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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
一章【並び立つ剣】
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◆第二十二話『闇に舞う紅の騎士』

 緑のない荒れ果てた平野ばかりが続く。

 目につくものはなにもなく、また人も見当たらなかった。

 リンカ・アシュテッドは翔けていた。

 向かう先は南方防衛線。

 そこに、ある意味では自分の騎士としての始まりを作り、そして壊した存在がいる。


 モノセロス。

 ラグ・コルドフェン宰相より奴がいることを知らされた瞬間、リンカは王都を飛び出した。

 頭でなにかを考えるよりも早く体が勝手に動いたのだ。

 ただ、考えたところでおそらく結果は同じだっただろう。

 だから引き返す気は起こらなかった。


 周りは静かだ。

 聞こえるのは自身が風を切る音のみ。

 それがまた自分の心を浮き彫りにさせる。

 おかげでどれだけ感情が昂ぶっていたのかを自覚させてくれた。

 今は冷静だ、と思う。

 だが胸の奥底からは、なおもどす黒いなにかが込み上げてくる。

 胸糞が悪い。


 そこから連想して、王都に置いてきたベルリオット・トレスティングのことを思い出した。

 このディザイドリウムには任務で来ているため、彼とはいやでも一緒にいる時間が長くなった。

 こちらが嫌っていることは向こうにも充分に伝わっているはずだ。

 しかし彼は、距離を置いてはいるものの、どうにか縮めようとしているように思えた。

 少なくとも自分にはそう感じた。


 まさか眼の傷のことを謝ろうなんて思っているのだろうか。

 初めはそう思ったが、どうやら違うようだった。

 他の方法でどうにかして償おうとでも思っているのかもしれない。

 だが、その方法が見つからない、といったところだろうか。

 探すだけ無駄だ。

 許す気なんて、はなからない。


 現リヴェティア女王誕生祭での出来事が、今でも脳裏に蘇る。

 映るベルリオットの背中。

 その脇を通り過ぎ、迫ってくる一角獣。

 視界が、黒で覆い尽くされ――。

 また、左眼がうずいたような気がした。

 あいつも、南方防衛線に来るだろうか。

 わからないが、来たところで一緒に戦うつもりはなかった。


 ……あんな奴と一緒に戦ってたら、命がいくつあっても足りない。


 モノセロスは自分の手で倒してみせる。

 そう、リンカは強く決意する。

 気づけば、前方の景色に変化が表れていた。


 外縁部の少し手前。

 弧を描くように築かれた防壁は、リヴェティアのそれとは比べ物にならないほど高い。

 おそらく二倍近くはある。

 平均高度がもっとも低い大陸ゆえ、現れるシグルも多い。

 そのための防衛策というわけだ。


 その防壁の外側で、無数の光がうごめいていた。

 恐らくとも言わず、ディザイドリウムの騎士たちだ。

 死力を尽くし、外縁部に湧き続けるシグルと戦っているのだろう。


 と、防壁のある区画。

 まるで溢れ出る水のように光が手前側へなだれ込んでいた。

 その光は、防衛線全域の中でもとくに紫色が多い。

 恐らくあそこに奴が……モノセロスがいる。

 リンカは、その溢れ出た光の中心部へと向かった。



 近づくにつれ、徐々に状況が掴めてくる。

 光の中心部に巨大な黒の塊。

 モノセロスが暴れていた。

 それを囲むように五十ほどの騎士。

 見る限りではヴァイオラ・クラスしかいない。

