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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
二章【天上の子・前編】
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◆第四話『再会と修行』

 多くの騎士が広間に残された。

 ベルリオットを除くと、ファルール王国が一人、シェトゥーラ王国が二人、ガスペラント帝国が九人。あとは階段上の扉前を固める八人の聖堂騎士。

 主導者がいなくなったからか。

 はたまた他の騎士の様子をうかがっているのか。

 誰も動かず、喋らずの時間が少し続いた。


「暇になりましたな」


 静寂を破ったのは、帝国の仮面の男だ。

 間延びした口調で出されたその声は、ひどくしゃがれている。


「ここにおられるのは猛者ばかり。どうです、騎士として腕試しを望まれる方も少なくないのでは?」


 仮面の男が、こちらを向いた。


「あなたも、そう思いますでしょう? ベルリオット・トレスティング殿」

「……どうして俺に」


 訊くのか、と。

 仮面の男が「ひっひ」と笑い声をあげる。


「いや失礼。わたし個人、あなたに興味がありましてな」


 格好もそうだが、本当に薄気味悪い奴だ。

 それにしても興味がある、とは。

 おそらくベルリオット個人に、ではなく青のアウラに、だろうと思った。


 本音としては腕試しをしたい。

 なにしろこの場に集まっているのは、各国の代表とも言うべき騎士ばかり。

 どれほどの力量か。

 騎士として純粋に気になる部分でもある。

 だが、つい先ほどリズアートから『余計なことはしないように』と釘を刺されたばかりだ。

 ここは大人しくしている方がいいだろう、と考えを固めたとき――、


「ここは白玉の間に通じる神聖な間です。どうかお控えください!」


 聖堂騎士の一人が荒げた声をあげた。

 仮面の男が即座に切り返す。


「では、外ならば問題ないということかな?」

「それは……」


 うろたえた聖堂騎士を見てか、仮面の男がまた気味悪く笑った。

 このままでは、彼の思惑通りに進むのではないか。

 そうベルリオットが思ったとき、新しい足音が入り口側から聞こえてきた。

 見れば、五人の聖堂騎士を引きつれた少女の姿。

 ベルリオットは彼女のことを知っていた。

 クーティリアス・フォルネア。

 教会の司教を務める、オラクルだ。

 彼女は凛々しい表情で聖堂騎士に訊く。


「どうなされたのですか」

「フォルネア様。い、いえ。その……」


 先ほどの出来事をどう説明したものか、と言葉に詰まっていた。


「教会の《歌姫》か」


 仮面の男がぼそりとこぼした。

 クーティリアスが、そちらに向き直る。


「なにがあったのか詳しくは存じません。ただ七大陸王会議が無事に終わることを、わたくしは切に願っております」


 毅然としたその立ち居振る舞いは、広間の空気を完全に支配していた。

 アミカスの女性騎士が、一歩前に出る。


「少しでも問題を起こせば教会が全力を持って対処する、と。そういうことか」

「必要とあらば」


 そのためらいのない返しに、帝国騎士の大半が身構える。

 しかし女性騎士が腕を横に払うと、帝国騎士たちが一斉に構えをといた。

 どうやらあの中では、彼女が階級的に上位らしい。


「ガルヌ殿、行きましょう」

「ふむ、しかたないな」


 渋々といった様子だったが、ガルヌと呼ばれた仮面の男が了承した。

 帝国騎士たちが出入り口へと向かって歩いていく。

 広間から出る直前、アミカスの女性騎士が足を止めた。

 周囲をぐるりと見回しながら、高らかに声をあげる。


「我々が本当に立ち向かわなければならないものはなにか。貴公らもよく考えることだ」


 それだけを言い残し、他の帝国騎士とともに広間から去った。

 各国の騎士たちが、ほっと安堵したように息をつく。

 ガスペラント王とディザイドリウム王の問答といい、なんだか問題ばかりだな、とベルリオットは思った。


 ……それにしても。


 女性騎士が去り際に残した言葉。

 まるで教会を“敵”として捉えた言い方だった。

 いや、きっとそうなのだろう。

 だがアミカスの末裔はアムールの眷属だ。

 アムールを崇める教会とは、敵対関係になる道理はない。

 なのに、どうして彼女は帝国の騎士となり、あれほどまでに教会を敵視しているのか。

 親しい友人に、ナトゥールというアミカスの末裔がいるからか、ベルリオットは気になって仕方なかった。

