◆第五話『七大陸王会議』
オルヴェノア大聖堂中央部。
そこに、高位の使徒のみが祈ることを許された礼拝堂がある。
象徴となっているのは二体の女神像。
彼女らは天に向け両手を伸ばし、水晶球をかがげている。
その水晶球こそが白玉の間であり、今回の七大陸王会議が行われる場所だった。
床以外、全面硝子製の部屋の中。
リズアートは、各大陸の王とともに円卓についた。
他の王を見回しながら、ディザイドリウム王がうなずく。
「席は各大陸の位置にあわせたわけか。なるほど、わかりやすい」
リズアートから、ファルール、メルヴェロンド、ティゴーグ、ガスペラント、シェトゥーラ、ディザイドリウム王の順で席についていた。
そして各王の背後には護衛の騎士が控える。
ファルール王が悪戯っぽく笑った。
「なら《運命の輪》も必要だねえ。ハーゲン、あんた中に入って座ってな」
「はっ」
ハーゲンがためらうことなく円卓の中央へと飛び、着地する。
目の前で行われた戯れに、リズアートはあわてふためく。
「ファルール王っ!」
「いいじゃないか。雰囲気作りだよ雰囲気」
「雰囲気って……」
円卓の中央では、ハーゲンが三角座りをしていた。
彼のつるりとした頭が、硝子を通して差し込む光を反射する。
丸い。
たしかに《運命の輪》も球形ではあるが……。
ファルール王が笑いをこらえていた。
ガスペラント王が、くだらないとばかりに鼻を鳴らす。
「相変わらず場をわきまえない奴だな」
「自由と言って欲しいねえ」
言って、ファルール王が挑戦的な笑みを作った。
彼女とは幼少の頃より付き合いもあるし、仲も悪くはない、と思う。
ただ、今回のような彼女の振る舞いは好きではなかった。
少し癪だったが、今回ばかりはガスペラント王に同意だ。
とはいえ、注意したところで聞くような性格をファルール王はしていない。
中央にハーゲンがいるのは気になるが、さっさと会議を始めてしまうのがいいだろう、とリズアートは思った。
こほん、と咳をする。
「あまり時間もないですし、会議を始めましょう。それではまず初めに……大陸落下説については、皆、同じ見解である、ととってもよろしいでしょうか」
誰も答えない。
そもそも大陸落下説については、書面を通じて各王に伝えていた。
この会議の場についた時点で理解を示している、ととって構わないはずだ。
でなければ、わざわざ王が大陸を離れるという危険を冒す理由はない。
ゆえに全員が肯定。
そう思ったのだが、どうやら一人だけ違った。
他の王の顔色をうかがいながら、シェトゥーラ王が恐る恐る訊いてくる。
「ほ、本当に大陸は落ちるのか……?」
その問いに、彼を除いた王が渋い顔をした。
リズアートも同じ気持ちだ。
時間がないっていうのに……まったく。
周囲が呆れているのを見てか、シェトゥーラ王が慌て始める。
「だって《運命の輪》は神が与えてくれたものだろう! も、問題なんて起こるはずが……」
「現実に、我がディザイドリウムはその問題に直面した。そしてもう大陸の落下は避けられない。おそらく次に対応を迫られるのはシェトゥーラだろう。この問題に正面から取り組まねば、被害を受けるのはおぬしの民ぞ」
ディザイドリウム王が重々しい口調で言い放った。
うぅ、とシェトゥーラ王が口ごもる。
無駄な時間を使ってしまった。
早くしないと、とリズアートは会議を進める。
「ディザイドリウム大陸が目に見えて影響を受け始めたのは、およそ一ヵ月半前。また、ディザイドリウム大陸が浮いていられるのはあと二週間ほど。それらから類推したとき、この調子で《運命の輪》のアウラ補充量が減少した場合、おそらく持ってあと一年半。早くてあと一年ですべての大陸が落下すると思われます」
「すでに、ある程度の対応策は考えているのでしょう?」
ティゴーグ王が静かに訊いてきた。
こくり、とリズアートはうなずく。
「現状ではどの大陸も《災厄日》をなんとか耐えきっています。しかしモノセロスや以前ディザイドリウムに現れたドリアークなどの上位シグルが多数現れればとても対処仕切れないでしょう。そんな状態で、各大陸ごとに地上へ落ちることは得策ではありません」