 だがモノセロスの真正面に立っているのは、一人の騎士だけだった。


「くっ、この化け物がっ!」


 四騎士の長兄、ジャノ・シャディンだ。

 周囲の中では誰よりも濃い紫の光を纏い、モノセロスと死闘を繰り広げている。

 ジャノが手にする結晶武器は、刃が幅広で長く厚い。

 恐らく大鉈だ。


 その大鉈で、突進をしかけてきたモノセロスの角をジャノが受け止めた。

 鈍く重い音が周囲にひびく。

 足が地にめり込む。

 衝撃はなくならない。

 地を抉りながら後方へと追いやられる。


「これを《剣聖》は一人でやったというのか……敵わんな」


 長時間戦い続けているからだろう。

 ジャノの表情には余裕がない。


「だが、わたしもディーザ騎士団の頭。部下にみっともない姿はさらせんのだよ!」


 眼前のモノセロスに睨みをきかしながら、ジャノが歯を食いしばった。

 雄叫びとともに大鉈を横払いし、モノセロスを弾き飛ばす。

 後方へ吹き飛んだモノセロスだったが、その体勢は崩れていない。

 双方が再び衝突。

 轟音を鳴らしながら撃ち合いを繰り返す。


 近接の瞬間を最小限にとどめながら、ジャノは戦っている。

 その技量はさすがと言うべきか。

 だが、決め手がないといった様子だ。


「ジャノ様!」

「お前たち、絶対にこいつの前には出るな!」


 たまらず加勢に入ろうとした騎士たちを、ジャノが一喝して止めた。

 なにも一切手を出すな、というわけではないらしい。

 期を見て、ということだろう。

 距離を取ったモノセロスがみたび突進をくり出す。

 正面から撃ち合うつもりか、ジャノも自ら前へと出る。

 モノセロスの口に、ジャノの大鉈が横向きに食い込む。


「ぬぉおおおおおおおお!!」


 衝突。

 轟音とともに、双方を中心に砂塵が巻き上がる。

 限界を超えているのか、ジャノの血管という血管が浮き出る。

 歯を食いしばり、血走るまなこでモノセロスをねめつけながら、ジャノが声を張り上げる。


「今だ! でっかいケツにぶっ刺してやれぇええ!」


 途端、周囲の騎士たちがモノセロスの臀部目掛けて翔ける。

 様々な得物を構え、突撃する。


「「うぉおおおおおお!!」」


 幾条もの光がモノセロスの臀部に激突しては横にそれていく。

 モノセロスが四足をばたつかせながら、重い悲鳴をあげる。

 さすがにモノセロスといえど、あれだけの集中攻撃を食らえばたたでは済まなかったらしい。

 わずかにだが、臀部の中心が抉れていた。


 だが。

 咆哮とともにジャノを突き飛ばすと、モノセロスが即座に前足を上げた。

 衝撃波の構え。

 それを見たディザイドリウムの騎士全員が咄嗟に武器を放った。

 盾を作り、両手で構える。

 一角獣の前足が振り下ろされると同時、周囲に衝撃波が放たれる。


 襲い来る衝撃に苦悶の表情を浮かべる騎士たち。

 だが堪えきり、表情に安堵の色が浮かんだ。

 その瞬間、モノセロスが暴れながら続けて二度も衝撃波を放った。


 ジャノを除いた騎士が盾を破壊され、吹き飛んだ。

 弾けるようにアウラが四散し、地上に転がる。

 大半の者が動かなくなり、また動いている者もその場から起き上がれなくなった。

 それらを嘲るようにモノセロスが咆哮する。


「よくも、やってくれたな……!」


 膝をついていたジャノが盾を放り、新たに造りだした大鉈を支えに立ち上がる。

 だがその体は、とても戦える状態ではない。


 リンカは、ジャノの前に下り立った。

 だらりと下げた両の手に、使い慣れた剣を造り出し、モノセロスを見据える。

 背後からジャノの低い声が聞こえてくる。


「他国の手助けなど我らには必要ないと言ったはずだ」

