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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
一章【並び立つ剣】
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◆第十九話『四騎士』

 ラグに続き、ベルリオットはリンカとともに王宮内を歩く。


「《運命の輪》に異変が起きてるとか移住とか。まったく聞かされてないんだけど」


 リンカがぼそりと呟いた。

 そういえば、彼女には諸々の事情を話していなかった。

 というよりユングが任務を言い渡した時点で、リンカにも伝わっていると思っていたというのもあるが。


 どちらにしろ事情は話すべきだろう。

 ただ、信じてもらえるだろうか、という不安が先行してためらってしまう。

 その一瞬の躊躇に、リンカが言葉を割り込ませてくる。


「ディーザがこれまで以上に下降してるから、《災厄日》はもっと厳しい状況になるかもしれない。だからあたしたちが応援に来た。この背景が、それってことでいいの?」

「……概ねそれで合ってます。てか、信じるんですか?」

「陛下の名前が出てる時点で信じるもなにもないでしょ」


 仰る通りで。

 別に驚かしたいわけでもないのだが、あまりに反応が薄すぎて、どう言葉を返したらいいのかわからなかった。

 ふいに、リンカが「それに」と継いた。


「状況がどうなったって、騎士がやらなければいけないことは変わらない」


 無表情で放たれた言葉だったが、瞳には強い意志が宿っていた。

 リンカのただならぬ決意にベルリオットは思わず気をとられ、足を止めてしまう。

 が、前方から聞こえてきた話し声に、すぐさま意識を引き戻される。


「これは宰相閣下殿。こんなところで会うとは奇遇ですな」

「四騎士様! ちょうど良かった。これから騎士団本部へ向かうところだったんです」


 ラグの前に四人の男が立っていた。

 見たところ、男たちの歳は全員三十以上か。

 ディザイドリウム騎士団の基本色である緑の騎士服を着込み、大層なマントを肩から後ろへとなびかせている。

 リンカとともにベルリオットが足を止め様子を窺っていると、ラグが思い出したようにこちらに振り返った。


「紹介します。こちらはディーザが誇る《四騎士》の皆様です」


 ラグの紹介を受けた《四騎士》たちは、一斉にベルリオットとリンカを値踏みするように頭のてっぺんから足の先までじろじろと見つめてきた。

 その後、全員が顎を引き、見下ろしてくる。


「長兄のジャノ・シャディンだ」

「俺は次男のヴェニ」

「三男のドルーノ」

「四男、カルージ」


 兄弟ゆえか。

 全員、目の掘りが深いという共通点があった。

 他には、長兄のジャノは顎鬚と後ろに流した髪、ヴェニは禿頭と眉毛なし、ドルーノはふさふさのもみあげ、カルージは割れた顎が、それぞれ特徴的だ。


 名前こそ覚えていなかったが、ディザイドリウム騎士団の《四騎士》はさすがに聞いたことがあった。

 その呼び名は兄弟であることから由来しているはずだ。

 数の多いディザイドリウム騎士団の中でも、彼らが飛びぬけて能力が高い、とのことで、東西南北の防衛線を一人ずつ分担して守護しているのだという。


 立ち居振る舞いからわかることもあるが、覚える威圧から、彼らの姿を前にしたときよりその強さのほどはひしひしと感じていた。

 実際に戦闘を見てみないことにははっきりとは言いきれないが、恐らくリヴェティアの序列一桁代にも引けを取らない実力を持っているだろう。

 中でも長兄のジャノは別格だ、とベルリオットの本能が告げていた。


 それにしても……。


 四騎士の顔がやつれているのが気になった。

 これもディザイドリウム大陸の高度低下によってシグルとの戦闘が激化しているせいなのだろうか。

 と、次男のヴェニが一歩前に出てラグに問う。


「して宰相閣下殿。そちらは」

「リヴェティア騎士団より応援に駆けつけてくださいました。リンカ・アシュテッド様と――」

「我らがいる限り、このディザイドリウムに危害が及ぶことはない。他大陸の応援など無用だ」


 ジャノが低い声調で言い放った。

 つまり応援を頼んだ、もとい承諾したのは宰相であるラグの独断だったということか。

 少なくとも、《四騎士》はベルリオットたちを歓迎していないのは確かだった。


「ですが、大陸の高度低下により、騎士の皆様方に疲労がたまっているのはまぎれもない事実でしょう。四騎士の皆様も顔色があまり優れないご様子。ここはリーヴェの温情をありがたくお受けすることが――」

