◆第八話『侵入者の正体』
「あー、もう疲れたーっ」
どすん、と粗雑な座り方でリズアートはソファに身を預けた。
体が沈み込み、柔らかな感触に包まれる。
リズアートが今いるのは寝室だ。
王城の中では狭い部類に入る。
部屋内には調度品が数個しかない。
それだけでゆったりとした空間がなくなってしまっていた。
広々とした部屋が嫌いなわけではない。
ただ寝るときには狭い方が落ち着くのだ。
幼い頃、リズアートは一人で寝ることが多かった。
あてがわれた部屋はとても広く、調度品ごとの間にはかなりの距離感があった。
それがどうしようもなく物寂しく感じてしまい、レヴェンが公務を終えるまで待つのが苦痛で仕方なかった。
それで、とうとう拗ねてしまって。
物置用になっていた部屋を改装し、反抗とばかりに居座った。
そうすることでレヴェンが早く公務を終えるようになる、と思っていたのだ。
しかし予想以上に住み心地が良く、一人でもすぐに寝られるようになった。
これが、リズアートの親離れをした時期と言っていい。
以来、寝るときは狭い部屋でなければ落ち着かなくなってしまった。
とはいえ別段困ることはないし、直す必要はないと思っているけれど。
「姫様。あまりご無理をなさらぬよう」
部屋にはエリアスもいた。
出入り口の扉前から、心配げな表情を向けてきている。
ちなみに、寝室に入ることを許している騎士はエリアスだけだ。
彼女以外は世話役の侍女しか入れたことがない。
それだけリズアートにとって寝室は特別なのだ。
「ま、大体は片がついたし、あと少しの辛抱よ」
「ですが、今、姫様に倒れられでもしたら、それこそ国が立ち行かなくなります」
「自分がどれだけ重い責を担っているかは、先の事件で痛いほどよくわかってるわ。だからこそ一日も早く元のリヴェティアに戻して、奴らをどうにかしないといけないって思うの」
「黒導教会……ですか」
「ええ」
グラトリオ・ウィディールが起こした事件に、黒導教会が関わっていたことは明白だ。
現騎士団長ユングの働きの甲斐あって、各大陸に潜んでいた多くの黒導教会関係者が捕まったが、それも全てではないというのがリズアートの見解だ。
捕まったのは末端も末端。
恐らく黒導教会は、もっと大陸の深いところに根付いている。
そう、うかつには手を出せない、あの場所に――。
と、リズアートが思考を巡らせ始めた瞬間、エリアスが弾かれるようにして通路側へと向いた。
「どうしたの?」
「いえ。慌しい足音が聞こえたので」
ここは王城の中でも最奥の区画。
王族の私的な空間だ。
普段は音をたてないよう、騎士や侍女たちは細心の注意を払っている。
よっぽどのことがあったと判断して間違いないだろう。
先ほどまで黒導教会の話をしていたからか。
ぞくり、と背筋に悪寒が走った。
エリアスも同じことを考えているのか、険しい表情をしている。
「確認して」
「ですが」
「逃げるにしても、早くわかるに越したことはないでしょう?」
「……わかりました」
答えるや、エリアスが扉を開けた。
直後、どんっという音が鳴った。
扉になにかがぶつかったようだ。
リズアートは確認がてら、また自分も事情を知るために顔を覗かせ、様子を窺う。
「いたたぁ~……」
部屋の前の廊下で、一人の女の子が尻餅をついていた。
彼女は、先日の事件に収拾がついた折から世話役を務めてくれている侍女だ。
まだ十二歳と若い彼女は貌にもあどけなさが残る。
ぎゅっと目をつむりながら尻をさすっている様は、まるで小動物のようだった。
エリアスが侍女に手を差し伸べる。
「も、申し訳ありません。まさか扉の前にいるとは思わず……お怪我はありませんか?」
「は、はいっ。大丈夫です! って、わ、わたしこそ申し訳ありませんでした!」
「い、いえ。わたしの不注意で」
「いえいえ、わたしが――」
「もうっ。あなたたち、なにやってるのよ」
あまりにもどかしかったので、リズアートはつい口を出してしまった。
侍女が飛び跳ね、直立する。
「ひ、姫様っ」
「なんだか外が騒がしいようだけど、なにかあったの?」
「そうなんです。城に侵入者がっ!」
黒導教会という言葉がまた脳裏を過ぎった。
だが、まだ他の可能性だってある。
「相手の素性はまったく掴めていないの?」
「えっと、実はわたしが最初に見つけたんです」
「大丈夫だったの? よね。ここにいるのだから」
「はい。大声をあげたら、ぴゅーんって飛んでいっちゃいました。でも、あの人が着ていた服、訓練校のものだったような……あとあれはアウラなのかな。青い? アウラをまとっていました」
侍女の言葉に、リズアートとエリアスは揃って顔を向き合わせた。
「ひ、姫様……」
「え、ええ。そんなの、一人しかいないわ」
思わず片頬が引きつった。




