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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
一章【並び立つ剣】
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◆第九話『破砕拳と牢獄の鎌』

 王城の敷地内。

 暗闇に青の光をなびかせながら、ベルリオットは翔けていた。

 いくつもの尖塔や回廊、城壁によって出来た空中通路は酷く入り組んでいる。

 曲がった先が行き止まりだった、ということも珍しくない。

 後ろに向かって叫ぶ。


「ちょ、ちょっと待ってくれって!」

「この状況で待てと言われて待つわけがないだろう!」


 王城騎士に追われていた。

 数は五。内、三人が紫色なことから騎士の質の高さが窺える。

 侍女に見つかってしまい、叫ばれたのが、つい先刻のこと。

 やましいことをしているという自覚があったからか。

 侍女に叫ばれた時点で、ベルリオットは反射的に外へと逃げてしまった。

 そのまま王城の外まで逃げることもできたが、そうもいかない。

 侍女に顔は割れているので、あとからいくらでも探られるからだ。

 このまま釈明せずに逃げれば、ベルリオットの立場が……存在が危うい。


「話せばわかる!」

「ならば忍び込む必要はないだろう!」


 まったくもってその通りだ。

 素直に捕まって釈明の場を作るのも考えた。

 だが騎士たちの手に握られた結晶武器が、ベルリオットの思考を“逃げ”に絞り込むのだ。

 もし捕まっても大丈夫なよう、ユングが根回しをしてくれているはずなのに。

 目の前の騎士たちは本気で殺しにきているとしか思えない。

 もしかすると、暗がりでこちらの身元が掴めていないのだろうか。


「俺は別に怪しいもんじゃ――」


 ない、と言いかけたところで、頭上で激しい空気の乱れを感じた。

 咄嗟に右側へと自身の体を移動させる。

 直後、暴風を纏った騎士が上から降ってきた。

 先ほどまでベルリオットがいた場所を通過し、すぐに止まる。


「知ってるさ。《蒼翼》のベルリオット、だろ。お前を知らん奴なんてリヴェティアの騎士にはいねえぞ」


 巨体の騎士だった。

 後ろへ流した針のような短い髪、はだけさせた胸元から覗く大量の毛。

 そしてなにより白基調ではない独自の服が目に付く。

 つまり序列一桁の騎士である。

 それにしても《蒼翼》とは。

 間違ってはいないが、与り知らぬところで大層な二つ名をつけられたな、とベルリオットは思った。


「ちょ、ちょっとクノクスさんっ。いきなり殴りかかっちゃ危ないですよ! 殺しちゃったらどうするんですか!」


 新たに翔けつけてきた女性騎士が言った。

 肩にかかる程度の髪、ほっそりとした体。

 垂れたまなじりは柔和な印象を与えてくるが、その上にある細やかな眉は逆立っていた。

 独自の制服を着ている。

 またも一桁代の騎士だ。


「おい、ホリィ……。殺しちゃったらどうするってお前、奴は城に侵入したんだぞ。んなもん殺すしかないだろうが」

「それは最終手段です! 背後関係を調べるためにも可能な限り捕縛して下さい」

「面倒くせえ。大体、こいつはそんな余裕のある相手じゃねえってのはお前もわかってんだろ」

「そ、そうかもしれませんけど」


 巨体騎士はクノクス。

 女性騎士はホリィと言うらしい。

 序列一桁代の騎士は、そのほとんどが防衛線か王城内にいるため顔を合わせる機会がない。

 だから知らなくても仕方ないのだ、とベルリオットは自らの不勉強を正当化した。

 ただ今はそんなことよりも、殺す殺さないなどと物騒な議論をしている方が重要だ。


 おかしい。


 ユングは根回しをすると言っていた。

 だから現場を取り仕切る序列一桁代の騎士であれば、今夜ベルリオットが潜入することは事前に知らされているはずなのだ。

 もしかすると知らされたのは彼らではないのか。

 他にユングから指示を受けている者がいるのだろうか。

 確かめるためにも、釈明の意味を込めてベルリオットは叫ぶ。


「警備の見直しをしたいから潜入してくれって、ユング団長から頼まれたんだって! 誰か聞いてるだろ?」

「団長が……? そんな話は一切聞いてねえぞ。ホリィは?」

「いえ。そのような話はなにも。他の皆さんはどうですか?」


 気づけば、ベルリオットは四方を王城騎士に囲まれていた。

 数は全部で十五人ほど。

 その騎士たちが、ホリィの問いに否定の意を示した。


「そんな……」

「いくらあのユングさんでも、仮にも騎士団長なのですから。そんなふざけた命令をしたりはしませんよ。もう少しましな言い訳を考えたらどうですか?」

「いや、だから本当に頼まれたんだって!」


 必死の抗議も呆れた顔を返されてしまった。

 まったくもって度し難い。

 そして話が違う。


 ユング団長、どうなってるんですか……!