 クーティリアスの声が広間にひびく。


「くつろげる場所に皆様を案内してさしあげてください」


 その指示に従い、聖堂騎士たちが各国の騎士を連れて行く。

 だがベルリオットの前には聖堂騎士は来ない。

 代わりに来たのはクーティリアスだった。

 目の前に立った彼女が、しとやかに微笑んだ。


「トレスティング様。お久しぶりです」



   ◆◇◆◇◆


 同時刻。

 エリアス・ログナートは王都から少し離れた平原にやってきていた。

 リンカとともに、目の前に立つメルザリッテに向かう。


「場所を移したのはなぜでしょうか」

「やっぱり秘密なんじゃないの」


 メルザリッテに向けた問いだったが、リンカが割って見解を示した。

 秘密というのはわからなくもない。

 なにしろ人の身から離れたアウラを制御することなど、これまでは考えられなかった使い方だ。

 しかし本当に隠す気があるのならば、大衆にさらすことも避けるはずだ。

 なのに今やその技の存在は、リヴェティア騎士に知れ渡っている。

 つまり少なくとも“今は”秘密にする気はない、ということだ。

 メルザリッテがゆっくりと首を振った。


「いいえ。ただ、王都では少々危険ですから」


 淡々と放たれた言葉に、エリアスは息をのんだ。

 こちらの緊張などお構いなしに、メルザリッテが話を続ける。


「お二人とも長剣を一本造ってください」


 エリアスはリンカと同様にアウラをまとった後、言われた通りにアウラを凝固させ、長剣を造り出した。


「まずは適正を確かめます。結晶武器から手を放しても、まだ手が届いているものだとして形状維持につとめてください」


 数ヶ月前。

 ベルリオットと知り合う以前の自分ならば、そんなことできるわけがない、と馬鹿にしていただろう。

 だが、可能なことを今はもう知っている。

 エリアスは、目の前の地に剣を突き刺した。

 ざくり、と小気味良い音が鳴る。

 リンカも準備ができたようで、互いに顔を見合わせ頷いた。

 どちらかともなく、長剣を放し、形状維持を試みる。


 だがすぐに思う。

 どうすれば脳に描いた絵を結晶武器に伝えられるのか、と。

 気づいたときには長剣が形を崩していた。

 光の粒となったアウラが風に煽られ、空気中に溶ける。


 やはり無理なのではないか。

 そう思ったが、視界の端に映ったリンカの長剣によって、生まれた諦観が取り払われた。

 わずかだが手を離した状態で、長剣の形状を維持させていたのだ。

 とはいえ、すでに限界だったらしい。

 長剣の輪郭がぐにゃり、と曲がった。

 はじけるようにして結晶が飛び散る。

 よほど集中していたのか、リンカが息をつきながら額の汗を拭った。

 微笑みながら、メルザリッテが告げる。


「驚きました。初めてでここまで出来るとは」

「実はちょっと練習してたから」

「どうりで。とはいえ、それを抜きにしてもリンカ様はアウラを感じる能力が高いようですね」

「あたしの勝ち」

「くっ」


 ふふん、とリンカに勝ち誇られた。

 エリアスは思わず下唇を噛んでしまう。

 ベルリオットやメルザリッテが、特別だからこその力ではないのか。

 そんな考えを心のどこかで抱いていた。

 だが、今、目の前でリンカがそれを否定してみせた。

 リンカに遅れを取っている。

 自覚するとたまらなく悔しかった。

 そうした気持ちが顔に出てしまっていたのだろう。

 メルザリッテに優しく声をかけられる。


「エリアス様、そう悲観することはありません。見る限り、エリアス様はアウラの質が高いようですし」

「本当ですか?」

「はい。そもそも、わたくしは初めに適正を確かめる、と言ったではありませんか。お二人は、どうやら方向性自体が違うようですし」

「方向性が違う……?」


 はい、とメルザリッテが頷き、継ぐ。


「基本的な技が二つあります。これは、実際に見ていただいた方が早いでしょう」


 言って、メルザリッテがアウラを取り込み、放出した。

 静かな循環。

 彼女が赤のアウラを纏う姿を、直に見るのは初めてだった。

 燃え盛る炎のごとく真っ赤なアウラ、羽根の細部までが窺える精緻な光翼、彫によって模様付けされた芸術性の高い結晶剣。

 どれ一つとっても、この世のものとは思えない美しさを持っていた。

 エリアスは思わず見とれてしまう。

 メルザリッテが構わずに動きだした。


「まずは神の矢フィーリウス・サジッタですね」


 手に持っていた剣を空に投げた。

 虚空を貫くように飛んでいく。


「このように、すでに造ったものを投げても構いません。ですが慣れれば――」


