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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
二章【天上の子・前編】
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◆第八話『帝国騎士将軍』

「なにしてんだお前ら!」


 ベルリオットは弾かれるようにして立ち上がった。

 木陰から姿を現したのは、九人の帝国騎士と、一人の若いオラクル。

 ただオラクルは、無理やりに歩かされた格好だ。

 ガルヌと呼ばれた仮面の男から、喉元に結晶剣を突きつけられている。

 恐怖に満ちた表情でオラクルが声を張り上げる。


「フォルネア様っ」

「声を出すなと言っただろう」


 低く冷めた口調でガルヌが言った。

 オラクルの表情が恐怖に歪み、硬直する。

 その光景を横目にしながら、アミカスの女性騎士が顔をしかめた。


「ガルヌ殿。それ以上は」

「すべては大義のため。手段を選んでいる暇などない」


 状況がつかめない。

 だがオラクルの救出をなによりも優先すべきだと思った。

 しかし一歩でもこちらが近づけば、ガルヌは容赦なく首を刎ねる雰囲気がある。


 なら、神の矢フィーリウス・サジッタで……!


 と、ベルリオットがオラクルの周囲のアウラを感じ取ろうとした、そのとき。

 ガルヌの酷く落ち着いた声が思考に割って入ってくる。


「神の矢は使うな。生成し始めた瞬間にこいつの首を飛ばすぞ」

「なっ――」


 気づかれた……?


