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天と地と狭間の世界 イェラティアム  作者: 夜々里 春
一章【並び立つ剣】
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◆第三話『紅炎の踊り手』

 騎士団本部を訪れたベルリオットは執務室前にいた。

 王城騎士が扉の向こうへと声を投げかける。


「団長、ベルリオット・トレスティングを連れてまいりました」

「ご苦労様です。入ってもらって下さい」

「はっ」


 返事をした王城騎士が部屋の中に入るよう目で促してきた。

 ベルリオットはさした抵抗もせずに扉に手を伸ばした。

 が、そこから無意識的に動きを止めてしまう。

 騎士団本部に連れてこられた理由を、ベルリオットは一切聞かされていない。

 この王城騎士に訊いても聞かされていないの一点張りなのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが……。


 しかしだからと言って理由もわからず騎士団の、それも団長から呼び出されたとなれば、否が応にも不安心がかき立てられるというものだ。

 罪人とは言え前団長グラトリオ・ウィディールを斃したことへの制裁か。

 或いはベルリオットの力――青のアウラを危険視しての追放か。

 嫌な予感が脳裏を過ぎったが、ベルリオットは頭を振って隅へと追いやった。

 おずおずと扉を開け、部屋の中へと足を踏み入れる。


 中には二人の騎士しかいなかった。

 一人は、執務机の奥側に座っている新団長ユング・フォーリングスだ。

 両肘を机に乗せ、組んだ両手の上に顎を乗せている。

 眼鏡の奥にある瞳には一切の揺らぎが感じられない。

 騎士団一の切れ者と言われる理由には、こうした感情の読み難さも手伝っているのだろう、とベルリオットは思った。


 そしてもう一人は、右側の壁に背を預けている女性騎士だ。

 入室してきたベルリオットにまったく興味を示さず、自らの爪ばかりを弄っている。

 目に付いたのは、まるで織物のように複雑に編まれた赤みの強い茶髪。

 前髪は左眼を覆うように下ろされ、後ろ髪は結い上げられている。


 つり上がった眉毛、くりっとした大きな瞳も特徴的だ。

 薄い唇には淡紅色のルージュが引かれ、爪にも唇と同色のものが付けられている。

 身に纏った赤の衣服は肩や胸元、へそが丸見えになっているという開放的なもの。

 下は長めのスカートを履いているものの、切り目がつけられているために太腿が見え隠れしている。


 そんな垢抜けた風貌をしていながら、女性騎士は訓練校の下級生と見間違えてもおかしくないほど小柄で華奢な体型をしていた。

 しかし胸元に刻まれた文様はまぎれもなく王城騎士を表すものだ。

 それだけでなく序列十位以内までしか許されていない独自の騎士服を纏っている。

 訓練校を卒業しているのは間違いなく、また有名な騎士であるのも疑いようがない。

 なのにベルリオットはすぐに名前が出てこなかった。


 喉まで出掛かってるんだけどな……。


 とベルリオットが記憶を漁っていると、ユングの声が部屋内に響く。


「急に呼び出して申し訳ないね」

「いえ」

「単刀直入に言いましょう。ベルリオット・トレスティング。君を王城騎士に迎えたい」


 どうして呼び出されたのか。

 それを訊こうとした矢先のことだった。

 余りにも突拍子のない発言だったために、ベルリオットは唖然としてしまう。

 視界の端で、我関せずを貫いていた女性騎士が、ぴくりと反応したのが見えた。


「おや、いきなりで驚かせてしまったかな」

「そ、そりゃあ……」


 なにしろ王城騎士である。

 一般騎士と比べて給金は段違いに多い。

 それだけではない。

 一般騎士は爵位で言うところの准騎士位……つまり未熟者扱いだが、王城騎士は本来の騎士位として貴族の格を持つことができるのだ。

 序列が上がれば格はさらに上がる。


 家に爵位が与えられる文官とは違い、騎士は退役後、個人に爵位が与えられる。

 一見して文官の方が得という見方はできるが、実際はそうとも限らない。

 なぜなら騎士であれば、平民であっても一代で成り上がれるからだ。

 シグルという人類の敵と常に命を張って戦っていることから騎士の重要性は高い。

 そのため序列、活躍に応じての見返りは大きいのである。


 平民から成り上がった最たる例として、ベルリオットの父親であるライジェルが挙げられる。

 退役後は伯爵位を約束され、その名声を鑑みれば公爵以上、国王未満の格を持っていた。

 馬鹿げているとしか言いようがない、規格外の功績である。

 とにもかくにも、その成り上がるための第一歩を同年代の誰よりも早く踏み出すことができ、さらに二歩目から開始していいと言われているのだ。


 これほどおいしい話はない。

 だからこそベルリオットにとっては現実味がなかった。

 なにしろ今まで《帯剣の騎士》として落ちこぼれ街道をひた走っていたのだ。

 つい裏を勘ぐってしまう。


「そう身構えないでくれると助かります」


 どうやら表情に出てしまっていたらしい。


「すみません」

「いえ、いいんです。君が疑うのも無理はありませんから。簡単にですが順を追って説明しましょう」


 言って、ユングは一度目を伏せてからゆっくりと話し始めた。


「先日、前団長が引き起こした事件によって騎士団が被った被害は少なくありません。はっきり言って《災厄日》も余裕がない。近く、訓練校の最上級生にも一般騎士として防衛線に加わってもらう手はずになっていますが……正直に言ってこれも気休めにしかならないでしょう」