「その体でなにができるの。あと周りを見てから言って」


 見ずとも当然知っているだろう。

 だから手助けに対する反論はなかった。


「……だが我らでこの有様だ。それに――」


 ジャノが一拍間を置いてから、継ぐ。


「その震える脚でなにができると言うのだ」


 言われ、はっとなった。

 咄嗟に自分の体を見下ろす。

 と、そこには小刻みに揺れる自身の脚があった。

 いや、脚だけではない。

 手も、口も、震えていた。


 なに……これ。


 これまでも何度か対峙したことがあるのに、こんな感覚は初めてだった。

 まさか、モノセロスに恐れをなしているというのか。

 自覚した瞬間、心までも震え始める。

 前方からモノセロスの咆哮。

 全身が震え、硬直する。

 これでは戦えない。


 下唇を思いきり噛んだ。

 鉄にも似た独特の味が口の中に広がる。

 幼き日に見た騎士という存在。

 そこに、このモノセロスという強大な敵を斃すことで手が届くかもしれないのだ。

 ただ、奴を斃すことが目的ではない。


 あたしは、あいつとは違う。


「大丈夫。あなたたちは、あたしが護る。だから離れてて」


 ぎゅっと目を瞑る。

 太く息を吸い込み、瞬時に吐き出した。

 同時、目を見開き、モノセロスを視界の中心に収める。


 気をしっかり持て。あたしは……やれるっ!


 けたたましい咆哮をあげながら、モノセロスが突進を仕掛けてきた。

 後ろにはジャノがいる。

 流すことはできない。

 リンカは自らモノセロスとの距離を詰めた。


 彼我の距離は大股十歩程度。

 相手の力量を考えればかなり短い。

 だがわざとその距離を保つことで気を引こうと思った。

 奴がついてこられる距離を保ち、左へ、円を描きながら後方へと下がる。

 上手く標的がこちらに固定されたか。

 地鳴りのような足音とともに奴が追いかけてくる。


 この描く円が、自分と奴との闘技場だ。

 ここから外へは絶対に出さない。

 奴の脚力はこんなものではないはずだ。

 どこかで仕掛けてくる。

 そう思った直後、奴が前足を踏み込んだ。


 くる――っ!


 その巨体に似つかわしくない跳躍で、モノセロスが上空に弧を描きながらこちら目掛けて飛び込んできた。

 一瞬で距離が縮まる。

 まだ早い。逆手に持った双剣を、両脇後ろへ流す。


 手を伸ばせば届く距離。

 まだだ。左手を額の傍へ、右手は腹の前へ。


 視界が黒で埋め尽くされる。

 まだ。体の中心線を奴と寸分の狂いなく合わせる。


 巨大な角が鼻先に迫る――。


 いまっ!


 瞬時に体勢を下げた。

 左手の剣を奴の顎下へ、添え、自身の持てる全力を以って前へと翔ける。

 頭上には巨大な黒の塊。

 左腕が軋むのを堪えながら、奴の中腹を目処に体を右回転させた。

 回転の勢いと共に左の剣を奴から放し、次は右の剣を添え、ふたたび翔ける。

 硬い物を荒っぽくかみ砕いたような音がひびき、また全身に振動を与えてくる。

 思わず顔が歪む。

 だがこれらは全て一瞬の出来事。

 気づいたときには、モノセロスとの交差は終えていた。


 後方から聞こえてくる轟音とともにリンカは体勢を直し、立ち上がる。

 直後、ずきり、と四肢に痛みが走った。

 攻撃を受けたわけではないのに、かなりの痛手を負ってしまった。

 だが、それに見合った感触は得た。


 振り返る。

 モノセロスが顔面から地に激突していた。

 土が抉れ、周囲に飛び散っている。

 横倒れになってもがく奴の腹には、痛々しく刻まれた深い傷跡。

 まぎれもなくリンカが斬ったものだ。


 いける……!


