無様な姿となって死を迎えることになるだろう。

 ジンはとっさにアウラを纏った。

 地上へと落ちていく大小様々の瓦礫を目にしながら、高度を上げる。


「大丈夫か、ドン!」

「うん、おいらは大丈夫だよ! でも、これじゃあいつを狙えないね」


 眼下では、巨大な高層建築物が崩壊したことにより生まれた粉塵が、地表を覆いつくしていた。そしてそれは、緩やかに天に向かって巻き上がっていく。

 隘路はもちろん、ほとんどの建築物が見えなくなった。

 この隙に機巧人形を仕留めるつもりだろうか。

 だとしたら次の狙撃地点をすぐに決めなければ――。


 いや、違う。

 姿が見えないのは、ベルリオットが機巧人形を見るときも同じはずだ。

 そして機巧人形も対象の姿を視認できない。

 そこまで整理した瞬間、ジンは答えに行き着いた。


 ――そうか……奴の狙いは機巧人形じゃない!


 振り向きざまに叫ぶ。


「逃げろ、ド――」


 言いかけた、そのとき。

 ジンは全身が凍りつくような感覚にとらわれた。

 直後、視界に青の燐光がちらつく。

 振り向けばそこに、顔の大半を血に染めたベルリオットがいた。



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