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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
一章【並び立つ剣】
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◆第二十四話『闇を翔ける青の騎士』

 王都に侵攻したモノセロスは報告にあった数よりも二体多かったが、ベルリオットはそれらを難なく斃した。

 それから急いで南方防衛線に向かい、到着したのだが――。

 待っていた状況は最悪だった。


 報告にあったモノセロスはいなかったが、ディザイドリウムの騎士があちこちに倒れていたのだ。

 そしてその中心にいるシグルと思しき巨大な黒塊。

 モノセロスほどの巨大な体躯に、全身を包み込むほどの翼が特徴的なそれは、メルザリッテより聞いていたドリアークの形状と合致する。


 見たこともない形状から考えても、恐らくあれがドリアークと見て間違いないだろう。

 まさか本当に現れているとは思いもしなかった。

 だが今は、そんなことに驚いている場合ではない。

 ドリアークの視線の先に、傷だらけのリンカが倒れているのだ。

 しかも奴は、なにやら口の中に黒球のようなものを造り出していた。

 状況からみても、あれが攻撃手段であることは明白だった。


 リンカを護るために、手っ取り早い方法。

 ベルリオットは神の種子(メテオ・リーテース)を、リンカとドリアークの間に造り出し、即座に思考から空中維持を切り離した。

 時間がなかったため、以前に造ったときよりも小さい。

 だが効果はあった。

 ドリアークの放った黒球が神の種子に押しつぶされ、弾け飛ぶ。


 その間にも、ベルリオットは猛烈な勢いでドリアークへと向かっていた。

 相手は巨大だ。

 身の丈ほどの剣を造り出す。

 切れ味は気にしない。

 気にしても恐らく無意味だ、と本能で感じ取っていた。


 神の種子が四散すると同時、剣を縦に構え、ドリアークの左翼へと激突する。

 地表を抉りながら、ドリアークを押しやる。

 だが剣は奴の体に届いていない。

 奴を取り巻く風の鎧に阻まれているのだ。

 徐々にめり込んではいる。

 だがこれ以上接近を続ければ、吹きつける風の激流に全身が切り刻まれそうだった。


 たまらずドリアークを弾き飛ばし、距離を取る。

 ドリアークが遠方で勢いを止めた。

 その身に傷を与えられていないどころか、体勢すら崩せていない。


 青の光をもって突っ込めばどうにかなると思っていた自分が浅はかだった。

 あの風の鎧は、無理にこじ開けられるようなものではない。

 また、風の鎧自体が攻撃手段となっているため、一瞬しか接近できない。

 ドリアークには遠隔攻撃が効果的だとメルザリッテが言っていたが、まさにその通りのようだ。


 ドリアークが咆哮を上げた。

 こちらを睨みつけるや、飛翔し、迫ってくる。

 その巨体からは想像できないほどの速さだ。


 接近が無理なら!


 ベルリオットは自身の持つ剣を神の矢フィーリウス・サジッタとし、放とうとし――たところで止めた。

 向かってくるドリアークの輪郭がぶれるほどの速さで真横へとずれたのだ。


 速いっ!


 高い俊敏性を持つとも聞いていたが、予想以上だ。

 あれに神の矢を当てるには、今の自分の制御能力では不可能に近い。

 勝ち誇るように哮ったドリアークが猛烈な勢いで突撃を仕掛けてくる。

 ただの突撃でも、奴にとっては必殺の一撃だ。

 接触すれば、その身に纏われた風の激流が襲い来る。


 咄嗟に上方への回避を選択した。

 通り過ぎたドリアークが再びこちらを向くと、瞬時に造りだした黒球を放ってくる。

 その黒球もまた凄まじい速度を持っていた。

 まともに受けてはこちらの身が持たない。

 造り出した盾で右方へと受け流す。

 その際、予想以上の衝撃が全身を襲い、思わず顔を歪めてしまう。


 冗談じゃない、ぞ……!


 この強さ、モノセロスの比ではない。

 休む暇もなく、ドリアークがみたび飛びかかってくる。

 覚えたての技が脳裏に浮かぶ。

 飛閃。

 あれならば放ったあとの制御は考えなくてもいい。

 敵の動きを予測し、そこへ上手く放てれば当てられる。


 こちらと同じ高さまでに達したドリアークが周囲を旋回し始める。

 裏を取られないようにベルリオットも旋回し、位置取りを直す。

 こちらを翻弄しているつもりか。

 嘲り笑うかのように奇声を上げる相手に、ベルリオットは一瞬苛立ちを覚えた。

 だがすぐに熱を抑え、剣の切り刃にアウラを収束させることに集中する。

 線を引くように切り刃がほの白く光り始める。

 と、旋回するドリアークの動きがほんのわずかに緩まった。


 くる!