上位のシグルが現れたとき。
一国家で対応できるのは、おそらくリヴェティアのみ。
理由は、ベルリオットという強力な騎士がいるからだ。
だが彼の身は一つ。
上位のシグルが四方から現れた場合を想定すると、とても対処しきれるとは思えない。
それに、彼ばかりに重荷を背負わせたくはない、という気持ちが少なからずあった。
リズアートは胸を張り、言い放つ。
「ですから“最後の大陸”を選び、そこへ全人類を集め、力を結束し、これに当たることを提案します」
他の王たちが息をのんだのがわかった。
「異論はない」
「それしかないだろうねえ」
ガスペラント王、続いてファルール王が同意を示した。
他の王たちも無言ながら、かすかに頷いている。
「ぼ、僕もだ!」
遅れてシェトゥーラ王も声をあげた。
彼のことはもう無視しよう、と思った。
ガスペラント王が言う。
「だが、どの大陸を“最後の大陸”に選ぶつもりだ。先の話し方からすると、リヴェティア王は適した大陸であれば、残りの大陸は落としても構わない、という考えだとわたしは取ったが、それで間違いないかな?」
「必要であれば、そうするべきだと思っています」
淀むことなくリズアートは言い切った。
すでに落下が確定的なディザイドリウムはともかく、他の大陸であればどの大陸でも最後に残すことは可能だ。
優先権の高い大陸――つまり《運命の輪》から《飛翔核》にアウラを注ぐ順番の早い大陸が、アウラを注がなければいいだけの話である。
会議が始まって以来、沈黙を保っていたメルヴェロンド教皇が口を開く。
「とはいえ現実的に考えれば、もっとも平均高度の高いリヴェティアが妥当でしょう。移住に伴う時間もそうですが、大陸落下に備えるとなれば相応の時間が必要です。シェトゥーラやガスペラント、ティゴーグを“最後の大陸”に選んだ場合、少々慌しくなってしまうかと」
「馬鹿な。シェトゥーラがもう間に合わない、というのはわかる。次に落ちるからな。だがガスペラントはそれには含まれない。一ヶ月や二ヶ月程度、急げばどうとでもなるだろう」
憮然とした様子で、ガスペラント王が教皇の言葉に否定の意を示した。
「そもそも《運命の輪》の異変にもっと早く気づいていれば、違った対応もできただろう。こうも時間がなくてはな。よもや、わざと会議を遅らしたのではないだろうな。リヴェティア王よ」
「そんなこと……!」
あまりに失礼な物言いに、リズアートは思わず身を乗り出しそうになった。
だが割って入ったディザイドリウム王の強い語調が、気持ちをいさめてくれる。
「言いがかりも甚だしい。この会議が開かれなければ、おのずとリヴェティアが“最後の大陸”になっていたのだ。リヴェティア王が、自国の利益だけを考えていたとはとても思えない」
「というか、会議が遅れたのってもとはといえばシェトゥーラ王の返事が遅かったからだろ?」
ファルール王が面白げに言った。
ガスペラント王が、自身の左隣に座るシェトゥーラ王を睨む。
「本当か、シェトゥーラ王?」
「ぼ、僕はちゃんとすぐに返事をしたんだ。だけど、ちょっとした手違いで……」
明らかに嘘だとわかる言い訳だ。
すっかり縮こまってしまったシェトゥーラ王に興味を失ったか。
ガスペラント王がこちらに向き直り、発言する。
「大体、シグルに対抗するため、というのならば“最後の大陸”には我が帝国こそが相応しいだろう。知っての通り、ガスペラントの防衛設備は完璧だ」
ガスペラント大陸は、六重壁と呼ばれる防壁に囲まれている。
名前通り、六つの防壁が並べられたものだ。
そこに全体陸中もっとも数の多い帝国騎士軍を配置した防衛は鉄壁と言われ、シグルに侵入されたことは未だ一度もないという。
たしかに魅力的な設備だ。
だが、帝国には根本的な問題がある。
「食料はどうするのですか。帝国は半分以上を輸入に頼っているでしょう」
帝国は製造業が盛んだ。
全大陸で使われている飛空船も、およそ三割が帝国産と言われている。
常に一定の国益を得て、裕福な暮らしをする民は多いと聞く。
だがその反面、飛空船に必要な鉱物を得るため、大陸のあちこちが掘削され、土地は荒れに荒れている。
