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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
一章【並び立つ剣】
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◆第十一話『決闘・前偏』

 九月十九日(ガラトの日)


 王城に潜入した翌日。

 朝から訓練校に妙な空気が漂っていた。

 不穏なものではない。

 ただ訓練生に落ち着きがなかった。

 そのことに気づきながらも、ベルリオットは我関せずを貫いていた。

 とはいえ当事者であるのだから、時間が来れば、訓練生が浮き足立つ原因となった問題に立ち向かわなくてはいけなかった。


「よく逃げずに来たな、ベルリオット! くずの貴様のことだ! 決闘を放り出して、父親の墓石にでも泣きつきに行くんじゃないかと心配だったぞ!」


 捻りのない言葉で煽ってくる相手を前に、ベルリオットは呆れてため息をついた。

 放課後。

 訓練区の闘技場にて、ラハン・ウェルベックと対峙していた。

 昨日、約束した決闘を、これから果たすためである。

 闘技場にはすでに多くの訓練生がひしめいていた。

 五階層から成る観戦場所は、そのすべてがぎっしりと埋め尽くされている。


 観戦者がただ多いだけではない。

 全員、興奮を隠せないといった様子だ。

 おかげで闘技場内には熱気がこもりっ放しだった。

 天井が吹き抜けになっていてこれなのだ。

 もしそうでなければ、と考えただけでも体が熱を帯びた。


「「ラハンくん~!」」


 観戦場所の一角から甲高い声があがった。

 ごく一部の女生徒にラハンは人気がある。

 童顔なのに強気な性格をしている、という落差がなんともたまらないらしい。

 ベルリオットには理解できない感覚だった。


「安心しろ! こんな奴に僕が負けるわけがないだろう!」


 ラハンの宣言に女生徒たちが歓声をあげる。

 直後、モルスのしゃがれた声が、甲高い声を押しのけて場内にひびき渡る。


「ベルリオットぉー! そんな奴、ぶっつぶしちまえー!」


 続いて、幾つもの野太い声が同調した。

 ベルリオット自身を応援していると言うよりは、ラハンを嫌っているがゆえ、といったところか。

 ラハンに向けられた声援とはえらい違いである。

 それでも、《帯剣の騎士》と呼ばれていた頃よりはましだと思った。


 ふいにざわめきが起こった。

 一階層の入り口付近だ。

 何事かとそちらを見やると、なにやら訓練生たちが驚きの声をあげながら左右にわかれ、道を作っていた。


 その道から二人の騎士が姿を現す。

 彼らが着ている服は訓練生のそれではなく、独自の騎士服。

 ベルリオットは目を瞠った。

 現れたのは、騎士団長ユング・フォーリングスと、《紅炎の踊り手》ことリンカ・アシュテッドだったのだ。

 ベルリオットの気持ちを、立会人の教師ボバンが代弁する。


「団長? どうしてこのようなところに……?」

「騒がせてしまって申し訳ありません。たまたま今日の決闘について知る機会がありまして。興味があったので見学にでも、と。よろしいですか?」

「え、ええ。勿論です」


 ボバンはあっさりと受け入れた。

 そもそも訓練校自体がリヴェティア騎士団の管轄下にあるのだ。

 そのリヴェティア騎士の頂点にいるユングの要請を断れるはずがない。


 それよりも気になることがある。

 王城騎士が、それも騎士団長がわざわざ訓練生の決闘を観戦しにくるなんてことは今までに一度もなかったし、聞いたこともなかった。

 ではなぜ、ユングが訓練生の決闘などを観にきたのか。


 俺の力を確かめに来たってことか……?