 読み通り奴が旋回を止め、突撃を始める瞬間だった。

 すかさずベルリオットは剣を振り下ろし、飛閃を放った。

 収束されたアウラが光の刃となって飛んで行く。

 飛閃が奴の頭部に触れる――かと思った瞬間、また奴の輪郭がぶれ、凄まじい速さで左へと移動する。


 だが完全に回避というわけにはいかなかったのか。

 飛閃が左翼周辺の風の鎧へと衝突。

 鈍く短い音と同時に、その域のみ白い激流が消滅した。

 だが周囲の風の激流が伸びていき、空いた穴は瞬時に修復されてしまう。


 速いのもあるが、奴は危機察知能力が異様に高いのかもしれない。

 まともに飛閃を当てるのに苦労しそうだ。

 それに――。

 やはり未完成のままでは風の鎧は突き抜けないようだった。

 だが今のままでも当てられれば、一瞬だが風の鎧を消せることだけはわかった。


 奴に飛閃を直撃させ、風の鎧が消滅した瞬間を狙えば、ドリアーク本体に攻撃を徹せる。


 現状ではこれしか打開策が思いつかない。

 とはいえ、実践できるかどうかは別問題だ。

 飛閃を瞬時に二度放てれば解決するのだが、収束までに時間がかかってしまうため、とてもではないが出来る気がしない。

 あと一手が足りない。


 どうする……!


 そう思考を巡らせた直後――。


「う、うぁあああ」


 叫び声が聞こえた。

 すかさず声の方へと視線を向ける。

 と、ガリオンに襲い掛かられている騎士を見つけた。

 騎士は負傷しているらしく、動けないまま地上で横たわっている。


「くっ!」


 間近まで迫ったドリアークを躱しつつ、地上のガリオンへと神の矢を放った。

 地上に縫い付けられたガリオンは慟哭をあげたのち、間もなく消滅する。

 飛行するアビスや、のろのろと動くギガントの姿も視界に映った。

 反射的にアビスへと神の矢を放ち、ギガントには小さめの神の種子を落とした。


 くそっ、どこから!?


 咄嗟にベルリオットは周囲を見回した。

 すると破壊された防壁から、ガリオンやアビス、ギガントが溢れ出てくるのが目に入った。

 とはいえ数がそれほどではないのは、防壁外側で戦う騎士たちが残っているからだろうか。

 とにもかくにも、押し寄せてくるシグルたちをどうにかしなければならない。

 放置すれば、そこかしこで倒れる騎士たちの命が危うい。

 だが、今、自分の目の前には――。


「グァアアアアアアアア!!」


 ドリアークがいるのだ。

 哮りながら突進を仕掛けてくる奴から、ベルリオットは接触寸前のところで距離を取った。

 奴と戦いながら、他のシグルの侵攻から騎士たちを護るのは至難の業だ。

 だからと言ってドリアークを放置することは絶対にできない。

 放置すれば最後、それこそ破壊の限りを尽くされてしまうだろう。


 恐らく現状、奴の相手ができるのは自分だけだ。

 ならば他のシグルを放置するのか。

 より強大な危険があるからと、今、目の前にある命を切り捨てるのか。


 いや。

 護ると決めたんだ。

 たとえ何十、何百のシグルがやってこようとも。

 このドリアークという強大な敵を相手にしながらでも。

 関係ない。

 やってやる……!