 ふいに、先ほど放たれた剣を取り囲むように五つの光球が現れた。

 それはやがて輪郭を持ち、尖った結晶となる。

 と、勢いを持って剣を向かっていき、衝突。

 剣もろとも弾けとんだ。


「こうして離れた場所で結晶を生成、飛ばすことも可能です」


 何事もなかったかのように、メルザリッテがにこりと笑う

 そんな彼女とは対照的に、リンカともどもエリアスは開いた口がふさがらなかった。


「実際に見ると、やはり凄まじいですね……」

「ベルのよりすごい……」


 リンカは、ベルリオットとともに応援部隊としてディザイドリウムに派遣された時期があった。

 おそらくそのときに見る機会があったのだろう。

 メルザリッテが説明する。


「ベル様は、どちらかと言うと神の矢は苦手としていて、逆にわたくしは神の矢の制御が得意ですから。おそらくリンカ様もわたくし寄りかと」

「じゃあ、さっきのがあたしにもできるように?」

「リンカ様次第では可能かと」


 そう言われて、リンカが自身の手を見つめながら目を輝かせた。


 ――置いていかれる。


 そんな強迫観念染みた想いに、エリアスは胸中を満たされる。


「わ、わたしにはっ! わたしにもなにか!」


 気づけば、メルザリッテに詰め寄っていた。

 彼女が困惑する。


「そう焦らないでください」

「す、すみません……」


 たしなめられてから、子どものようだったと自省の念に駆られた。


 なにをしているのですか。わたしは……。


 メルザリッテが慈しむように笑みを浮かべる。


「大丈夫ですよ。初めに伝えましたでしょう。適正を確かめる、と。エリアス様にも、向いている技があります」


 言って、彼女は右手に長剣を造り出した。

 切り刃を辿り、ほの白い光が手元から剣先に向かっていく。

 それから見上げた先、虚空に刃を造り出す。

 と、それに向かって剣を振り上げた。

 切り刃を光らせていたものが線となり、剣を離れて飛んでいく。

 そのまま空に浮かぶ結晶に接触し、音もなく真っ二つに裂いた。

 こちらに向き直ったメルザリッテが、悠然と言い放つ。


飛閃ウォラリアス・カエッサ。エリアス様には、これを会得していただきます」

「今のを、わたしが……」


 凄まじい。

 もし飛閃を習得できたならば、攻撃にも幅ができる。

 戦闘能力は飛躍的に上がるだろう。

 騎士団の序列一桁代に名を連ねてからというもの、わずかな向上はあっても格段に強くなることはもうないだろう、と決めてかかっていた。

 だが、まだまだ自分は強くなる可能性がある。

 それを明確に示された途端、胸の鼓動が早くなっていた。


「リンカ様はできるだけ遠くまで意識を向ける訓練を、エリアス様は手を放した状態で、近場に質の高い結晶を造る訓練を行ってください」


 それがまるで大したことのないようにメルザリッテから告げられた。

 うなずいたリンカとは反対に、エリアスは眉をしかめる。


「もう少し具体的に説明してもらえないでしょうか。近場に、と言われても、わたしは先ほど手を放したらすぐに消えてしまって……」

「すべては周囲のアウラを感じ取らないことには始まりません。ちなみにベル様は、わたくしが助言せずとも、すでにそれができていました。たしか~……」


 メルザリッテが小首をかしげながら、立てた人差し指を口元に当てる。


「訓練校の第二期生の頃からでしょうか」

「十二歳……」


 ベルリオットは青のアウラという強大な力を得た。

 それゆえ、騎士として大成したという考えをエリアスは少なからず持っていた。

 だがあくまで青のアウラはきっかけを作っただけであって、すべてはその高い戦闘技術に裏づけされたものだったというわけだ。


「わかりました」


 力を得るため、自負心を捨て全力で臨もうと思った。

 手を強く握りしめ、拳を作る。


「できることはすでに証明されているのです。あとは技術を身につけるだけ……」

「それが難しいんでしょ」

「うっ」


 意気込んだ矢先、さっそくリンカにくじかれてしまった。

 メルザリッテがくすくすと笑う。


「大丈夫です。お二人なら、すぐに扱えるようになりますよ」


 とにもかくにも、自分はまず周囲のアウラを感じ取るところから始めなければならない。


 きっとわたしのように、凝り固まった考えを持ったままではだめなのでしょう。

 すべては姫様を護るため。


 これまでの自分をぶち壊すつもりで、エリアスは訓練を開始した。



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