 ベルリオットの王城騎士入りを推進しているのはユングだ。

 しかし彼自身、ベルリオットの力を実際には目にしていないはずだった。

 だから、こうして決闘を観戦しにくること自体はおかしくない。

 だが、なぜリンカもいるのか。

 ユングの傍らに立つリンカが、ベルリオットに鋭い視線をぶつけてきた。

 と言っても左眼は長い前髪で隠れているため、右目だけで睨まれている格好だ。


 目が合うと、ついっとそらされる。

 身に覚えがないが、あそこまで嫌悪されているのだ。

 よほどの理由があるのかもしれない。

 とはいえ、理由もわからず敵意を向けられるのはあまり気分が良いものではなかった。

 どうしたもんかな、と決闘もそっちのけでリンカのことを考えてしまう。

 と、ラハンのあげた声に思考を遮られた。


「ユング団長! どうか私が勝ったそのときは、ベルリオットではなく私を王城騎士に!」


 場内が騒然とした。

 ベルリオットもおどろきを隠せなかった。

 いや、王城騎士となることを強く望むラハンから、その言葉が出るのはなにもおかしくない。

 ただ、今、この場で口にするとは思いもしなかったのだ。

 多くの者がラハンの言葉に虚を突かれる中、ユングだけは動じた様子がなかった。淀みなく口を開く。


「いいでしょう。この決闘の勝者を王城騎士候補とします」

「ありがとうございます!」

「尚、敗者は今期の王城配属ができないものとする。両者、それで宜しいですか?」

「はい!」


 ラハンが威勢よく答えたのち、ユングがベルリオットへと視線を移してきた。

 ベルリオットも肯定の意を示すため、頷く。

 と、ユングの口の端が一瞬だけつりあがったように見えた。

 気のせいだったのかもしれない。

 いや、気のせいだったのだろう。

 なにごともなかったかのようにユングが進行を促した。


「では、そういうことですので、よろしくお願いします」

「は、はい。了解しました」


 ボバンはあっけにとられていたらしく、ユングの声でようやく意識を取り戻したようだった。

 頷き、ベルリオットとラハンの中間地点に立つ。

 王城騎士二人の登場で、なんとも言えない空気に支配されていた場内だったが、決闘の開始が間近となって再び熱を帯び始めた。

 歓声に混じって、ナトゥールの声が聞こえてくる。


「ベルーっ! 本気で闘ったらダメだからね! ちゃんと手加減してあげてね!」


 悪気はないのだろう。

 だからこそ、ナトゥールの純粋な言葉は、矜持の高いラハンの心を的確に抉った。


「あ、あの女ぁ……!」


 青筋を立てたラハンが声の出所を睨みつけていた。

 かと思うや、今度はぎりっと血走った眼をベルリオットへと向けてくる。


「負けたときの言い訳作りをするとは……さすが奴隷連れの男は違うな。僕のような選ばれた騎士には、とうてい理解できない思考だ」


 口元をひくつかせながら、ラハンが嫌みったらしい笑みを浮かべる。


「手加減していたから負けた、なんて言われるとさすがに後味が悪いからな。貴様も腐っているとはいえ騎士のはしくれだ。わかっていると思うが言い訳だけはするなよ」


 言って、ふんっと鼻を鳴らした。

 ベルリオットは、ナトゥールに言われるまで、決闘で本気を出すか出すまいか悩んでいた。

 というのも青の光が自分で努力して得た力ではないからだ。

 アムールだから、という理由だけで手に入れられた強大な力。

 それは昨晩、王城騎士二人を相手にしても、まったくひけをとらないほどのものだ。

 神聖な決闘という場に、そうした逸脱した力を持ち込むのは、卑怯ではないのか。


 そう考えていたのだが……。


 ラハンが再び口にした“奴隷”という言葉で、すべてが無駄になった。

 風を呼ぶ。

 アウラを取り込むと同時、爆発的な勢いで放出した。

 同心円状に青の光が渦巻く。

 決闘上に薄く巻かれていた砂が巻き上がり、中空を舞う。


「心配するな。今ので手加減する気が失せた」


 空気の乱れが収まったのを見計らい、ベルリオットは静かに言い放った。

 ラハンに動じた様子は一切無い。


「青の光か……ゴミのような貴様には勿体無い色だな」


 自分のことはなんと言われてもいい。

 慣れている。

 だが。


「負けたら絶対にトゥトゥに謝れよ」

「ふんっ、騎士に二言はない。まあ、僕が負けるなんてことはありえないがな!」


 言いながら、ラハンが濃黄のアウラを纏った。

 両手を合わせ、結晶化させる。

 現れたのは、上半身ほどの刃を持った正統的な長剣。

 ベルリオットが普段使っているものとほとんど変わらない。


 イオル・アレイトロスという大き過ぎる障害があったために万年次席だったものの、ラハンの実力は歴代の首席と比べても遜色がない、と評判だった。

 色の濃さから見るに、まんざら嘘でもないようだ。

 じっと立ったまま、ベルリオットはラハンを見据えた。

 まだ怒りがずっと頭を支配していた。

 右手に、長剣を模った結晶武器を荒々しく造る。


「トレスティングッ!」


 ボバンの怒声だった。

 見るや、ボバンの真剣な目がこちらを射抜いてきた。


 ――過って訓練生たちを傷つけてしまうことはない、とわたしは判断した。


 ボバンの言葉が脳裏に蘇る。

 このまま怒りに任せて闘えば、ラハンに重症を負わせてしまう可能性がある。

 それはボバンが初めて向けてくれた信頼を裏切ることを意味する。

 ベルリオットは下唇を思い切り噛んだ。

 深く息を吸い込み、長い時間を使って吐き出す。

 怒りは奥底に。

 自制する。


「大丈夫です」

「よし……」


 頷いたボバンが前に歩み出た。

 同時、場内の歓声が一気に大きくなる。


「ではこれより、訓練校内序列一位ラハン・ウェルベック。同、千四百九十七位ベルリオット・トレスティングによる決闘を始める。両者、前へ!」


 ラハンと睨み合いながら、互いに前へと歩みだした。

 一定距離まで詰め、足を止める。

 ボバンが手を挙げると、場内の歓声が最高潮に達した。


「始めっ!」


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