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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
二章【天上の子・前編】
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◆第三話『七人の王』

 偶然、来訪が重なったのか。

 聖堂騎士に案内され、各大陸の王がぞろぞろと入ってくる。

 初めに姿を現したのは長身痩躯の青年。

 見るからに屈強そうな騎士を三人引き連れ、胸を張っている。

 だがきょろきょろと周囲に視線をめぐらせているせいか、まったく威厳がない。

 リズアートがひそめた声で言ってくる。


「彼はシェトゥーラの王。慎重派って言われてるけど……見ての通りただの小心者よ」

「遠慮がないな」

「だって今回の会議がこんなに遅くなったのは彼が原因なんだもの。いくら催促しても、他の王が答えを出すまでまったく返事がなかったんだから。きっと初めから他の王の出方をうかがってたのよ」


 声量は控えめだが、ご立腹なことがよくうかがえた。

 続いて広間に入ってきたのは恰幅が良い中年男性だ。

 穏やかな空気をまとっているが、その瞳からは強い意志がうかがえた。

 彼が伴っているのは老齢の男性が一人のみ。

 禿げた頭頂部、白いあごひげ、丸めた背中が特徴的な老人だ。

 一見して騎士には見えない外見だが、気持ち悪いほどに無駄のない足運び、体重移動が、その実力を物語っている。


 あの爺さん、ただものじゃないな……。


 得たいの知れない老人を目にして、ベルリオットは思わず息をのんだ。

 リズアートがふたたび小声で話してくる。


「あっちはティゴーグの王。温厚な性格で知られているわ。って、ねえユング。後ろにいる老人ってまさか」

「はい。アヌ・ヴァロン卿で間違いないかと」


 その名を聞いて、ベルリオットは納得がいった。

 アヌ・ヴァロンは、ライジェル・トレスティングが台頭するまで、全大陸最強と謳われていた騎士だ。繰り出される技が相手を翻弄するものばかりだったことから、《幻惑の騎士》と呼ばれていたという。

 それにしても、とベルリオットは首をかしげる。


「たしか十年以上も前に引退したはずじゃ」

「今回の七大陸王会議に際し、復帰したのかもしれませんね。彼がいるのといないのとでは、ティゴーグの発言力に天と地ほどの差が生まれますから」

「そこまで……」

「発言力云々は、どの大陸も本当は平等であって欲しいんだけどね」


 リズアートが呆れたようにため息をついた。

 願望が含まれたその言葉から察するに、実際は平等ではない、ということだろう。

 そうした各大陸間の力関係は、ベルリオットにはよくわからない。だが、発言力に差ががあれば、話し合いにすらならないことぐらいは理解している。

 それでもリズアートは各大陸の王を集め、話し合いの場を設けた。


 王の中じゃ一番若いってのに本当にすげえよ。俺も頑張らないとな……。


 そんな思いを胸に抱きながら、ベルリオットは人知れず拳を作った。

 次に入ってきたのは、瀟洒なローブを羽織った老人。

 顔の皺は深く、あごには豊かな白髭を蓄えている。

 彼はディザイドリウムの王だ。

 ここ最近、ベルリオットはディザイドリウムの防衛戦に参加していた。

 それに対する礼として食事に招かれたことがあったため、王とは面識がある。


 その王の後ろから、一人の騎士が続く。

 ジャノ・シャディン。

 ディザイドリウムが誇る《四騎士》の長兄だ。

 彼を伴い、ディザイドリウム王がこちらに近寄ってきた。


「久しぶりだな、リズアート」

「お久しぶりです、ディザイドリウム王」

「この場で言うのはおかしなことかもしれないが……ディザイドリウムの移住を受け入れてくれて感謝している」

「そんな。先の事件の後、こちらも復興に支援していただいたのですから」


 先の事件とは、前騎士団長グラトリオ・ウィディールが起こしたものだ。

 彼によってリヴェティアは少なくない被害を受けた。

 中でも前国王レヴェンの死は言葉にできないほどの悲しみを国民に与えた。

 事件から、前国王の死を連想したのだろう。

 ディザイドリウム王の皺が、一層深くなったような気がした。


「その節は本当に残念であった……大丈夫なのか?」


 慈愛のこもった言葉だった。

 それを受け、リズアートが一瞬目を伏せたかと思うや、すぐに目を開いた。


「悲しい気持ちは今でも胸の中に残っています。でも、わたしは王になったのですから、いつまでも下を向いているわけにはいきません。多くの命を預かる身として、しっかりと前を見ていきます」