 体験と称して、訓練生が防衛線の戦闘に加わることはある。

 しかし正式に加わるのは知っている限りでは前代未聞の事態だった。

 それほどまでに騎士団の損耗は激しいのか、とベルリオットは思う。


 同時に、訓練生たちの身を案じる想いが胸中に湧き起こるが、すぐにそれは収まった。

 一般騎士としてということならば、よほどのことがなければ危険に曝されることはないからだ。

 ほっと安堵する。

 もったいぶるようにたっぷりと間を空け、ユングが続ける。


「そこで我々は即戦力が欲しいと考えた。そして選ばれたのが、あなたというわけです」


 話が繋がった。

 しかし解せない部分がある。


「言っちゃなんですけど、俺より序列が上の奴なんてわんさかいますよ」


 ナトゥールやモルス、さらにその上にも成績優秀者はいるのだ。

 彼らを差し置いて、ベルリオットが選ばれるというのはいささか疑問が残る。


 というか俺、最下位だしな……。


「それはもちろん知っています。ですがあなた以上の実力を持った訓練生はいない。ましてや前団長を上回るほどの力を、ね」


 ユングの眼鏡の奥にある瞳が、鋭い光を放ったような気がした。

 ベルリオットは思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。

 ユングが続ける。


「ただ、君を危険視する意見も少なくない。それについては、まあ、君が一番理解していると思いますが」


 危険視する意見。

 国王暗殺事件のときのことを言っているのだろう。

 モノセロスを斃すことばかりを考え、ベルリオットは周りを見ていなかった。

 結果、多くの人を傷つけることになってしまった、あのときのことを。


 たしかにベルリオットの力は、シグルを斃すという一点においては強大な威力を発揮する。

 だが一緒に戦う仲間としては遠慮願いたいだろう。

 国王暗殺事件のときのベルリオットを知る者ならば、そう思ってもおかしくはない。

 ずきりと胸が痛んだ。


「そこで。他の騎士たちの疑念を払拭するためにも、そちらにいる騎士団序列十位リンカ・アシュテッドの指揮下に入ってもらい、融和を図ってもらうことにしました」

「なっ!」


 声をあげたのは壁際にいた女性騎士――リンカ・アシュテッドだ。

 様子から察するに、どうやら彼女も話を聞かされていなかったらしい。

 そして彼女が声をあげたことで、ベルリオットの驚きはどこかへ吹き飛んでしまった。

 これまで我関せずを貫いていたのが嘘のように、リンカは怒りの形相でユングに詰め寄った。

 右手で執務机をばんっと叩き、左手で自らの胸元を叩く。


「ちょっと、なに言ってんの! あたしは一人の方が力出せるってユングさんだって知ってるでしょ!?」


 ユングはなにも答えず、じっとリンカに視線を向け続けている。

 と、リンカが勢いよくベルリオットを指差してくる。


「それにこいつとだなんて……こんな化け物と一緒に戦うなんて絶対にいやよ!」


 感情の篭ったその叫びは、広くない部屋内によく響いた。

 そしてベルリオットの胸の中を的確に抉る。


 化け物……か。


 ユングは、騎士団内にベルリオットを危険視している者がいる、と言っていた。

 リンカこそが、その内の一人なのではないだろうか、とベルリオットは推察した。


「アシュテッド卿」


 低い声でユングが言った。

 迫力に気圧されてか、リンカがたじろぐ。


「な、なに……」

「これはお願いではない。命令です」

「――っ!」


 実力も、立場も上にあるユングからの警告は、ベルリオットが思っている以上の効果をリンカにもたらしたようだった。

 反論したいのに、できない。

 それが後ろからでもわかるほど、リンカが全身を震わせる。


「好きにしたら。但しあたしは知らないから」


 そう吐き捨て、ユングに背を向けた。

 必然的にベルリオットはリンカと向かい合う形になり、目が合った。

 ぎりっと眼光鋭く睨めつけられる。

 しかし言葉は放たれず、ふんっと鼻を鳴らされるだけに終わった。

 そのまま脇を通り過ぎていくと、リンカは荒々しく扉を開け、執務室をあとにした。

 一連の様を、ベルリオットは呆然としながら見ていることしか出来なかった。


「少しわけありでね。彼女を悪く思わないでくれると助かります」


 ため息混じりに出された言葉だった。

 ベルリオットはユングへと向き直る。


「それはいいんですが……その、大丈夫なんでしょうか」


 序列十位という名声もある上に、あれほどベルリオットを敵視しているのだ。

 たしかにリンカとの融和を果たせたなら、他にベルリオットを危険視する騎士たちの見方が変わる可能性は高い。

 だが、彼女がベルリオットに向ける嫌悪は尋常ではなかった。

 とてもではないが、リンカの部下として付き合っていく自信がない。


「なに、王城騎士として動いてもらうのは今のところ《災厄日》のみということにしていますから。それ以外は今まで通りですよ」

「いや、そういうことじゃなくて」

「わかっています」


 眼鏡の位置を直してから、ユングが粛々と言い放つ。


「一つだけ、わたしから言わせてもらいます。これは、君にとっても通らなければならない道です。見えたものから目をそらさず、しっかりと歩きなさい」

「はあ……」


 なんだか要領を得ないユングの言葉に、ベルリオットは生返事をするしかなかった。



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