「あれは空気が乱れるからな。使えば、すぐにわかるぞ」


 ベルリオットは、これまで神の矢を使うにあたって特に隠すようなことはしていない。

 今やリヴェティアの騎士で、その存在を知らない者はいないだろう。

 だから他大陸に情報が漏れていてもおかしくはないのだが、それにしたってガルヌの語り口調は、まるで《神の矢》について詳しく知っている風だ。

 とにもかくにも、《神の矢》が使えない今、こちらから手を出すことはできない。


「なにが目的だ」


 人質をとってまでこちらに接触してきたのだ。

 帝国側には、なにか要求があるはずだろう。

 アミカスの女性騎士が前に歩み出てくる。


「ベルリオット・トレスティング。あなたと手合わせがしたい」


 どんな酷い要求をされるか身構えていたのだが、まさか手合わせとは。

 正直、拍子抜けだった。

 とはいえ……。


「それだけのために人質とか、やることがちょっと過激なんじゃないか?」

「教会が邪魔で、こうでもしないと受けてもらえんからな」


 答えたのはガルヌだ。

 七大陸王会議が行われている今。

 メルヴェロンド大陸で、他大陸の騎士同士による手合わせは許すわけにはいかない、というのが教会の意志だろう。

 だから最初に集まった広間でも、それは叶わなかった。


 教会の介入を抜きにしても、ベルリオットは面倒事を起こさないよう、リズアートにあらかじめ念を押されていたこともある。

 おそらく普通のやり方では、手合わせを受けることはなかっただろう。

 だからと言って人質はやりすぎだとは思うが。

 クーティリアスが荒げた声をあげる。


「当然です! ましてや今日と言う日に限って、このようなこと!」

「我々には時間がない。ただそれだけだ」


 ガルヌの仮面の奥、どんな表情をしているのかはわからない。

 だが焦っていることだけは、手に取るようにわかった。


「それで俺と戦って、なにがあるっていうんだよ」


 アミカスの女性騎士が淡々と告げてくる。


「お前の実力を知りたい。ただそれだけだ。受けてくれるな?」

「人質とっといて、それはないだろ」


 今の状況、こちらに選択権はない。

 ただ、人質をとることに対し、アミカスの女性騎士はあまり積極的ではないようだった。


 駄目もとで交渉を持ちかけるか……。


「勝負は絶対に受けるって約束する。だから、その人を放してやってくれ」


 言いながら、アミカスの女性の目を見つめた。

 アミカスの女性騎士は答えず、見返してくる。

 妙な緊張感が場に漂う。

 静寂の中、ガルヌの鼻を鳴らした音がひびく。


「馬鹿な。こちらが条件に応じる理由はな――」

「いいだろう。ガルヌ殿、その騎士を放してください」


 アミカスの女性騎士がガルヌの言葉を遮った。


「なにを言っている?」

「人質をとったままでは彼も本気を出せないでしょう。それはこちらも本意ではないはずだ」

「関係ない。これを傷つけてでも本気を出させればいいだけのこと」


 ガルヌがオラクルの喉元に剣を強く押し当てた。

 直後、


「ガルヌ殿ッ!」


 アミカスの女性騎士が声を張り上げた。

 びりびりと空気が震える。

 ガルヌに動じた様子はない。

 だが面白くなさそうに舌打ちしたあと、オラクルを荒々しく突き飛ばした。

 解放されたオラクルが、クーティリアスのもとに向かう。


「ファルネア様!」

「怪我はありませんか?」

「はい……」


 クーティリアスに抱かれ、オラクルの表情が和らぐ。

 一先ず難は去ったが、ベルリオットには手合わせの約束がある。

 相手は人質を取るという非道なやり方で勝負を申し込んできたのだ。

 約束を守る義理も道理もない。

 だが、アミカスの女性騎士が見せた誠意にだけは応えたかった。


「クティ、その人と一緒に下がってろ」

「う、うん」


 クーティリアスたちが緑色のアウラを纏い、後方へと退避した。

 こちらが一人になったのを見計らってか、アミカスの女性騎士が歩み出てくる。

 ベルリオットも前に出る。

 大また三歩程度まで互いの距離を詰めた。


「あのガルヌってのとあんた。同格だと思ってたが、そうでもないんだな」

「どうかな。ただ、わたしはこれでも帝国の騎士将軍を務めている。とはいっても、最近就いたばかりだが」

「騎士将軍ってことは、あんたが一番上なのか?」

「そういうことになるな」


 意味深な言い方だった。

 ただ、目の前の騎士がガスペラント帝国で一番上の騎士だと知った途端、ベルリオットは口の端が自然とつりあがってしまった。

 アミカスの女性騎士が眉間に皺を寄せる。


「なにを笑っている?」

「いや。今に至るまでは最悪だったが……帝国の騎士将軍と闘えるってのは、ちょっと楽しみだって思っただけだ」


 相手は先ほどまで人質をとっていた集団だ。

 不謹慎なのはわかっている。

 だがそれでも、強い騎士と手合わせが出来るという、武人としての昂ぶりが抑えられなかった。


「おかしな奴だな」


 アミカスの女性騎士が、ふっと笑った。

 しかめっ面しか見ていなかったからか、ベルリオットは思わずきょとんとしてしまった。

 こんな風に笑えるのか、と。

 だが彼女はすぐに顔を引きしめた。


「まだ名乗っていなかったな。わたしの名は、ティーア・トウェイルだ」

「トウェイル? ってまさか……」


 訓練校の友人。

 ナトゥールと同じ家名だ。

 どこか彼女と似ていると思ったが、それは同じアミカスの末裔だからという理由だけではなかったようだ。


「あんた、トゥトゥの姉かなにかか?」

「トゥトゥはわたしの妹だ。あの子を知っているのか?」

「知ってるもなにも、五年以上も前からの付き合いだ」

「……そうか。あの子は元気にやっているか?」

「ああ、元気だよ。もっとも、姉が人質をとるような集団と一緒にいるって知ったら、どうなるかわからないけどな」


 こちらの皮肉った言葉に、アミカスの女性騎士――ティーアが目をそらした。

 だが、ふたたび目を合わせてきたとき、その瞳には強い意志が宿っていた。


「わたしの行動は、すべてアミカスの……トゥトゥのためにある」


 納得はできない。

 だが。


「あんたなりの正義があるってわけか」


 彼女の心はもう定まっている。

 こちらがなにを言っても無駄だと思った。


「なにをしている! 早くしろ!」


 なかなか闘いを始めなかったからか、ガルヌが痺れを切らしていた。

 顔をしかめたティーアが訊いてくる。


「先に一撃を与えた方の勝ち。それでいいか?」

「ああ」


 頷き、ベルリオットはアウラを一気に取り込んだ。

