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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
二章【天上の子・前編】
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◆第六話『創世の書』

「相変わらず外面は良いんだな」

「む、その言い方だと僕が悪い人みたいじゃんかー」


 白玉の間で、七大陸王会議が行われる中。

 クーティリアスに先導され、ベルリオットは大聖堂内を歩いていた。

 ぷくっと頬を膨らませた彼女が、詰め寄ってくる。


「一応、これでも司教だからね。体裁もあるし、しかたないんだよ」


 小柄ながら豊かな胸が揺れる。

 こちらも相変わらずだ。

 距離を置いて、わざとおどけて見せる。


「そうは見えないが……クティも苦労してるんだな」

「んー、なんか馬鹿にされた気分」

「褒めてるんだよ」


 ぽん、と彼女の頭に手を置いた。

 くすぐったそうに身を縮めたのを見計らい、荒々しく撫でる。


「うわっ、くしゃくしゃになるってばー」

「なにも言わずに帰った罰だ」

「う……それは」


 以前、彼女はリヴェティアに滞在していた時期があったのだが、知らぬ間にメルヴェロンドに帰ってしまった。

 長い付き合いではないが、それなりに親しくなったと思っていた。

 だからこそ、別れの一言も告げられなかったのが気に入らなかったのだ。

 口ごもった彼女に、ベルリオットは問い詰める。


「それは?」

「だってお別れの挨拶ってなんか苦手なんだもん」

「一生会えないわけじゃないだろ」

「そうだけどー」


 口を尖らせた彼女は、まるで小さな子どもだ。

 おかげで怒る気が失せた。

 手を放し、肩をすくめる。


「ま、元気にやってるみたいだし、いいか」

「うん。僕はいつでも元気です」


 にひひ、とクーティリアスが笑みを浮かべた。

 本当にころころと表情が変わる奴だ。 

 見ていて飽きない。

 さて、とベルリオットは話を切り出す。


「俺をどこに連れていく気だ?」


 周囲に他国の騎士はいない。

 明らかにひとりだけ違う場所に案内されている。

 ふっふっふ、とクーティリアスがもったいぶる。


「ついてのお楽しみだよ」





 大聖堂は入り組んだ構造だ。

 その上、先ほどから外の様子がうかがえない通路を歩いてばかりいる。

 おかげで、今、自分がどの辺りにいるのか見当もつかなかった。


 ようやく到着した先は、回廊に面した尖塔前だった。

 四人の聖堂騎士が、尖塔内に繋がる鉄扉を警護している。

 ただの扉にしては人数が多い。

 おそらくなにか重要なものが扉の先にあるのだろう。

 クーティリアスの姿を目にするや、聖堂騎士たちはさっと道を空けた。


「ご苦労様です」


 と彼女は威厳たっぷりに声をかけたあと、開けられた扉の中へ入る。

 ベルリオットもあとに続くと、外から扉が閉められた。

 途端、クーティリアスがたたたっ、と早足になった。

 数歩進んだ彼女が振り返り、威厳のかけらもない笑顔を向けてくる。


「この先だよ」

「切り替え早いな」

「すごいでしょ」


 ふふん、と彼女は得意気だ。

 こんなことでいばれるなんて本当に幸せな奴だな、と思った。

 少し進んだ先に、下に通じる螺旋階段があった。

 先が見えないほど深い。

 かつんかつん、と足音をひびかせながら下りていく。


「アウラを使って下りれば早いな……」

「だめだよ。そんなことしてるの見られたら怒られちゃう」

「クティが怒るんじゃないのか」

「ぼ、僕は優しいからね」

「クティ……さてはお前、したことあるだろ」

「うっ」


 そんなくだらない話をしながら、螺旋階段を下りていく。

 最下層に到着すると、また鉄扉があった。

 鍵穴はない。

 代わりに、扉の横にオルティエ水晶が埋め込まれている。

 それにクーティリアスがアウラを注ぐと、扉が中央から左右にずれ、開いた。

 彼女とともに、中へ入る。

 直後、ベルリオットは腕で鼻を覆った。

 部屋の中がかび臭かったのだ。

 すえた臭いもかすかに混じっている。


「ここは……」

「教会の書庫だよ」


 言葉通り、視界には無数の書棚が映っていた。

 並べられた本は、一冊一冊が片手では持てないほどに大きい。

 それらを収める書棚は、もちろん相応だ。

 おかげで部屋がどれほどの広さなのか見当がつかない。


「ベル様、こっちこっち」


 いつの間にか、クーティリアスが先を進んでいた。