 モノセロスが起き上がると、哮りながら向かってくる。

 迎え撃たんとし、リンカも翔ける。

 限界まで両腕の力を抜き、だらりと下げる。

 眼前に紫の眼を光らせた黒の獣が迫る。

 寸前、リンカは自身の体を右側へとずらし、爆発的な加速とともに翔ぶ。

 奴の左横腹へと剣を添わせ、翔ける。

 がりがりと荒々しく削る音。


 交差を終えると地面に弧を描きながら体を回転させ、振り返る。

 奴もすでにこちらに向き直っていた。

 みたび互いに突進を仕掛ける。

 接触の瞬間、今度は奴の眉間に剣を突きつけ、背をなぞりなら抉っていく。

 奴の慟哭がひびく中、またリンカはモノセロスへと突撃する。


「ば、馬鹿な……! 我らが束になってもまともに傷をつけられなかったのだぞ!」


 信じられないとばかりにジャノがおどろきの声をあげた。

 自分に力技はできない。

 つい先刻ジャノが見せたような、真っ向から受け止めるなんてもってのほかだ。

 確実にこちらの体が潰れる。

 もともと一人で戦うことが多かったが、なにも性に合っているからではない。

 戦い方が、一対一の戦闘に特化しているからだ。


 受けを極限までに極めること。

 それこそが、小柄な体で力を得られる唯一の方法だと信じ、リンカは技を磨き続けてきた。

 先日の現女王誕生祭では、一緒に戦う仲間がいたため、受けの技を使う機会がなかったが、今は一人だ。

 気遣う必要はない。


 こと一対一においてならば、あのエリアスやクノクスにも負けない自信があった。

 序列が低いのは集団戦闘に向いていないからだ、と言われたことがある。

 いまさら戦闘形態を変えるつもりはないし、変えられるとは思えないので、序列についてはもう諦めている。

 それに序列だけが騎士を示す証ではない。

 誰かを護るため、敵を斃すことこそが騎士にとって重要であり、証なのだ。


 と、モノセロスが突進を止め、前足を上げた。

 衝撃波の構え。

 視認するや、リンカは地面を跳ねるように飛びながら距離を空ける。


「なにをしている! 盾を出さねば直撃を食らうぞ!」


 ジャノの忠告は耳に入ったが聞き流した。

 モノセロスの前足が振り下ろされると同時、大気を震わさんばかりの凄まじい衝撃波が放たれる。

 それでもリンカは盾を作らず、下がり続けた。

 一定の距離で足を止めると、突風が全身に吹きつけた。

 右腕と左太腿に一箇所ずつ、小さな切り傷が入る。


 もう少し後ろか。


 あの衝撃波には距離がある。

 これは、以前に一度戦ったときと今回のジャノたちの戦闘を照らし合わせ、気づいたことだ。

 そして以前、衝撃波をまともに盾で受けたとき、その一撃だけで吹き飛ばされてしまった。

 だから、衝撃を受けない距離まで退避した方が自分には危険が少ないと判断したのだ。


 モノセロスとの距離を一気に詰める。

 ふたたび肉薄したリンカは、すれ違いざまに黒の塊を削った。

 無駄な力は入れない。

 入れたが最後、こちらの体が潰れる。


 その微妙な力加減が、何度も接触を繰り返す度に正確になっていく。

 モノセロスという強大な敵を前にしてか、ありとあらゆる感覚が研ぎ澄まされていた。

 誇張でもなんでもなく、周囲の状況が手に取るようにわかる。

 そんな感覚だ。


「《紅炎の踊り手》……まさかこれほどとは」


 いつしか周囲の騎士たちが、見とれ、呆けていた。

 暴れ狂うモノセロスを、リンカの纏う紫の光が線を引き、取り囲む。

 赤の髪、服をなびかせながら、夜の闇の中を舞い続ける。

 攻撃を重ねるごとに効率化し、さらに加速していく。

 身体の至る場所が悲鳴を上げている気がした。

 だが脳が、本能がそれらを感じることを拒否する。


 あたしは負けない……っ!


 唐突にモノセロスが左右に首を振り始めた。

 かと思うや、前足を無造作に持ち上げた。


「なっ!」


 今までよりも段違いに動作が速い。

 退避して間に合うだろうか。

 いや。

 無理だ。

 間に合わない。

 なら。


 前に、出る――。


 一瞬の逡巡を経て、リンカは地を這うように翔け、奴の顎下に潜り込んだ。

 頭上から巨大な黒塊が落ちてくる中、両手の双剣を勢いよくかち合わせた。

 弾かれ、四散していくアウラをふたたび呼び戻す。

 今までに使っていた双剣の長さ、厚さ、幅のすべてにおいて二倍の剣を左手に造り出し、逆手に持つ。

 剣の背に、右の手の平を添え、構える。


 幼き日。

 騎士という存在を初めて目にした、あのとき。

 ライジェルが見せた振り上げの一撃は、今もなおリンカの網膜に焼き付いて離れない。

 彼の見せた攻撃とは少し違うが、これから放つ一撃は、あの攻撃を元に編み出した究極系の受け技術だ。


 猛然と迫り来る、黒塊。


 こいつは、あたしが斃す。

 斃す。斃す。斃す。

 斃すんだ!