 そう心の中でベルリオットが恨みをつづっていると、クノクスがにやりと笑った。


「まぁそういうこった。観念しな」

「んなこと言われたって」

「納得いかねえか。じゃあ、やることは一つしかねえよなあ」


 言うや、クノクスが濃紫のアウラを背中から激しく噴出させた。

 胸の前で突き合せた両拳に、分厚い手袋のような結晶武器が造られる。

 あれが、クノクスの武器らしい。

 かなり珍しい得物だ。


 戦闘では、武器が長ければ長いほど、相手に攻撃を加えられる範囲が広がる。

 それは先手を取る有効な手段となる。

 だが長すぎても扱えきれず、かえって不利になることもある。

 だから攻撃範囲もそれなりにあって扱いやすい剣が広く好まれている。

 もちろん剣の長さも種類によって異なるが。


 つまり人は、自分が扱える中で、出来る限り長さのある武器を創造しようとする。

 そんな中にあって、目の前のクノクスの結晶武器は酷く異質だった。

 だが彼は王城騎士。

 それも一桁代だ。

 あの結晶武器を選ぶだけの理由があるのだろう。


「前から気になってたんだよ。元団長を倒した青の力ってのが、どんだけのものかってな。俺と闘おうぜ」

「いやだから、俺は闘うつもりなんて――」

「お前ら、手出すなよ」


 ベルリオットの抗議むなしく、クノクスが周囲の騎士に放った言葉に遮られてしまった。


「なに勝手なこと言ってるんですか、クノクスさん。わたしも戦います」


 待ったをかけたのはホリィだ。


「おいおい、それじゃ二体一になっちまうじゃねえかよ」

「関係ありません! 相手は侵入者です! 賊です! 手を抜く必要はどこにもありません」

「手を抜くってお前……。ただ俺ぁ、一人の方がやりすいってだけで」

「では、わたしなら問題ありませんね。補助ならすごく得意ですから」

「相変わらず頑固な女だなぁ、おい」

「し、失礼です! 誰が頑固で口うるさい女ですか!」

「口うるさいまでは言ってねえっての。ったく、しゃあねえな。許せよ、蒼翼の」


 そのクノクスの言葉に呼応するように、ホリィが両手を腰の前で重ねた。

 紫色の仄かな光が凝縮し、棒状のなにかを形成していく。

 ホリィの身長の三倍はある。長い。


 槍か。


 そう思ったが、先端から刃が現れた。

 刃は手前に向かって曲がった形状。

 先端にいくにつれ、細くなっている。

 鎌だった。

 クノクスに続いて、またも珍しい結晶武器だ。

 ホリィが、頭上、胸の前で鎌を素早く旋回させ、鎌の先端を突きつけてくる。


「ひっ捕らえます!」


 どう見ても捕らえるときに首を斬られそうだ。

 いつの間にやら、ベルリオットが口を挟む間もなく、勝手に戦うことが決まってしまっている。

 頭が痛かった。


「ああ、もう、恨むぜ団長っ!」


 やけくそ気味に放ったベルリオットの言葉が、開戦の合図となった。

 クノクスが、次いでホリィが襲い掛かってくる。

 直線軌道を描き、クノクスの右拳が轟音と共に突き出される。

 速さにおいてベルリオットが遅れをとることはない。

 難なく右拳の外側へと自身の体を移動させる。

 と、クノクスの口の端が釣りあがったのが見えた。


 悪寒がした。

 咄嗟に回避距離を余分に取った。

 直後、クノクスの拳が一瞬にして二倍ほどに膨れ上がる。

 距離を取っていたおかげか、触れることはなかった。

 が、顔面すれすれを煌く結晶塊が通り過ぎ、背筋が凍った。

 勢いを止めたクノクスが、振り返りざまにどら声を張り上げる。


「初見でこれを躱すかよ! 噂に違わなくて嬉しいぜ、蒼翼のッ!」


 必勝の攻撃だったはずだ。

 それを避けられたというのに、クノクスは嬉しそうだった。

 アウラを凝固させ、結晶に変化させるまでにかかる時間は人によって違う。

 創造力や練度の違いが理由である。

 だが時間に差異が生まれる理由に、共通していることがあった。


 それは人の手から近ければ近いほど、速く結晶に変化させられるということだ。

 近ければ頭で描いた明確な想像を伝えやすいのである。

 クノクスの拳が触れるか触れまいかの一瞬で巨大化したのは、そうしたアウラの特性を生かしたからだろう。

 彼が武器に長さを求めなかったのは、これが理由か、とベルリオットは得心がいった。


 そんな分析をしている間にも次なる攻撃が迫ってきていた。

 クノクスの巨大な体に隠れて、小柄なホリィが姿を現す。

 いつの間にか真横に流していた超長の鎌を猛烈な勢いで右から左へと薙いでくる。

 ベルリオットは瞬時に軌道を予測する。

 腰よりもわずかに低い位置か。

 ならば、と上に避けた。

 直後、ベルリオットの真下でぴたりと動きを止めた鎌が、切り刃を天上へと転換させ、ベルリオットへと迫ってきた。


 予想外の攻撃に思わず目を瞠る。

 だが避けられないほどではない。

 わずかだが軌道が左半身に傾いていたので右側へと躱す。

 今度こそ攻撃が止むか、と思ったのもつかの間。

 通り過ぎた鎌の勢いに任せ、ホリィが自身の体を回転させ、今一度斬り上げの攻撃を仕掛けてくる。

 また避けたかと思うと今度は横払い。

 さらに振り下ろしからの二回転、と、予測しにくい攻撃を繰り出してくる。

 しかも攻撃間隔が恐ろしく短い。


 なんだよこの攻撃はっ! でたらめにもほどがあるだろッ!