 亡き父のことを思い出したのか、わずかにだが涙の粒が目尻に溜まっている。

 だが、その表情が崩れることはなかった。

 ディザイドリウム王が、穏やかな笑みを浮かべる。


「本当に立派に育ったな。レヴェンも、きっと喜んでおる」

「……はい」


 リズアートは力強く頷いた。

 彼女だって揺らぐことはある。

 だが、真っ直ぐに進もうと努力する。

 それこそが彼女の魅力であり、ベルリオットが一目置いているところでもあった。

 二人の王に目を向けていると、ジャノが隣にやってきた。


「ベルリオット」

「ジャノのおっさん」


 王だけでなく、四騎士と会食したこともあった。

 そのときは初対面での非礼を何度も詫びられたが、ベルリオットは過ぎたこととしてとりあわなかった。彼らも度重なる連戦で気がたっていたことを考えると、責める気にはなれなかったのだ。

 それに腹を割って話してみてわかったが、《四騎士》はただ頑固なだけで仲間想いの人間だった。

 気骨もある。

 それがわかってからは、嫌う気持ちなんて生まれなかった。

 リズアートがくすりと笑う。


「おっさんって」

「好きに呼んでいいって言われたからな」

「たしかに言ったが、おっさんまでは許してないだろう」


 ジャノが肩をすくめた。

 ディザイドリウム王が、自身のあごひげをいじりながら口を開く。


「ジャノがおっさんならば、わたしは爺さんといったところかな?」

「へ、陛下までっ」


 あわてふためくジャノの姿に、ベルリオットは思わず噴出してしまった。

 普段の厳格な彼を知ってしまっているから、余計に可笑しかった。

 大きなため息をついたジャノが、こちらに向き直る。


「それはそうと……ベルリオット。次のディーザの安息日、すまないが頼むぞ」


 その日、ディザイドリウム移住計画が最終段階に入る。

 といっても移住自体はすでに完了し、残っているのは後処理だ。


 ――《飛翔核》はアウラの残りが少なくなると、大陸へのアウラ放出量を制限する。そのため、《運命の輪》からアウラを取り入れなくても大陸が急激に落下することはなく、ただ緩やかに下がっていく。そして中途半端に下がったディザイドリウム大陸は、地上から上がってくるシグルの踏み台となり、より強いモノを呼び寄せる材料となる。これを打開するためには、《飛翔核》を破壊するしかない――。


