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◆第八話『おてんば姫とアミカスの末裔』

 青々とした芝で一面を覆われた訓練区。

 上空では、幾人もの訓練生が入り乱れるように飛んでいる。

 教師から出された演習は、こうだ。


 ――結晶武器は使用禁止。額か、背中を触られたら脱落。最後まで残っていたものが勝ち。


 ごくごく簡単な内容だ。

 とはいえアウラを使えないベルリオットに配慮された内容ではない。

 むしろ配慮されると逆に申し訳ないのだが。

 とにもかくにも、参加できない身であるベルリオットは訓練区を大外で走らされていた。


 空を見上げる。

 途端、ベルリオットの目の前をなにかが突き抜けた。

 驚いた上に遅れてやってきた風圧に押され、不覚にも尻餅をついてしまう。


「ってぇ……、なんだってんだよ」

「わたしが勝つとこ、ちゃんと見てなさいよー!」


 突き抜けたなにかの正体はリズアートだった。

 無邪気な笑い声を残し、それこそ嵐のように彼女は一瞬でベルリオットから離れた。

 かと思うと、勢いを殺さずに、激しい争いを繰り広げる訓練生の集団に突っ込んだ。


 いくらなんでも無茶だ。

 そう、ベルリオットが思ったのもつかの間。

 しなやかな身のこなしはさることながら、その緩急をつけたリズアートの飛行は見事だった。

 訓練生たちの額や背中を次々と触っていく。

 その光景に、ベルリオットを含めた大半の訓練生が呆気に取られた。


「ったく、とんだお転婆姫だな……」


 リズアートとは丘陵地帯で手合わせをしたが、剣の実力は相当なものだった。

 あれだけの腕を持っているのだから、アウラを使ってもそれなりにやるだろう、とは予想していたが、まさかこれほどまでとは思わなかった。

 色んな意味で嵐のようなリズアートを目にしながら、ベルリオットは立ち上がり、走るのを再開する。


 その間にも、人数は見る見るうちに減っていた。

 ベルリオットが課せられた分を走り終える頃には、残る訓練生は三人だけになった。

 リズアートとモルス、そしてナトゥールだ。


 脱落した訓練生は観戦に回っていた。

 声援は、もっぱらリズアートへのものばかりだ。

 近場にいた、リズアートとモルスが対峙する。


「姫様、これは訓練です。背中に触っても問題はありませんよねぇ?」

「ええ、もちろん。遠慮なしでお願いするわ。といっても、そんなことにはならないと思うけど。あら? あなた、ここに剃り残しがあるわよ?」


 言って、リズアートが自分の顎を指差した。


「ん、ここ……? って、しまっ――」

「もーらいっ!」


 くるりと宙返り。

 リズアートはモルスの頭上を通り越し、彼の背中に触れた。


「し、しまったー! 俺様としたことがーっ。で、でも姫様に触ってもらえたし、問題ねぇ……ぐへへ」


 下卑た笑いを浮かべるモルスの発言に、女子から罵声があがった。

 足を止めたベルリオットに、エリアスが寄ってくる。


「どうですか、姫様は」

「素直にすごいと思う。予想以上だ」

「ふふん、そうでしょう」

「なんであんたが偉そうなんだ」

「剣術からアウラの使い方に至るまで、姫様に指導しているのは私だからです」

「あー、なるほど。そういうことか」


 王国でも指折りの騎士に教えを乞うていたとなれば、リズアートの剣の実力にも納得がいく。


「褒めてもいいのですよ」


 褒めて欲しいのかよ。

 そう心の中で冷たい相槌を打ちつつ、ベルリオットは上空へと視線を戻した。

 得意気な表情のリズアートが、ナトゥールと相対している。

 リズアートはかなり濃い緑色。

 ナトゥールは薄めの黄色のアウラを身に纏っている。


「へぇ……トゥトゥ、あなた結構やるのね。ちょっととろそうなんて思っていたのを謝るわ」

「そ、そんなことを思っていたのですかっ。ひ、酷いです……」


 大人しそうな性格や雰囲気からは想像しにくいかもしれないが、ナトゥールはあれで訓練校の序列第四位の実力を持つ、優等生なのである。


「ふふ、ごめんなさい。でも、見直したのは本当よ」

「あ、ありがとうございます」

「でも、だからといって勝たせてはあげないけど、ねっ――!」


 リズアートが仕掛ける。

 掴みかかるその手を避け、ナトゥールが後方に退く。

 しかしリズアートの勢いは止まらず、連続してナトゥールを攻め立てる。

 後ろ向きで飛行し続けるナトゥールは思うままに速度が出せないらしい。

 リズアートとの距離はじりじりと詰まっていく。


 背中を見せればリズアートに触られる。

 そのため全力で後ろに逃げる、という手段は使えないのだろう。

 リズアートとの距離が詰まったぎりぎりのところを見計らい、ナトゥールが真横に進路を曲げ、距離を取った。

 やったわね、とでも言いたげな表情で、リズアートはまたも血気盛んに襲い掛かる。