 ホリィの連撃は尚も続く。


「もうっ、当たってください!」

「んなこと言われてっ、当たる奴がっ、どこにっ、いるっ、んだよッ!」

「そうですね! でも――っ」


 ホリィがそう言った直後、ベルリオットの本能が反応した。

 なにかが背後から迫っている、と警鐘を鳴らしたのだ。

 即座に視線を後ろに流すと、そこには巨大化したクノクスの拳があった。

 瞬間、ベルリオットは悟った。

 軌道が読みやすいホリィの攻撃は、ベルリオットの行動範囲を限定させるためのものだったのだ、と。

 避けられない。


 ――どうする。


 このままでは攻撃を受けてしまう。

 アウラの薄い膜があるため、身体へ直接的に攻撃を加えられはしない。

 だが衝撃自体を無くせるわけではないのだ。

 クノクスほどの攻撃をまともに食らってしまえば、気絶する可能性だってある。

 もしそうなってしまえば、釈明の余地なく殺されかねない。


 反撃するしかないのか。

 いや、王城騎士と戦うために王城に侵入したわけではない。

 リズアートに会うためだけにやってきたのだ。

 怪我をさせるわけにはいかない。

 だが相手は王城騎士だ。

 生半可な気持ちでは、こちらもただでは済まないだろう。


 少しの間だけ大人しくしてもらうしかない、か。


 苦渋の判断を、ベルリオットは一瞬のうちに決めた。

 両手に意識を集中させた。

 瞬時にアウラと言う名の燐光が収束する。


「終わりだッ!」「終わりですっ!」


 突き放たれるクノクスの巨大な拳。

 今も尚、続けられているホリィの連撃が軌道を変え、首元に迫る。

 ベルリオットは両腕を胸の前で交差させた。

 過剰なアウラを纏わせた両手を、敵の得物との間に潜り込ませる。

 激しい衝撃音と共に、クノクスの拳を左手で、ホリィの鎌の刃を右手で受け止めた。

 どちらも威力が半端ではなかったため、手から伝って肘、肩が軋んだ。

 が、耐えられないほどではない。


「「なっ!?」」


 クノクスとホリィが揃って眼を剥いていた。

 一瞬の隙が生まれる。

 ベルリオットはすかさず反撃を繰り出そうとした、途端――、


「そこまでっ!」


 凛とした声が耳をついた。

 あまりに気丈な声だったため、そして聞き覚えのある声だったため、ベルリオットは動きを止めてしまった。

 クノクスやホリィも同様に、硬直する。


 この声は、まさか。


 声の主を探り地上へと視線を向けると、予想通りの人物がそこにいた。

 リヴェティアの女王であるリズアート・ニール・リヴェティアだ。

 体を冷やさないためか、袖なしのゆったりとした外衣を羽織っていた。

 リズアートの傍には、護衛騎士のエリアス・ログナートもいる。

 相変わらずの仏頂面だったが、気のせいか以前よりは柔らかさを感じられた。


「武器を収めなさい」

「で、ですが陛下。この人は王城に侵入した賊で」

「二度は言わないわよ、ホリィ」