六重壁などという巨大なものを建造したことも大きな要因だろう。
とにもかくにも、帝国によってガスペラント大陸の自然は破壊され、農業はほぼ壊滅状態というわけである。
ガスペラント王が、くだらないとばかりに吐き捨てる。
「そんなもの、全大陸が落ちるのであれば、その前にすべてを我が大陸に運べば済むことだ」
「一時的ではありませんか。地上で食料の確保が困難だった場合も考え、“最後の大陸”ではある程度、自給自足ができる環境が必要かと」
「まずは生き残らなければ話にならないだろう。我が大陸の防衛設備が役立つのは間違いない」
断固として考えを曲げる気はないようだった。
今回の七大陸王会議。
一番の問題は、自らの利益しか考えない帝国の対応だと予想はしていたが、まさかここまでとは思いもしなかった。
恐らくガスペラント大陸が“最後の大陸”に選ばれない限り、帝国側が首を縦に振ることはないだろう。
本当に適しているのならば、リズアートも反対はしない。
ただ帝国では確実に食料が枯渇する。
それに帝国は教会を敵視し、反対に帝国をよく思っていない人も多い。
どちらかの大陸を選びでもすれば、不満が爆発しかねない。
安全策ではあるが、両国の大陸を選ぶことだけは避けたかった。
ともあれ、このまま会議を続けても平行線だ。
一度、気持ちを一新した方がいいだろう、と思った。
「少し他の話をしてもよろしいでしょうか。他、といっても間接的に関係のある話ですが」
「いいだろう。その間に皆は頭を冷やしておくのだな」
とガスペラント王が言った。
頭を冷やすのはあなたでしょう、とリズアートは思ったが口には出さなかった。
とりあえず他の王から反対はない。
話を進める。
「次の補充を最後に、ディザイドリウムは《運命の輪》から《飛翔核》にアウラを注げなくなります。それに際し、ディザイドリウム、リヴェティア両国から選ばれた騎士を派遣し、《飛翔核》を破壊、大陸を落下させます」
「《飛翔核》にアウラを注がなければ、放っておいても大陸は落ちるでしょう。なぜわざわざ落とすのですか?」
訊いてきたのはティゴーグの王だ。
説明する。
「《飛翔核》は残りのアウラが少なくなると、大陸へのアウラ放出量を制限しています。そのため、アウラを使い切って大陸が一気に落下、とはならず、ただ緩やかに下がっていく可能性が高いのです。そして中途半端に高度を下げた大陸は、シグルの足場となり、人間界へ侵入しやすい環境を作ってしまうかもしれない、と考えた結果です」
説明に納得したのか、していないのか。
どちらかわからないが、ティゴーグの王が黙り込んだ。
「確証もないのに《飛翔核》を破壊……ですか」
白玉の間に入ってから初めて聞いた声だった。
声の出所は、ガスペラント王の背後に控える護衛騎士からだった。
「失礼しました。どうか発言をお許しください」
デュナム・シュヴァイン
ガスペラント帝国の宰相だ。
過去、騎士として優秀で将来を有望視されていた、という話を聞いたことがある。
彼について知っていることはそれだけで、転身の理由までは知らない。
先の質問に、リズアートは答える。
「確証はないわ。けれど少しでも可能性があることや、また無人の大陸を残す必要がないことから、ディザイドリウム王もこれに同意してくださり、任意で大陸を落とすことに決定しました」
「……なるほど。ちなみに先ほどリヴェティア王国からも騎士を選ぶと仰っていましたが、それはかの《蒼翼》殿のことでしょうか」
「ええ」
蒼翼とはベルリオットのことだ。
なぜデュナムが彼を気にするのか。
わからなかったが、デュナムの視線が一瞬だけ下向いたのが気になった。
「ありがとうございます。わたしの聞きたいことは以上です。発言、失礼しました」
言って、デュナムはわずかに頭を下げた。
それにしても、この人……。
会議が始まって以来、リズアートは彼からずっとねちっこい視線を送られていた。
こちらが気づいていないとでも思っているのだろうか。
いや……おそらく気づいた上でのことか。
本当に気持ち悪い。
覚える嫌悪感を押し殺しながら、リズアートはふたたび会議の進行へと意識を向けた。