 メルザリッテの意見である。

 これをディザイドリウム王や、宰相ラグ・コルドフェンに伝えた。

 無人の大陸を残す必要はない。

 それに少しでも人間に危害が及ぶ可能性が生まれるのなら、と彼らは理解を示し、賛同してくれた。


 破壊役には四騎士だけでなく、ベルリオットも選ばれた。

 なにぶん初めての試みだ。

 いくら安息日だからといって、シグルが現れないとも限らない。

 もし四騎士では対処できないシグル、つまりドリアークやモノセロス等級が現れた場合を考えると、ベルリオットも立ち会った方がいいという見解に至ったわけである。


「ここまでディーザに関わったんだ。最後に立ち会えるのは俺としてもありがたいよ」


 今回の移住計画。

 ディザイドリウム側に話を通したのはリズアートだが、もとはベルリオットが彼女に相談したから動きだしたのだ。

 きっかけを作った身として、最後まで見届けるのが責務だと思った。


 と、ふいに多くの足音が聞こえてきた。

 十人ぐらいの集団が、ぞろぞろと広間に入ってくる。

 黒ずくめ、というわけではないが、全員が黒味の強い衣装に身を包んでいた。

 まだ広間に来ていない王は、ガスペラントとメルヴェロンドのみ。

 ただ、メルヴェロンドの場合、少しでも黒味のある衣装は絶対に着ない。

 つまり、あの集団はガスペラント王一行ということになる。


 先頭を歩くのは体格の良い中年の男。

 もさっとしたもみあげと鼻の下の毛、厳しい顔つきが特徴的だ。

 他の者も、彼を窺いながら付き従っているように見えた。

 おそらく彼がガスペラント王で間違いないだろう。


 王のすぐ後ろには、三人が並んで続く。

 一人は中性的な顔つきの男。

 青白い肌、胸元まで伸びたさらさらの髪が目につく。

 どことなく雰囲気がユングと似ているな、とベルリオットは思った。


 二人目は仮面をつけた男。

 フードを被り、ゆったりとした外套で体を覆っている。

 その風貌は不気味としか言いようがない。


 三人目は褐色の肌をした女性騎士。

 やや尖った耳と、かなり控えめな胸が特徴的だ。

 恐らくアミカスの末裔で間違いないだろう。

 銀色の髪は肩にかかるかどうかの長さ。

 身長はベルリオットと同じかそれ以上、と高い。

 同じアミカスの末裔だからか、ナトゥール・トウェイルと外見的に似ている。

 だが視界に映るアミカスの女性騎士は、きりりとした目つきで近寄りがたい感じだ。


 彼ら三人の放つ空気は異様で、前を歩くディザイドリウム王をもかすませていた。

 ガスペラントが大集団で来訪したからか、広間が騒然とする。


「そんなにたくさん連れてきて非常識じゃないかねえ」


 言ったのは、ファルール王だ。

 広間の空気が一気に凍りつく。

 しかしそれを意に介した様子もなく、ガスペラント王が口を開く。


「我らが教会を警戒するのも当然のことだと思うがな」


 およそ五百年ほど前。

 ガスペラント王国は信仰の自由をうたい、サンティアカ教会から独立。

 名称をガスペラント帝国に、従来の騎士団も騎士軍に呼称を変えた。

 以来、帝国はなにものにも屈しないことを誇示し、その象徴として武力を選び、高めている。

 帝国誕生の背景が背景なだけに、ガスペラント大陸には教会を目の仇にする風潮が強い。

 ガスペラント王の発言も、それゆえだろう。

 ディザイドリウム王が低い声で言い放つ。


「あくまで会議は話し合いのみをもって行われるべきだ。その数を連れてくることで、公平性が欠けてしまう可能性を考えはしなかったのか」

「公平、とあなたにだけは言われたくないな。いまや大陸を失いかけている、王とは名ばかりのただの老いぼれが、この場にいること自体、不公平であろう」

「いくら大陸の王とて、我が王の侮辱は許しませんぞ……!」


 ジャノが怒りをあらわにし、身構えた。

 それに反応し、アミカスの女性騎士がガスペラント王の前に出る。


 おいおい、まずいんじゃないのか、これ……。


 一気に張り詰めた広間の空気に、ベルリオットは思わず動揺してしまう。


「皆様、どうかお控えください」


 広間に透明感のある高い声がひびいた。

 声の出所は、広間の最奥。階段を上がった先からだ。

 そこには、いつの間にか聖堂騎士ではない女性が立っていた。

 おそらく騒ぎの間に、後ろ手にある扉から出てきたのだろう。


 女性は、足もとを隠すほどのゆったりとした水色の法衣に身を包んでいる。

 装飾品は一切見につけていないため、格好だけを見れば地味だ。

 しかし恐ろしく白い肌や、地につきそうなほど長く艶やかな髪が彼女を美しく飾っている。

 サンティアカ教会の最高位。

 大陸の王でもある、メルヴェロンド教皇だ。

 教皇が階段を降りてくると、ゆるやかな口調で話し始める。


「これから会議を行う白玉の間は、あまり広くありません。同伴できるのは各国につき一人のみ、という形でいかがでしょうか」


 護衛の数は、ディザイドリウムやティゴーグの一人がもっとも少ない。

 それに合わせてのことだろう。

 ガスペラント王もそれに気づいたらしく、鼻を鳴らしながら頷く。


「いいだろう。行くぞ、デュナム」

「はっ」


 中性的な顔つきの男――デュナムが短く答えた。

 続いて他の王も一人ずつ護衛を選んでいく。

 その光景を見てか、リズアートがほっと息をついた。


「それじゃユング、行きましょうか」

「はい」


 立場的に、騎士団長であるユングが選ばれるのは当然だと思っていた。

 だから疑問は抱いていなかったのに、リズアートがわざわざこちらに向き直り、申し訳なさそうな表情を向けてくる。


「ベルリオット。悪いけれど、あなたは残ってもらうわ」

「しかたないだろ。それに会議とか俺には向いてないから、正直ほっとしてる」

「たしかに」


 リズアートがくすりと笑う。


「それじゃ、行ってくるわ」

「ああ」


 こちらに背を向け、リズアートが歩き出した。

 かと思うや足を止め、「あっ!」と声をあげる。

 振りかえり、人差し指を突き出してくる。


「待ってる間、余計なことはしないようにね」

「俺は子どもかよ」

「間違ってないでしょ?」

「おい」


 ふふ、とリズアートがまた慎ましやかに微笑んだ。

 今日の彼女はなんだか笑顔が多い。

 いくら王とはいえ、彼女の年齢はベルリオットと変わらない。

 気負っていなければいいが、と思っていたが、どうやら杞憂に終わったようだ。

 それじゃ、とリズアートは今度こそ傍から離れ、他の王とともに階段を上がっていく。


 千七百三十五年という長い時を経て。

 ついに七大陸王会議が再現される。


 どうか人が前に進む選択ができるように、と。


 七人の王の後ろ姿を見つめながら、ベルリオットは切に願った。



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