「姫様が優勢のようですね」

「まあでも、トゥトゥに勝つのは難しいだろうな」

「たしかにアウラの量では彼女に分があるようですが、それだけで勝負が決まるわけではないでしょう」

「まあそうなんだけど。んー、髪に隠れてちょっと見にくいかもだけど……トゥトゥの耳、よく見てみろよ」

「耳……? わずかに尖っていますね……もしやアミカスの末裔ですか」


 天界に住まうアムールには眷属がいたとされている。

 それがアミカスだ。

 アミカスの末裔には、外見的には尖った耳と控えめな胸。

 内面的にはアウラを取り込める量がわずかにだが人間よりも多いことが特徴として挙げられる。


 全大陸を合わせてもアミカスの末裔は千人にも満たない。

 繁殖力が低いのもあるらしい。

 だがそれ以上に貞操観念が非常に強いのが、彼らが希少種たる理由だと言われている。


「ですが、それがどうしたのです? 現にアミカスの末裔としての力は、ああしてアウラの色として現れているではありませんか」

「まあそうなんだけど、トゥトゥはちょっと別格なんだ」

「それはどういう――」


 上空では、いまだにリズアートの攻勢が続いている。

 しかし先ほどまで楽しそうだったリズアートの表情が歪んでいた。

 全力で飛翔し続けたせいで疲労が押し寄せているのだろう。

 対して、ナトゥールはまったくといっていいほど表情を崩していない。


「くっ、またっ!」


 ナトゥールがリズアートの手を躱した。

 そのまま距離をとったと同時、表情を一気に引き締める。

 途端、ナトゥールが奔出していたアウラの翼が色濃くなった。

 濃黄から薄い紫へと変色する。


「なっ、ヴァイオラだと!?」


 エリアスが驚きの声をあげた。

 対峙するリズアートも目を瞠っていた。

 普通、人間が身に纏うアウラ――つまり体内に取り込む量と、放出する量は等しくなる。

 取り込み、放出。

 その循環こそが、人間がアウラに力を見出せる方法なのだ。

 しかしアミカスの末裔は違う。

 体内に取り込んだアウラを一時的に“溜める”ことができるのだ。


 ただ、溜められる量には個体差があるらしい。

 古来、アムールと共にシグルと戦っていたときのアミカスは、かなりの量を溜めていたとされているが、今のアミカスの末裔たちは大した量のアウラを溜めることができなくなっている。

 しかしごく稀に、大量のアウラを溜め込める例外が現れる。


 それが、ナトゥール・トウェイルだ。

 最高クラスとされる、紫色――ヴァイオラ・クラスのアウラを放出するナトゥールの、空中での瞬発力は、訓練生がついていけるレベルでは到底ない。


「ごめんなさい」


 そう呟いたナトゥールが、リズアートの真横に瞬時に移動した。

 ぴたりと止まったかと思うと、素早くリズアートの背後に回りこむ。

 呆けていたリズアートも、状況を理解。

 意識を取り戻したのか、咄嗟に振り向き、身構えた。

 と、その額に、ちょこんとナトゥールの人差し指が当てられる。


「あっ」


 強張っていたリズアートの顔が、一気に弛緩した。


「そこまで! 勝者ナトゥール・トウェイルッ!」


 終了の合図を告げる、教師の声がひびいた。

 脱落した訓練生たちから、善戦を称える拍手が沸き起こる。

 上空で浮かび続けるリズアートが天を仰ぎ、叫ぶ。


「あぁーもうっ、負けちゃったわー。悔しーっ!」

「リズ様……ごめんなさい」

「なんでトゥトゥが謝るのよ? あ、もしわたしに勝たせるべきだった、とか思ったら怒るわよ? わたし、勝負事で手を抜かれるのがいっちばん嫌いなの。わかった?」

「は、はいっ」

「よし、よろしい!」


 うんうん、と頷くと、リズアートはずいっとナトゥールに顔を寄せた。

 その目は、きらきらと輝いている。


「それよりもっ! 最後のってどうやったの!? あんなの初めて見たわっ!」


 まるで無邪気な子どもそのものだ。

 そんな様子をよろしくないと思っているのか、ベルリオットの傍らに立つエリアスは頭を抱えていた。

 ちょっとした興味本位で、ベルリオットは訊く。


「あいつ、いつもあんな感じなのか?」

「いえ、ご公務のときや貴族の目があるときは、あのような振る舞いはされません」

「つまり今は取り繕う場じゃないってことだな」

「しかしあのような姫様のお姿、国王様に見られでもしたら……くっ、考えるだけで胃が痛い」

「まあ、いいんじゃないか? 本人が楽しそうだし」


 エリアスの気苦労など考えもせず、ベルリオットはそう言った。

 これ以上、日常を乱しさえしなければ、リズアートがなにをしようと知ったことではないのだ。

 しかし、そんな無責任な態度を取っていたことを、後のベルリオットはひどく後悔した。

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