「は、はいっ!」

「クノクスも」

「わっかりやした。陛下直々とあっちゃ仕方ないわな」


 ホリィはてきぱきと、クノクスは渋々といった感じで結晶武器を四散させた。

 次いで、エリアスから底冷えのする声が放たれる。


「貴方たち、いつまでその状態でいるつもりですか。陛下の御前ですよ」


 その言葉で、弾かれるようにして王城騎士たちが地上に下り立った。

 すぐに肩膝をつき、頭を垂れる。

 取り残されたベルリオットも遅れて地に足をつけ、纏っていたアウラを解いた。

 それを見計らってか、リズアートが騎士たちに向かって口を開く。


「今日、ここで彼を見たことは忘れなさい。いいわね」

「仰せのままに」


 代表して、クノクスが服従の意を示した。


「では持ち場に戻りなさい」

「はっ」


 立ち上がり、クノクスが周囲の騎士たちに向かって叫ぶ。


「ってことだ。お前ら、さっさとずらかれ。おら、ホリィも行くぞ」

「は、はい……」


 思うところはあるだろう。

 だが王の命令は絶対である。

 王城騎士たちは迅速な動きで飛び去って行った。


「助かっ――」


 た、とベルリオットが言おうとした瞬間、リズアートに遮られる。


「さて、と。どういうことか説明してくれるかしら? ベルリオット」


 顔が笑っていなかった。



   ◆◇◆◇◆


「陛下には感謝しねえとなあ」


 王城のとある回廊に下り立ったクノクスが言った。

 傍にはホリィもいる。


「あのまま続けてたら俺たちやられてたぜ。しかも素手で、な」

「いくらなんでも素手でなんて」

「攻撃止められたのはどこのどいつだよ」

「クノクスさんだって止められたじゃないですか」

「ああ、そうだよ。しかも手加減なしの、全力の攻撃をな」


 ベルリオットがどうして王城に潜入したのか。

 それよりも、騎士として純粋に力比べの話題に花が咲いてしまっていた。


「つまりそれだけの衝撃に耐えられる硬度を、あの青いアウラは持ってるってことだ。それだけじゃねえ。お前の攻撃、あそこまで避けられたことあったか?」

「うっ」

「俺ぁ、最後の一瞬で悟ったよ。《蒼翼》は、いつでも俺たちをやれたってな」

「そんな……」

「ありゃぁ、とんでもねえぜ。元団長がやられたってのも頷けるわ」


 虚空を見つめながら、クノクスがしみじみと言う。


「あいつが王城騎士に、か。頼もしいったらありゃしねえな」

「ですが、“彼女”が許すでしょうか」

「んなもん知らねぇよ。だが、まあ難しいだろうな」

「ですよね……。騎士としては覚悟していて当然のことですが、やっぱり割り切れることではないですから」


 騎士は力を求められる。

 だが、力があるだけでは騎士は務まらない。

 ホリィの表情には、同僚を憂う気持ちが浮かんでいた。


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