 足もとから同心円状に渦巻いた空気が青へと変色し、弾けるようにして周囲へと流れていく。

 ウォルトポットの枝葉が、ざわざわと騒々しく音を立てる。

 自身を囲むアウラの渦が収まるや、右腕を脇下に払いつつ結晶の長剣を造りだした。

 ティーアが、じっと見据えてくる。


「それが青のアウラか……なるほど。噂通りヴァイオラ・クラスとは比較にならない密度のようだな」

「言葉のわりに驚いてないみたいだな」

「アウラの質で勝敗が決まらないことぐらい、お前もわかっているだろう」


 言って、無造作にティーアが紫のアウラを纏い始める。

 初めは静かな取り込みだったが、数瞬後には空気が破裂したかのように荒れた。

 風圧によって、ベルリオットの前髪が持ち上がる。

 アミカスの末裔は、もともとアウラを取り込める量が人間よりも平均的に多い。

 その中でもティーアのアウラは、相当な質を持っているようだった。

 メルザリッテを除けば、今までに目にした中では誰よりも濃い。


 アウラを纏うやいなや、ティーアが胸の前に右手を突き出した。

 手の中に結晶が形成されていく。

 彼女の身長よりも高く、細い棒状の結晶。

 先が尖ったそれは、紛れもなく槍である。

 彼女は両手で槍を持ち、頭上、胸の前で素早く回したあと、石突を地に打ちつけた。

 得物と言い、その所作と言い、どちらも見覚えがあった。


「……トゥトゥと同じなんだな」

「これか。あの子に槍を教えたのはわたしだからな」


 槍の扱いにおいて、ナトゥールの右に出る者は訓練校にはいない。

 おそらく王城騎士を含めてもそれは変わらないだろう。

 そんな彼女を指南したのが目の前のティーアだと言う。

 油断していたわけでも、気を抜いていたわけでもないが、さらに気持ちが引き締まった。


「始めよう」

「ああ」


 どちらからともなく、ふわりと地面から足を浮かせた。

 そのまま徐々に高度を上げ、距離を取る。

 ゆるやかな動きで円を描きながら、間合いを測る。

 気づけば、湖の上で対峙していた。

 互いに自らの武器を構え、吼える。


「では……!」

「行くぜ!」



   ◆◇◆◇◆


 リズアートは心の中で大きなため息をついた。

 白玉の間。

 会議は変わらず平行線だった。


「多数決でいいだろ、もう」

「ならん! 人類の存亡がかかっているのだぞ。そんな安直な方法で決めるなど馬鹿げている!」

「安直ってあんたねえ。多数決も立派な方法だろ」


 現状、リヴェティア大陸を推す王がもっとも多い。

 といっても、明確に示しているのはメルヴェロンドとディザイドリウムのみだが。

 ファルール王は、まだ自大陸を“最後の大陸”にする望みは捨てていないように思う。

 とはいえ、対抗大陸にガスペラントが挙げられれば、リヴェティアに票を入れるのは間違いないだろう。

 そうなれば三票。

 七大陸しかないわけだから、その時点で“最後の大陸”はリヴェティア大陸に決定する。

 だからガスペラントとしては、多数決だけは絶対に避けたいといったところだろう。


 リズアートとしては、多数決でさっさと決めてしまいたい、という気持ちが少なからずあるものの、それは本当に最終手段であるべきで、出来る限り話し合いで解決した方がいい、と思っている。

 なにしろ事の規模が規模だ。

 結局、不満を残したままでは、大陸間で手を取り合い、シグルに立ち向かうことなんてできはしない。

 七大陸王会議などという面倒な会議を開いたのも、結局は話し合いを持って解決したいという気持ちがあったからこそだ。

 後ろ手から、ユングが耳打ちしてくる。


「陛下、一度仕切り直す他ないのでは」

「とはいってもね……」


 たしかにこのまま会議を続けていても埒が明かない。

 だからと言って答えを出すことを先延ばしにしたところで、結果が変わるとはとても思えなかった。


 でも、しかたない……か。


 王には《運命の輪》から《飛翔核》へアウラを注ぐという役目がある。

 それは《災厄日》のみの役目ではあるが、王は、“自らの死が大陸落下に繋がる”という危険を常に抱えている。

 長時間、自大陸から離れることは憚られるべきこととして認識している。

 もちろんメルヴェロンドが危険と言っているわけではない。

 むしろかなり安全な場所と言っていい。

 ただ、いついかなるときも死の可能性はある。


「もう時間がありません。このまま続けて大聖堂に泊まるわけにはいきませんし、また後日、ということでどうでしょうか」


 答えはない。

 全員、難しい顔をするだけだった。

 致し方なし、といったところだろう。


「ディザイドリウムの移住計画があります。次に開くとすれば、今から二週間後が妥当かと。またメルヴェロンドになってしまいますが……よろしいでしょうか?」

「ええ。構いません」


 教皇の静かな声が響いた。

 リズアートは円卓をぐるりと見回す。


「他の王も、それでよろしいでしょうか」

「いいもなにも、そうするしかないだろうな」


 背もたれに身を預けながら、という不遜な振る舞いを見せつつ、ガスペラント王が賛同した。


 やけにあっさり了承したわね……。


 彼ら帝国の天敵とも言うべき教会。

 その本拠であるメルヴェロンド大陸で会議を開いたのだ。

 次の開催地はガスペラント大陸にするべきだ、と強弁してくると思っていた。

 だからリズアートは違和感を覚えたのだが、意見が通ったことへの安堵によって、それはすぐに頭の外へ追いやられた。


「では皆様、長時間おつかれさまでした。解散としましょう」


 リズアートの言葉を合図に、王たちが息をついた。


 さて……ベルリオットはなにをしているかしら。


 そんなことを思いながら、リズアートが立ち上がった直後、扉が荒々しく開けられた。

 一人の聖堂騎士が、切羽詰った様子で中に入ってくる。


「会議中に申し訳ありません! せ、聖下!」

「そんなに慌ててどうしたのですか」

「それが……」


 言い淀んだ聖堂騎士が、こちらをちらりと見やった。

 そのあとにガスペラント王を同じようにうかがったあと、押し出すようにして言葉を紡ぐ。


「大聖堂の外で、リヴェティアの騎士とガスペラントの騎士が決闘をしている、との報告が」


 直後、リズアートは血の気が引いた。

 思わず頭を抱えてしまう。


 もうっ、どうしてこういつもいつも……。


 目眩がしそうになるのを必死に堪え、聖堂騎士に言う。


「すぐに案内してちょうだい」



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