 手招きする彼女のもとへと向かう。


「鉄の箱?」


 彼女の前には、腰ほどの高さを持った台座。

 その上に鉄の箱が鎮座していた。


「まさか見せたいものってこれのことか?」

「違うよ。この中にあるもの」


 言って、彼女は鉄箱の蓋をゆっくりと持ち上げる。

 少し色あせた赤の布が敷き詰められた中、一冊の古びた本が収められていた。

 それを丁重に取り出すと、こちらに手渡してくる。

 ずしりと重い。

 本の表紙に書かれた文字を読み上げる。


「イェラ……ティアム……?」

「いわゆる創世の書。と言っても狭間の、だけど」

「創世ってわりには綺麗だな」

「だって写本だもん」

「こんな厳重に保管してるのに、写本なのか」

「本物はどこかにいっちゃったみたい」


 あっけらかんと彼女は言った。


「えらい軽いな」

「なくなったものはしかたないしね。それよりも、少し読んでみて」


 自分は熱心な読書家ではない。

 だからただの本ならば、読みたいとは思わなかった。

 だが、『創世の書』となれば話は別だ。

 なにしろ狭間の創世にはアムールが……自分と同じ種族が関わっている。

 ごくり、と喉を鳴らす。


「いいのか? 写本でも、かなり貴重なものなんだろ」

「大丈夫だよ。ちゃんと聖下から許可をもらってるからね」


 聖下とは、メルヴェロンド教皇のことだ。

 それならば問題ないだろう。

 分厚い紙をめくっていく。

 その度に独特のにおいが漂ってくる。


 初めに書かれていたのは、狭間が出来る少し前。

 シグルが地上に攻め込んできたところからの話だった。

 受ける印象は違うものの、子どもでも知っているような内容ばかりだ。


「えっとね、この辺りを読んでみて」


 こちらの飽きを読み取ったか。

 書かれた内容を確認しながら、クーティリアスが紙をめくる。

 開かれた一面には、絵画が描かれていた。

 黒い物体に立ち向かうひとりの女性の姿。

 おそらく黒い物体はシグルだろう。

 女性の方は……よくわからない。

 絵の下部に書かれた文字を読み取っていく。


 ――アムールは人の前に立ち、シグルと戦った。

 だがその中でも、あの戦士のことを我々は忘れない。

 いや、決して忘れてはならない。

 戦士が手を払えば百ものシグルが地に倒れ。

 戦士が前に進めば千ものシグルが後退さる。

 青なるアウラを纏いし美しき戦士。

 我々は、その戦士を《青天の戦姫》と呼んだ――。


 この記述に誇張がなければ、本当に凄まじい強さを持った戦士だ。

 それにしても青なるアウラ……?

 もしかすると自分の母親――アムールの長であるベネフィリアのことかもしれない、と思った。

 確かめるため、紙をめくる。

 だがそこには《青天の戦姫》についての記述がなかった。

 代わりに興味深い文を見つける。


 ――世界に生きるすべてのものは、皆、アウラである。

 アムールは白。

 シグルは黒。

 人は無。だが白にも黒にもなる。そして精霊にも――。


 比喩的でよくわからない。

 そのため、知らない単語に思考が向いた。


 精霊?


 アミカスの末裔のことだろうか、と思ったが、どうやら違うようだ。

 精霊のことが書かれている。


 ――精霊は、創造主に選ばれた者である。

 大戦の折、精霊が造り出した翼は、アムールに大いなる力を与えた。

 我々はこれを精霊の翼と呼んだ。

 元から精霊である者もいるし、そうではない者もいる。

 だが彼らは、濃淡のある髪を除いて人の外見となにも変わらない。

 だから我々は、彼らを友として迎えることとした――。


 濃淡のある髪。


「これって……」


 顔を上げ、クーティリアスを見やった。

 彼女の緑髪は毛先が白く、根元が濃い。

 その色の移り変わりは一切違和感がなく鮮やかだ。

 いくら珍しいとはいえ、とても人の手によってつくられたものとは思えない。

 そういえばメルザリッテがクーティリアスを語るとき、意味深めいた発言が多かった。


 おそらく、この“クーティリアスが精霊と呼ばれるものではないのか”という疑問が、メルザリッテがぼかした答えなのかもしれない。

 ベルリオットは、恐る恐る訊く。


「クティ、なにか隠してることあるんじゃないか?」

「うん」


 こくん、と頷く。

 ためらいはなかった。


「次あったとき、話そうって決めてたんだ」


 そう告げる彼女は、どこか達観した雰囲気を纏っていた。

 くるりとこちらに背を向け、言う。


「場所、移そっか」



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