 自身の限界までアウラを取り込み、放出とともに真上へと飛んだ。

 剣の刃がモノセロスの顎に触れ、すっとめり込んだ。

 瞬間、左手を外へ流しつつ、右手を全力で突き上げた。

 とてつもない衝撃に全身の骨が軋んだ。

 押し戻されそうになる。

 奥歯を噛みしめ、必死に堪える。


「――っぁぁああああああああああ!」


 生まれて初めて自分の意思で叫んだ。

 恥もためらいもなく、喉の奥から声を張り上げる。

 突如、全身に感じていた重みが消えうせた。

 自然と剣を振り切れた。

 そこでようやく自分がモノセロスの顎を破壊し、天へと突き抜けたのだとわかった。


 けたたましい咆哮が耳をつんざいた直後、モノセロスの頭部が弾け飛ぶ。

 ずしん、と重い音とともに黒の一角獣が力なく横たわった。

 その体が音もなく燐光となり、空へと還っていく。

 リンカは地に下り立つや、アウラを四散させた。

 へたり込む。


「や、やったの……?」


 先ほどまでモノセロスがいた場所を見つめながら、目を瞬かせる。

 斃したはず。

 斃したはずなのに、なかなか信じられなかった。

 周囲にいた騎士たちから歓声が湧き起こる。


「我々が束になっても勝てなかった奴を、まさか一人で斃してしまうとは……」

「紅炎の踊り手、まさにその名に相応しい戦いだった!」

「これは剣聖の再来か……!」


 騎士たちの歓声で、リンカはようやく勝利を自覚した。

 集中が切れたからか、全身にいきなり重くなった。

 焼けつくような痛みにも襲われる。

 どうやら限界を超えて動き続けていたらしい。


 ただ、今はそんなことなどどうでも良かった。

 あのライジェル・トレスティングが《剣聖》と謳われるに至った最大の材料。

 モノセロスを、自分も斃すことができたのだ。

 これで、あの人と肩を並べることができる。


 あたしも、騎士になれたんだ。


 顔を俯かせたとき、自然と口元が緩んだ。

 直後。


「お、おい見ろよ! なんだあれ!」


 どこからか聞こえてきた声に、リンカは顔を上げる。

 騎士たちが一様に防壁側へと視線を送っていた。

 つられてリンカも、そちらを見やった。

 すると防壁の外側――外縁部の上空に浮く黒点を見つけた。

 黒点として認識できるのは、防壁上に篝火があるため、また騎士たちのアウラの光で明るいためだ。


 この《災厄日》にあって黒点自体は珍しくない。

 あの黒点からガリオンやアビス、またはギガントなどが生まれるからだ。

 しかし、今、見ている黒点は巨大で、しかも渦巻くように周りから黒のアウラをかぎ集めている。

 徐々に大きくなっていき、黒点だったものが変貌していく。


 モノセロスと同等の巨大な体躯。

 長い首に尖った頭部、突き出される口もまた細く、だがしかし何物も砕いてしまいそうな鋭い歯が覗く。巨躯からは短めの前足、太くたくましい後ろ足が伸び、刃物のごとく鋭利な三本の爪を生やしている。

 臀部から伸びた、首や頭部よりもさらに細く長い尻尾が、中空を遊ぶように踊る。


 そして、それらすべてを包み込む巨大な翼。

 それが今まさに、ばさりと大きく横に開かれた。

 途端、シグルを中心に突風が巻き起こる。

 白い光のようなものがシグルの体を避け、激しく回り始めるが、一向に止む気配はない。

 それはまるで、風の鎧を纏っているかのようだった。


 なんなのあれ……?



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