 覚悟した途端、全身に力が漲ってくるようだった。

 ドリアークが咆哮をあげながら迫り来る。

 身の丈ほどの剣を造り直し、接触するドリアークへと右の薙ぎを見舞う。


「うぉおおおおおおおおお!!」


 接触と同時、全身に切りつけるような風が襲い来る。

 風の鎧に青の剣ががりがりと荒々しく削られる。

 これ以上は持たない。

 その瞬間を見計らい、全力で振り切る。

 奇声とともにドリアークが左方へと突き飛んで行く。

 当然のごとく奴の体勢は崩れていない。

 だが、距離は離れた。

 それでだけで充分だ。


 この僅かな時間で――。


 頭を振り、防壁から溢れ出てきたシグルの位置を把握する。

 迷いがなくなったからか、頭の中がすっきりしていた。

 さらに自分でも驚くほどに思考力が増している実感があった。


 今の自分が一度に制御できる神の矢は二本のみ。

 狙い撃ちが可能なため、騎士に近いガリオンやアビスに限定。

 神の種子は発動までに時間がかかる上に速度がないため、使うのは鈍足なギガントに限定。

 ドリアーク相手では当てるのが難しく、また未完成で切れ味も不十分な飛閃だが、下位シグル相手ならば充分に威力を発揮するはず。

 よって騎士から距離があるシグルの群れには飛閃を。


 そこまで一瞬で脳内で整理したベルリオットは、視界に入るシグルの位置をことごとく把握し、動きを予測し、神の矢、神の種子、飛閃を放つ。

 空中、地上のあちこちで青の光が飛び交い、鋭い刺突音、鈍い轟音が鳴り響く。

 ドリアークが接近してくるなり、また巨大な剣を造り出し、遠方へと突き飛ばす。

 その度、服に、肌に幾つもの切り傷が刻まれていく。


 これぐらいの切り傷、いくら受けたところで倒れる気がしなかった。

 ドリアークを突き飛ばし、再び他のシグルへと視線を巡らせたとき。

 こちらを眺めながら、多くの騎士たちがぼう然としているのが目に入った。

 驚くのも無理はない。

 未知のアウラを、攻撃を使ってベルリオットは戦っているのだ。

 彼らからしてみれば、今、何が起こっているのかすらわからない、といったところだろう。


 だが今はそんなことなどどうでもいい。

 いつまでもこの状況が続くよりも、彼らが避難してくれることで護る対象が減ってくれた方が、状況は好転するかもしれないのだ。

 ベルリオットは両手を交差し、造り出した刃を地上のガリオンへと飛ばしながら、叫ぶ。


「少しでも動ける奴は今すぐにここから逃げろ! 防衛線のことは気にするな! ドリアークも、他のシグルも、まとめて俺が――斃す!」


 叫んでいる間も空中を飛び回り、シグルたちへと攻撃を放ち続ける。

 こちらの足かせになっていることに気づいたのか。

 辛うじて動ける騎士たちが、動けない騎士たちを抱えて退避していく。


 ふと視界の端で、勢いよく地上を駆ける二体のガリオンが映った。

 その行き先には、力なく倒れる小柄な騎士が一人。

 リンカだ。

 全員を護ると決めた。

 だが、その中でも、彼女だけは誰よりも傷つけさせたくなかった。


 二体のガリオンへ、一本ずつ神の矢を放つ。

 鋭い刺突音とともに地上に縫い付けられたガリオンが音もなく霧散する。

 直後、後方から近づいてくる風を切る音。

 振り返りざまに剣を造り出し、眼前に迫ったドリアークへとこん身の一撃を見舞う。

 その時、リンカの声が背後から聞こえたような気がしたが、激しい風の音によってかき消され、上手く聞き取れなかった。


「やめて!」


 ドリアークを弾き飛ばした直後、リンカの声がしかと耳に届いた。

 その言葉だけならば、なにを止めればいいのかはわからない。

 だが、これまでの彼女との関係性、今の状況から、その意味することがベルリオットには一瞬でわかってしまった。

 助けるな、と彼女は言っているのだ。

 リンカの甲高い声が続けて飛んでくる。


「あんたに助けられるぐらいなら死んだ方がましって言ったでしょ! あたしのことは放っておいて!」


 死んだ方がましだなんて言うな。

 少し前の自分なら、そう怒鳴り返していただろう。

 だがベルリオットは、リンカの憧れる騎士という存在を、騎士として歩んできた道を歪め、壊した存在だ。

 そんな人物に助けられたところで、彼女が迷惑だと思うのも仕方なかった。


 ただ、それで彼女に従うかは別だ。

 言葉通り受け止め、護るのを止めるつもりはない。

 彼女を死なせるつもりはなかった。

 自己満足かもしれない。

 彼女を護り切ることで自分は楽になろうとしているのかもしれない。

 だがそれでもいいと思った。


「違う、違うでしょ! あんたはそんなんじゃない! 好き勝手に戦うだけで、誰かを助けるような奴じゃない! なに今さら取り繕ってんの! ふざけんなっ!」


 その叫びは、喉を痛めることをまるで気にしていないようだった。

 耳が痛かった。

 だがベルリオットは構わずにリンカを護りながら、ドリアークと撃ち合い、他のシグルを斃し続ける。


「俺は取り返しはつかないことをした! 自分勝手に戦って隊長を傷つけた! 今さらなにをしたって許されないことぐらいわかってる! それでも……それでも俺はっ!」


 力がある。

 化け物と恐れられるほどの力が俺にはある。


 だから――。


「やれることをやるって決めたんだ!」


 再びドリアークと撃ち合い、弾き、他のシグルへと攻撃を続ける。

 息つく暇も、瞬きをする暇もほとんどないからか、呼吸は荒れ、眼球は乾いてきた。

 苦しいし、痛い。

 だが、動きを止めるつもりはない。


 俺には護らなきゃいけないものがある……!


 自身を奮い立たせんがため。

 ベルリオットは雄叫びを上げながら、ドリアークへと向かう。



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