「若造が。勝手な真似を」


 ジャノが吐き捨てるように言った。

 俯いたラグが続きを口にすることはなかった。

 下唇を噛みながら、両拳を握り締めている。


 ディザイドリウムは全大陸中もっとも平均高度が低いことから、常に過酷なシグルとの戦いを強いられているため、騎士団の影響力が大きい。

 ラグが宰相を務めることになったのは、もしかすると騎士団との間に生まれる厄介事をすべて彼に任せるためではないのか。

 そう思ってしまうほど、目の前の光景から明確な力関係を見て取れた。


「応援に来た騎士が、かの《剣聖》であったならば、我らも顔を立てるのもやぶさかではなかったが……」

「いやいや、兄上よ。《剣聖》が亡くなってからと言うもの、もう十年は経っているのだ。今や我らの方が格はもちろんのこと、実力は上だろうて」

「亡き者になったから余計に美化されているのだろうな」

「それもそうか」


 ジャノが納得したように鼻を鳴らした。

 彼らの言う《剣聖》とは、もちろんベルリオットの父親であるライジェルのことだ。

 そして父親のことを蔑ろにされているのだが、別段馬鹿にされているわけではないので怒りは生まれなかった。

 四騎士たちの会話はなおも続く。


「そう言えば、最近は《蒼翼》とかいうのも出てきたそうだな」

「乱心したグラトリオを倒したとかいうやつか」

「グラトリオを倒したともなれば相当なのだろうが」

「しかしグラトリオも《剣聖》についぞ敵わなかった男ではないか。結局はその程度よ」


 他のことだったならば、まだ堪えられたかもしれない。

 ただ、ライジェルとグラトリオを比較したそしりだけはどうしても許せなかった。

 グラトリオを殺した張本人である自分が、怒る資格なんてないのかもしれない。


 ただ、彼がどんな悩みを持っていたのか。

 嫌と言うほど知ってしまっているから。

 どれだけ苦しんでいたのかも知ってしまっているから。

 彼らの放った何気ない言葉が、ベルリオットの感情を激しく昂ぶらせた。


「あんたらになにがわかるっていうんだよ……」

「ん? なにか言ったか?」


 ジャノが凄みを利かせた声で聞き返してくる。

 はっきりと聞き取れているはずだ。

 だからその挑発的な物言いは、わざとしているのだとわかった。

 上等だ、とばかりに食いかかろうとしたそのとき、


「抑えなさい」


 リンカの静かな声が思考に割って入ってきた。


「けどっ」

「あたしたちはリヴェティアを代表して来てるのを忘れないで。今、ここで怒りに任せた行動でもしてみなさい。リヴェティアに、それこそ陛下に迷惑がかかるでしょ。ていうか……あたしだって我慢してるのよ」


 言われて、リンカが全身を震わせていることに気づいた。

 彼女もなにかに耐えているのだ。

 元同僚のグラトリオを想ってか、はたまた彼女が命を救われたというライジェルを引き合いに出されたことか。

 怒っているのは自分だけではない。

 そのことがベルリオットの気持ちをわずかに静まらせてくれた。


 やりきれない思いはある。

 だが、リンカの言うとおり今の自分の立場を考えれば、暴走することで多くの人に迷惑がかかってしまう。

 そう思うと急速に頭が冷えていった。

 面白くない、とばかりにジャノが息をつく。


「ふむ……まあ聞かなかったことにしておこう。とにもかくにも、ディーザに我ら《四騎士》がいる限り、手助けは無用ということだ。わかったら早々に帰られよ」


 そうベルリオットに告げるや、ジャノはラグに向き直る。


「では宰相閣下殿。我らはこれより外縁部へ向かうので失礼する」

「は、はい。ご武運を」


 マントをひるがえし歩き出したジャノに続き、弟たちも去っていく。

 彼らの姿が見えなくなるなり、ラグがこちらに向き直ってがばっと勢いよく頭を下げた。


「ご無礼をお許し下さい。そしてわたしの手違いで、お二方に無駄足を踏ませることになってしまって……なんとお詫び申し上げてよいか」


 宰相は応援が必要だと判断したが、騎士団がそれを頑なに拒否した。

 つまりベルリオットとリンカは応援に駆けつけたのに、防衛戦に参加できないということになる。

 その辺りの手違いに思うところはある。

 だが明日の《災厄日》まで日数があまりなかったことや、ラグの騎士団を心配する気持ちを思えば理解できた。


「いや、まあ事情は大体わかったし、あれじゃ仕方ないだろ」

「お恥ずかしいところをお見せしました。……はぁ、今は上辺を気にしている場合ではないのですが」


 しゅんっとラグが肩を落とした。

 苦労しているな、とベルリオットは他人事のように思った。

 ラグが立ち直り、申し訳なさそうに提案してくる。


「せっかく来て下さったのです。今日のところはゆっくり休まれてから、明日お帰りになってはいかがでしょうか。もちろん部屋の方はわたしが手配しておきます」

「いや、防衛戦に参加しないのにそこまでしてもらっちゃ悪いって」

「言い方を変えさせていただきます。このままですとあなた方を追い返した形になってしまいますので」


 つまり、応援を派遣した本人であるリズアートに泥を塗る形になってしまうので、それだけは避けたいわけだ。

 リンカが肩をすくめる。


「まさしくその通りなんだけど……そういうことなら」

「ご慈悲、感謝いたします」


 ラグが深々と頭を下げた。



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